117 封建制軍隊の弊害
八月三十一日未明、冬花は寝苦しさを覚えて目を覚ました。
「……ぅん」
枕元に置いておいた懐中時計を見れば、時刻は午前四時を少し回ったところ。この時期の陽鮮半島の日の出時刻は午前六時前後なので、まだ外は薄暗かった。
だというのに、すでに部屋の中には熱気が籠っていた。
白いシャツ一枚だけを羽織って寝ていたが、それでも暑さの方が勝っている。
ここ数日、というよりも八月に入ってから、陽鮮では猛暑が続いているという。今年の夏は特に暑いと、貞英公主も言っていた。
景紀と共に南洋群島や新南嶺島を視察して回った時を思い出させる暑さであった。
周囲に海水は豊富だが、清潔な真水が貴重なため、まともに体を拭くことも出来ない(さらにいえば清潔な布も貴重。基本的に清潔な布は軍衛生部隊に優先的に送られる)。とはいえ、布団にくるまって眠れるだけ、牙山に野営しているはずの第九旅団の将兵たちよりは恵まれているだろう。
今、冬花と景紀の姿は仁泉沖合に浮かぶ永宗島の城の兵舎の中にあった。
島では現在、遼東半島に進撃する龍兵部隊の中継基地とすべく、飛行場の建設工事が始められている。
二十八日に仁宗国王が皇国に対して斉軍駆逐の要請を出した直後、景紀は貞朋公の指令通り、翼龍のための飛行場建設地を確保することに成功していたのだ。
それが、江蘭島や仁泉からもほど近いこの永宗島であった。
永宗島は少数の漁民が暮らす他、江蘭島要塞に付属する城塞が築かれている島であった。しかし、李欽簒奪政権に対して圧倒的に兵力が不足している仁宗政権は、江蘭島の防備を強化するために周辺の島々の守備隊を江蘭島に集結させており、永宗城は八月時点ですでに破棄されていた。
守備隊のいなくなったこの城を、仁宗政権は皇国に対して飛行場建設地として提供したのである。つまり、事実上の租借であった。
なお、景紀が仁宗との租借交渉に成功した裏には、貞英公主の尽力があった。とはいえ、彼女としても景紀に対する善意でこの島を貸し出したのではない。
陽鮮本土に他国の、しかも多くの陽鮮人にとって夷狄でしかない皇国軍の基地を作ることを認めれば、周辺住民との間に対立が生じかねない。さらに戦後を見据えた場合、本土に基地建設を許せば戦争終結後も皇国軍が陽鮮国内に影響力を留め続ける危険性も生じる。
だからこそ、いざという場合には陽鮮側が封鎖することの出来る島に、皇国軍を押し込めようとしたのである(もちろん、両国の軍事力に差があり過ぎるため、どこまで実現可能かは不明であるが)。
また、秋津人を城の中に閉じ込めることで、島民である陽鮮人との接触を最小限に抑えることも出来た。
十二歳の王女の考えにしては、なかなかに強かな策であった。
「……」
隣で寝ている景紀を起こさないように、そっと冬花は布団から起き上がる。板張りの床に素足が付くと、少しひんやりとして気持ちいい。
静かに木窓を開けて、室内に風を入れる。
風が潮の香りと共に室内に入ってきた。風に当たれば、多少なりとも涼しく感じる。
そのまましばらく風を感じてから、冬花は部屋の隅に置いておいた自分の荷物のところにいく。背嚢の上には綺麗に折りたたまれた火鼠の衣と短洋袴が置かれている。その隣の景紀の背嚢の上にも、軍服の上着が綺麗に畳まれている
景紀は兵学寮の出だけあって、身の回りのことは一通り自分でこなせてしまう。衣服を畳むことはもちろん、布団だって手早く広げ、また片付けることが出来た。
従者としては、何となく世話のし甲斐がなくてちょっと寂しい。
そんなことを思いつつ、冬花は荷物の中からさらしと櫛を取り出した。景紀から贈られた、椿の花が描かれたあの櫛だった。
布団の上に戻って、一度シャツを脱いで胸にさらしを巻き付ける。それから、寝ている間に乱れてしまった髪を梳いてく。
景紀に貰った櫛というだけで、冬花は幸せな気分だった。
それに、今だけは景紀と二人きりである。
以前のように、定時になったら景紀を起こして、そのついでにちょっとお喋りをしたいという欲求が湧き上がってくる。宵姫が嫁いできて以来、冬花が得られていない時間だ。
貴通もいない今だけが、その機会だった。
だけれども、冬花は自分のそうした欲求を押し止めた。
それは何だか、宵姫や貴通に対して悪い気がしたから……。
時計の針が五時半を回る前に、景紀はパッと目を覚ました。
兵学寮の五年間で叩き込まれた機敏な動作で起き上がり、布団をサッと畳む。
「……」
「……」
と、隣の布団に正座してこちらを見ていたらしい冬花と目が合った。
「……おはよう」
「ええ、おはよう、景紀」
くすりと笑って冬花は応じた。
「何だか、屋敷にいるときの景紀と違い過ぎてちょっと笑っちゃうわ」
「うるせぇ。これは軍人としての習性なんだ」
何となくからかわれている気がして、景紀は唇を尖らせた。
確かに、何もないのならば布団の中に潜っていたい。しかし、今日は混成第九旅団が斉軍の拠る公州へと進撃する日だ。別に、景紀は分別なく怠惰を貪りたいわけではないのだ。
もちろん、付き合いの長い冬花はそれも判った上でからかっているのだろうが。
多分、彼女は少し懐かしんでいるのだ。宵が嫁いで来る前の、冬花が自分を起こしに来て二人だけで少しの間、過ごしていたあの朝の時間を。
「……とりあえず、出発の準備をするぞ」
景紀もわずかに名残惜しい気分になりながらも、区切りを付けるようにそう言った。
景紀は軍服の上着を脱いでいただけなので、手早くそれを羽織って、制帽に日除けの“ぼうたれ”を取り付ける。
一方の冬花は昨日、布団に入るときのままのシャツ一枚の姿であった。いつも以上に露わになっている太腿から下の白い素肌が眩しかった。
冬花は着物姿の時と同じように足に膝上丈までの黒い脚絆を履くと、それから短洋袴を穿いた。シャツの裾を短洋袴に収めて、革帯を締める。
この時代のシャツは股下を覆える丈になっているので(西洋には未だ男性用下穿が存在していない)、冬花は洋装であるが下に西洋下穿などは穿いていない(そもそも、彼女も含めた秋津人女性は下穿を穿く習慣がない)。
短洋袴にシャツ姿の上に呪符などを仕込んだ火鼠の衣を羽織って革長靴を履き、冬花の方も着替え終わる。
「しかし、朝からあっついな……」
城内を南嶺鎮台が派遣した工兵の建てた食堂に向かって移動しつつ、景紀はぼやいた。
雨が降った日はあるものの、こう日差しが強い日が多くては農村部は大変だろう。先日の成歓会戦のように、両軍の戦闘で収穫前の田畑が荒らされていることも考えれば、今年の農作物の収穫量は大きく落ち込むに違いない。
陽鮮を担当する第二軍と司令官・一色公直は占領統治に苦労するだろうな、と景紀は自分たちが陽鮮担当でないことに安堵しつつ、そう思った。
◇◇◇
翼龍で永宗島を飛び立てば、一時間とかからずに牙山の混成第九旅団を発見することが出来た。
だが、その隊列を見て景紀は怪訝に思った。
「おい、俺たちは航法を間違ったか? 第九旅団が公州に向かっていないように見えるんだが?」
地上の第九旅団は公州のある南東ではなく、仁泉のある北方に向かって街道を進んでいたのである。
「いえ、私たちは間違っていないわ。確かに、第九旅団は仁泉に引き返しているわ」
「この状況で撤退だと?」
混成第九旅団は、まだ十分な戦力を残しているはずであった。まさか、昨日の内に野営地で赤痢やコレラなどが発生してしまったとでもいうのだろうか?
「旅団司令部を探せ。大森少将に直接、確認する」
景紀が少し苛立ちを滲ませて言ってしばらくすると、殿を務めようとしているのか、牙山で第九旅団司令部を発見した。
「大森閣下、何故、閣下の旅団は撤退を始めているのですか?」
なるべく詰問口調にならないように、地上に降りた景紀は問うた。
「昨日の索敵結果でも、敵兵力は最大で三〇〇〇。こちらは昨日の内に仁泉から臨時編入された砲兵大隊が到着して先日の会戦時よりも火力が上がっているはずでは?」
情報収集能力でも戦力でも、自軍が圧倒的に有利である状況下で撤退しようとする理由が、景紀には判らなかった。
「第二軍司令部からの命令だ」
一方、混成第九旅団を率いる大森少将はやるせなく肩を落としながら、この六家次期当主の質問に答えた。
「は? 一色公から?」
思わず、景紀は問い返してしまった。
第二軍を率いるのは、一色公直である。第二軍司令部からの命令ということは、つまり彼の命令ということだ。
「……まさか、斯波家にこれ以上戦功を挙げさせないために?」
苛立ちをより大きくしながら、景紀は確認した。
「明確にそう言われたわけではない。地理不案内の陽鮮で敵を深追いすることを禁止し、帯城方面の敵に備えるために仁泉に集結せよとの命令だ」
そう言いつつも、大森旅団長も景紀と同じことを思ったらしい。命令に対して、明らかに不満を持っている口調であった。
「……判りました。俺たちは、これで失礼させていただきます」
ここで一色公の軍事合理性を無視して政治に走った命令を批判しても始まらない。景紀は憤りを押し殺した声と共に一礼すると、さっさと旅団司令部を後にした。
「冬花、仁泉に飛ぶぞ」
景紀は剣呑な口調で、二騎の翼龍の轡を取って待機していた己のシキガミに言った。
第二軍司令官・一色公直陸軍大将の直属ともいえる領軍・第三師団の第一陣は昨日、仁泉に到着して今も物資の揚陸作業を行っている。牙山へ飛ぶ途中で見えたので、間違いない。
「こんな馬鹿げた理由で、敵を殲滅する好機を逃しやがって……」
呪うような怨嗟の声を景紀は吐き出して、冬花から手綱を受け取ると再び翼龍へと跨がった。
◇◇◇
仁泉では、沖合の輸送船から物資を詰み降ろす作業が続けられていた。
照り付ける太陽の暑さに耐えかねて、兵卒たちは上半身裸か、褌一丁で揚陸作業を行っている。
その浜辺に再び翼龍を降ろして、景紀は鞍から飛び降りる。
「本当に、第二軍司令部に乗り込むつもり?」
あまり乗り気でない声で、冬花が尋ねる。
「行っても無視されるだけで、不快な思いをするだけよ」
どうせ一色公から敵視されている景紀の進言が受入れることはないであろうし、冬花としてはまた公が主君に対して侮蔑的な態度を取るだろうから、出来るだけ関わり合いになりたくないというのが本音であった。
「一色公は、ここで斉軍を殲滅する政治的重要性が判っていない」
吐き捨てるように景紀は言う。
「陽鮮の民衆は、東夷の俺たちよりも中華帝国の斉人どもに阿る奴らが大半だろう。いくら仁宗国王が皇国と手を結んだとしても、数百年続いた価値観はそう簡単には変わらん。だから俺たちは緒戦で斉軍に大打撃を与えて、連中の価値観を崩壊させなきゃならない。皇軍が斉軍に怖じ気づいて逃げ出したなんて受け取られるようなことは、この状況で絶対にすべきでないんだ。そうでなければ皇国と手を結んだ仁宗国王も復位後の統治が困難になるだろうし、陽鮮の連中も今まで以上に秋津人を見下すようになるだろうよ」
その程度の政治判断も出来ないのか、と景紀は言いたい気分であった。いや、戦功を競うような封建的な国内体制そのものが原因か。軍事的・政治的合理性よりも、自家の戦功が第一とは……。
そんな思いを抱きながら、景紀は冬花を伴って第二軍の臨時司令部となっている天幕へと向かった。
「閣下、混成第九旅団への撤退命令をただちに撤回すべきです!」
第二軍司令部天幕へと乗り込んだ景紀は、開口一番にそう言った。
「結城家の貴殿が何用かと思えば、その件か」
一方、天幕にいた第二軍司令官・一色公直陸軍大将は迷惑そうな表情を隠そうともしなかった。
「今は陽鮮南部に展開する斉軍を撃滅する好機なのです。ここで連中を取り逃がせば、後々の禍根となるばかりでなく、我が皇軍の武威が疑われる結果となりましょう」
「口を慎め。将官になって一ヶ月も経たぬ貴殿に、軍の何たるかを語る資格などない」
険しい声で糺弾するように言う景紀に、一色公直は露骨に不快感を見せた。
「すぐ目の前に兵力でも火力でも劣る敵軍がいるというのに、何故兵を下げる必要があるというのです? 納得いくご説明をいただきたい!」
「我々は目の前の敵に引き摺られて無意味に戦線を拡大するわけにはいかん。そのような基本的なことすら、貴殿は判らんのか?」
いっそ叱責するような調子で、一色公直は景紀に反論する。
「ならばいつ、陽鮮の斉軍を撃滅するというのです?」
「上陸した我が軍の兵站が整い、敵情が十分に判明してからだ」
「混成第九旅団は十分に戦力を残しており、公州の敵戦力も把握出来ているというのに、ですか?」
「それでも上手くいかぬこともあるのが、戦というものだ。やはり貴殿は、戦争の何たるかを知らぬのだろう」
小馬鹿にするように、一色公直は鼻を鳴らした。
「帯城倭館で雑兵を相手に勝ったからといって、粋がるのも大概にしろ」
あからさまな主君への侮りの籠った一色公爵家の若き当主の言葉に、景紀の後ろに控える冬花の表情が険しくなる。陸軍大将でもある公爵に対して無礼と判っていても、睨み付けるような視線になってしまう。
景紀からは見えない少女の表情に、一色公は気付いたのだろう。この公爵家当主は一瞬だけ少年の背後に控える冬花に視線を遣ってから、侮蔑するように吐き捨てた。
「そもそも、戦場に女を連れてくるような軟弱者は、ここには不要だ」
「……」
その瞬間、景紀の瞳に雷光が走った。だが、少年が激発することはなかった。
そのまま何を言うこともなく、彼は踵を返して天幕を出ていってしまった。
「……ふん、いい気なものだな、あの小僧は」
苛立たしげに呟かれた一色公直の言葉を、主君に続いて天幕を出ようとした冬花の耳はしっかりと捉えていた。
まったく時間の無駄もいいところね、とシキガミの少女は思っていた。
◇◇◇
一色公直は、自分がみすみす斉軍撃滅の好機を逃してしまったことを自覚していた。
しかし、政治的にはこれで正しいと考えている。彼の幕僚を務める家臣団たちも、同意見であった。
混成第九旅団が一色家領軍であれば、彼らも進撃停止命令を出したりはしなかっただろう。だが、混成第九旅団は斯波家領軍だ。ここで大きな戦功を挙げさせるわけにはいかなかった。
豊島沖海戦と成歓会戦の大戦果により、一色は緒戦で皇軍の武威を充分に示すことが出来たと考えている。
この上、斯波家領軍に戦果を拡大されては、戦後の論功行賞で一色家が受け取れる賞典禄(将家の戦功に対して毎年度、政府から支払われる俸禄)の大幅な増額が見込めなくなってしまう。
領軍の維持や近代化などで近年、支出の増えている六家にとって、この対斉戦役でどれだけ戦功を挙げられるかが重要なのだ。
一色家としても、家の存続や家臣団の維持のために大きな戦功を挙げて、賞典禄の大幅な増額を狙いたいところであった。
あの結城の小僧は、自分の家が南洋植民地の経営に深く携わって、そこから利益を得ているから賞典禄を増額することの重要性が判っていないのだ、と一色公直は考えている。
一色、伊丹、斯波の三家は、有馬、結城、長尾の三家に比べて持っている植民地利権が少ない。つまり、そこから上がってくる利益も少ないのだ。だからこそ、今回の戦役を通して賞典禄の増額を狙い、また陽鮮半島の利権を得る必要があるのだ。
ガタパーチャ貿易などで利益を上げている結城家の人間だからこそ、あのような気楽なことが言えるのだ。
そう、一色公直は考えていたのである。
◇◇◇
「だから言ったでしょ? 不快な思いをするだけだって」
自身も主君を侮辱されるという不快な思いをしたためか、冬花の言葉には苛立ちが混じっていた。
「別に第二軍が斉軍を撃滅し損ねて陽鮮に軍政を敷くのに失敗したところで、結城家は痛痒を感じないんだから、無視していればよかったじゃない」
冬花の言葉には、一色公の失態を望む内心がありありと現れていた。昨年度の六家会議に引き続き、自分の主君を侮蔑する一色家当主に対して、相当鬱憤が溜まっているらしい。
「冬花」
が、景紀がシキガミの少女の名を呼ぶ声には、同意の響きがまるでなかった。
「お前が俺のことを考えてくれているのは嬉しい。だが、そのために視野が狭くなるのはよくないな」
「……」
主君から叱責されているのだと理解して、冬花は黙り込んだ。
「俺たち六家同士の足の引っ張り合いで血を流すのは、末端の兵卒たちなんだぞ?」
「……そう、ね」
言われてようやく、冬花は気付いた。
「別に俺は宵の奴ほど民への慈しみってのは持ち合わせていないし、戦場で兵士が死ぬのは当たり前と思っちゃあいるが、それでも自分のヘマで部下を殺すなんてことはご免だと思っている」
それは以前、陽鮮に行く前に貴通にも語った、景紀の軍人としての意地である。
「……だから、一色公に苛立っていたのね」
景紀の考えは判った。だが、正直なところ冬花は主君の言葉を聞いても自分を恥じる気持ちは微塵も湧いてこなかった。
自分は景紀に忠誠を誓った身で、景紀の存在こそ第一に考えるべきだと思っている。冬花にとって景紀を第一に考えることはごく自然なことで、それはこれからも変わらないだろう。
主家ではなくただ一人の主君に忠誠を誓っている冬花にとって、顔も知らないような人間に、それも会えば自分のことを妖狐の血を引く化け物と言ってくるかもしれない者たちに対する思いやりは持ち合わせていない。そんなものは、幼少期に家臣団やその子供たちからいじめられたことで、冬花の心から失われていた。
「景紀って下々の人間に対して結構醒めた感情を持っていると思っていたけど、そういうところはしっかりするのね」
だから結局、そういう感想にしかならないのだ。
「俺はこれでも将家の次期当主だからな」
景紀も、そうした冬花の内心に気付いている。そもそも、彼に人間不信を植え付けたのは冬花である。自分のシキガミが自分以上に人間不信に陥っていたとしても、別に驚くことではない。
「まあ、俺とお前の立場の違いってやつだ」
結局、将家の次期当主ゆえに民草や末端の兵士たちにも責任を負わねばならない景紀と、景紀のみに責任を負わねばならない冬花の立場の違いが、認識の違いに現れてしまっているだけだ。
「そうね、そこは私も気を付けるようにするわ。景紀がそういうふうに振る舞うのなら、私もそれに合わせることにするから。ただ、陽鮮の時にも言ったけど、私が何より守りたいのは景紀だから、それだけは覚えておいて」
「判ってる。お前には、いつも側にいてくれなきゃ困るからな」
衒いなく景紀からそう言われて、シキガミの少女の頬が熱くなる。
本当にこの主君は不意打ちでこういうことを平然と言うんだから、と冬花は景紀の言葉の前に自分も似たようなことを言っていたことを完全に棚に上げて、内心で恨めしく思うのだった。




