157 上陸作戦と空挺作戦
皇暦八三六年三月二十日未明、渤海湾最奥・大沽の沖合に砲声が轟き渡った。
横一列に並んだ皇国海軍の装甲艦の舷側から一斉に白煙が上がり、数瞬の間を置いて大地を揺るがす衝撃が大沽を襲う。
大沽は燕京・天津を流れる白河の河口に設けられた港・砲台であった。
かつてのアヘン戦争において、アルビオン連合王国艦隊はこの大沽の沖合にまで現れて都・燕京を脅かした。その教訓からこの十数年間、斉は大沽の砲台と守備を強化していたが、設置された砲は青銅製のものであり、決して近代的な沿岸要塞とは言えなかった。
また、渤海湾にあった斉水軍が開戦直後の龍兵爆撃などによって壊滅状態にあり、沖合に出現した皇国軍艦隊を迎撃出来る艦艇は存在していない。
「観測騎より通信。弾着良好とのこと」
皇国軍艦隊は事前に通信用呪術兵を同乗させた翼龍を空に放っており、それによる弾着観測を行っていた。
連続した砲撃が、大沽の砲台を襲う。
大沽砲台もまた反撃を行うものの、最新式後装式旋条砲を装備する皇国海軍艦艇との差は明確であった。射撃速度、砲弾の威力、射程距離の差は、如何ともし難かったのである。
特に装甲を施した大型蒸気艦である装甲艦の舷側装甲は、青銅砲の放った鉄球や石球をやすやすと弾き返していた。また、炸裂弾ではないために、装甲の薄い巡洋艦などに命中しても舷側に穴を空ける程度の損害しかもたらさなかった。
そして翼龍によって、秘匿されていた砲台も発砲炎などによってその位置を特定され、次々と破壊されて沈黙を余儀なくされていく。
制海権と制空権を確保した上での地上施設への艦砲射撃は、圧倒的な威力を誇っていた。
未明から一〇〇〇時まで、約三時間にわたって艦砲射撃は継続された。また、龍兵による爆撃も行われ、大沽砲台は急速に沿岸要塞としての機能を喪失していく。
そして、あまりに長時間続く砲撃のため、守備隊の斉兵の中には逃亡を図る者、精神に変調を来す者などが続出した。
この艦砲射撃の合間を縫って、沖合の輸送船から小型舟艇に陸戦隊の将兵が移乗していく。
そして第一次上陸部隊の全員の移乗を終え、砲台からの抵抗が途絶えたことが確認されると、舟艇は大沽に向けて漕ぎ出された。
水深二、三メートルの大沽沿岸部を、無数の舟艇が進む。
この時代、まだ上陸用舟艇はどこの列強諸国でも開発されていないので、舟艇といっても海軍艦艇に搭載されている短艇を大きくしたような手漕ぎ船である。
沿岸部に近付けば、斉兵たちからの火縄銃の射撃が陸戦隊の将兵に加えられる。
特に舟艇を漕いでいる船頭が集中的に狙われ、倒れた船頭の代わりに別の兵士が再び船を漕ぎ出し、その兵士が倒れるとさらに別の兵士が艪を動かすという光景すら見られた。
陸戦隊の将兵は、それでも怯まずに海岸を目指していく。
上陸作戦は干潮の時刻に重なるよう設定され、砲台の胸壁の下に現れた浜辺に陸戦隊員は一斉に飛び降りた。胸壁をよじ登るための梯子を持った工兵と、それを支援する歩兵が駆けていく。
梯子をかけようとする皇国軍と、砲台への侵入を阻止しようとする斉軍の間で銃撃戦が始まる。
しかし、射撃速度に勝る陸戦隊が次第に斉兵を圧倒していく。
その日の正午過ぎには、まず白河北岸の北砲台胸壁上に旭日を模した軍艦旗が翻った。一四〇〇時を回る頃には南砲台にも軍艦旗が掲げられ、大沽砲台が皇国軍によって占領されたことを鮮やかに示していた。
ただし、これはあくまでも大沽砲台を占領したに過ぎない。
ここから陸戦隊は確保した橋頭堡を拡大しつつ、内陸へ進撃する準備を整えなければならなかった。もちろん、天津方面からの逆襲にも備えなければならない。
砲台占領後も、沖合の輸送船から兵員や各種物資の揚陸作業は継続されていた。すべての装備を揚陸するのには、四日から五日かかると見込まれている。
また、これと平行して海軍陸戦隊の工兵部隊は白河河口に設けられた水中障害物の撤去を始めた。河口には、敵艦船の遡上を阻止するために、鎖が張られていたのである。
これを撤去し、河川砲艦が白河に侵入出来るようにしなければならなかった。
白河の川幅は二〇〇メートル前後であり、小型艦艇ならば侵入は可能であった。
ここで海軍は、先に遼河に派遣した河川砲艦四隻を投入することにした。
もともと喫水の浅い河川砲艦は外洋を航行するのには向いていないが、このような水深の浅い水域では逆に活躍出来るのだ。
この四隻の河川砲艦の支援の下に、陸戦隊は燕京への進撃を行う予定であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
未だ暗闇に包まれた空を、翼龍に曳かれた気球が飛行していた。
地上五〇〇メートルほどの空域を、十基の気球が北西に向けて進んでいる。
「先行している海軍の翼龍からの通信です。『紫禁城上空ニ敵騎ナシ』とのこと」
「了解」
呪術通信を通じて受け取った情報を、冬花は景紀に告げる。
天津付近の日の出時刻は、三月下旬であれば〇六一五時前後。時計を確認すると、今は三月二十一日〇五三〇時を過ぎたあたりであった。
当初、景紀らの作戦構想では、大沽砲台への攻撃開始と同時に紫禁城への降下作戦を行う予定であったが、万が一、海軍陸戦隊による大沽砲台への上陸作戦が失敗してしまった場合、降下部隊が完全に敵中で孤立してしまう危険性があった。
軍監本部としても、それではあまりに降下作戦の賭博的性格が強まってしまうとして、降下部隊の発進は大沽砲台占領が確実となった時点とされたのである。特に軍監本部長は結城家家臣団出身である川上荘吉少将であり、彼としても主家の次期当主をそのような賭博性の高い作戦に参加させるわけにはいかなかったのだ。
もちろん、景紀も部下を預かる身である。より確実性の高い作戦であるならば、己の当初の構想から変更することに何ら異存はなかった。
結果として、三月二十日に海軍陸戦隊が大沽砲台の占領に成功した翌日である二十一日未明に、紫禁城降下作戦は決行されることとなったのである。
きっと地上では、天津の中心地である天津城への進撃準備を整えている海軍陸戦隊と、内陸部への進撃を阻止しようとする斉軍が対峙していることであろう。
それらを飛び越えて、景紀らは紫禁城への降下作戦を敢行しようとしていた。
天津で皇国軍と対峙している斉軍にとっては、突然、背後に敵の別働隊が現れる格好となる。燕京の斉朝宮廷にとって、天津を守備する斉の将軍にとっても、奇襲降下は絶大であろう。
すでに、母艦を発進してから二時間半近い時間が経っていた。天津の沖合から燕京までは、一五〇キロ近い距離がある。片道三時間の飛行であった。
「降下予定時刻まで、三十分を切った。作戦内容を再度、確認する」
十台の気球には、呪術通信用の水晶球が備えられている。景紀の言葉を、冬花の呪術が中継する。
「我々はこれより、皇帝の居城たる紫禁城への挺身降下を敢行する」
選抜された隊員たちがようやく降下目標を知らされたのは、母艦が大連を出港してからのことであった。外部との接触が完全になくなった時点で、景紀は初めて作戦目標を部下たちに伝達したのである。
目標自体については驚きの声が上がったが、作戦そのものに対する疑念や不安の声は上がらなかった。独混第一旅団の者たちが、すでに緒戦の海城攻略で気球からの降下作戦を実施していたことも影響しているのだろう。
また、隊員たちは特に勇猛な者、射撃の上手い者、剣術・銃剣術の達者な者など、技能に優れた者たちを選抜している(もちろん、最低限の条件として高所恐怖症でない者も、だが)。
そうしたことから、隊員たちの間には大作戦を前にした静かな興奮が漂っているほどであった。
「我々が降下直後、真っ先に確保すべきは午門である」
各隊には、上空から呪術によって撮影した紫禁城の画像を元にした大まかな見取り図が配布されていた。
南北に長方形の形をした広大な敷地面積を誇る紫禁城であるが、その区域はおおむね三つに分かれている。
一つ目は、皇帝の住まう内廷という区画である。これは、城の最も内側に存在している。
二つ目は、各官庁や儀式を行う建物の存在する外朝という区画である。これが、内廷を取り巻くように築かれている。
内廷と外朝、この二つの名から皇帝を中心とする政治組織を「朝廷」と総称するようになったのである。
そして三つ目が、その外朝の外側に位置する皇城と呼ばれる庭園を中心とした区画である。基本的には外朝より内側を紫禁城の敷地とし、紫禁城と皇城との間には幅五十二メートルの堀が巡らされている。
午門はこの外朝と皇城とを繋ぐ、紫禁城の一番南に位置する門である。
この午門を抜けると次に太和門が現れ、そこを抜けると即位式などの皇帝にとって重要な儀式を行う太和殿が現れる。
この太和殿が紫禁城で最も象徴的な建物であろうし、そこを皇国軍が占拠することの政治的意義は大きいのだろうが、まずは拠点の確保が重要であった。
そこで景紀は、斉軍が外から増援を城内に引き入れるのを阻止出来る位置にある午門をまず占拠することにしたのである。
門と名が付いているが、流石は中華帝国宮殿の南門というべきか、城壁の上に宮殿のような楼閣が築かれた、壮麗な建築物であった。
その文化的価値はさておき、この午門が紫禁城の内と外とを扼する位置に存在するため、真っ先に占拠して降下部隊の拠点とすべきと景紀は考えたのである。
また、午門と太和門との間の広場には、金水河という人工の川が流れている。
少なくとも陸戦隊が到着するまで数日は持ち堪えなければならないため、堀と合せて水場の確保は重要であった。
そもそも皇国側は、紫禁城の大まかな建物の配置は偵察や他国の朝貢使からもたらされた情報で把握していたものの、井戸の位置など細かい施設の場所は把握していなかったのである。
「午門確保後は、この門と太和門との間の広場を占拠し、補給物資を空輸してくる翼龍が着陸出来るだけの場所を確保する。その後、状況次第では太和殿の占拠を目指す」
景紀は中華帝国の皇宮に降下するという興奮を感じさせぬ淡々とした声で告げた。
各気球に備えられた水晶球からは、彼の声が流れていた。目標地点まであと三十分の距離にまで近付けば、霊力波を敵呪術師に逆探知されたとしても、斉側は十分な対応は出来ないだろう。
「まあ、ちょっと物騒な観光に行くようなもんだ」
最後に景紀は軽い口調で付け加えた。
「ちょいと手荒い歓迎は受けるかもしれんが、連中も皇宮に観光客を迎えるのは初めてだろうから、多少は大目に見てやるように」
気球の籠の中で身を寄せ合っていた隊員たちが、小さく笑った。それを見回して、景紀は告げる。
「では、各自最後の装具点検を行え」
◇◇◇
ようやく東の空が白み始めた燕京上空に、無数の光球が現れた。先行していた海軍龍兵部隊の投下した吊光弾であった。
その光の下に、間もなく朝を迎えようとしている中華帝国の都が浮かび上がっていた。
その光に導かれるように、翼龍に曳かれた十基の気球は進んでいく。そして十基の気球は紫禁城到達直前で、翼龍から切り離された。
「加東少佐より通信。『貴隊ノ武運ヲ祈ル』」
敬礼をしながら引き返していく龍兵隊長の姿を、景紀は見た。
慣性によって進む気球を操る御者が方向舵や昇降舵を操り、目標地点への降下を目指していく。
「総員、降下準備!」
先陣を切るのは、指揮官先頭を守って景紀の乗る一号機であった。
彼の背後には、赤い火鼠の衣を羽織り胸当てを付けて矢筒を背負った冬花、そして完全武装の二十八名の隊員が控えている。
徐々に地上が迫ってくる。吊光弾の光に照らされた、壮麗な中華帝国の皇宮。
景紀は籠の縁に足をかけた。軍刀の柄に手を添える。
「挺身降下隊、続けぇ!」
地上に向けて飛び降りると同時に、景紀は軍刀を抜き放った。吊光弾の光に、刀身が鮮やかに煌めく。
冬花がそれに続き、二十八名の隊員も次々と石畳の敷かれた広場に降り立っていく。ここは、午門と太和門に挟まれた広場であった。
夜警をしていたのだろう。その広場には、近世的な武具を身にまとった皇宮の禁衛兵らしき者たちがいた。
景紀は、いったい何が起こったのか理解出来ずに騒ぎ始める兵士たちの一人を斬った。銃声が響き、残りの斉兵たちも次々と撃ち倒されていく。
「円陣を組め! 後続の降下地点を確保しろ!」
気球の籠を遮蔽物に利用しつつ、二十八名の隊員が素早く円陣を組んで周囲を警戒する。
吊光弾を投下した時点で、斉兵たちは異変を察知して動き出しているはずだ。遠からず、事態を正確に把握しだすだろう。
「冬花、敵の呪術師の気配は? あるいは、呪術的な罠の気配は?」
「この周囲には感じられません。北側に、守護の結界の気配があります」
北側というと、内廷か。景紀はそう判断した。斉の宮廷術師たちは、皇帝や皇族の居住空間を主に守護しているということだろう。
「式を放って、城内を探れ。兵士の配置だけでなく、城内の構造もだ」
「はっ!」
応じるや否や、赤い羽織の袖から無数の白い紙片が飛び出していく。冬花の操る、探知用の式だった。それらが城内の四方八方へと飛び去っていく。
やはり冬花の存在を前提にし過ぎた作戦だな、と景紀は内心で自嘲する。紫禁城への降下作戦といい、将家の次期当主として、いささか戦法が邪道・奇道に寄り過ぎている。
後続の気球も、次々と降りてくる。分解状態にあった多銃身砲四門も気球から降ろされ、ただちに組み立てが始まる。
「穂積大佐、後続の指揮は任せる!」
貴通の乗った気球が無事に降下を果たすと、景紀は即座に行動を起こすことにした。全基の降下が終わるまで悠長に待っていては、敵に混乱から立ち直る隙を与えてしまう。
「俺は一番隊を率いて午門の確保に向かう!」
「了解いたしました! 後続部隊の指揮を預かります!」
貴通の返答を、景紀は背中で受け止めた。彼は最初に集結させた九〇名の隊員を率いて、午門へと駆け出した。
空に、東から昇る太陽が浮かび始めている。
「まずは城門の確保だ! 外からの増援を呼び込ませるな!」
城門の内側の鍵さえ確保出来れば、それだけで紫禁城内の禁衛兵に外から増援が駆け付けるのを阻止することが出来る。
「冬花は城壁上の連中を頼む!」
「承知しました!」
未だ、皇宮を守る禁衛兵は状況を理解出来ていないのだろう。午門の城壁上と、その下の城門とのところで、兵士たちが状況を確認しようと怒鳴り合っている。防備の態勢が整えられていない。
そもそも、城とは外敵を防ぐための施設だ。監獄などと違い、内部からの攻撃などほとんど想定していないのだろう。
慌てて槍を構えようとする兵士を、景紀は斬り捨てた。降下部隊の兵士たちも、城門のところに殺到する。
銃剣で敵兵の腹を突き、銃床で頭部を殴りつける。
一方、冬花は妖狐の血と呪術で強化した脚力で城壁上まで一気に跳躍した。弓を体に掛けたまま、両手で左右の刀を抜く。
「はぁっ!」
裂帛の声と共に、城壁上の兵士たちに斬りかかる。午門の楼閣に、血飛沫が舞う。左右の刀で、それぞれ別の敵兵を斬り裂いていく。
「登れ!」
城壁の下では、素早く門の確保を成功させた景紀が午門の楼閣に登るよう命じていた。城内からならば、楼閣に登る階段がある。
そこを、景紀を先頭にした兵士たちが駆け上がった。
午門は紫禁城の正門だけあり、その楼閣は皇国の城の大手門などとは比較にならない広さを誇っている。城門の両端は南に突き出した形をしており、景紀は隊を分けてその部分の制圧もしなければならなかった。
斉兵にも、皇宮を守る禁衛兵としての誇りがあったのだろう。城壁上での攻防戦は、激しいものとなった。
だが、柱などを遮蔽物にして射撃を繰り返す皇国軍に、やがて斉兵は圧倒されていった。
禁衛兵が城壁を伝って東西に撤退を開始したのは、降下から一時間以上が経った頃であった。朝日が、激しい白兵戦の舞台となった午門を照らしている。
「冬花、午門に繋がる城壁を爆破してくれ」
城壁を伝って斉兵が午門を奪還しようとするのを防ぐためであった。
本来であれば工兵の役割であろうが、空輸出来る爆薬の量には限りがある。やはり、冬花の爆裂術式で補うしかないのだ。
「かしこまりました」
従者としての態度で応じた冬花は、爆裂術式を込めた式を放ち、それを上空から城壁に突っ込ませて午門の東西に延びる城壁を崩落させた。
似たようなことが陽鮮でもあったなと、ふと冬花はどうでもいいことを思い出していた。
昇る朝日を背景に、午門の楼閣上に皇国旗が翻った。兵士たちの間で、割れるような「万歳」の叫びが上がる。
その様子を、冬花は景紀に命じられて水晶球で撮影した。景紀も中華帝国の皇宮制圧という快挙(あるいは暴挙)に少し興奮しているのだろう、と彼女は思った。もちろん、冬花としても景紀が武功を上げた瞬間の映像は欲しかったので、否やはなかったが。
一方、午門内側の広場では、貴通指揮の下、広場への敵兵の侵入を阻止していた。
午門から太和門に至る広場は、南北を門に、東西が塀によって区切られている。その塀にもそれぞれ広場へ通ずる門が存在していたが、貴通はそこに籠を遮蔽物として置き、さらには多銃身砲を設置して敵兵の侵入を防いでいた。
三月二十一日の午後には、午門内側の広場を完全に占拠した皇国陸軍挺身降下隊と、紫禁城を守る斉軍禁衛兵の戦闘は、皇国軍有利のままに小康状態に入りつつあった。




