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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第九章 混迷の戦後編

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172 騎兵科の行方

 内地に残された穂積貴通は、再び結城家領軍の査閲官に任ぜられていた。

 とはいえ、対斉戦役で消耗した部隊の再編・訓練については景紀によって現役復帰をさせられた百武好古中将が担っている。

 皇国陸軍を近代化させた功労者でもある老将軍は、独混第一旅団の創設に携わった時と同じく、老いを感じさせない辣腕を発揮して領軍の再編に当たっていた。

 貴通は、査閲官として領内各地の部隊を巡ってそれぞれの状況を確認、その内容を百武中将に報告するのが主な任務となっていた。

 一度、未だ技量が十分とはいえないものの、翼龍を駆って嶺州にも赴き、第二十八旅団の状況についても確認している。嶺州軍は厳密には結城家領軍ではないが、結城家が管轄する東北鎮台の麾下部隊である。

 遼河平原での戦闘で消耗した第二十八旅団は、未だ柴田平九郎大佐が旅団長を担っていた。

 三月の宵姫襲撃事件などの影響もあって、佐薙家家臣団出身の軍人で政治的に信頼出来る将官が存在しないため、単に旅団長が戦死して指揮を継承しただけの柴田大佐が旅団長に据えられ続けているのである。

 柴田大佐は特に結城家に従順な軍人というわけでもなかったが、かといって主家である佐薙家に忠義を尽くそうという姿勢も希薄であった。

 自分も含めた弟たちのために姉たちが娼妓となった少年時代の体験が、彼に権力者への懐疑的な思いを抱かせてしまっているのかもしれない。

 最近の貴通は、騎兵第一、第二旅団の衛戍地である結城家領総野国・志野原を主な拠点としている。

 ここは独混第一旅団の駐屯する澄之浦演習地よりも皇都に近く、皇都にいる結城景忠公への報告や有馬頼朋翁との会談に便利だったからである。そのため、結城家側の便宜もあって将校用の官舎を一軒、借りていた。

 領軍の再編を行う中で一つ、貴通が懸念しているのは、第十四師団再編のために今まで南洋独立守備隊に配属されていた結城景秀卿の嫡男・景保(かげもり)が内地に呼び戻されたことであった。

 もともと景忠公と弟・景秀との仲は良くなく、景忠公の子が次々と流産・夭折したために一時は景秀が結城家の後継者と目されていた時期もあった。

 しかし、景紀が無事に成長したことで、景秀卿が結城家を継ぐ可能性もなくなってしまった。

 また、景秀嫡男・景保は次期当主たる景紀の立場を脅かしかねない存在として、兵学寮卒業後は北溟道の第七師団に配属され、その後は南洋独立守備隊に配属されるなど、結城家領から遠ざけられていた。

 現在は騎兵中佐であるが、景紀と違って戦功もほとんどない。

 彼は今年で二十二歳であり、今年で十九歳となった貴通、景紀よりも兵学寮三期先輩であった。つまり、兵学寮で二年ほど学び舎を共にした先輩でもあった。

 景紀の存在の所為で父と共に結城家の後継者となる道を断たれたためか、典型的な“嫌な先輩”という記憶しか貴通の中にはない。

 自分を公家の軟弱者だの、女顔だの(これは事実だが、性別を偽らないとならない貴通は認めることが出来なかった)、果ては景紀と“念友”だのと言ってきた先輩の一人である。

 そうした人間が内地に戻ってきており、さらにその父・景秀卿に不穏な動きがある。どうにも、景紀と敵対する伊丹正信公や一色公直公に密かに接触しているのではないかという疑いがあるのだ。

 内地に帰還して早々、自分と景紀は伊丹・一色両家の圧力に屈した景忠公によって独混第一旅団の旅団長と幕僚を解任されている。

 景忠公は景紀に新海諸島の部族長たちとの交渉を任せるという名目で旅団長解任劇を糊塗しようとしたようであるが、貴通から見れば公の政治的指導力の低下は明らかであった。

 この状況下で、一時は結城家後継者と見なされていたこともある景秀卿と伊丹・一色両家が手を組んだらどうなるか。

 歴史上、御家騒動の中で隠居に追い込まれた当主というものは存在する。

 やはり、この状況下で景紀・宵の両名が内地を不在にしていることは大きいと貴通は思った。

 自分は確かに五摂家人間であるが、今、結城家内部で御家騒動が起こるような事態となれば、介入することは出来ない。

 と、そんなことをつらつらと考えていたら、部屋の外から廊下を足取り荒く歩く音が聞こえた。その足音は、旅団司令部内に貴通が与えられた事務室へと近付いて来る。

 何事かと思って顔を上げると、入室の許可を求める声もなくいきなり扉を開けて部屋に踏み込んでくる人物がいた。


「おい、穂積貴通! これはどういうことだ!」


 憤怒の形相で踏み込んできたのは、騎兵科の軍服に身を包んだまだ若い将校であった。乱雑に扉を開けた勢いのまま、机の上に数枚の書類を叩き付けてきた。


「小山少佐」


 貴通は座ったまま、その無礼な将校を冷ややかに見据えた。

 結城家の分家・小山子爵家の嫡男・朝康。騎兵第二旅団で大隊長を務めている、今年で二十一歳になる青年将校である。


「今はもう、兵学寮の先輩後輩の関係ではないのですよ」


 貴通や景紀にとって兵学寮二期先輩の人物ではあるが、今では階級は完全に逆転している。未だ兵学寮の頃のように呼び捨てにする朝康の態度は、大佐である貴通に対してあるまじきものであった。


「俺は、これはどういうことかって聞いているんだ!」


 だが、朝康は興奮したまま机の上の書類を叩いた。貴通は、うるさそうに顔をしかめる。


「ああ、訓練内容の変更に関する意見書のことですか」


 寒天版で印刷された書類は、貴通が騎兵第一、第二旅団司令部に対して具申した意見書であった。

 対斉戦役で得られた戦訓を元に、騎兵の運用方法を大きく改めることを主旨としたものである。貴通が景紀と共に内地ヘと帰還する輸送船団の中で(したた)めたもので、いわゆる“騎兵無用論”に近いものであった。


「てめぇも景紀の野郎も、いったい騎兵科の伝統を何だと思っていやがる!?」


「伝統で戦争に勝てるとでもおっしゃりたいのですか? ならばあなたは、銃も砲も捨てて古来の武士らしく太刀と弓、あるいは槍だけで戦われたら如何です?」


 “軟弱者の公家”に武士の伝統を侮辱されたと捉えたのか、朝康は刺すような視線で貴通を睨み付けた。だが、男装の少女は涼しい顔を崩さない。


「この公家のボンボンがっ……!」


 激発した朝康が貴通の胸ぐらを掴み上げようとした刹那、部屋に新たな声が響いた。


「穂積大佐、少し騒がしいようだが何かあったのか?」


 何食わぬ表情で入室してきたのは、騎兵第一旅団旅団長・島田富造少将であった。


「はっ、いいえ。少し、騎兵の運用方法について小山少佐と意見を交わしていただけです」


 即座に立ち上がって敬礼した貴通は、そう言った。

 未だ兵学寮の先輩後輩意識のまま上官に無礼を働いた朝康を庇う形ではあったが、貴通は結城家領軍の中では“余所者”である。下手に朝康の無礼を咎めては、かえって貴通自身の立場を悪くしてしまう。

 遼河平原の戦闘でも、少将の景紀が中将の佐々木求馬第十四師団長に“説得”という名の命令を下している。さらには少将として景紀よりも先任である島田富造騎兵第一旅団長は、海城防衛戦において指揮権を景紀に委ねた事例がある。

 景紀は結城家次期当主であり、朝康もまた分家たる小山子爵家次期当主。

 封建制の残る軍だからこその、人間関係の難しさがあった。


「ほう、随分と熱の入った議論だったようだな」


 部屋に入ってきた島田少将は、状況をすべて理解した上で貴通の嘘を受け入れた。


「私も遼河平原での戦闘を体験した一人だ。将来的な騎兵の運用についてならば、私も色々と有用な話が出来ると思うがね」


「では、島田閣下」


 流石に結城家の直属の家臣団出身の島田少将には、朝康も階級を重んずるようであった。


「今後の騎兵科は伝統的な突撃戦法を改め、偵察や後方攪乱に重点を置くべきとする穂積大佐殿の意見書をどう思われますか?」


 質問の形を取っているが、朝康の口調には同意を強く求めるような響きがあった。


「俺は、まるで騎兵科を馬賊のように運用しようとするなど、武士の伝統に悖るものであると思っています」


「朝康殿」


 少将である島田旅団長は、小山朝康の小山子爵家次期当主としての立場を尊重しつつ続けた。


「私も士族の出身であるから卿の意見は理解出来るが、部下を率いる立場で伝統のみを重んずるのは無責任な態度であるとも思っている。指揮官は、現実をこそ重んずるべきだ。遼河平原では鉄条網と数多の銃弾の前に、かつて大陸を制覇したこともある騎馬民族が撃ち倒された。卿はこの現実をどのように考える?」


「それは斉軍の騎兵部隊が前時代的な装備であったからで……」


「刀や槍を持って突撃するという点では、我が軍の騎兵部隊もそう変わらないと思うが? まさか馬上で大砲を放てるわけでもなかろう」


「……」


 島田少将の声は慇懃なものであったが、一方で反論を封じてしまうだけの力強さもあった。実戦を経験した軍人故の説得力と圧力のなせる技である。


「卿はもう少し、独混第一旅団や我が騎兵第一旅団が作成した戦訓特報を研究してみるべきだろう。その上で、将来のあるべき騎兵の姿について、また論じよう」


 どこか生徒を諭す教師のような口調で、島田少将は言う。


「……判りました。貴重なお話、ありがとうございました」


 朝康はサッと敬礼をして、どこかばつの悪そうな、逃げるような調子で貴通の事務室から退出していった。


「……穂積大佐も苦労しているようだな」


 二人だけになった部屋で、島田少将は苦笑した。


「牛荘でのあの光景を見た貴殿らにとって、騎兵科という存在に疑問を抱かざるを得ないのだろう。だが、内地にいて今次戦役を経験していない騎兵第二旅団はそうではない。今まで武士は騎兵科と共にあったからな。なかなか難しい問題だよ、これは」


「すみません。ご迷惑をお掛けいたしました」


 貴通は軽く頭を下げて謝罪する。


「なに、うちのところの若様は少し物わかりが良すぎる面があるからな。それを基準にしていると、いろいろと失敗することもあるだろう。それに、こう言っては穂積大佐は気を悪くすると思うが、やはり公家出身とその容姿で侮られやすい面もある」


 島田少将は、朝康が去っていった扉を見遣った。


「特にまあ、あのやんちゃ坊主、もとい、小山少佐の場合、小山家次期当主でありながら今回の戦役で活躍の場を与えられなかったのだ。そこに加えて貴殿の“騎兵無用論”。自らの次期当主としての自尊心を傷付けられたと思って貴殿に噛みついてしまうのも、判らないでもない。まあ、若いというか、青いとは思うがね」


 そう言う島田少将も三十代で将官になった人間であるので、軍人としてはまだまだ若い部類である。


「むしろそういう意味では、うちの若様の方が少年らしい可愛げがないとも言えるが」


 諧謔を込めて、島田少将は貴通に笑いかけた。


「しかし真面目な話、騎兵科の意識改革は必要ですよ」


 貴通の声にも、島田少将と同じく実戦を経験した者特有の切実な実感が籠っていた。


「歩兵は後装式銃の登場で、匍匐して前進する戦術などが考えられます。しかし、馬にはそのようなことは出来ないでしょう? ならば、機動力を活かした単純な偵察任務や、待ち構える敵に突撃するのではなく、そういう敵を迂回して後方攪乱を行うとか、そう言った戦術を真剣に考えるときが来ているのだと思います」


「遼河平原での戦闘を経験した人間としては、貴殿の意見に同意するよ。もっとも、今次戦役はいろいろと他にも戦訓の多い戦となった。騎兵科の運用方法も含めて、総合的な検討が必要かもしれんな。そのあたりは、六家次期当主たるうちの若君の力が必要だろうが」


「はい、僕もそう思います」


 貴通は、島田の言葉に頷いた。


「まあ、ともかく小山朝康殿のことは、ああいう人物だということを理解しておいた方がいい」


「ええ、僕も景紀殿や宵姫殿よりお話を聞いていますし、何より兵学寮の先輩でしたから」


「あのやんちゃ坊主も、婚約者のお姫様の前では大人しいらしい話を聞くから、まあ、適当に名前を出しておけば怯むだろう」


「そうですね」


 二人の軍人は、揃って皮肉げな苦笑を浮かべた。

 朝康の婚約者である嘉弥姫は、彼のそうした直情的な言動を正面から苦言を呈して抑えることが出来る貴重な女性だという。

 馬を乗りこなしている武士の青年が、婚約者に手綱を握られていると思えば、なかなかに皮肉な話であった。

 そして、貴通は内心で思った。

 朝康は“勇敢な武士”にはなれるが“優秀な将”にはなれないだろう。兵学寮の頃からそうだったが、指揮官としては直情的な性格に過ぎるのだ。

 宵姫との間にも当初、彼女を侮るような発言をしていざこざを起こしたと聞いているし、そこに加えて今回の件である。

 ただ、その性格故に政治的な策動とは無縁なようであるし、宗家の次期当主で年齢も近いということで景紀には兵学寮時代から対抗心を燃やしていたようであるが、一色公直のような粘着質な感じはない。

 血筋的にはともかく、景秀・景保親子のように景紀の次期当主としての立場を政治的に脅かすほどの存在ではないというのが貴通の判断である。

 やはり警戒すべきは、次期当主としての景紀の存在を疎ましく思っている連中だろう。

 景紀に不在の間を任された以上、少なくとも領軍内部での景紀の立場は確固たるものにしておくべきだと貴通は考えていた。

 幸いなことに、景紀は斉軍大反攻による遼河戦線の崩壊を食い止め、自ら中華帝国の皇宮・紫禁城に乗り込んでその一角を占拠した。

 戦功には、事欠かないのだ。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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