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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第八章 中華衰亡編

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156 中華の憂鬱

 大斉帝国の都・燕京には、華やかな外見とは裏腹に、沈痛した雰囲気が流れていた。

 八旗の名将、皇帝の忠臣として先代皇帝の御代から衆望を担ってきたホロンブセンゲの戦死は、皇帝を始めとする宮廷の者たちに大きな衝撃を与えていた。

 咸寧帝は先帝の御代からその武功をもって仕えてくれていた武将の死を悼み、三日間の喪に服すよう宮中に命じると共に、ホロンブセンゲに「忠」の諡号(しごう)を送るほどであった。

 最早、斉には倭軍に対抗出来る有力な武将は存在していなかった。広州に上陸したアルビオン連合王国軍に対しても、現地の軍は連戦連敗であるという。現地緑営の戦意は極めて低く、むしろ戦争を理由に周辺の村々から徴発という形をとった略奪を行う者まで出ている始末であった。

 自分たちの故郷を守ろうと立ち上がった義勇兵たちの集団“勇軍”の方が、まだ規律が取れているほどである。

 また、悪化しているのは戦況だけではなかった。

 都周辺の食糧事情も悪化しつつあったのだ。満洲から華北に流れてくる穀物の途絶、華中・華南地方との交易も沿岸部が倭国水軍によって封鎖され、内陸の大運河も龍兵爆撃によって徹底的に妨害されている。

 深刻な不作が発生したわけではないのに、都やその周辺に住む人々の日々の食糧は少なくなりつつあった。

 このままでは、歴代皇帝たちにとって悪夢であった農民反乱が発生しかねない。

 直隷平野周辺の兵力を満洲に向かわせてしまったため、都周辺の防備も極めて脆弱であった。軍機大臣の蘇玄徳が急ぎ募兵を掛けているものの、到底、都を守るには足らない。

 また、無理な募兵はかえって民衆からの反発を呼び、逆に反乱を促しかねなかった。

 まさしく、大斉帝国は存続の危機に立たされていたのである。






 この頃の軍機大臣・蘇玄徳の悩みと言えば、皇帝たる咸寧帝が政務を放棄しがちなことであった。

 弱冠二十歳にして父帝から帝位を継承した今上皇帝は、即位からこの十年間、常に不安定な国内情勢・国際情勢に悩まされてきた。

 内憂外患の中で皇帝として権力を振るうには、咸寧帝はあまりにも凡庸であり過ぎた。

 即位から十年、皇帝でありながら思うようにならない政治に不満と諦観を募らせていたところに、最も頼りにしていたホロンブセンゲ将軍の死である。

 ここにきて、咸寧帝は政務を放棄して離宮たる円明園に籠ることが多くなっていた。

 円明園は燕京郊外に造られた離宮であり、特に十字教宣教師が設計に携わった西洋式宮殿や噴水などの庭園が存在するのが特徴であった。

 宣教師を通じてこの離宮の美しさは国外にも伝えられており、歴代皇帝がこよなく愛した場所でもあった。

 そんな離宮に、遼河平原での冬季反攻が失敗して以来、咸寧帝は引き籠もって皇后や側妃たちと共に過ごしていたのである。

 やむを得ず、軍機大臣・蘇玄徳が頼ったのが、皇帝の異母弟たる(きょう)親王奕愷(えきがい)であった。


「兄上はまだ円明園に籠っておられるのか?」


 紫禁城にある親王の居室に蘇玄徳が赴くと、奕愷は嘆息するように言った。


「まったく、何を考えておられるのやら……」


 今年で二十六歳となる恭親王奕愷と、異母兄弟たる咸寧帝との仲は、あまり良くない。

 そもそも父帝が後継者を定める際、一時は奕愷の方を次期皇帝としようとしていた。斉朝の皇位継承制度は、長子相続ではなく、皇帝による指名制である。だからこそ、最も皇帝に相応しい人格と能力を備えた皇子が次期皇帝として指名される。

 奕愷が次期皇帝候補となったのもの、皇帝としての能力でいえば彼の方が異母兄よりも相応しかったからだ。しかし、父帝は人格面を重んじて最終的に咸寧帝を後継者に定めた。

 だがやはり奕愷の能力を惜しんだのか、先帝は奕愷を皇帝に次ぐ親王として尊重するようにという遺言を残していた。

 恭親王という称号が与えられているのも、それによる。

 しかし、そうした事情故に異母兄である咸寧帝は自身の立場を脅かしかねない者として奕愷を警戒していた。そこには、兄よりも優秀な弟に対する劣等感もあったのかもしれない。

 奕愷は宮中で親王として尊重される一方、特定の役職に就いてはいなかった。これもまた、異母弟に権力を与えたくないという咸寧帝の意向が働いている。


「それで大臣、今日はどうしたのだ?」


「はっ、都を含む直隷平野の防備強化問題についてです」


「募兵は相変わらず進んでいないのだったな?」


「はい、無理に募兵を強行すれば反乱を誘発しかねず……」


「かといって防備を強化しなければ倭人やアルビオン人が燕京に攻め入ってくる、と?」


「御意」


 中華帝国の都、この世界の中心たるべき場所は、今やそのような不安定な状況下にあったのだ。


「辺境の国境を守備している八旗軍を引き抜いて都の防備に充てるという案もあるにはあるのですが……」


 そう言って蘇玄徳は、丁寧に巻かれた書類を皇帝の異母弟たる親王に渡す。それを、青年親王は卓子の上に広げる。

 一読して、その表情が険しくなった。


「回疆方面に、ルーシー帝国軍の動きが見られるだと……?」


 回疆は、大斉帝国の西の辺境であった。古代には「西域」と呼ばれていた地域とも重なり、大斉帝国が征服した最も新しい土地であることから、「新疆」とも呼ばれている。

 回疆という名の通り、その地域に住んでいるのは回教を信仰する人々であった。民族的には、マフムート帝国を建国した西方騎馬民族に近い。

 この辺境の地はルーシー帝国の領土と接しており、その境界線には曖昧な部分があった。

 大斉帝国は建国直後、氷州に進出していた秋津皇国との間には国境線を画定する条約を締結していたが、ルーシー帝国との間には未だ国境線を画定する条約は存在していなかったのである。

 特にルーシー帝国が中央アジア方面でも南下政策を行っている影響もあり、回疆地方を巡る斉・ルーシー間の緊張関係は年々高まっていた。


「あの洋夷どもめ、この機に乗じて我が領土をかすめ取ろうという魂胆か」


 奕愷は呻く。ルーシー帝国の狙いは明らかであった。

 斉が秋津皇国とアルビオン連合王国との戦争に兵力を割かれている隙を突いて、回疆方面で南下を試みるつもりなのだろう。

 これでは、辺境に駐屯する八旗軍を引き抜くことは出来ない(もっとも、その八旗軍とて、どの程度あてに出来るかは判らなかったが)。


「要するに、我が国が夷狄どもを抑え込めなかったことが原因か」


 奕愷はそう言って慨嘆する。最早、独力で満洲の倭人どもを撃退するだけの力は斉朝にはないだろう。南のアルビオン連合王国についても同様である。

 そこにルーシー帝国の軍も加わるとなれば、大斉帝国は滅亡の危機に瀕することになる。

 早々に手を打たねばならなかった。


「同じ夷狄とはいえ、別に互いに(よしみ)を結んでいるわけもあるまい。付け入る隙は、あるはずだ」


 夷を以て夷を制す。それこそが今の大斉帝国がとるべき外交方針であろうと奕愷は考える。

 ただ問題は、中華文化圏の外交様式と西洋文化圏の外交様式がまったく違うことだろう。アヘン戦争において結ばれた講和条約は洋夷どもが斉を自らの外交様式に従わせようとしたという一面があるが、結局のところ、多くの斉側官僚たちはこの条約を外夷操縦のための手段に過ぎないと理解しており、西洋式の外交を真の意味で理解している斉人はごく少数であった。

 講和条約やその後の通商条約において西洋諸国に領事裁判権を認め、関税を斉朝が自主的に決めることが出来なくなったことについても、当時の斉人たちは中華帝国が夷狄に対して恩恵を与えてやったのだと認識しているに過ぎなかった。

 兄である咸寧帝も、あまり理解していないのではないかと奕愷は思っている。もちろん、奕愷自身も西洋の外交様式について理解に苦しむ点があることは事実であった。

 加えて、通商の拡大を求めているアルビオン連合王国、南に領土を広げたいルーシー帝国はともかく、倭人どもの戦争目的が極めて不明確であることも、大斉帝国側の対応を難しいものとしていた。

 奕愷も含め、誰も華夷秩序という東アジア国際関係の解体を秋津皇国が狙っているとは考えていなかったのである。いや、考えが及ばなかったと言う方が正しいだろう。

 秋津人は所詮、夷狄でしかなく、その夷狄が中華に代わって東アジアに新秩序を樹立しようなどということは、まったく以て不遜以外の何ものでもなかったからだ(もっとも、斉人自身が本来的には夷狄であって、その夷狄が中華帝国を担っているという現実からすれば、秋津人の目指す東亜新秩序を理解出来ても良さそうなものであったが)。


「まずは(えびす)どもが納得するような条件を提示するとともに、それを連中が互いに相争うような内容にすることだろう。中華帝国たる我が国が連中に与える恩恵に差異を設けることで、夷狄同士が結び付かぬようにするのだ」


「御意」


「それと都の、もっと言えば皇宮と離宮の防備か」


 こちらに関しては、万が一の反乱対策である。とはいえ、兵力がない状況で出来ることは限られている。

 紫禁城には「領侍衛府」という皇宮の守備・警備を担当する部署が存在し、そこに所属する禁衛兵の数は一八〇〇名である。事実上、この領侍衛府の禁衛兵が紫禁城の守備隊であった。

 この他、都・燕京には「禁旅八旗」という近衛部隊が存在していたが、ホロンブセンゲ直属の蒙古八旗と違い、都での優雅な生活に慣れて騎馬民族としての剽悍さを失ってしまった彼らは、その他多くの八旗・緑営と同じく軍としての練度を著しく低下させていた。


「宮廷術師の多くを失ってしまったのは、兄上や皇宮の警備上、痛手であったな」


 ホロンブセンゲ将軍による倭乱鎮定のための冬季反攻に参加した宮廷術師たちは、そのほとんどが戦地において倭人の妖術師のために死亡していた。

 宮廷術師たちはこれまで、反乱などで首謀者に対する呪詛を行うなど、軍の反乱鎮定を助けた実績がある。だからこそ彼らが必要であったのだが、皇宮たる紫禁城に残っている宮廷術師たちの数は激減していた。

 ちなみに、皇国では呪術師といえば陰陽師が代表的であるが、大斉帝国において呪術師は道教系の方士と西蔵仏教系の呪僧の二系統に主に分類される。

 特に北方騎馬民族と西蔵仏教の繋がりは長い歴史を持ち、斉人たちの故郷である満洲の地名も、もともとは「文殊菩薩」の発音が訛ったものであった。斉朝皇帝には、西蔵仏教の大施主としての一面も存在している。

 現在、都にいる宮廷術師たちの中心は、こうした仏教系の術者であった。彼らはその戒律もあって呪詛など人を害するための呪術は扱うことが出来ず、もっぱら皇帝やその家族の呪術的守護を担っている。

 攻撃系統の呪術よりも、守護系統の呪術や加持祈祷に特化した呪術師たちであった。

 父帝の皇太子時代のように賊徒が紫禁城に侵入してきたとしても、結界を張って皇帝の居住する内廷を守護することしか出来ないだろう。賊徒を撃退、鎮定するだけの力がないのだ。


「とにかく、内廷と兄上の籠っている円明園には呪術の扱える僧侶たちを配置して万が一に備えさせろ。外朝(紫禁城内の皇帝や大臣、官僚たちが政務を行う区画)については、方士たちで間に合わせるしかなかろう」


「御意」


「ああ、一応言っておくが、すべて兄上の許可の下に行ってくれ。この状況で謀反を疑われても敵わん」


 弟である自分に劣等感を抱いている咸寧帝のことだ。皇帝の行うべき政務にあまり口出しをし過ぎると、反逆を疑われて粛清されかねない。

 あるいは、と奕愷は思う。

 最近では政務から逃避しがちな兄である。夷狄との困難な交渉を自分に任せて、離宮に引き籠もったままということも考えられる。そうして、中華帝国が夷狄に屈したという汚名をすべて自分に被せるのだ。

 これは、自分も兄上のことを嗤っていられないかもしれない。奕愷はそう内心で苦笑した。内憂外患に蝕まれる帝国で己の責務をまっとうしようとするのは、想像以上に精神的疲労が溜まりそうであった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 大連港柳樹屯の司令部にて、景紀は宮内省御霊部の浦部伊季と会っていた。


「まあ、俺も八重と同じく龍王の血を引く術者だから、翼龍にある程度言うことを聞かせられはするんだが……」


 旅団長執務室の応接用の椅子に腰掛けながら、伊季は困惑を顔に浮かべていた。

 景紀は帯城倭館から翼龍を利用して館員を脱出させる際、八重が龍王の血に宿る力を使って翼龍たちに秩序立った動きをさせていたことを思い出した。それと同じことが伊季にも出来るのではないかと考え、呼び出した次第であった。

 伊季は部屋の出入り口をちらりと見る。扉を塞ぐように、冬花が立っていた。


「いったい、景紀殿は俺に何をさせたいのだ?」


 白髪の少女の様子を見て、どうやら自分は何か重大なことに巻き込まれつつあるようだと伊季は自覚した。


「翼龍を使った軍事作戦への協力を依頼したい」


「俺は宮内省の人間なんだが」


「倭館の時は、八重も防戦に参加してもらっているぞ?」


 少し意地悪げに、景紀は言う。伊季が小さく息をついた。


「……まあ、父上も皇国を夷狄視する華夷秩序は崩壊させたいようではあるからな」


 景紀らが使節団として陽鮮に渡る前にも、御霊部長・浦部伊任は皇主という存在を否定する華夷思想に対する不満を述べていた。当然、その息子である伊季は皇室を尊崇する父親の政治的信条を景紀以上に理解していることだろう。


「俺からの要請を受けるかどうかについては、御霊部長である伊任殿に確認してもらって構わない。受けてもらえるのならば、貴殿のことは一時的に軍属として扱う。万が一の補償金は、結城家が責任を持って出す」


「いったい、軍は何を考えているんだ?」


「それは軍機につき、教えられない」


「まあ、この警戒ぶりを見れば判るのだが……」


 伊季はまたちらりと扉を塞ぐ冬花を見る。彼女は主君たる少年の命令に忠実なようで、先ほどから扉の前を一歩も動いていない。


「しかし、私自身は高位術者が戦争に積極的に協力することには、どちらかと言えば否定的なのだ。以前にも言ったことだが、呪術師が常人(ただびと)たちから危険視されるようなことは出来るだけ避けたい」


「別に、翼龍を大量に操ってもらって大規模爆撃を指揮してもらい、とかそういうものじゃない」


 景紀は伊季の懸念を払拭しようと続ける。


「詳しいことはまだ言えないが、要するに気球を曳いた翼龍を上手く離陸させて、帰ってきた翼龍を上手く着陸させて欲しいだけだ。倭館の時と同じく、離着陸出来る広さが限られているんでな」


 正確には発着陸ではなく発着艦なのであるが、景紀はそこまで明かすつもりはなかった。

 伊季はしばらく考える素振りを見せていたが、やがてもう一度息をついてから口を開いた。


「……判った。今は戦時だ。皇国の勝利ために、俺も出来るだけの協力はしよう」


 そう言って、龍王の血を引く陰陽師の青年は苦笑を浮かべた。


「まったく、こういう役目は八重の方が適任な気がするんだがな……」


「同感だな」


 景紀もまた、苦笑を浮かべて伊季の言葉に同意する。あの戦闘狂のきらいのある少女ならば、紫禁城まで付いてきそうだ。


「それでは、一旦失礼させて頂く。父上に確認の通信を入れなければならんし、調査団の方の引き継ぎもあるのでな」


「ああ、貴殿の協力に感謝する」






「もし伊季殿に断られたらどうするつもりだったの?」


 伊季が退出した後、冬花はそう景紀に尋ねた。


「その時は、加東隊長が言っていた通り、翼龍に三人乗りして挺身隊を編成したさ」


「ただ、少し作戦計画を変更することになったかもしれません」


 景紀の言葉を、貴通が引き継ぐ。


「作戦の骨子は、天津上陸に呼応して部隊を紫禁城に降下させること。それによって、敵守備隊を混乱させることでした。しかし、降下作戦の問題点は降下部隊が敵中に孤立する可能性があることです」


「気球による降下作戦が使えないとなると、八〇名程度の兵員で紫禁城に降下することになる。決死隊ならば構わんが、この状況で決死隊を編成するほど俺たちは切羽詰まっていない。安易な決死隊編成は、指揮官としての責務の放棄だ」


 景紀の妙な矜持に、傍らの貴通が小さく笑みを浮かべる。


「ですので、翼龍のみによる降下作戦の場合、作戦の実施時期を天津上陸ではなく、上陸部隊が燕京に迫り、都を包囲した時機となったでしょう」


「次善の策は、こんな感じだ。納得したか?」


「ええ」


 冬花は頷いた。


「それじゃあ、発進の方法についてある程度目途がついてきたから、紫禁城の具体的な攻略方法を考えるぞ」


 景紀はそう言って、机の抽斗から数枚の紙を取り出す。それは、海軍の龍兵部隊が呪術で撮影した紫禁城上空の画像を紙に写し出したものであった。

 この時代、写真の技術はすでに存在していたものの、呪術を用いた撮影の方が画像の精彩がよかったため、皇国軍では呪術師を用いた撮影の方が主流であった(とはいえ、呪術兵の数に基づく撮影数の限界はあったが)。


「冬花もこっちに来てくれ」


 主君に呼ばれ、冬花は扉の施錠を確認してから景紀と貴通の側に寄る。机の上に広げられた紙には、上空から撮られた紫禁城の精細な姿が記されていた。

 思わず、ほうと感嘆の息が漏れてしまう。それほどまでに、中華帝国の皇宮たる紫禁城は壮麗で広大なものであった。


「僕たちは、ここに降り立つんですね」


 冬花の感嘆に触発されたのか、貴通もまた紫禁城の姿に見入っていた。


「ああ、そうだ。成功すれば、戦史に残る壮挙になる」


「そう考えると、楽しくなってくるわね」


 主君に従って、自分もその作戦に参加することが出来る。そう考えると、冬花はどこか誇らしい思いが湧いてくる気がした。


「ええ、まったく」


 そしてそれは、貴通も同じであったらしい。彼女もまた、景紀の軍師としての誇りを抱いている者だ。


「だからこの作戦、必ず成功させるぞ」


 景紀の確固とした決意を感じさせる声に、シキガミの少女と軍装の少女は力強く頷いたのであった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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