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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第七章 対斉戦役編

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122 不必要な勝利

 景紀や冬花たち三十名の兵員を乗せた最初の気球は、海城市街西側の開けた場所に降下した。この場所には聖廟を中心とした広場が存在しており、降下地点として最適だったのである。

 とはいえ、それでも降下地点の面積は限られている。さらには、未だ制圧していない敵拠点であるため、翼龍と気球を着陸させるわけにもいかなかった。

 景紀、冬花に続いて残りの兵員が籠から飛び降りるのを確認すると、龍兵と気球の御者は再度、気球を上昇させ始めた。

 景紀はただちに下士官に命令を下し、降下地点に円陣を敷かせた。全周警戒態勢をとりつつ、後続の気球の降下地点を確保する。

 二番目の気球が降り、先ほどの気球と同じように迅速に兵員を降ろして再度、浮揚していく。


「穂積大佐以下三十名、無事、降下を完了いたしました」


 第二陣の気球に乗っていた貴通が、景紀に敬礼と共に報告した(景紀と同乗してなかったのは、万が一気球が墜落・撃墜された場合に指揮官と次席指揮官が一度に失われる危険性があったため)。

 その後、十分と経たずに四隻の気球による降下作業は完了した。

 景紀はこれを六十名ずつの隊に分け、一番隊を景紀、二番隊を貴通が指揮して南門の確保を目指すべく行動を開始した。

 未だ夜の明けない城内に、住民の気配はなかった。それどころか、所々、打ち壊しにでも遭ったかのような家屋や店舗が存在している。

 金州城からここまで進軍してくる間にも、皇国軍の進撃路上にあった村落は斉軍による徴発を受けて荒廃し、村民たちもどこかに離散してしまったのか、無人のところが多かった。もしかしたら、海城もそうした斉軍による徴発を受け、住民も早々に避難してしまったのかもしれない。

 海城を守備する斉兵の対応は、迅速とはいえなかった。

 城外で発生した皇国軍工兵隊の爆破に気を取られてしまったためか、降下部隊に対する迎撃が後手に回ってしまったのだ。

 景紀、貴通がそれぞれ指揮する部隊は、通りの左右に分かれて一方が前進すれば他方は援護射撃をするという方法で、散発的にやってくる斉兵を排除しつつ南門へと急いだ。

 ただ、やはり南門まで数百メートルの地点にまで迫ると、流石に斉兵守備隊の密度も高まってくる。

 門の楼閣に拠る斉兵から、弓や弩、火縄銃による射撃が加えられた。

 景紀たちは即座に家屋の影を遮蔽物にして、その射撃を防ぐ。そして、その遮蔽物から身を乗り出して、南門の斉兵に銃撃を加えた。だが、暗いために射撃の効果のほどは判らない。

 南門からの射撃によって皇国軍を押さえ込めていると思ったのか、一部の斉兵たちが柳葉刀(皇国では「青龍刀」と誤って伝わっている幅広の片刃の剣)を抜刀し、喊声を上げながら通りを突撃してくる。


「擲弾!」


 景紀はそう叫ぶと、通りの左右に潜む兵士たちが次々に手投げ弾を投擲していく。安全装置の抜かれた擲弾は着地の衝撃とともに次々に炸裂し、突撃する斉兵の足を鈍らせる。

 そして、抜刀突撃を行う斉兵に対して通りの左右から容赦ない射撃を浴びせていく。

 三十年式歩兵銃の扱いに慣れている旅団歩兵たちは、流れるような装填動作で次弾を装填し、引き金を絞る。

 瞬く間に斉兵の喊声は悲鳴へと変わり、南門へと潰走を始めてしまった。


「穂積大佐、援護頼む!」


「了解です!」


 通りの反対側に向けて景紀が怒鳴れば、貴通は即座に応じてくれた。彼女はサッと自らの回りにいる兵士たちに声を掛けると、身軽な動作で自ら家屋の屋根によじ登る。二番隊の兵士たちも、自らの隊長の行動に倣った。

 貴通ら二番隊の将兵が南門側から死角になる屋根の傾斜部分に腹ばいになり、棟(屋根の頂上部分のこと)から銃口を突き出す。そうして伏射姿勢のまま、屋根の上で横に並んだ二番隊は一斉に南門に向けて射撃を開始した。


「突撃ぃ!」


 二番隊による援護射撃の下に、景紀ら一番隊は海城南門の楼閣に向けて突撃を開始した。先ほど射殺した斉兵の死体を乗り越えて、銃剣を煌めかせた兵士が南門へと肉薄する。

 斉軍海城守備隊は城内からの攻撃を想定していなかったのだろう、南門の周辺には障害物らしい障害物はまるでなかった。

 二番隊が楼閣上の敵兵に射撃を繰り返して斉兵の動きを封じている間に、一番隊は南門へと到達する。

 景紀は南門へと突入しながら、目の前に現れた斉兵の腹部に銃剣を差し込んだ。その兵士の口から絶叫が上がるが、気にせずその腹を蹴り飛ばして銃剣を引き抜く。彼と付かず離れずの位置にいる冬花も、刀で斉兵の一人を斬り捨てた。


「門を確保しろ!」


 景紀の命令と共に皇国軍兵士たちが南門へと殺到する。

 地上の門を守ろうとすべく楼閣から降りてきた斉兵に銃撃を加え、銃剣で突き刺し、あるいは銃床で殴りつけ、一番隊は敵の抵抗を排除していく。

 そして一部の兵士が門に取り付いて、ついにその鍵を中から解除することに成功した。

 人の背丈の倍以上ある重厚な門扉を、兵士たちが数人がかりで開けていく。

 それを確認した景紀が、ようやく彼方が白み始めた空に向かって信号弾を撃ち出した。南門の確保に成功したことを知らせる、赤い信号弾であった。

 南門の楼閣に兵士がよじ登り、未だ中にいた斉兵を排除して楼閣頂上に皇国旗を掲げた。

 期せずして、皇国軍兵士たちの間に「万歳!」の叫びが上がる。

 沙河の上に掛かる橋も、予定通りに無傷で確保出来た。


「お見事でした、若」


 海城に降下した景紀と、敵陣地を突破した騎兵第十八連隊の細見大佐は、橋のところで合流を果たした。


「貴官も困難な夜襲をよくぞ成功させてくれた。あれがなければ、俺たちは海城で孤立していただろうからな」


「何、若君の前で無様な戦いは見せられませんからな」


「こちらも、家臣団の前で無様を晒さずに済んで安心している」


 互いに冗談を言い合い、その口元に皮肉そうな笑みを浮かべた。


「で、友軍の状況は?」


「はっ、現在、騎兵第一旅団は海城から脱出した斉軍の追撃に当たっており、第二十八旅団は牛荘鎮の攻略を始めております。牛荘も間もなく占領出来るかと」


「そいつは重畳」


 牛荘鎮は、海城県に存在する河川港である。海城西方十五キロに存在する。

 遼河河口に築かれたこの港は、華中・華南方面からの船が入港する、まさに満洲における海の玄関口といえる場所であった。大連が未だ寒村でしかないこの時代、この牛荘が満洲における最も発展した港であった。後に喫水が浅い船しか入港できないために衰退していく運命にある港であったが、この時代は、この付近を航行する船は黄河航行用の喫水の浅い沙船であったので問題は生じていない。

 この牛荘鎮から遼河やその支流を遡って、盛京(奉天)、遼陽、撫順、鉄嶺、開原など満洲の主要都市に物資が運ばれており、海城の占領と相俟って、皇国軍は盛京省南部における陸上・水上の交通の要衝をそれぞれ確保したことになったのである。


「これで、斉は盛京省南部における拠点を一挙に失ったわけだ。ここさえ確保しておけば、今年の冬はだいぶ楽に過ごせるだろうな」


 海城・牛荘の占領によって、斉軍は遼東半島を奪還するためにも、あるいは陽鮮方面へ再侵攻するためにも、まずは海城・牛荘を奪還しなければならない状況に陥ったのである。

 これにより、現在、鴨緑江に向けて東進中の第三軍主力の第六師団は、側背を突かれる恐れなく進撃出来るようにもなっていた。

 景紀らによる海城・牛荘占領は、戦術的・戦略的に意義のある作戦行動だったのである。


「景くん、おめでとうございます」


 海城城内を完全に確保して、中華風建築物の県庁舎に臨時の旅団司令部を置くと、後から合流してきた貴通が顔をほころばせながら同期生の勝利を喜んだ。


「景くんは匪賊討伐などで初陣を済ませているとはいえ、正式な戦争に参加するのはこれが初めてですよね? つまりは、これが本当の意味での初陣だったわけです。ここまで一切の苦戦なく遼東半島確保という作戦目的を達成出来たとなると、これは華々しい初陣を飾れたといっても過言ではないでしょう」


 景紀が華々しい活躍をすることを己の存在意義に結びつけている男装の少女は、心底、嬉しそうにいささか興奮した口調でそう捲し立てた。


「まあ少し落ち着けや」


 景紀は苦笑しつつ、この兵学寮同期生を宥める。


「確かにここまで上手くいったが、兵站がかなり際どかったのは事実だ」


「それでも何とかしてしまった景くんは凄いですよ」


「それはお前が兵站の管理をかなり計算してくれたお陰だな。機動戦の実行には優秀な兵站幕僚が必要だってことを、骨身に染みて実感出来たわ」


「えへへ、景くんに褒められました」


 表情を完全に年頃の乙女のそれに変えて、貴通は少しだらしなくも見える笑みを浮かべた。

 そんな同期生の表情がなんとなくおかしくて、景紀も釣られたように笑みを零していた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 無邪気に自分たちの勝利を喜べていた頃が、今となっては懐かしい。


「本格的な冬が来るか来ないかって時期に海城を攻略していれば、冬季攻勢なんて考えは出なかっただろうな」


 海城県庁舎で第三軍司令官・有馬貞朋大将との会見を終えて、旅団長宿舎兼旅団司令部としている海城城外に建つ元豪農の邸宅に帰ってからも景紀の愚痴は続いていた。


「連中は冬眠中の熊のごとく、大人しく冬営出来ないのか?」


 中華風の装飾の施された椅子に腰を下ろし、景紀は深く息をついた。


「第一軍も第二軍も、妙に血気盛んなようですな」


 皮肉そうに評したのは、龍兵第六十四戦隊の加東正虎少佐であった。

 元は談話室だったろう広間に、独立混成第一旅団の主要四指揮官(歩兵、騎兵、砲兵、龍兵)も集合していた。

 景紀の従者として控える冬花が、主君と貴通、そして主要四指揮官に温かい茶を配ってから主君の後ろに控える。湯飲みの置かれた卓子もまた、中華風の装飾も鮮やかな茶褐色のものであった。

 旅団がこの邸宅を接収した時には家主たる豪農一家はすでに疎開してしまっていたようで、金品や装飾品の類は持ち去られていたが、運び出し切れなかったらしい大型の家具などはありがたく使わせてもらっている(家具については、海城城内からも持ち出している)。

 この邸宅は斉北部の家屋によく見られる四合院造りの建築物で、敷地の四方を建物や壁で囲い、中央の中庭に面して回廊が設けられている。敷地に出入りで出来るのは南側に面した一つの門のみであり、警備もしやすい造りになっていた。

 そのために旅団司令部として選ばれたという側面もある。

 なお、海城占領当初、旅団司令部を置いていた海城城内に存在する県庁舎の方は、結城家が置いた金州民政庁の海城支庁庁舎として使用されていた。


「それで旅団長閣下、冬季攻勢の攻略地点として挙がっているのはどこですか?」


 歩兵部隊指揮官・宮崎茂治郎大佐が尋ねた。


「現状、遼陽と奉天だ」


「盛京省の主要都市を占領する、ということですか」


「可能であればその先の吉林までいくつもりらしいがな」


「吉林まで行くとなれば、直隷平野とはまるっきり逆方向ではないですか」砲兵隊指揮官・永島惟茂少佐が呆れたように言う。「これが直隷平野に近い錦州ならばまだ理解できますが」


「俺と有馬公はあくまで軍監本部の対斉作戦計画に準じた作戦行動を行うべきと主張しているが、征斉大総督の長尾公まで冬季攻勢に乗り気となると、司令官会議の流れはほぼ決したも同然だ」


「それは、厄介極まりますな」


 呻くように言ったのは、騎兵隊指揮官・細見為雄大佐であった。


「まあ、うちの主要四指揮官が常識的思考の持ち主で助かった」


 皮肉と嘲弄の混じった声で、景紀は言う。


「ったく、この分裂具合、去年の六家会議を思い出すな」


 若き旅団長の愚痴に、全員が同情とも苦笑ともとれぬ表情を浮かべた。


「遼東半島と安東県の占領地を維持するためにある程度の兵力は必要だから残すというが、それは冬季攻勢に反対している俺たち結城家領軍と有馬家領軍となるだろうな」


「まあ、仮にそうなったとして、無理な冬季攻勢に付き合わされないだけ儲けものですな」


 加東少佐は相変わらず皮肉そうな口調であった。


「極寒期となれば、翼龍はともかく龍兵が持ちません。一度空に上がれば、凍傷で使い物にならなくなる搭乗員が必ず出てきます」


「あの、以前から少し疑問に思っていたのですが」


 細見大佐が景紀と加東少佐を交互に見遣りつつ、手を挙げながら言った。


「どう見ても見た目爬虫類の翼龍が、冬でも普通に活動出来るのは何故なのでしょうか?」


「ああ、騎兵科の貴官にも判りやすく言ってしまえば、翼龍は“家畜化された霊獣”だからな」


「“家畜化された霊獣”、でありますか?」


 景紀の説明に、細見大佐が不思議そうな顔を見せる。


「まだ現世(うつしよ)幽世(かくりよ)の境界が曖昧だった神代、人が龍を乗りこなそうとした過程で、翼龍は馬と同じように騎乗生物として家畜化されたということだ。だから妖や霊獣の類が現世から姿を消していった現在でも、翼龍だけは現世に存在し続けている」


「はあ、そういうことですか」


 一瞬、四指揮官の目線が景紀の背後に控える冬花に向かう。彼女もまた、幽世の存在の血を引く者であるからだろう。

 景紀が己のシキガミに向かう不躾な視線を咎めるように四人を睨むと、彼らは慌てたように視線を白髪の少女から逸らした。


「……とりあえず、現状、有馬公も冬季攻勢には反対している」


 景紀は強引に話を戻した。


「明後日の司令官会議でも反対し続けるつもりだし、有馬公は長尾公を個人的に説得するとおっしゃっている。だがまあ、微々たる抵抗に過ぎんだろうよ。貴官らは、とりあえず兵たちに冬支度を進めるよう指示しておいてくれ。冬営のために不足している物資があれば、穂積大佐に申請しておくように。以上だ、解散」


「はっ!」


 四人の指揮官が一斉に立ち上がり、景紀に敬礼する。そして踵を返して談話室から退出していった。


「……はぁ」


 それを見届けた景紀は、溜息と共に脱力したように椅子の背にだらしなくもたれ掛かった。巾着袋の金平糖を取り出して、いくつかを口に放り込む。


「食うか?」


「じゃあ、いただきます」


 貴通にも差し出すと、彼女も何粒か金平糖を口に入れた。

 甘いはずの金平糖が、何故か苦い薬のようだった。


「……厄介なことになったな」


「結城・有馬・長尾の三家連合の崩壊ね」


 昨年の六家会議の記憶がある冬花が、やるせなく主君の呟きに応じた。


「内地では宵姫様が奮闘してらっしゃるでしょうに、現地がこれじゃあね……」


「結局、中央集権国家構想を持っている俺たちと、単に封建体制の中で自らの権益の維持・拡張を目指している長尾家じゃあ、根本的なところで合わなかったんだろうな」


「どうしますか、景くん?」


「とりあえず、冬季攻勢には反対を叫び続ける。最悪、冬季攻勢が決定されたとしても、俺たちは占領地の守備隊として残されるようにする。嶺州軍はともかく、泰平洋の温暖な気候や南洋の熱気に慣れている俺たち結城家領軍に冬季攻勢はいささか無謀すぎるからな」


「それしか、ありませんか」


 諦観交じりの声で、貴通は言った。

 そうして三人揃ってついた溜息は、虚空へと消えていったのであった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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