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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
幕間 姫君たちの皇都

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9 姫君たちの限界

 総選挙が終わり、十一月二十日から臨時議会が招集されることとなった。

 主な議題は、対斉戦役遂行のために必要と予測される経費一億五〇〇〇万円の予算案の可否であった。財源は主として戦時公債で賄うこととされており、すでに三〇〇〇万円分の戦時公債を六家が引き受けていた。その他諸侯・公家も公債を引き受けるよう、列侯会議で動議が出される予定であるという。

 まさしく、皇国が将家を中心とする軍閥国家であることを象徴する議会となるだろう。

 総選挙の結果、吏党勢力が衆民院の三分の二以上を占め、民党勢力の一部も民衆の戦争支持を受けてそれまでの「政費削減・民力休養」という主張を翻して戦争遂行に賛成の立場であるようであった。

 この分ならば、臨時議会は波乱なく終わることになるだろう。

 本当に政党勢力は節操がないな、と宵は民権派系の新聞や隠密からの報告書などを読んで内心で嘆息した。

 とはいえ、所詮は民党の話である。

 六家の人間となった宵にとっては、むしろ南泰平洋の新海諸島・南瀛(なんえい)諸島の領有宣言問題、征斉派遣軍の冬季攻勢問題の方が喫緊の課題であった。






「憲隆公閣下は、我ら結城家を蔑ろにするおつもりのようですね」


 今日は長尾家皇都屋敷の洋間で会うことになった多喜子に対して、宵はそう言った。


「そんな雪女みたいな態度をとらないで下さいな」


 いつにも増して冷たい宵の態度を多喜子は茶化すが、その声にはいささか張りがなかった。


「いえ、実際私も憲実兄上も寝耳に水だったんですよ。というか、これ、別に私が責められるいわれはないですよね?」


 その上、どこかふて腐れたような態度であった。


「それでも、あなたは長尾家を代表して私と会っているわけです。結城家の不満を受け止めるくらいは責務でしょう?」


「いや、宵さん? 雪国の姫が本当の雪女になってますよ」


「私はあくまで、冬季攻勢に対する結城家の不満を代表しているに過ぎません」


「……はあ、こんなんでしたら今日の会談は勤子義姉(ねえ)様に任せるんでした」


 投げやり気味に、多喜子は卓子の上で頬杖をついた。姫として行儀の悪い態度であるが、それが演技なのか本心なのか、宵はじっと見つめる。


「きっと、景紀も父上を止めたのでしょうね。でも結局、父上と一色公が押し通したってあたりまで想像がつきます」


 はあ、と長尾の姫は溜息をついた。実に不本意そうであった。

 実際、不本意なのだろう。

 政治的策動が好きな多喜子にとって、現地軍の独走は自分の力の及ばない問題である。もちろん、宵にだって対処出来ない問題である。

 互いがそれぞれの家の全権を掌握しているのならばともかく、六家当主の娘と六家次期当主の正室に、現状そこまでの権限は存在しない。

 主導権が完全に自分の手には存在しないことに、多喜子はふて腐れているのだろう。

 しかも、宵から見れば少し歪な形ではあるが、これでも多喜子は景紀の味方のつもりでいるらしい。実の父よりも、その独走に巻き込まれる景紀の方に同情的であるようだった。


「まあ、結城家側の不満は理解しました。憲実兄上に伝えてはおきますが、兄上だってこれには対処出来ないと思いますよ?」


「でしょうね。当主たる憲隆公が決定してしまった以上、いかに嫡男とはいえ憲実様がその決定を覆すのは容易ではないでしょうから」


 宵としても、長尾多喜子やその兄・憲実がこの問題を解決出来るとは思っていない。

 結局のところ、六家が事実上、国家の統治権、軍の統帥権を握っているために、その六家が現地で独走するとそれを中央が十分に統制出来ないということがそもそもの問題なのである。


「景紀はああ言う性格ですからね。下手に父上や一色公と対立して、現地で孤立していないといいのですけれど」


「孤立したところで、景紀様は気にされないと思いますが? それに景紀様には冬花様が付いていますから」


 やはり何だかんだで景紀を心配しているらしい多喜子であるが、宵はそこまで心配していなかった。景紀には補佐官たる冬花がついているし、貴通という幕僚もいる。

 たとえ現地の司令官たちの間で孤立したとしても、上手くやるだろうと思っている。


「何ですか? 自分の方が景紀を理解しているって言う、私への当て付けですか?」


 ちょっと拗ねたように、多喜子が唇を尖らせていた。


「だいたい、宵さん。景紀の側に冬花がいるというのに、少し危機感薄いんじゃありません?」


「あなたも、私と冬花様の対立を煽ろうとしているわけですか?」


 警戒感を滲ませながら、宵は多喜子を見据える。そんな北国の姫を見て、多喜子はもう一度溜息をついた。どこか自嘲の混じった表情をしている。


「……だから景紀は、あなたを受入れたのでしょうね。冬花の存在を尊重する、あなたを」


 ぷい、と多喜子は顔ごと宵から視線を逸らした。


「冬花様は、景紀様になくてはならない方です。私は、そう思っています」


 きっぱりと、宵は断言する。


「……いいですね、正室の余裕って」


 多喜子はふて腐れたような表情のまま、そう言った。

 正室だからといって殿方からの寵愛を必ずしも得られるわけではないことを宵は母の事例から理解しているが、多喜子はそうは受け取らなかったらしい。


「冬花は所詮、用人の子。あの子が絶対に得られない地位を得た感想はどうですか?」


 そして、そんな意地の悪い質問をしてくる。こちらの心をチクチクと針でつついてくるような気分であったが、宵は端的に答えた。


「特にどうとも」


 強いて言えば、後から景紀たちの関係に割り込んでしまったことに多少の後ろめたさを感じないでもないが、今ではそこまで強くは思っていない。自分も自分なりに、景紀と関係を築けたという実感があるからだ。

 あるいはそんな態度が、多喜子には気に喰わなかったのかもしれないが。


「私は景紀様の室であり、冬花様は景紀様のシキガミ。ただそれだけです」


 それが、宵の偽らざる本心であった。

 多喜子は、なおも視線を戻さなかった。そして、ぽつりと言った。


「……宵さん。私は、あなたが妬ましい」


 それは普段、茶目っ気ある態度の下に自らの本心を隠し続けていた長尾の姫が見せた、どろりと粘つくような剥き出しの感情であった。


「そうですか」


 だが宵は、素っ気なく応じるだけであった。

 自分が後から景紀たちの関係に割り込んだという点では、多喜子に対しても同じだろう。だが彼女に対しては、それほど後ろめたさは感じない。どころか、殿方の寵愛を巡る女らしい対抗心すら湧いてくる。

 自分は、この女には景紀の寵愛が向くのが我慢ならないと思ってしまうのだ。

 だがもしかしたら、それは多喜子も同じなのかもしれないと宵は思う。

 主とシキガミという、景紀と冬花の関係は唯一無二のものだ。

 だが、景紀の正室という地位は、別に宵でなくても良かった。それこそ他の六家の反対がなければ、景紀の正室には多喜子がなっていただろう。

 後から来た女に、本来自分がいるべきだった場所を奪われた。

 多喜子からすれば、そんな思いがあるのかもしれない。


「私、けっこう宵さんのこと、嫌いかもしれませんよ?」


 にこやかな声でそう告げる多喜子の声が、どこか強がっているような、それでいて泣きそうな乙女の声に、宵には聞こえていた。


  ◇◇◇


「あ~~~、思いっきり宵さんに女としての度量で負けた気がします……」


 宵との会見を終えて自室に戻った多喜子は、文机の上に突っ伏した。


「どうしてお前は何でもかんでも勝負事にしたがるんだろうな」


 この女の愚痴に付き合ってやるなど自分も随分と律儀な人間だな、と自嘲気味に思いながら、千坂隆房は多喜子を見下ろす。


「まあ、それが私の性分ですので」


「面倒臭ぇ性分だな」


 ふん、と隆房は鼻を鳴らした。


「少しくらい、私に同情の姿勢を示してくれてもいいんじゃないですか?」


 突っ伏した姿勢のまま顔を上げて、多喜子は恨みがましげにこの分家の嫡男を見上げた。


「だって、私からすれば宵さんに景紀を取られたようなものなんですよ? それを私が何とも思わないとでも?」


「別にあの男が手前ぇのモノだった期間なんて一秒たりともないと思うんだが?」


「これでも私と景紀は幼馴染ですよ?」


「知ってる。だけど、『幼馴染』すなわち『自分のモノ』っていうお前の考えがそもそもおかしい」


「私からすれば、父上や周囲の人間から、将来景紀に嫁ぐかもしれないと言われて育ってきたんですよ。そう思ってしまってもしょうがないと思いますけど」


「いや、だから『嫁ぐ』すなわち『自分のモノ』っていう思考がそもそもおかしいんだっつうの」


 話が通じないことに頭痛を覚えるような調子で、隆房は指摘する。


「お前は、世の男が女を他家との縁を繋ぐための道具か後継者を産むための道具程度にしか思ってないと考えているみたいだが、俺から言わせればお前もそんな男たちと同じ穴の狢だよ。お前は、男を自分の野心を遂げるための道具程度にしか思ってない」


「別に、自分に都合の良い女が欲しい男どもと違って、誰でも良いわけではないですよ? 私は、景紀がいいんです」


「だとしても、同じことだ」


 この女の結城景紀への想いは、相当に歪んでいると改めて思わずにはいられない。本当に、自分もあの兵学寮後輩も厄介な娘に引っ掛かったものだと思う。

 だいたい、景紀と多喜子の婚約の話が他の六家の反対で流れたのは、互いが四、五歳の、まだ男女の関係すら良く判っていない幼少期のはずである。もちろん、両家はそれ以前にも景紀と多喜子を引き合わせていたが、幼い内から景紀への執着を燃やしていたとなると、これは少し異様なものを感じてしまう。

 あるいは、婚約の話が流れてしまったことが、多喜子の執着をより強くしてしまったのか。お気に入りの玩具を取り上げられた幼子のように。

 隆房にはどうにも判断がつきかねた。


「だいたいお前。子供の頃に何やらかして、結城景紀に敬遠されるようになったんだよ?」


 あるいは、もう少し結城景紀が多喜子のことを幼馴染として慮っていれば、この少女はここまで歪むことはなかったのかもしれない。そんな思いから、隆房は尋ねた。


「えっ? そりゃあ、景紀が甘やかすからこの用人の娘は自分の立場を勘違いしているとか言ってみたり、景紀の従者としてうちの屋敷にやってきた冬花だけ侍女を使って奥に通させなかったり、ああ、かくれんぼにかこつけて冬花を蔵に閉じ込めたこともありましたね」


「……」


 思わず隆房は天を仰いだ。

 これは結城景紀の側に問題があるのか、多喜子の側に問題があるのか、何とも判断しかねることだった。

 確かに多喜子の言う通り、六家当主の娘である多喜子と用人の娘でしかない葛葉冬花の身分は決して対等ではない。その点では、不用意に用人の娘を側に侍らせていた景紀にも責任の一端があるだろう。

 しかし一方で、多喜子の冬花に対する嫌がらせが立場を利用したいささか露骨なものであったことも事実だろう。かくれんぼを利用して蔵に閉じ込めるなど、陰湿さを滲ませた嫌がらせまで行っていたとなればなおさらである。

 これを聞くと、確かに宵姫の女としての度量の広さを感じざるを得ない。


「まあ、今は反省していますよ。というか、冬花のことで景紀を怒らせると怖いですから」


「それについては、俺もよく知っている」


 兵学寮でも、結城家次期当主の白髪赤目の従者を侮辱する人間に景紀は容赦がなかった。


「とりあえず、嫉妬の炎で身を焦がして破滅した奴は多い。お前も十分に気を付けるんだな」


「判っていますよ。私は、そんな俗物になりたいわけじゃありませんから」


 鬱陶しげに放たれた多喜子の声。わざわざ隆房に指摘されるまでもないとでも言いたげな口調。聞き方によっては、ふて腐れているとでも受け取れるだろう。

 だが、目の前の少女がそれだけで終わるような(やわ)な姫君であるとは、隆房には到底思えなかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 十一月二十日から開会された臨時議会は、特に大きな波乱もなく四日ですべての審議を終えて閉会した。これまで六家による軍事偏重の予算に反発してきた民党勢力も、戦争遂行のための予算については全面的な支持を与えたのである。

 だが、臨時議会が閉会されたちょうどその日である十一月二十四日、軍監本部長・川上荘吉少将が兵部大臣・坂東友三郎に対して辞表を提出するという事件が発生した。

 征斉派遣軍の唱える冬季攻勢は対斉戦争計画の根幹を揺るがすものであり、このままでは自分は戦争指導に対して責任を持てないというのが辞意表明の理由であった。その上で、自分を最前線に配置換えをして欲しいと、主家である結城家当主・景忠に願い出たのである。

 陸軍の作戦用兵を担当する部署である軍監本部の長が戦時中に辞表を提出するなど前代未聞の事態であり、国民に戦争指導体制の分裂を印象づけかねない出来事であった。そのため、坂東兵相も川上少将を慰留し、景忠もまた同様に彼に最前線への転出願いを思いとどまらせた。

 軍監本部長辞表提出事件は、戦争指導方針を巡る六家の対立に中央政府が振り回される好例ともいえる出来事であったが、同時に中央政府内部に存在する六家出身の者が中央官僚化して六家の統制から離れつつある事例ともいえた。

 ただ、そうした見方はあくまでも後世的な視点であり、川上荘吉少将はこの時、本心から自分は以後の戦争指導に対して責任を持てないと思っていたという。

 何故ならば、それまで冬季攻勢の是非を巡って対立していた六家がわずか数日の内に冬季攻勢の実施へと傾き、兵部省の戦争計画を完全に破綻させようとしていたからである。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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