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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第七章 対斉戦役編

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127 前線の異変

 十二月十五日、海城に拠る独立混成第一旅団の元に、いくつかの情報が集まっていた。


「岫厳城の有馬司令官閣下は、未だ昏睡状態が続いている模様です。御付きの呪術師が呪詛返しを試み、解呪を試みているとのことです」


「判った。閣下の容態に変化についての通信があれば、また報告しれくれ」


 旅団長たる景紀が頷くのを見て、司令部付き呪術通信隊の隊長は報告を続ける。


「続いて、第十四師団よりの第三軍司令部宛の報告を傍受しましたので、それについてもご報告いたします。前線兵士の間で、体調不良を訴える者が続出している模様です。赤痢、コレラ等の伝染病ないし風土病、あるいは寒冷地に慣れていないが故のものと師団司令部は考えているようです。原因については、現在、確認中とのことです」


「牛荘の第二十八旅団も同じか?」


「いえ、そこまでは確認出来ておりません」


 牛荘の第二十八旅団は嶺州出身の兵士たちで占められており、寒冷地に強い。そのような部隊でも体調不良者が相次いでいるとなれば、原因は寒さではない。伝染病や風土病、あるいはもっと別の可能性を考える必要がある。


「うちの旅団で不審な体調不良者は出ていないか?」


 旅団司令部に集合した主要四指揮官に、景紀は尋ねる。四人の佐官は互いに顔を見合わせて、代表して最先任の細見為雄大佐が答えた。


「はい。いいえ、我が部隊ではそのような事例は確認されておりません」


「なるほど」


 景紀は、虚空を睨んでしばらく考え込んだ。貞朋公が呪詛に倒れたことといい、こちらにとって都合の悪いことが起こり過ぎている。

 そして、自分の部隊ではそうした事例が確認されていないとなると……。


「冬花」


「はっ」


「例えばだが、敵軍の兵士全体にまんべんなく呪詛を掛けることは可能か? それも、師団単位の敵兵だ」


 景紀の言葉に、司令部に詰める者たちの表情が強ばった。だが、冬花は主君の言葉を否定する。


「それは、難しいかと思われます」


「理由は?」


「呪詛とは本来、特定の相手の呪い殺す術式です。二人、三人といった程度であれば可能ですが、不特定多数に呪詛を向けることは、本来の術式の使い方ではありません」


「なら、呪術で不特定多数の相手を標的にする術式はないか?」


「呪詛と同じく禁術の類ではありますが、瘴気を発生させる術式はあります。ただ、人間だけでなく土地そのものも瘴気によって穢すことになりますので、使うとなれば事後処理のために浄化の術式を使える術者も必要となるでしょうが」


「相当の覚悟と、腕の立つ術者がいないと採り得ない策というわけか」


「はい、そういうことになるかと」


「なるほど、な……」


 そこでまた、景紀は沈黙を挟んだ。


「冬花、牛荘に向かって体調不良者の有無および居た場合の症状について至急、確認してこい。各部隊は呪術通信が妨害された場合の伝令の手順について、再度、麾下部隊に徹底させるように。ここ数日は、斉軍の反攻に十分注意するように」


「旅団長閣下、よろしいですかな?」


 龍兵隊長・加東正虎少佐が手を挙げた。


「何だ?」


「龍兵索敵を行いますか? その方が、敵軍の動向も判然とするかと思いますがね」


「凍傷の危険を冒してでも、か? 龍兵を一人育成するのに、どれだけの金と時間がかかると思っている?」


「旅団全体の安全には代えられんでしょう」


 かつて景紀や冬花に騎龍の仕方を教えた翼龍乗りは、不遜とも取れる態度で反論した。


「……」


 景紀は一瞬、瞑目した。眉間に皺が寄る。


「冬花」


「はい」


「治癒の術式を書いた呪符を何枚か置いていってくれ」


「かしこまりました」


「龍兵索敵を行う。穂積大佐、加東少佐、ただちに索敵計画の立案に取りかかるぞ」


「はっ!」


「了解であります」


 貴通が生真面目な調子で返答し、加東少佐がにやりとした笑みで応じる。


「通信」


「はっ!」


「第三軍司令部に向けて意見具申。『種々ノ情勢ヲ鑑ルニ斉軍ノ反攻ノ可能性大ナリト認ム』。以上だ」


「はっ、第三軍司令部に向けて通信。『種々ノ情勢ヲ鑑ルニ斉軍ノ反攻ノ可能性大ナリト認ム』。直ちに発信いたします」


 呪術通信兵は敬礼すると、直ちに通信室へと向かった。


「伝達は以上だ。各員、かかれ」






 皇暦八三五年十二月時点において、第三軍は営口から海城に至る遼河東岸に防衛線を敷いていた。

 営口周辺を第十四師団、牛荘周辺を混成第二十八旅団(久慈支隊)が担当し、海城の守備は独混第一旅団、その東方の盤嶺や吉洞峪を第六師団が担当している。

 独立混成第一旅団は海城北方一・五キロ地点にある二つの高地、歓喜山と隻龍山を中心に、後立子窪―隻龍山―三橋里―歓喜山―徐家園子の線を結ぶ主防御陣地を築いていた。

 二つの高地の北側、海城の北門より三キロの地点(高地からは約一・五キロ)には五道河という河が東西に流れており、陣地は河川障害と高地を十分に利用した造りとなっている。

 ただ、一つ問題があったのは、これら陣地は主に北方、つまりは遼陽方面から斉軍の反撃があることを想定して築かれた点であった。西方、つまりは牛荘方面の陣地ついては障害となるべき河川などがないため、陣地が整えられているものの、地形上の弱点を抱えていた。

 牛荘防衛線が突破された場合、独混第一旅団は側面を突かれる危険性があったのである。

 だからこそ景紀は牛荘方面の状況を気にしており、わざわざ冬花を派遣したともいえる。

 翼龍で冬花が牛荘に飛び立つと、景紀は貴通を従えて前線視察に出掛けた。


「やっぱり、川だけで敵の侵攻を防ぐのは難しそうだな」


 まずは五道河沿いの前衛防御陣地を訪れた景紀は、この場所に陣地を構築することを決めた時と同じ印象を抱いていた。


「ええ、川があるのは良いのですが、南岸と北岸で標高差がありますから、敵に火砲を据えられるとこちら側が上から一方的に撃たれる危険性があります」


 五道河を天然の障害として、川岸に鉄条網を張り巡らせ、木材を組んだ障害物を川中に設置するなどして北側からの渡河に備えている独混第一旅団の河川陣地であったが、一方で地形を原因とする弱点も存在していた。

 川の北岸の方が標高が高く(九十六メートル)、皇国軍が陣地を築いた南岸の方が低い(九十一メートル)のである。つまり、敵の火砲などによって上から独混第一旅団の河川防御陣地が一方的に撃たれる危険性があった。


「ある程度、川を使って敵兵力を漸減したら、その後は素直に高地まで退くべきでしょうね」


「そうだな。海城周辺は沙河と五道河に挟まれて、南北方向には大兵力を展開しにくい。上手く川の南側に敵を誘い出して、殲滅するってことも、理論上は可能だろうな」


 川は攻撃上の障害であるばかりでなく、撤退の上でも障害になる。沙河と五道河の間に敵を誘引して殲滅を図るというのは、海城を守備する上では理想的な作戦だろう。もっとも、あくまで理想論であり、どこまで上手くいくかは判らないが。


「問題は、牛荘方面から敵の攻撃があるかということですが、こればかりは第二十八旅団の奮戦を祈るしかありませんね」


「ああ。問題は、その第二十八旅団の状況だが……、冬花が上手く処置してくれると良いんだがな」


 景紀は何となく西方を見つめながら、そう言った。

 その後、帰還した龍兵の言によれば、遼河西岸は天候不順のため十分な偵察飛行が出来なかったということであった。

 その「天候不順」にどこか作為的なものを感じながら、景紀と貴通はこの日の夜を迎えたのだった。






 夜になって牛荘から帰還した冬花は、やはり第二十八旅団でも原因不明の体調不良者が続出していると報告してきた。

 冬花の予測通り牛荘周辺には瘴気が漂っており、皇国軍の兵士だけでなく、その地域に住まう斉人まで瘴気に苦しむ者たちが続出していたという。


「一応、向こうの呪術兵と協力して周辺一帯に浄化の術式を施して、瘴気に冒された兵士たちの治療をしてきたわ」


「旅団の呪術兵だけで対応は出来なかったってことだな?」


「ええ。それに、軍の呪術師にはそこまで高位の人間はいないってこと、景紀だってよく判っているでしょ? 自分で言うのも何だけど、第三軍で高位術者を探したら、私か貞朋公御付きの術者である弓削殿程度よ」


「厄介だな……」


 斉は、本格的に高位術者を戦場に投入し始めたようだ。兵器の質の差を、呪術で補おうとしているということか。

 とはいえ、呪術師でもない景紀に出来ることは、せいぜい、第三軍司令部に警告を発すること程度でしかない。


「冬花」


「何?」


「戦争が終わったら、また英市郎の奴に色々と言われることを覚悟しておいてくれ」


 つまりは、陽鮮の時と同じように景紀は冬花を積極的に戦闘に利用すると言っているのである。


「そんなの、今更ね」


 冬花は、気負いなく小さな笑みを浮かべた。


「私はあなたのシキガミだもの。本来式神とは、使役すべきもの。だから、遠慮なく使って頂戴」


「ああ、頼りにしてる」


 己のシキガミへの揺るぎない信頼を込めて、景紀はそう言ったのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 翌十二月十六日未明。

 景紀は寝室の扉を叩く音で目を覚ました。


「若様、冬花です」


 扉の向こうから、切迫した冬花の声が響く。


「入れ」


 景紀はさっと布団を跳ね上げて起き上がった。途端に、冬の寒さが体を襲ってくる。


「失礼いたします」


 冬花は一礼して、部屋に入ってきた。いつもの着物姿ではなく、乗馬や乗龍も出来る短洋袴(ショートパンツ)の洋装姿。


「どうした?」


 その姿を見た時点で、景紀は彼女の報告したいことの内容を察していた。


「昨日、牛荘に行った時に仕込んでおいた警戒用の式に反応があったの。遼河西岸で、大規模な人や馬の動きを感知したわ」


「そうか」


 寝台に腰掛けて軍靴を履きながら、景紀は務めて平静な口調で答えた。冬花が部屋に掛けてある将校用制帽と冬季外套を主君たる少年に差し出し、外套を羽織るのを手伝う。


「第三軍司令部への報告と、旅団全体に警戒態勢を敷かせろ。俺は貴通を起こしてくる」


「了解」


 軽く頷いて、冬花は自室へと駆けていった。陽鮮の時と同じく、彼女の使う通信盤が自室に置かれているのだ。本来であれば司令部付きの呪術通信隊に行わせるべき業務であるが、今は緊急時なのでやむを得ない。

 景紀も旅団幕僚を務めている貴通を起こすべく、彼女の寝室へと急いだ。


  ◇◇◇


 前線陣地から幾度かの中継を経てその報告が岫厳城の第三軍司令部に届いたのは、十六日〇六〇〇時を過ぎてのことであった。


「遼河西岸・田庄台を中心として、斉軍の大規模な攻勢を確認しました! 我が軍の遼河東岸陣地に対して、砲撃や火龍槍による攻撃が行われている模様であります!」


「全軍に戦闘準備を下令」


 倒れた有馬貞朋司令官に代わって、第三軍の指揮を執っている児島誠太郎中将が命じる。


「後方で休養中の部隊もすぐに呼び戻せ! 軍直轄砲兵隊の前進準備も急ぐのだ! それと、兵站参謀!」


「はっ!」


「備蓄している弾薬も各部隊に配分しろ。春季攻勢のことは、ひとまず考えなくていい」


「かしこまりました。直ちに前線への輸送部隊を編成いたします」


「征斉大総督司令部宛てに、遼河下流にて斉軍の大規模な反攻が開始されたことを報告せよ!」


 第一軍も第二軍もすでに北進しており、救援は期待出来ない。それでも、第三軍は征斉大総督の指揮下にある以上、報告は義務だった。それに報告は、児島としては征斉大総督たる長尾憲隆大将や第二軍司令官の一色公直大将に対する、ちょっとした意趣返しのつもりであった。

 あの二人の六家当主が強引に冬季攻勢を推し進めた結果、遼東半島防衛線は不用意な隙を晒すことになってしまったのだ。

 第一軍、第二軍ともに冬営中であれば、迎撃にはもう少し兵力的な余裕が持てただろう。

 敵の総兵力は未だ不明。それでも、遼河西岸に存在する斉軍の数は第三軍と同程度かそれを上回っていると推定されていた。もし、直隷平野方面に展開しているという十万単位の軍勢が増援に加わっていれば、敵の規模は更に膨れ上がる。

 児島は、冬だというのに背中に冷たい汗が流れるのを禁じ得なかった。

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