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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第七章 対斉戦役編

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136 第二次攻防戦の始まり

 海城を巡る第二次攻防戦は、十二月二十一日、その南西にある街道上の村落・缸瓦寨(こうがさい)から始まった。

 十九日と二十日は秋斉両軍ともに戦闘はなく、この日初めてホロンブセンゲ軍主力と海城守備隊は相見えることとなったのである。

 この時、ホロンブセンゲ軍主力の南翼を担当する左芳慶提督は、先遣部隊として総兵・孫起勝と雲凱の二名の指揮官に約二〇営九〇〇〇名を預け、海城に向けて街道上を進軍させていた。

 この大部隊は、すでに二十日時点で景紀が出した騎兵斥候によってその存在を皇国軍側に察知されていた。

 二十日時点で海城南側の防御陣地はおおむね完成していたが、海城への後退後、わずかな休止時間の後、築城工事に駆り出された混成第二十八旅団の将兵の疲労は、無視出来ぬ程度にまで溜まっていた。

 このため、景紀はなおも時間を稼ぐ必要を感じ、島田少将へ缸瓦寨付近での敵先鋒集団に対する迎撃を命じたのである。

 この命令を受けた島田少将は、騎兵第一旅団から騎兵第十三連隊に旅団直属の多銃身砲部隊と騎兵砲部隊を加えた兵力約二〇〇〇、多銃身砲十四門、騎兵砲四門の陣容を以て二十日の午後、唐王山を出撃した。

 二十一日、缸瓦寨で会敵した両軍は戦闘となり、多銃身砲の火力で圧倒した皇国軍は夕刻までに斉軍先鋒集団を撃退することに成功している。


  ◇◇◇


 島田少将らが唐王山に帰還したのは、二十一日二〇〇〇時過ぎであった。

 貴通は騎兵第一旅団に対する弾薬の補充や糧秣の配分などの兵站事務のために唐王山に赴き、一通りの手配を済ませてから再び海城守備隊司令部となっている邸宅へと戻った。

 その頃には、すでに日付は変わろうとする時刻になっていた。

 扉を叩いて、貴通は司令部作戦室となっている四合院造りの邸宅の談話室に入る。

 景紀の指揮する部隊が独混第一旅団だけでなく、騎兵第一旅団、混成第二十八旅団という三個旅団(実質的な戦力は一個師団以上となっていた)に膨れ上がったため、隻龍山の野戦司令部で独混第一旅団の指揮だけに集中していれば良いというわけにもいかなくなっていた。

 作戦室に多数の呪術通信兵を常駐させて、三個旅団の統一的運用を図らねばならなくなっていたのである。呪術通信兵は独混第一旅団司令部付きの者たちだけでなく、騎兵第一、混成第二十八両旅団司令部からも人員を派遣させていた。

 司令部の通信能力を充実させなければ、三部隊の円滑な運用が出来ないのである。通信は二十四時間、いつでも送受信出来るようにしておかなければならない。交代要員も含めればそれなりの人数が必要であった。

 貴通がそんな有り様となっている談話室に入ると、そこを出る前に比べて緊迫した空気が漂っていた。

 机の上に広げられた海城周辺の地図を、景紀と冬花が睨んでいる。

 貴通がよく見てみれば、冬花の方は何故か片目を瞑っていて、開いているもう一方の目も地図ではなく遠くを見ているような感じであった。

 呪術通信兵たちも、通信盤の前に座って慎重に何かを探っているようである。そんな彼らを指揮する当直将校も、落ち着かなげな仕草で部下の様子を見ている。


「穂積大佐、ただ今戻りました」


 軍帽を小脇に抱えて、凍ってしまったようになった口を動かして貴通は報告した。ひとまず、自分の感じた奇妙さは置いておくことにする。


「ああ」


 すると、地図から顔を上げた景紀が、固い声で応じる。彼は自ら暖かい茶を注いで貴通に渡すと、そのまま無言で部屋の外を指差した。

 部屋の外で話そう、ということだろう。

 貴通が廊下に出、机を回って景紀も廊下に出てきた。


「どうだった、島田支隊の様子は?」


「弾薬の消費量が気になるところではありますが、馬の方はまあまあ健康そうです。ところで、北側に防衛線に何か異変でも」


 自分が唐王山に出向いている間に、北側の防衛線に何かが起こったのかと思ったのだ。


「冬花が、牛荘方面で呪術が使用されている気配を感じ取った」


「例の瘴気作戦を行った術者たちですか?」


「同じ術者かどうかは判らんが、とにかく冬花に式を放って探らせている」


 だから片目を閉じていたのか、と貴通は納得する。牛荘方面に飛ばした式から送られてくる視覚情報を共有していたのだろう。

 そして、他の呪術兵も敵の霊力の気配を探らせていたに違いない。あるいは、敵が呪術通信を使っていれば、それを傍受しようとしたのか。

 いずれにせよ、彼らの集中力を阻害しないために、景紀は廊下に自分を誘ったのだろう。


「瘴気もそうですが、僕らが陽鮮の倭館でやったように爆裂術式を撃ち込んでくる可能性も考慮すべきでは?」


 幼い頃から呪術師を側に侍らせていた景紀には釈迦に説法かとは思ったが、貴通は彼の幕僚としての責務からそう指摘する。


「ああ、瘴気作戦を見る限り、斉軍の連中は兵や武器の質を膨大な兵力と呪術で補おうとしていると見ていいだろう」


 そして、斉軍が皇国軍を撃滅するためには、遼河平原南部の支撐点たる海城を奪還する必要性がある。

 ただ、第十四師団を苦境に追いやった瘴気作戦について、景紀は大して心配しているようには見えなかった。

 それだけ冬花への信頼が厚いのだろうなと、貴通は少しやきもちにも似た思いを抱いてしまう。

 と、突然、談話室内から苦痛を堪えるような呻き声が聞こえた。

 瞬間、すでに景紀は動いていた。彼が扉を蹴破るように開けるのと、室内から「補佐官殿!」という当直将校の動揺した声が聞こえてくるのは同時であった。

 貴通も慌てて室内に飛び込む。

 そこには、片目を押さえて蹲る冬花がいた。押さえているのは、先程まで瞑っていた方の目だ。指の間から、鮮血が漏れ出していた。


「何があった?」


 景紀が蹲る冬花を抱き留めるようにしながら、鋭く尋ねた。


「ちょっと、しくじっただけよ」


 主君たる少年を心配させないためだろう、出来るだけ気丈に冬花は答えた。


「向こうの術者に式を捕捉されて、そこから私の霊力を辿って攻撃されたわ。即座に式との繋がりを切ったから、あまり心配しないで」


 無事な方の目で、冬花は何とか笑みを作ろうとしていた。

 そんな彼女の表情は、貴通にとってひどく見覚えのあるものだった。

 陰陽師の少女の心が、貴通には手に取るように判った。自分も兵学寮時代、女であるが故の体の不調で景紀に散々迷惑をかけ、また心配させてしまった。

 でも自分も彼女も、そんなことで景紀に不安になって欲しくないのだ。

 そして、心配をかけてしまう自分自身が情けない。

 だから、ああいう笑顔で自分自身と景紀を誤魔化すのだ。


「景くん」


 今は旅団長と幕僚ではなく、兵学寮同期の親友としての言葉で貴通は言った。


「少しの間、ここは僕が与ります。景くんは、冬花さんを医務室に」


「いえ、治癒の術式を掛ければ治りますから」


 景紀の腕の中にある冬花は、そう言った。式と繋がっていた霊力を辿って放たれた敵術者の呪術攻撃は、それほど深刻ではないと伝えたいのだろう。


「ひとまず、部屋に運ぶぞ。……貴通、すまんが少しの間、頼む」


「了解です」


 前半を冬花に、後半を貴通に言って、景紀は白髪の少女の背中と膝の裏に腕を入れてその華奢な体を抱え上げた。


「……ったく、痩せ我慢しやがって」


 優しく叱るよう腕の中の冬花に言った景紀の言葉を、貴通はどこか懐かしい思いを抱きながら聞いていた。


「さて」


 そして、二人の姿が扉の向こうに消えるとそうした感情を一瞬のうちに切り替えて、旅団幕僚としての思考に戻す。

 呪術が使用された気配、式を飛ばして行った索敵の妨害、これで警戒しない方が無理というものだろう。

 当直将校も含めた司令部呪術通信隊も、冬花の様子を見て緊迫感を覚えたらしい。


「来ますか、斉軍の本隊が」


 それも、こちらの陣地に瘴気を流し込むようななりふり構わない戦術をとってくるような敵である。

 その瘴気から旅団を守護出来る術者である冬花があのようになってしまっては、呪術兵たちの表情が硬くなるのも無理はない。

 だが、冬花は陽鮮で蠱毒に冒されながら、一夜で回復している。恐らく、今回も彼女の容態はそれほど深刻なことにはならないだろうと貴通は考えていた。

 問題は、陽鮮の帯城倭館と比べものにならない広範囲の結界を、彼女が維持しなければならないことである。如何に妖狐の血を引くために膨大な霊力量を誇るあの白髪の陰陽師であっても、相応の負担にはなるだろう。

 これは、瘴気に対する結界の範囲を狭めて彼女の負担を減らすために、陣地の縮小を想定しておいた方が良いかもしれない。

 貴通はそんなことを考えながら、景紀が作戦室に戻ってくるのを待っていた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 翌十二月二十二日の未明、海城周辺は沙河から立ち上る川霧によって白く包まれていた。


「拙いな、これは……」


 海城防衛司令部としている四合院造りの邸宅の中庭に出て視界を確認した景紀は、忌々しげに呟いた。

 上下の歯が合わないほどの寒さの中、陣地周辺の視界は極端に悪化していた。


「敵襲があっても気付かんかもしれんし、最悪、霧の中で同士討ちって可能性もある」


「それにしても、川霧にしては濃すぎます。これはもしや……」


 中庭を挟んで反対側の棟も霞むような視界の中、景紀と貴通の二人は辺りを覆う霧に険しい視線を向けていた。


「……はい。恐らく、敵の術者によるものです」


 と、彼らの背後から声を掛ける者がいた。


「冬花、起きていて大丈夫なのか?」


 背後から現れたのは、いつもの着物に身を包んだ冬花だった。


「ええ、体の方はすっかり良くなっているわ。ただ、目の方はまだ視力が回復していないから、ちょっと視界がおかしな感じになっているけど」


 見れば、景紀たちに近寄って来る彼女の歩き方はどこかぎこちないなものだった。霧のためだけでなく、左右の目で見え方が違うために距離感が上手く掴めていないのだろう。


「それで、この霧は呪術によるものなのか?」


「ええ、術で気温や水温を操って大量の霧を発生させたってところね。どうやら瘴気も混じっていたみたいだけど、それは私の張った結界が浄化しているから、被害はないと思うわ」


 つまり、結界は瘴気は阻んだが、霧そのものは呪術が使われていないため(発生させるために呪術を使っただけ)に結界を透過してしまったというわけか。景紀はそう理解した。


「助かる」


 もし将兵が瘴気に冒されていれば、この霧と合せてまともな迎撃は行えなかっただろう。


「なら、こっちも風を操って霧を吹き飛ばせないか?」


「判ったわ。やってみる。海城北門の楼閣に登って、陣地全体の霧を吹き飛ばしてくるわ」


 高いところに登って風を起こした方が、効率が良いということだろう。景紀は即座に頷いた。


「頼むぞ」


「了解」


 主君からの命令に嬉しげに応じ、冬花は霧の中へと駆けていった。


「一旦、司令部に戻る。各部隊の状況について問い合わせるぞ。恐らく、ここからが正念場になる」


「了解です。景くんと一緒ならば、望むところですよ」


 二人は互いに不敵な笑みを見せ合って、再び司令部となっている邸宅の中に戻った。






 冬花が霧を吹き飛ばすのに、五分とかからなかった。

 だが、北は五道河から南は唐王山に至るまでの海城防衛陣地を覆っていた霧が晴れたとき、前線陣地に籠っていた将兵たちが上げたのは安堵の息ではなく、驚愕の呻きであった。

 牛荘方面の大富屯(沙河北岸、海城から約六キロ地点の村落)、東柳公屯(沙河南岸、海城から約八キロ地点の村落)、さらには遼陽街道の頭河堡に大規模な斉軍の砲兵陣地を確認したからである。

 砲といっても皇国軍の野砲などと違い、地面に台座で固定する青銅砲ではあったが、それでも数十門の砲が一夜にして自分たちの陣地の周辺に据え付けられているとなれば、兵士たちが驚愕に包まれるのも無理からぬことであった。


「昨日の牛荘方面での呪術使用はこれが目的でしたか」


 作戦室の地図に確認された敵砲兵陣地を司令部付きの従兵に書き込ませつつ、貴通は言った。


「ああ、砲兵陣地を構築するのをこちらに気取らせないために呪術で隠蔽工作でも行ったんだろうな」


 そうでなければ、こちらの砲兵が陣地構築中の敵部隊を砲撃していただろう。敵将も呪術の軍事利用については、それなりに考えが及ぶ人物のようだった。

 冬花の式が潰され、こちらの霊力波索敵も敵の動きを探知出来ていなかったとなると、敵は相応の能力を持った術者を従軍させている。それも、恐らくは複数人。

 もともと遼河防衛陣地へ加えられた瘴気作戦を考えれば覚悟していて然るべきことであったが、改めて景紀たちは敵の軍勢を指揮する将軍が一筋縄ではいかない相手であることを実感していた。

 まったくもって、厄介であった。


「補佐官殿からの呪術通信です。このまま楼閣上に留まって、敵砲兵陣地に対して霊力波による測距を行って下さるとのことです」


「了解した。各砲兵陣地に冬花の霊力波長を受信するよう、命令しろ」


「はっ」


「閣下、永島少佐殿より射撃許可を求める通信が入っておりますが?」


「別命あるまで射撃は控えろと伝えろ。砲兵部隊だけでなく、全部隊に対してだ。こちらが瘴気に冒されていると敵に誤認させろ」


「栃木城方面の歩兵第四十七連隊(第六師団麾下)よりの通信。海城―栃木城間の街道が敵の龍兵爆撃を受けた模様です。輜重段列の損害は軽微なるも、路上に多数の鉄菱が散布された結果、その除去に相応の時間が掛かるとのことです」


「こっちに龍兵が来ていないと思ったら、そっちに行ったか」


 確かに、敵の爆弾である「てつはう」の威力だと、こちらの陣地に大打撃を加えることは難しい。恐らく、遼河の渡河を巡る戦闘でそれに気付いた敵将が、街道上に鉄菱をばら撒くことでこちらの補給路を妨害する策を思いついたのだろう。

 景紀が思わず敵将を賞賛したくなるほど、威力の低い「てつはう」の効果的な使用方法であった。


「前線陣地より報告。敵砲兵に活発な動きが見られるとのことです」


「前線陣地の兵士を待避壕へ。敵の砲撃が始まるぞ」


 その声に、司令部の中に緊張が走った。

 そして数分後、景紀の予想した通りに斉軍の砲撃が開始された。

 司令部となっている邸宅にも、砲声が響いてくる。

 カルバリン砲などの青銅砲の最大射程は約六三〇〇メートル。ただし、砲身内部に旋条(ライフリング)の施されていない、しかも円弾を使用する砲なので、有効射程そのものは五〇〇メートル前後に留まっている。

 しかし、こちらの陣地という「面」を制圧するのであれば、そこまで命中率に拘る必要はないのだろう。

 恐らく敵は、攻城戦のようなものを想定しているはずだ。十分な砲撃でこちらを叩き、その上で兵士を突撃させる。そういう肚だろう。

 敵に術者がいるのなら、爆裂術式も撃ってくるかな?

 景紀はそう思ったが、現状ではあまり考える必要はないだろうと思い直した。術者が軍人の功績を横取りするとなれば、相応の恨みを買うだろう。皇国の歴史において、陰陽師を始めとした呪術師が戦場で活躍した事例が少ないのと、同じ理屈である。戦場は、あくまで武士が手柄を立てる場所だと認識されているのだ。

 敵将が従軍している術者に爆裂術式を撃たせるのは、よほど自分たちの状況が拙くなってからだろう。

 あるいは、遼河を渡河しようとした際にも爆裂術式を使わなかったことを見ると、そこまで高火力の爆裂術式を使える術者がいないのかもしれない。

 まあ、敵の術者がどれほどの腕前を持っていようとも、結局のところ対応は冬花に丸投げするしかないのだが。

 景紀は信頼とも諦観ともつかぬ感情のまま、そう思った。

 砲撃や着弾による轟音や振動が連続する中で、この六家次期当主の少年は泰然とした態度のまま戦況図を眺め続けていた。


  ◇◇◇


 砲撃は緩慢な速度でこの日の午前中いっぱい、続けられた。

 敵の砲撃が緩慢な理由は、前装式であるだけでなく、砲身の冷却をする時間を必要としていたからであった。列強諸国に比べて冶金技術の低い斉の砲は、過熱による金属疲労で暴発する危険性があったのである。

 これは大砲が開発された黎明期にすでに見られていた現象であり、斉王朝は未だその問題を解決出来ずにいるようであった。

 斉兵は周辺の雪をかき集めて砲身に掛け、そのたびに白い蒸気が上がった。

 そうしたことを繰り返していても、連続する砲撃に堪えられずに数門は兵士を道連れに暴発していた。

 やがて太陽が高く昇り、朝よりは多少は気温がぬるまってきた頃(それでも氷点下だったが)、斉兵たちが動き出した。

 雪を掻き分けながら、大富屯、東柳公屯、頭河堡の三方向から一斉に皇国軍陣地への突撃を開始したのである。


挿絵(By みてみん)


 火縄銃や抬槍を持った兵士たちが、刀や槍、矛で武装した兵士を援護するために展開する。

 そしてその瞬間、海城守備隊による猛烈な防御射撃が開始された。野砲や歩兵砲、騎兵砲による阻止砲撃と、多銃身砲や斉発砲、小銃による突撃破砕射撃によって、陣地の前面が白く染まる。

 塹壕に籠る守備兵は、景紀の命令に従って間際まで完全に射撃を控えていたのである。恐るべき射撃軍紀であった。

 緩慢な、そして円弾による砲撃のために、皇国軍の陣地も兵士もほとんどが無傷のままであった。そのため、景紀らが入念に構築した陣地は再び威力を発揮した。

 瘴気を流し込み、さらには砲撃で敵兵力を削ぐことが出来たと思っていたであろう斉軍の兵士にとって、海城防衛陣地からの猛烈な射撃はまったくの不意打ちになった。

 義勇兵、傭兵などの割合も多い頭河堡の呉鉄生軍が、まず最初に崩れた。

 第一次海城防衛戦の時と同じく凍るように冷たい河を渡らせられた斉軍兵士たちは、前回と同じように多銃身砲の掃射の前に次々と雪原を赤く染める染みとなったのである。

 そのうちに、誰も河を渡ろうとしなくなってしまったのだ。第一次攻防戦に引き続く大損害に、完全な士気崩壊を起こしてしまったらしい。

 一方、牛荘方面から来襲した大富屯・東柳公屯方面の斉軍は、北側の兵士よりもまだ勇敢であった。

 砲撃で切り刻まれ、銃弾に斃れた仲間の死体を踏み越えながら、海城前衛陣地への突撃を続行したのである。

 突撃を続ける兵士たちの足下では、助ける者のいない重傷者が呻いていた。

 だが、味方の死体や重傷者を乗り越えても、斉軍は皇国軍の陣地に辿り着くことは出来なかった。塹壕の前に張り巡らされた鉄条網が、雪を踏み分ける彼らの足を一層鈍くし、そこを塹壕内に潜む皇国軍兵士に狙い撃ちにされたのである。

 二十二日一五〇〇時過ぎ、冬の早い日暮れのために大きく傾いた太陽が雪原を照らす中で、聞こえるものは雪原に取り残されて動けない斉軍重傷者の呻き声だけとなっていた。

 哀れに思った皇国軍兵士が、銃弾でそうした兵士を苦痛から解放してやる他なかった(治療可能な敵兵については、情報を得るために捕虜とした)。

 この日の防衛戦において、皇国軍海城守備隊は一五〇〇発以上の砲弾を消費することとなった。

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