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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第七章 対斉戦役編

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123 作戦構想の分裂

 十一月十二日、安東県庁舎で征斉大総督・長尾憲隆陸軍大将主催による主要司令官を集めての会議が開かれた。


「先日の会議結果を部隊に持ち帰り旅団幕僚と検討いたしましたが、結論として冬季攻勢は我が軍を徒に消耗させるだけであるとの判断に達しました」


 中華風の広間に集合した軍司令官、師団長らを前にして、景紀は冬季攻勢に反対する旨を述べた。


「そもそも軍監本部の対斉作戦計画では我が軍は冬営することが決定されており、冬季攻勢を敢行するためには物資が不足しております。来春の直隷決戦計画のために集積される物資を冬季攻勢で消費してしまえば、それは来春以降の作戦計画に深刻な影響を及ぼすことになります」


「圧倒的に我が軍が優勢な状況下で、消極退嬰に陥るは武人の恥と言わざるを得ない。結城少将、貴官には敢闘精神が欠けているとしか思えん」


 どこか粘着質な声で景紀を批難したのは、第二軍司令官・一色公直大将であった。

 昨年の六家会議を思わせるような両者の対立に、背後に控える冬花は内心で憤り、長卓に座す第三軍司令官・有馬貞朋大将は苦々しい表情を浮かべていた。


「敢闘精神だけで敵を撃破出来るのならば、誰も苦労はしませんよ。いったい、何のために軍に兵站担当者がいるとお思いなのですか?」


「兵站を軽視しているわけではない。私が問題にしているは、貴官の消極的態度だ」


「小官の意見はあくまで兵站状況を見極めた上での発言に過ぎません。冬営により徒な人員と物資の消耗を避けることが、来春の直隷決戦計画を容易ならしめるものであると確信しております」


「結城少将」


 このままでは会議の雰囲気が険悪になると察したのか、征斉大総督を拝命している長尾憲隆大将が宥めるように景紀の名を呼んだ。


「春期攻勢による斉軍の撃破という軍監本部の作戦目的は、確かに理に適ったものだ。しかし、我々が直隷平野に進む場合、奉天方面の敵に対して長大な側面を暴露することになる。むしろこの冬季攻勢は、来春の直隷決戦計画を万全ならしめるという意図がある」


「牛荘を占領した今、我が軍は満洲における水運網を封鎖したことになります。斉軍が奉天方面への兵員・物資の補給を行うことは著しく困難となったのです。一方でまた、直隷方面の斉軍は満洲の米穀を入手出来なくなり、こちらも斉軍の兵站に深刻な影響を与えることになります。つまり、あえて冬季攻勢に出ずとも、満洲の水運網を封鎖し続けるだけで斉軍を弱体化させられましょう。わざわざ危険を冒してまで冬季攻勢を敢行すべきではないと、小官は重ねて申し上げます」


 一般的な皇国人にとって、斉朝発祥の地である満洲は漢人の移民を禁止した「封禁の地」という印象が強いが、これは大きな間違いである。確かに斉朝が成立した直後は漢人の移民を禁止していたが、北方騎馬民族の南下によって人口希薄となった満洲の農地は荒廃し、ために斉朝は成立からわずか五〇年程度で満洲の封禁政策を撤回せざるを得なくなっていた。以後は積極的に漢人の移民を促し、斉人の将軍の監督の下に彼らに満洲の開墾を行わせている。

 こうして開拓民が満洲へと続々とやってくると、彼らに続くように商人たちが満洲へとやって来て、遼河流域に次々と都市が建設されるようになる。

 今や満洲は大斉帝国の経済圏を構成する一地域となっており、現在では満洲は特に大豆と米穀の産地として、華北に食糧を供給するまでに至っていた。

 そして、そのために満洲の玄関口たる牛荘はこの地方最大の商港となったのである。

 皇国はこの牛荘を占領することで、満洲と華北を結ぶ一大水運網を遮断していた。

 景紀にとっては、軍事的にはこれで十分であると考えていたのである。


「西洋ではルーシー帝国に侵攻して失敗したボナパルト戦争の例もある。冬というのは、それだけで軍事的脅威なのだ」


 景紀に助け船を出すように、有馬貞朋公も口を開いた。


「長尾公、我が第三軍の総意として、冬季攻勢には反対させていただこう」


「しかし、私は現状の有利な態勢を決定的なものにして直隷決戦に臨みたいと考えている」


 六家長老たる頼朋翁が背後に控える貞朋に対しては、流石に長尾公も丁寧な口調であった。

 長尾憲隆が征斉大総督に任命されたのは、単に陸軍大将として長尾公が有馬公よりも先任であるからに過ぎない。


「兵站の問題はどうされるおつもりか? 大連―蓋平間および安東―鳳凰城間に野戦軽便鉄道を敷設したとはいっても、さらに遼陽、奉天まで進めば兵站と輜重部隊の負担は重いものとなろう」


「今ならば、遼河の水運が使えます」


 たたみ掛けるように言ったのは、一色公直であった。


「遼河の結氷期は毎年十二月末から一月初旬。十一月中旬である今、冬季攻勢を仕掛ければ一ヶ月という時間を我が軍が有効に活用出来ることになります」


「その後の占領地の維持なども考えれば、逆にあと一ヶ月しか水運を使えないということになるのではないでしょうか?」


 景紀が一色公の意見に反論する。すると、一色公直が口を開く前に長尾憲隆が言った。


「凍った河ならば、橇が使えよう。氷州では河川交通が使えない冬季には、そうして物資の遣り取りをしている地域もある」


 大陸植民地を経営する長尾憲隆は、満洲での冬季攻勢にも十分な成算があると考えているようだ。


「結城少将、貴官の懸念は理解出来ないこともない。兵站問題など傾聴に値する部分もあろう。だが、征斉大総督の立場から言わせてもらえば、奉天方面からの脅威を冬の間に排除しておくことが直隷決戦遂行のために絶対に必要であると私は確信している」


「……」


「……」


 景紀と有馬貞朋は、互いにちらりと視線を交わし合う。これ以上は反対しても無意味であると二人とも悟らざるを得なかった。


  ◇◇◇


「結局、長尾公への説得は失敗したようですね」


 会議後、安東民政庁長官の邸宅として皇国軍に接収された館に招かれた景紀は、失望感を滲ませた口調でそう言った(なお、本来の第三軍司令部は、安東―海城間にある岫厳城に置かれている)。


「面目次第もない」


「いえ、有馬公を責めているわけではありません」


 互いの声は、溜息を付きたそうな調子であった。

 先日、海城に前線視察に来た有馬貞朋は、景紀に対して長尾憲隆を個人的に説得してみると約束していたのである。しかし、有馬公をしても長尾公を翻意させられなかったということだ。


「鴨緑江で本国に逃げ帰ろうとする斉軍を撃滅した時には、この戦争の前半戦が終わったと思ったのだがな。なかなか上手くいかんものだ」


 景紀らが海城・牛荘を占領したのが十月十一日、貞朋公が九連城・鳳凰城を占領したのが十三日から十四日にかけて。

 その後、遼東半島の脊梁山脈たる千山山脈にある斉軍の拠点・岫厳城を攻略して、遼東半島の南北に分かれていた第三軍は相互の連絡路を確保することに成功していた。さらに安東県への斉軍の反攻を防ぐため鳳凰城北方の賽馬集も占領し、現在、皇国軍は遼河河口の営口―海城―賽馬集―鴨緑江右岸の朔州という、渤海から鴨緑江に至る遼東半島防衛線を構築するに至っている。

 この時点で、遼東半島の確保という第三軍の作戦はほぼ完遂された。結城家は金州に、有馬家は安東にそれぞれ民政庁を設置して占領地行政を開始している。

 そして、十月十五日に陽鮮の平寧で発生した戦闘に敗れて本国への帰還を果たそうとする斉軍を鴨緑江で迎撃し、これを第六師団が殲滅したのが十月二十二日。

 この間、征斉大総督・長尾憲隆大将直率の第一軍は沿海州や氷州から満洲や陽鮮北部に侵攻、沿海州独立守備隊約八〇〇〇が玄龍江省牡丹江など満洲東部を占領すると共に、第一軍主力たる第七、第八師団は斉―陽鮮―沿海州間の国境ともなっている豆満江を渡河、陽鮮北東部・咸鏡道や斉国側の陽鮮系住民の多い間島地方などを占領しつつ西進していた。遼東半島の占領を成し遂げた第三軍と安東での合流を果たしたのは、十一月七日のことであった。

 第二軍も平寧の戦いの後、陽鮮北部の反仁宗派を掃討しつつ北上、十一月五日、鴨緑江を渡河して斉国本土への侵入を果たしていた。

 だが、第一軍も第二軍も、ようやく盛京省に到達出来たにもかかわらず、盛京省南部の要衝はすでにことごとく第三軍によって占領されてしまっていた。長尾公も一色公も、ある意味で振り上げた拳を打ち下ろす場所を見失ってしまったことが、冬季攻勢へと傾斜していった原因なのだろう。


挿絵(By みてみん)


「長尾公も一色公も、色々と理由を述べていたが、やはり冬季攻勢を行う戦術的・戦略的意図が曖昧であるように感じます。錦州や山海関(万里の長城の東端)を冬季攻勢で一挙に攻略する、というのならばまだ理解は出来ますが」


「つまりは、己の武功を立てる機会を得たいだけなのだろう」


 貞朋公は辛辣であった。このあたり、あの老人の血をしっかりと受け継いでいるのだなと景紀は感じる。


「それと、戦後の植民地利権も、といったところか」


「可能であれば吉林まで進みたいという意見が出た時点で、何となくそんな予感はしていましたが」


「特に大陸植民地を経営している長尾公にとって、満洲の確保は重要だからな。氷州も沿海州も、開拓や米の品種改良で多少は農業生産量が上がってきたとはいえ、土地の大部分は森林や山地、凍土だ。だからこそ、食糧の供給地としての満洲が重要になってくる。満洲を確保出来れば、氷州の植民地経営は今よりも容易なものになるだろうからな」


「吉林の北東には満洲三大穀倉地帯の一つ、五常がありますからね。さもありなん、です」


「だが、吉林まで行けば完全に直隷平野とは逆方向に進むことになる。来春の直隷決戦計画を、根本的に見直す必要があるかもしれん」


「せっかく春季攻勢のために蓄えようとしている物資を、冬季攻勢で消費してしまうわけですからね」


「兵部省や軍監本部も、さぞ頭が痛かろう」


 六家は戦国時代末期に結ばれた盟約によって、皇主に直属する立場にある。それが兵部省と、その下にある軍監本部を軽視することに繋がったのだろう。

 国務大臣たる兵部大臣も皇主を補弼する立場にあるため、皇主に直属しているという意味では六家と同じはずなのであるが、内閣総理大臣の推奏に六家が深く関わっているため、六家の者たちは首相も含めた国務大臣を軽んじる傾向があるのだ。特に軍事作戦に関連する統帥事項は、行政府の一組織である兵部省ではなく、将家たる六家の管轄であるとの意識が強い。

 中央集権体制の構想を抱いているために兵部省や軍監本部の権威を認めている貞朋や景紀の方が、むしろ六家の中では例外的存在といえた。


「一応、征斉大総督の独走を抑えるために、兵部省から進撃停止命令を出してもらった方がよろしいのでは?」


「それで止まるくらいならば冬季攻勢など考えんだろうが、我が有馬家と結城家の政治的正統性を確保するためには必要か。第三軍司令官の名で、兵部省に上申しておこう」


「お願いいたします」


 景紀は軽く頭を下げた。


「ところで結城殿、長尾公や一色公の冬季攻勢に、どの程度の成算があると思う? 腹蔵のない意見を聞かせて欲しい」


 相変わらず景紀を階級で呼ばない貞朋公の配慮がありがたかった。


「これまでの斉軍の装備や練度、士気から考えまして、遼陽や奉天の攻略は、可能か不可能かでいえば可能でしょう。ただし、その後の占領地の維持に多大な困難、特に兵站上の困難に見舞われると考えます。ただ、政治的に見れば遼陽や奉天は斉朝歴代皇帝やその一族の陵墓のある地、皇国軍の勝利を内外に宣伝する効果は抜群かと。逆にそのために斉側の激烈な反応を呼び起こさなければいいのですが……?」


「どうした?」


 突然、何かを思いついた表情になった景紀に、貞朋公は怪訝そうな声を掛ける。


「いえ、我が軍の当初の作戦計画は来春、直隷平野に進撃するというものでしたが、斉国側、特に斉国皇帝が我が軍の行動をどう見ているかという視点が欠けていたように思えましたので。当然、斉は首都・燕京への我が軍の進撃を阻止すべく直隷平野に兵力を集結させるものと我々は想定していましたが、歴代皇帝陵が遼陽、奉天にあるとなれば、皇帝の威信にかけてでもこれらの地を守ろうとするかもしれません。それこそ、首都防衛という合理性を無視して、皇帝の面子の維持に躍起になる可能性も」


「なるほど。軍監本部は直隷平野を狙い、逆に斉国皇帝は我が軍が歴代皇帝陵を狙っていると考える。その相互の認識の齟齬が生じる可能性があると言いたいのだな?」


「はい、その通りです。つまりは、遼陽・奉天方面に我が軍が侵攻しようとすれば激烈な抵抗に遭遇する可能性もあるでしょうし、それこそ有馬公が指摘されたようにルーシー帝国に侵攻したフランク軍の二の舞になる可能性があります。むしろ満洲の冬に慣れているだけ、斉はボナパルト戦争時のルーシー帝国と同様、極寒期を待って反撃に出るという選択肢を採ることにそれほど心理的抵抗がないはずです」


「なるほど。すると、冬営中の防衛計画についても見直す必要が出てくるだろうな。何しろ、第一軍も第二軍も北上して、遼東半島を守るのは我々だけという状況になりかねんからな」


「はい、結城家領軍でも防衛体制の見直しをいたします」


「うむ、よろしくやってくれ。私も、第三軍に割り当てられた物資が冬季攻勢のために長尾公や一色公に横取りされないよう、南嶺鎮台や兵部省に手を回しておく」


「はっ、お願いいたします」


 その後、いくつか事務的な連絡事項を話して、景紀は邸宅を後にした。






「有馬公が冬季攻勢に反対してくれているだけ、まだ救いがあるわね」


 海城に戻るために安東郊外の翼龍飛行場に徒歩で向かいながら、冬花が言った。


「少なくとも、第三軍内部での意思統一が出来ていることは大きいです」


 冬花の発言に同意するように、貴通が頷く。


「だな。とはいえ、軍監本部の対斉作戦計画の基本方針が崩されたことに違いはない。直隷決戦計画に狂いが生じ、戦争が長期化すれば、第三国による干渉を受ける可能性が高まる。斉が遼陽や奉天の防衛に躍起になって兵力を消耗してくれればいいんだが、戦争を終わらせる決定打には欠けるんだよな……」


「僕らで対斉作戦計画を見直して、それを第三軍経由で兵部省や軍監本部に上申してみますか?」


「それも一つの手かもしれんな。冬営中は斉軍の反撃が行われない限り、時間を持て余すことになるだろうから暇つぶし代わりにちょうど良い。冬の間に、来春以降の攻勢計画で準備出来るものは準備しておこう」


「はい。それにしても今日の会議を見ていますと、昨年の六家会議での苦労が偲ばれますよ」


「六家会議は一応、全員が皇主陛下の下に平等という建前でやっているから、むしろここの司令官会議よりは楽だったかもな」


 正直、景紀としては五十歩百歩な気もしないでもないが、少なくとも六家会議は自分が主導権を取りにいこうと思えば出来た。しかし、司令官会議では階級や役職という壁に阻まれて、会議の主導権を握ることは出来ない。


「一色公の景くんに対する態度を見ていますと、冬花さんが憤る気持ちもよく判ります。自分の慕う殿方が目の前で侮辱されているのは、本当に気分が悪くなります」


 不機嫌さを隠そうともせず、貴通は言う。


「まあ、その一色公は冬季攻勢で遼東半島からいなくなるから、それまでの辛抱だ」


「一色公の顔を見なくて済むという一点においては、冬季攻勢に賛成ね」


 冬花もまた、一色公直への鬱憤を溜め込んでいたようであった。

 そんな二人の態度に、景紀は小さく苦笑する。自分のために彼女たちが憤りを見せてくれるのは嬉しいが、二人の本音があまりにも生々しい。とはいえ、自分も冬花や貴通、宵が侮辱されたら辛辣な皮肉だけでは収まらないだろうし、実際にそうなった事例に事欠かないので、まだ彼女たちの方が穏便であるともいえた。


「とりあえず、海城に戻ったらまずは前線陣地の視察に行くぞ。冬季攻勢で防衛戦力が手薄になるから、野戦陣地の構築はより一層、念入りにしなきゃならないからな」


 少なくとも、自分の側には冬花と貴通という、信頼出来る側近がいる。当初の対斉戦争計画の破綻によって先が見通せなくなりつつあるこの状況下において、彼女たちの存在は何よりも心強いものだった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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