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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第一章 皇都の次期当主編

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13 分裂する思惑

「相変わらず最悪な会議だな」


 華族会館から出た馬車の中で、景紀はげんなりとした調子で言った。


「実際に予算案の是非を論じ始めると、あの有り様だ。まあ、何とか俺たち三家が連携することで常識的範囲内に予算をまとめる算段はついたと思うんだが」


「そうね。それに、まとめないと六家そのものの威信が低下しかねないわ」


 景紀の対面に座る冬花が、主君の言葉に応じる。

 来年度予算を議決出来ないとなれば、それだけ各種国家事業に支障が生じる。そうなれば、六家の統治能力そのものを疑問視する者も出てくるだろう。

 その状況を見て、六家に押さえ込まれている将家や民権派議員たちが活発に動き出す可能性があった。

 景紀としても、それは阻止したい。彼は安楽な隠居生活を望んでいるのであって、六家が滅ぼされる未来を望んでいるわけではないのだ。


「まあ、最終的にはどうにかまとまるだろうさ。この状況じゃあ、伊丹も一色も拒否権を発動し辛いだろうからな。それに連中も、予算をまとめないことによる六家の政治的威信の低下は判っているはずだ」


 景紀は疲れたような口調で続けた。


「あと、いざとなれば有馬の老人が出張ってくるだろうからな」


「でも、それだと伊丹公と一色公の不満は残ったままになるんじゃないの? それが皇国にとって新たな火種にならないとも限らないわ」


「実際問題、そこが厄介なところなんだよなぁ……」


 景紀は腕を組んで、座席の背もたれに深く寄りかかった。


「特に伊丹公は、国内の攘夷派連中から盟主の様に見られているからな。彼らに対する面子もあって、早々に妥協することも出来ないだろう。下手に妥協すれば、逆に攘夷派から弱腰だとして暗殺の標的にされる可能性もある」


 もっとも、進んでそうした立場に身を置いた伊丹正信が攘夷派に裏切り者として暗殺されたところで、景紀はさして同情を覚えることもないだろうが。


「まあ、あの男が暗殺されたところで俺としては痛痒を覚えないが、国内の混乱は必至だろうな」


「六家当主の暗殺となれば、政治的影響は相応にあるでしょうね。あるいは、暗殺によって政治を動かせると勘違いする連中が跋扈しかねないわ」


「西洋の無政府主義者や共産主義者なんかは、まさにそんな感じだからな。皇都がそんな魑魅魍魎みたいな連中の跋扈するところになったら、俺は領地の城に断乎として引き籠もるぞ」


 景紀のどこか投げやりな発言に、冬花は苦笑を浮かべる。


「まあ、他人の心配をしたところで仕方がない。とりあえず、六家会議をどうにかまとめた上で列侯会議に臨む算段をつけないとな」


「そのために、今夜、長尾公と会談するんでしょ?」


「するっていうか、向こうから申し出てきたんだけどな」


 今日の六家会議が終わった夜に会談を行いたいと長尾憲隆が申し出てきたのは、先日、景紀が彼に送った書状の返信でのことであった。

 宵との婚礼が終わった後、景紀は初めて長尾公と二人で会談することになる。今日の六家会議が荒れることを長尾公が予想していたというのもあるのだろうが、佐薙家や東北問題について景紀の真意を知りたいという側面も大きいのだろう。


「まあ、長尾公は実際にルーシー帝国と対峙する大陸植民地を経営しているお陰か、まだ現実の見える人間であることが救いだろうな。会うのが面倒なことに変わりはないが」


「宵姫様は、同席させるの?」


「いや、宵については、特に連れてこいとは書いていなかった。ここで長尾家の血を引く宵が長尾公と会うことで、変に佐薙家を刺激することを避けたいんだろう。俺も、今日の会談に宵を連れて行くつもりはない」


「宵姫様のお立場も複雑だから、妥当なところでしょうね」


 冬花はそう言って納得しているが、将来的にはこうした会談の席に宵を連れ回すことになるだろうと景紀は思っている。

 結城家次期当主の正室としての立場もあるが、何よりも自分を支えると言ってくれた少女の覚悟に報いたかった。彼女にとっても、要人たちとの会談は貴重な政治経験になるはずだからだ。


「ともかく、六家会議についてはどうにか予算案をまとめる方向でいく。頼朋翁が政治的指導力を発揮して解決してくれるのが一番だが、あの老人ももう何年も生きていられるわけじゃないだろうからな。今後の六家会議で結城家が主導権を握れるようにしておかないと、後で困りそうだ。斯波家のように、状況に流されるだけのような状態になっちまう」


「何か案はあるの?」


「中央政府から華族に支給される家禄・賞典禄(戦功に対して支払われる俸禄)の内、六家分を大幅に削減してその分を軍事費に回す。それと、六家の持つ財産から、一定の金額を国庫に差し出させる。流石に伊丹・一色両家が盛り込んだ来年度軍事費には及ばないが、それでもそれなりの金額になる。それに加えて、逓信省や拓務省が求めている電信の敷設みたいな、有事の際に軍事転用が可能な事業の予算を積極的に認める」


「景紀は軍備拡張に反対していたんじゃないの?」


 怪訝そうに、冬花が問うた。


「国家予算の半分を軍事に注ぎ込むような、非常識な予算に反対しているだけだ。長尾公も言っていたが、常識的な範囲なら賛成だ。前にも言ったろ? この国が西洋列強の植民地になると困る、って。国家には、相応の軍事力が必要さ」


「まあ、そうね」


 冬花は頷いた。隠居を目論むことには相変わらず懐疑的ではあったが、それ以外のことに関しては、景紀の言葉は正論だと思っている。

 東洋で強大な勢力を誇り、幾つもの国を服従させてきた中華帝国・斉も今や西洋列強に国土を蚕食されるような状況である。秋津皇国も、そうした立場に陥らないと断言することは出来ないのだ。


「ただ、今景紀が言ったことを実現するには相応の根回しが必要よ。結城家の財産をどうこうするのは、まあ、会計掛に相談が必要とはいえ、当主代理である景紀の決断一つで出来ないことはないわ。でも、残り五家に一定額の費用を供出させて、家禄・賞典禄の削減をするとなれば、如何に軍事費に回すとはいえ、難色を示す家も出てくるわよ」


 六家の財政事情は、家によって多少の差がある。その上、近年では軍の近代化に伴って領軍の維持費なども嵩んでおり、六家の財政事情も徐々に苦しくなりつつあった。新南嶺島や南洋群島で利益を上げている結城家はまだ明確な財政難には陥っていないが、将来的にどうなるかはわからない。

 その意味において、華族に支払われる家禄・賞典禄は六家にとっても貴重な収入源の一つであった。それを削減するとなれば、確かに冬花の言う通り、渋る家もあるだろう。

 予算とは、一度削減されれば元に戻すことは難しいものなのだ。削減しても問題ない予算というのは、そもそもが必要のない予算であったと見なされてしまうからである。

 だからこそ、華族に限らず、あらゆる組織は予算を削減したがらない。


「まあ、根回しが面倒そうなことは判っている。俺も、今言った案がすんなり通るとは思っていない。恐らく、どこかで妥協点を探ることになるだろう。結局、政治ってのは妥協の上に成り立つものなのさ。まあ、自分の政治的主張を貫徹したけりゃ、政敵を暗殺・粛清しちまうって手もあるが」


「……みんなが景紀みたいに割り切れる人間だといいけど」


 主君の言葉の最後の部分に、冬花は何となく不穏なものを感じてしまった。

 伊丹正信、一色公直、佐薙成親。

 景紀を暗殺してしまおうと思う人間は、冬花が思いつくだけでも、相応に存在するのだ。


「まあ、俺も狙われやすい立場だってことは自覚している。正直、さっき一色公を論破しちまったのは、拙かった気もしている」


「いえ、私はあれで良かったと思うわ」


 冬花は迷うことなく断言した。


「お、おう……」


 強い光を宿す赤色の瞳で見つめられて、景紀は戸惑った。何となく、気迫のようなものまで感じる。てっきり、自分を侮っていた一色公に対して、冬花が不満をぶちまけるかと考えていたのだが……。

 どうやら、彼女は景紀の対応に満足してくれたらしい。


「やっぱり、私は景紀が堂々と他の将家と渡り合っている姿が好きだわ。普段の隠居願望を垂れ流している景紀よりも、そっちの方が格好良いもの」


「そうかい」


 何の衒いもなく言われて、景紀はいささかこそばゆくなった。そして、自身の内心を誤魔化すように、窓の外へと視線を遣ったのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「なんということだ! これでは我々が提出した来年度予算案の成立の目途が立たんぞ!」


 六家会議が終わり当主やその従者たちが馬車に乗って帰路に就く中、別室に移った伊丹正信は、憤懣やるかたない調子で声を上げた。


「あの小僧も小僧だ! いったい、国防を何だと考えているのか!」


「まったくです」一色公直も同意する。「兵学寮首席であることを鼻にかけているのでしょうが、まったくもって国防問題に対する認識不足も甚だしい」


「所詮、若造の浅知恵に過ぎん。海上交通路の保護だと? そのようなものは艦隊決戦に勝利すればどうとでもなる問題ではないか。わざわざ重視する理由が判らん。やはり、若造らしい視野の狭さだ」


「恐らく、有馬翁の入れ知恵もあったのでしょう」


「あの老人、家督を譲ってなお我らのやることに口出ししようというのか」


「まさしく国家にとって老害です。それに(おもね)るあの若造も若造ですが」


「だが厄介ではあるぞ。有馬、長尾、結城が手を組んでいる時点で、列侯会議の趨勢は決まったようなものだ。かといって、趣味以外のことにまるで関心のない斯波はあてにならんし……」


 苦々しく、伊丹正信は言う。


「我らだけでも、皇国武士団の気概を見せる必要があります」


 一方、一色公直は若者らしい興奮した熱情をその顔に浮かべていた。


「うむ、列侯会議では国防問題について徹底して議題に上げるべきであろうな」


「いえ、そういう意味ではありません。連中も我々が国防問題について列侯会議で議題に上げることは読んでいるでしょう。その程度のことで、彼らの姿勢を変えられるとは思えません。それに、あの三家だけでなく、民権派議員の存在も厄介です。これらの連中の姿勢を無理矢理にでも変えさせるためには、論だけでは不十分でしょう」


「ならば、どうするのだ?」


「あの結城の若造を誅するのです。夷狄の脅威が迫りつつある今、奴らの態度は徒に国を弱らせるだけです。その態度はまさしく国賊そのもの。あの若造を始末し、以て有馬、長尾への警告とし、さらに結城家内の混乱を狙います。結城景忠の嫡男があの若造だけである以上、分家筋を巻き込んだお家騒動に発展するでしょう。到底、列侯会議に構っている余裕はなくなります。また、失敗したとしても、襲撃の事実があるだけで三家や大蔵官僚、民権派議員への脅しになりましょう」


 一色は興奮のままに、一気呵成に捲し立てた。

 その中には、先ほどの会議で景紀に論破されたことへの、暗い感情も交じっていた。


「なるほど」


 一方、伊丹は一色の内心に、あの結城家の小倅への嫉妬混じりの対抗心があることを見抜いていた。ここは、志を同じくするこの若き当主を焚き付けるべきだろう。

 やはり、若者は小賢しいよりも、血気盛んな方が好感が持てる。こうした若者がもっと皇国の中枢に存在すれば、攘夷の決行は容易となるであろうに。

 攘夷を決行するためには、国内の惰弱な連中は一掃するに限る。国論を攘夷で統一し、皇国に挙国一致の体制を築き上げる。そうして初めて、皇国は西洋列強を東洋から一掃する力を発揮することが出来るであろう。

 皮肉なことに、そうした伊丹正信の考えは、中央集権体制を望む有馬頼朋や結城景紀と似通うところがあった。とはいえ、彼は郡県制を中核とする中央集権体制そのものを描いているわけではないので、似て非なる部分もあるのだが。


「今、皇国に軟弱者は不要だ。だが、我らの仕業と判らぬようにせねばならんぞ」


「判っております。我が家の隠密が、こういう時のために使える無頼漢どもを知っているはずです。そうした攘夷派連中による犯行に見せかければ問題ないでしょう。過激な攘夷派に狙われているとなれば、大蔵省などにいる他の軟弱な連中も言動を慎むようになるでしょうから」


「うむ、そういう者たちであれば私の方でも手配出来るが?」


「いえ、伊丹公のお手を煩わせるまでもありません。今回は私の手の者たちを使わせて下さい」


「上手くやるのだぞ?」


「判っております。長尾公とあの若造は、今夜、会合の席を開くそうです。それまでに人を集め、連中の帰路を襲わせましょう」


「うむ。となればあまり時間はないぞ」


「はい。急ぎ屋敷に帰り、配下の者たちに指示を下さねば」

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『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
[良い点] 冬花様かわいい。 忠を尽くつつ良いものは良いとはっきり言える景紀様との関係はとても和みます。
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