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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第七章 対斉戦役編

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131 戦線後退

 冬の日暮れは早い。

 海城や牛荘なども含めた遼河平原は、十二月には一六三〇時頃までに日没となる。

 そうして日が完全に暮れてから、独混第一旅団の隻龍山野戦司令部にいくつかの通信が入ってきた。

 それは、決して楽観的なものではなかった。そして、一部に至っては景紀の頭を痛くするものであった。

 一つ目の通信は、牛荘方面で防戦に当たっている歩兵第二十八旅団の久慈旅団長が戦死したというもの。渡河に成功した敵軍に逆襲を敢行した際、陣頭指揮を執ったために敵弾に倒れたらしい。現在、旅団の指揮は次席指揮官の柴田平九郎大佐(嶺州歩兵第五十七連隊連隊長)が執っている。

 二つ目の通信は、第三軍が戦線の後退を麾下部隊に命じたものであった。


挿絵(By みてみん)


 遼河沿いの防衛陣地が数万単位の斉兵によって危険なほどの圧迫を受けており、河川での防衛は困難と判断されたらしい。図らずも景紀とは逆に、遼河全域を防衛しようとして逆に兵力を分散させ過ぎた結果、斉軍の突破を許しかねない状況に陥ってしまったようである。

 ここで第三軍参謀長・児島誠太郎中将の大胆なところは、第二防衛線であった海城―蓋平間の街道線で防御するのではなく、一挙に第十四師団主力を蓋平まで後退させ、遼河平原の占領地域のほとんどを放棄して遼東半島の防衛にのみ、第十四師団に集中させようとした点である。

 蓋平は西を千山山脈に、東を遼東湾に挟まれた街である。当然ながら、防御正面が狭くなればそれだけ兵力の集中は容易である。児島中将は遼河防衛線で兵力を分散させてしまった反省から、このような措置を取ることを決意したらしい。主君不在であるにも関わらず、後々に責任問題に発展しかねない決断をよく下したものだと景紀は感心する。

 ただし、一方で海城については放棄せず、牛荘の混成第二十八旅団は海城への後退が命ぜられている。

 交通の要衝である海城だけは、何としても維持する方針らしい。

 第十四師団は、歩兵第二十七旅団、混成十七連隊および遼東半島の占領地維持に当たっている後備歩兵二個連隊で戦力を再編して、蓋平防衛に当たるように命ぜられていた。

 そして、三つ目の通信が問題であった。

 第十四師団司令部が、蓋平後退を頑なに拒絶しているというのである。これは完全に封建制軍隊の特色を残している皇国陸軍の弊害が出てしまった形で、師団長・佐々木求馬(もとめ)中将は主家次期当主(つまり景紀のこと)を見捨てるような形で後退することは断じて許容出来ないと強硬に主張しているらしい。

 半ば景紀への私信めいた形で届いた児島参謀長からの通信によれば、原因の一端は冬花にあるらしい。

 つまり昨日、冬花が大規模な爆裂術式を使って第十四師団を支援した結果、佐々木中将は景紀が現占領地の維持を暗に求めたものと解釈してしまったらしい。

 単に冬花が張り切り過ぎた結果ではあるのだが、景紀御付きの術者であるという彼女の立場がそうした解釈を生んでしまったようである。

 児島参謀長より、第十四師団司令部に景紀自らが出向いて説得に当たって欲しいとの依頼が来ていた。近代的軍隊を整備しながら、封建制度を中途半端な形で残している皇国陸軍の命令系統の限界を露呈してしまった形である。

 そして四つ目の通信は、独混第一旅団に対して混成第二十八旅団の海城への後退を可能な限り援護するように命ずるものであった。

 遼河沿いの防衛線からの後退に関しては、今夜中に行うとなると各部隊に混乱が生じることから、明日一日遅滞防衛戦を実施し、その日の夜を期して新たな防衛線への全面的な後退を行うものと定められた(なお、大石橋に進出中の島田支隊は第十四師団の蓋平への後退を援護すると共に、その後は海城防衛戦に参加するよう命じられていた)。

 つまり、どうあっても景紀は今夜中に佐々木中将を説得しなければならないのだ。

 景紀は明日の撤退支援作戦のための行動計画を各級指揮官に示し、さらに将兵を鼓舞するために前衛陣地や旅団野戦病院を一通り見回った後、翼龍を準備させた。その頃には二一〇〇時を過ぎていた。

 彼は護衛として冬花を伴って、第十四師団司令部の置かれている虎樟屯へと飛び立った。






 第十四師団が司令部として使っている虎樟屯の村長屋敷らしき邸宅の近くに降り立った時、景紀の顔は酷い有り様になっていた。

 上空で凍った水分に、露出部である顔面を何ヶ所も切り裂かれたためであった。頬や額に薄い裂傷がいくつも出来、さらには夜になってより冷え込んだ上空の寒さで唇は真っ青になっている。

 その中で目だけが険しい感情を湛えているので、一種、凄絶な印象を受ける顔付きとなっていた。


「今、治癒の術式を掛けるわ」


「いや、このままでいい」


 翼龍から降りて駆け寄ってきた冬花を、景紀はやんわりと拒絶する。自分の今の顔が、ある種の威嚇効果を持つだろうことを自覚してのことだった。

 一方の冬花は飛行中、自らを守る結界でも張っていたのか、顔に傷らしい傷はなかった。

 司令部となっている邸宅では、誘導用に篝火が焚かれていた。景紀と冬花の翼龍が着陸すると、すぐに司令部の衛兵が角灯を下げてやって来て、二人を司令部内に案内する。


「若君、よくぞお出で下さりました」


 作戦室で、第十四師団長・佐々木求馬中将が家臣としての態度で景紀を出迎える。この結城家家臣団出身の陸軍中将の態度は前線視察に来た上官に対するようなもので、上級司令部である第三軍司令部からの後退命令を拒絶したことに対する後ろめたさを感じているようには見えなかった。

 そのことに、景紀は苛立ちを覚える。寒空の下を飛ばなければならなかったことによる苛立ちも、そこには含まれていたが。


「佐々木、お前は第三軍司令部からの後退命令に対して異議を唱えたそうだな」


 従兵に出された温かい茶にも手を付けず、景紀は単刀直入に尋ねた。

 佐々木を階級で呼ばなかったのは、結城家の家臣の一人として扱うという景紀の意思の表れである。そもそも相手が先に自分を陸軍少将ではなく主家の次期当主として扱ってきたのだから、問題ないと考えていた。


「はっ、葛葉殿の支援もありまして、戦線を再構築することに成功しております。何より、蓋平への後退は若君を見捨てることと同義。そのような命令にどうして従えましょうか。我らは結城家の禄を()む者どもなれば」


「お前の忠誠は嬉しく思うが、軍の統制を乱すことは結城家次期当主として容認出来るものではない」


「……」


 そこで初めて、佐々木は景紀の態度に違和感を覚えたらしい。

 冬花の爆裂術式による支援があったとはいえ、戦線を再構築した手腕は景紀としても認めないでもなかったが、思考回路が近代的軍人のそれではなく封建的武将のそれであることが問題であった。


「直ちに隷下部隊に対し遅滞防衛戦の命令を発すると共に、蓋平までの後退準備をなせ」


 十八の若輩者が師団長に言うべき口調ではなかったが、封建制を残した皇国陸軍ならではのちぐはぐな光景がそこにはあった。


「しかし、主君を見捨てて後退するなど、武門の恥でございます」


「軍の統制を乱すことが、より大きな恥となる。それに、営口―牛荘間の街道防衛線が突破されるのは時間の問題だ。戦線を再構築する余裕のある今の内に、部隊に後退の準備を整えさせるべきだ」


「しかし……」


「軍司令部はすでに命令を発し、俺も指示を下した。これ以上、言を左右して命令に対する不服従を続けるようであれば、俺はお前を主家に対して従順ならざる者と認識せざるを得ないが?」


 なおも納得していない佐々木中将に対して、景紀は鋭い口調で言い放った。

 裂傷から血を滲ませている顔が、口調と相俟って六家次期当主としての威圧感を周囲の者たちに与えていた。

 少なくとも景紀は、父・景忠が病に倒れていた一年近くの間、家臣団や領国をまとめていたという実績がある。家臣としても、この六家次期当主と単なる若造と見なすことは出来なかった。

 さらには景紀が軍刀の柄に手を掛けかけていることも、司令部の者たちにこの若者の本気具合を悟らせていた。


「……かしこまりました。それが、主命であるのならば」


 佐々木中将は逡巡の末、そう言った。


「この不利な状況で戦線の再構築に成功したお前の手腕は見事なものだった。蓋平後退戦でもその手腕を発揮することを期待する」


「ははっ!」


 微かな脅しも込めて無理矢理納得させてしまった印象は拭えなかったので、景紀は最後にそう付け加えて多少の労いと激励とする。

 そうして景紀は、佐々木中将が師団参謀に指示を下し始めるのを見届けてから司令部を後にした。






 景紀は海城には直接戻らず、そのまま翼龍を駆って大石橋の騎兵第一旅団司令部を訪れて島田富造少将と簡単な情報共有や戦線後退に関する意見の摺り合わせなどを行った後、牛荘に向かった。

 翼龍の首筋にぶら下げた角灯を使って敵味方識別信号を送ってから、雪煙を舞い上げて二騎の翼龍は着陸する。


「独混第一旅団長を拝命している結城景紀少将だ」


「現在、混成第二十八旅団の指揮を継承しております柴田平九郎大佐です」


 景紀が宵の行った東北巡遊時の閲兵、そして南嶺鎮台での作戦会議などで二人は何度か顔を合わせていたが、まともに会話を交わしたのはこれが初めてであった。


「軍司令部より貴部隊の後退を援護するように仰せつかっている。状況を知りたい」


 こちらでは、景紀は司令部従兵から差し出された茶を素直に飲んだ。


「夜間、また斉軍の消耗も激しかったのか、戦闘は小康状態に陥っておりますが状況は芳しくありません」


 少しだけ不遜な響きを混ぜながら、柴田大佐は説明した。景紀を若造と侮っているというよりも、単純に気に喰わないものを感じているような口調であった。

 無理もないだろうな、と景紀は思っている。嶺州軍の将校の経歴や人事考課表については、東北巡遊時に一通り確認している。

 柴田平九郎という軍人は、佐薙家家臣団でも下級武士の出。半農半武といった家で、家禄も十分ではなく、二人いた姉は平九郎ら弟たちのために身売りして芸妓となったという。

 六家次期当主として何一つ不自由せずに育ち、また六家次期当主であるという理由だけで二十歳にもならずに少将に昇進した景紀のことを、快く思っているはずもない。

 とはいえ、景紀はそんな柴田の態度を特に気にしていない。生まれによる格差から来る反感など、兵学寮ですでに十分に味わっている。


「久慈閣下が直接指揮された逆襲でも斉軍を押し止めることは出来ず、遼河川岸にはすでに橋頭堡を築かれました。このため、牛荘南の藍旗溝を守る歩兵第五十八連隊については、藍旗溝を放棄して今夜中に牛荘に後退するよう、すでに命令を発しております」


 柴田の口調は、少し威圧的であった。例え少将であっても軍歴の浅い人間が余計な口出しをすることは許さないという、最前線指揮官としての矜持が見える。


「ああ、適切な判断だな」


 だからこそむしろ、景紀は柴田の軍人としての能力に感心(柴田の方が年上であるので、不遜な言い方かもしれないが)していた。

 この連隊長(今は臨時の旅団長)もまた、児島参謀長と同じく防御正面を狭くすることによる兵力の集中を図ったわけである。旅団の指揮を継承して間もないであろうに、何とも思い切りの良いことであった。


「明日の日暮れを待って、本旅団は海城への後退を行う予定です」


 景紀があっさりと藍旗溝放棄の決断に同意したことを意外そうに思っている口調で、柴田は続けた。


「了解した。では、明日の夕刻までにうちの旅団の輜重段列を空のまま牛荘に回す。負傷兵や背嚢をそこに乗せれば、多少なりともその他の兵は身軽に後退出来るはずだ」


「はあ、了解であります」


 六家次期当主の示す配慮を、まだどこか意外そうに感じたまま柴田は応じた。


「戦況が危うくなりそうだったら通信しろ。またこいつを回してやる」


 景紀は親指で斜め背後に控える冬花を指した。冬花が、軽く柴田に一礼する。


「俺からの確認と伝達事項は以上だ。柴田大佐の方から何かあるか?」


「はい。いえ、現状、特には」


 わずか十八の将官に懐疑的な視線を向けつつ、嶺州の連隊長は答える。まあ、実戦経験の浅い十八の上官を頼りにしようとは普通は思わないよな、と景紀はそうした視線に納得する。

 柴田大佐は、結城家の家臣でも何でもないのだ。懐疑的になるのも当然といえた。

 これ以上の会話は、あまり意味がないだろう。


「では、邪魔したな。また明日の日没後、こちらに来させてもらう」


 景紀は茶を入れてくれた従兵に一言礼を言って碗を返し、第二十八旅団司令部を後にした。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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