115 対斉作戦計画
皇暦八三五年八月二十四日、独混第一旅団を乗せた輸送船は南嶺南部の港へと到着した。
この港は南嶺において、戦国時代以前からアジア諸国との交易に利用されてきた歴史のある商港であり、そのために港湾設備や貿易量、行き交う輸送船の数も南嶺有数といえた。
輸送船が港に接岸すると、一旦、物資の積み下ろし作業が行われる。
未だ独立混成第一旅団が投入されるべき地域は伝達されておらず、ひとまずは南嶺鎮台隷下の部隊との合同訓練などが必要であったからである。
そのため、彼らを南嶺まで送り届けた輸送船は、また新たな輸送任務に就くことになる。
「またお会いしましたな、中佐殿。おっと、少将に昇進なされましたか」
港で景紀を出迎えたのは、陽鮮で彼の部下となっていた有馬家領軍出身の下士官・若林忠一曹長であった。
「遅ればせながら、ご昇進、誠におめでとうございます」
「貴官も、壮健そうでなによりだ」
若林曹長の敬礼に、景紀は答礼する。
「しかし、ここで再会するとは意外だったな」
「自分は今、南嶺鎮台司令部付きの従卒(従兵)を務めておりまして、有馬閣下より結城少将殿が到着次第、司令部にお連れするよう命ぜられております」
「ああ、了解だ」
有馬貞朋からの出頭命令を受けた景紀は、一旦、旅団の指揮を大佐の中で最先任(一番早く大佐に昇進した)の細見大佐に任せることにした。
貴通には物資弾薬の積み下ろし作業の監督を言い付け、景紀は冬花を伴って迎えの馬車に乗り込んだ。
南嶺鎮台司令部は、かつての城を司令部にしていた。
本丸には司令部が置かれ、二の丸には地元連隊の駐屯地や教導団、陸軍病院などの施設が建ち並んでいる。
戦国時代末期に築かれた天守は、今も軍事施設としての役割を担い続けている城の存在を、城下町の人々に刻みつけていた。
大手門を入った馬車はそのまま二の丸を越えて、司令部庁舎のある本丸へと向かった。
庁舎前で馬車を降りると、一人の軍人が景紀と冬花を迎えた。
「第三軍参謀長を拝命した児島誠太郎中将という」
「存じ上げております」
如何に自分が六家次期当主とはいえ相手は中将であるので、景紀は慇懃な調子で頭を下げた。
「貴殿のところの百武閣下には、何度も世話になった。閣下の指導の下で、南嶺鎮台の近代化改革に携わったことは、若い頃の良い思い出だ」
そうした世間話をしつつ、景紀と冬花は司令部作戦室へと案内された。
司令部に詰める従兵などは、すれ違った白髪赤眼の少女の姿を見てギョッとした表情になっていたが、もはや慣れたことなので冬花は臆さずに背筋を伸していた。
「閣下、結城少将を連れて参りました」
作戦室の扉を叩いてから、児島は景紀と冬花を部屋へと導く。
ここでもやはり、冬花は奇異の視線に晒された。南嶺鎮台の主要な者たちは、結城の若君が白髪赤眼の少女を側に仕えさせているという噂は聞いていても、彼女の姿を見るのは初めてだったのである。
冬花の容姿をさして気にする素振りを見せていないのは、六家会議で何度も彼女の姿を見ていた有馬貞朋と、主君の傍らに冬花と同じように控える貞朋の側用人くらいなものであった。
その貞朋が、咳払いをして司令部の者たちの不躾な視線を咎める。
「ご無沙汰しております、有馬閣下」
「ああ、久しいな。景紀殿」
景紀と貞朋は、昨年度の皇国議会以来の再会であった。今も病の後遺症が残る景紀の父親と比べれば、貞朋はまだまだ壮健そのものである。
「貴殿を呼んだのは、他でもない。我々第三軍の対斉作戦方針について、結城家領軍を統べる貴殿との間で摺り合わせをしておきたいからだ」
「自分はあくまで第三軍の指揮下に入ったという認識でいますが?」
「承知している。だが、六家の次代を担うであろう貴殿に十分な軍事的経験を積ませておけ、と父上から言われていてな。それに私も、私一人で一軍を背負うにはいささか荷が勝ちすぎている」
六家長老・有馬頼朋翁の傀儡と見られている有馬家当主の男性は、少し冗談めいた口調でそう言った。
「まあ、そういうわけで貴殿の意見も極力、尊重するつもりだ。我ら六家は、皇主陛下の下に対等というのが戦国以来の盟約でもあるわけであるしな」
「ご配慮は感謝しますが、その盟約を盾に土壇場で俺が独走する危険性は考えないので?」
「考えていないわけではない。考えた結果、貴殿はそうせぬだろうと判断したまでだ」
「……」
貞朋の言葉に、景紀は黙り込むしかなかった。
貞朋は父・頼朋翁を通して、景紀が中央集権体制構想を抱いていることを知っている。六家の軍事的独走を許しかねない盟約の存在を利用するということは、そうした中央集権体制構想とは真逆のものなのだ。
だからこそ、貞朋は景紀が独走することはないと踏んでいるのである。
「もちろん、私も軍監本部の対斉作戦計画に基づいて作戦行動を行うつもりだ。つまり、私と貴殿は同じというわけだ」
父・頼朋より中央集権体制構想を叩き込まれているであろう貞朋は、そう言った。彼もまた、六家の立場を利用して中央の兵部省と軍監本部を無視するつもりはないらしい。
「判りました。そういうことでしたら、ご説明の方をお願いいたします」
「うむ。参謀長、景紀殿に説明を」
部屋に入った当初から、貞朋は景紀のことを階級ではなく「殿」付けで呼んでいた。つまりは、景紀を陸軍少将ではなく結城家次期当主として扱うという意思表示なのだろう。
「はっ、では僭越ながら……」
児島参謀長も主君の意図を察して、この場では景紀を陸軍少将ではなく六家次期当主として扱うことにしたようだ。
「我が第三軍の初期作戦目的は、遼東半島の制圧です」
児島は卓上に広げられた地図を指揮棒で指し示しながら説明した。
第三軍が遼東半島を制圧する間、第二軍は陽鮮半島に上陸して半島内の斉国軍を撃破しつつ北上。遼東半島を制圧した後、第三軍は東進して第二軍と陽鮮半島内の斉国軍を挟撃、陽鮮半島内で斉国軍を包囲殲滅する。
その後、沿海州から斉国東北部・満洲東部や陽鮮北部に侵攻した第一軍と合流、冬営の準備に入り、来春に直隷平野での決戦を目指す。
軍監本部の対斉作戦計画では、遅くとも来夏までに斉との講和を実現することになっていた。
そのためにも、陽鮮半島と直隷平野で斉軍を徹底的に撃破し、かの国の継戦能力を奪うことを最優先目標とする。
第三軍の遼東半島上陸については、九月中を予定しているという。
これは、遼東半島周辺の渤海湾が、冬になると風浪が激しくなることが原因であった。
この時代には、後世のような上陸用舟艇は存在しておらず、上陸のためには輸送船から艀に兵士や装備、物資を載せ替えて海岸を目指す必要がある。
風浪で艀が転覆しないためにも、冬前に上陸作戦を敢行することが重要であった。
つまり、皇国は今月か来月に、正式な対斉宣戦布告をするというわけか……。
児島参謀長の説明から、景紀はそう読み取った。
皇国は大本営を設置し、動員令を発令したとはいえ、宣戦の詔勅は発せられていないので、正式に他国と戦争状態になったわけではない。
皇国南洋特殊権益を守るための広南出兵などと違い、「自衛行動」の大義名分が付けられない海外派兵である以上、国内での政治的正統性を保つためには皇主による宣戦の詔勅が発せられることが重要であった。現状では、第九旅団を陽鮮に派遣したように、仁宗政権を援護するための派兵が政治的に精一杯なのである。斉国領内に軍を進めることは出来ない。
「さて、ここで問題となってくるのが、陽鮮半島の交通網です」
作戦方針について一通りの説明を終えた児島は、作戦遂行上の問題点を指摘した。
「陽鮮半島内の交通網については、歴代の使節団の報告書に記載されていますが、数世紀にわたってほとんど変化していないと言っても過言ではないでしょう」
「ええ、俺も先月、王都・帯城まで行きましたが、近代的な意味で街道が整備されているとはとても言えません」
景紀も東萊倭館から帯城倭館へと移動した経験から、児島参謀長の言葉に同意した。
陽鮮半島には、当然ながら鉄道など存在しない。その上、主要街道であっても山間部を通る部分は道幅四〇センチ前後と、やっと人一人が通過出来る程度の道幅しかなかったのである。
これでは、砲や物資を搭載した馬車の通過はままならない。
さらに悪いのは、陽鮮では馬車や荷車など、車輪を使った乗り物を使う習慣がなく、そのため平地の道幅も狭いこと、河川に堤防を築くことをしていないので、そうした街道も大雨が降れば川が氾濫して使い物にならなくなることなど、陽鮮国内の道路事情は軍事行動を取る上での障害にしかなり得ないものであった。
「正直なところ、陽鮮攻略を伊丹・一色両公の軍が担当してくれて、私としては有り難い限りなのだ」
冗談とも言えない口調で、貞朋は言う。
そして、景紀や冬花が見たところ、司令部に詰める有馬家家臣団出身の軍人たちの大半も同意見のようであった。
「兵站こそ、軍の生命線であるからな」
軍状制由来の徴兵制度など、戦国時代の経験を色濃く反映している皇国陸軍では、西洋列強の陸軍に比べて兵站を重視する傾向にあった。大軍を効果的に運用するには兵站こそ命であると、百年近くにわたる戦乱と総力戦体制的状況を経験した将家とその家臣団は理解していたのである。
それは将校の昇進にも現れており、六家次期当主である景紀のような政治的理由で昇進する人間を除けば、陸軍内部では将官になるには必ず兵站部門を一定期間、経験していなければならないという不文律があった。
参謀でも、作戦参謀よりも兵站参謀の方が優秀な人間が配属されやすかった。
また、こうした兵站重視の傾向は武器の製造にも現れており、皇国では産業革命を達成した他の国家に先駆けて、国家的な工業規格化を成し遂げていた。
これも戦国時代、各地の鉄砲鍛冶師の集団によって火縄銃の規格が異なっていたこと、さらには封建制を残したまま軍が近代化してしまったため、各領軍によって装備がまちまちで統一的運用に困難を来していたことなどが原因であった(酷い場合では、ネジなどの規格すら違っていた)。
こうした問題を解決するために、度量衡を全国的に統一した経験に基づき、武器の規格も全国的に統一すべしという六家の決定は皇主に上奏され、皇主によって勅令として全国に発布された。「工業品規格統一令」といわれるこの勅令の効果は覿面で、前回の海外派兵であった広南出兵では現場の兵站担当者から絶賛の嵐が寄せられたほどであったという。
西洋諸国で初めて工業規格化を国家単位で実現したのはアルビオン連合王国であるが、この時代、未だ連合王国でも工業規格化を実現するには至っていない。皇国の工業規格化は、西洋諸国に五〇年以上先駆けて実現したものであった。
封建制度が残っている弊害が逆に工業規格の非統一性の問題点を浮き彫りにし、そして六家の強権的な政治権力があったからこそ国家的に工業規格の統一を徹底させることが出来たといえよう。
「ただ、第二軍の問題は我々第三軍にも当てはまる」
貞朋は苦い声で続けた。
「斉国内の交通網について、我々は情報が不足している。現地の商館からの報告はあるが、斉国は陽鮮同様、他国人が自国領内を自由に歩くことを禁じている。商館周辺の道路事情程度しか判らんのだ」
「当然ながら、遼東半島の道路事情もほとんど不明なわけですね?」
「ああ、そういうことだ。とはいえ、あの半島が人口希薄地帯で、寒村程度しかないことはこれまで何度か捕らえてきた密貿易人などの尋問結果から判明している。斉との貿易を行う中で、我が家が密かに入手した禁制品の地図もあるが、街道の道路状態まで書いてあるわけでもない」
後世、軍事的・商業的に重要な拠点となる遼東半島であるが、この当時はまだ辺境の一地方でしかなかったのである。
「そして、まともに整備された港がないということは、冬季の補給にも問題を来す恐れがあるということだ」
これは上陸作戦と同じ問題で、物資を海岸まで運ぶために輸送船からいちいち艀に載せ替えなくてはいけないのである。当然、風浪が強い天候では安定した海上補給が行えない。
「正直、私の率直な意見として、今回の対斉戦争は補給の維持こそが最大の問題であると思っている」
父・頼朋翁の傀儡とばかり思われている貞朋公であったが、彼も六家当主として一定程度の政治的・軍事的見識は有しているようであった。
「後方兵站拠点として我が南嶺は重要であろうし、海上補給に頼るという点では中継拠点となり得る陽鮮半島の確保も重要だ。だからこそ、軍監本部もまずは陽鮮半島内の斉軍の撃滅を企図してるのであろうが」
「質問、よろしいですか?」
景紀は手を挙げた。
「何か?」
「これはすでに閣下ないしは軍参謀部が手配されていると思いますが、占領地における港湾設備の整備および野戦軽便鉄道の早期敷設が重要かと」
「ああ、すでに我が領軍の鉄道部隊だけでなく、鉄道関係者を軍属として徴用を開始している。その点は、抜かりなく進めている」
景紀の当然の指摘に、特に不快感を示すことなく貞朋は答えた。
「他にも、気付いた点があれば遠慮なく言ってくれて構わんよ」
「いえ、俺のような若輩者が気付くようなことには、すでに閣下や軍参謀部の皆様が気付いておられるでしょう」
特に皇国陸軍近代化の父・百武将軍の直接の教え子ともいえる児島誠太郎中将を軍参謀長に選んでいるあたり、貞朋公も中々に抜け目ない。
「各部隊への作戦方針の伝達はまた後日、軍の主要指揮官の会合を設けるからその時にするとして、到着早々に申し訳ないが、景紀殿と補佐官殿に一つ、頼みたいことがある」
貞朋はあくまでも、景紀を六家の同輩として遇そうとしてくれるようであった。あるいは単純に、父・頼朋が目を掛けている景紀への遠慮があるのかもしれないが。
「何でしょうか?」
「我々は斉軍の詳しい情報を持ってない。そのため、陽鮮半島に展開する斉軍を偵察し、その装備や戦法などの情報を得たいのだ。これから陽鮮ヘ飛んで、観戦武官的存在として第九旅団に付いていてもらいたい。それと、南嶺鎮台の龍兵隊も上陸作戦には参加するが、南嶺から遼東半島までは距離があり過ぎる。陽鮮半島に龍兵の中継基地を設けたい。仁宗国王と面識のある貴殿に、その交渉も頼みたいのだが、承諾してもらえるか?」
つまり貞朋は、景紀と冬花に電信敷設交渉使節団の時と同じ役割を期待しているのだ。電信の通じていない場所からの、呪術通信による迅速な報告を。
「期間はどれくらいを予定していますか?」
「おおむね、九月十日あたりまでだ。潮の満ち引きなどの関係から、私や児島は遼東半島への上陸を九月下旬と想定している。その前までには、帰ってきてもらいたい」
「翼龍を使うとして、現地で活動するための餌はどうしますか?」
人間が食事を必要とするように、翼龍も餌を必要とする。その用意なしに陽鮮に飛んだところで、すでに現地に展開している第九旅団から厄介者扱いされるだけだ。
「南嶺鎮台が徴発した陸軍徴用船を一隻、仁泉に回す。設営隊や飛行場建設用の資材を搭載した船だ。糧秣は、その船から受け取れるよう手配しておく」
何とも手際が良い。
恐らく、景紀が第三軍に配属された時点で、貞朋ないしはその参謀たちが準備を進めていたのだろう。
「作戦前に指揮官が部隊を留守にするのは気が引けますが、敵情も地形も不明なまま敵地に突っ込むわけにはいきませんからね」
多少の不満はあるが、やむを得ないことと景紀は受け止めることにした。他人任せにして不確かな情報に振り回されるよりはよほどマシだろう。
それに将校斥候は、軍では重要な局面で行われる一般的な行動でしかない。貞朋公の指示は、六家次期当主にそれをやらせようとしているという点以外、特別奇異なものではなかった。
「ああ、報告は適宜、呪術通信で送りますが、水晶球で撮影した画像なども送りますので、受信担当の呪術兵にはその用意もさせておいて下さい」
「了解した。では、頼む」
「判りました。この後、陽鮮までの飛行計画の立案や通信波長の調整などを急ぎ行わせて頂きます。では」
そう言って敬礼すると、景紀はくるりと踵を返して作戦室を退出した。冬花も貞朋公に一礼して、主君の後に続いた。
◇◇◇
南嶺鎮台の軍夫などの協力もあり、輸送船からの物資弾薬の積み下ろし作業は順調に進んでいた。
この後、独立混成第一旅団は南嶺鎮台の指定した兵営に駐屯することになる。上陸作戦の決行まで、部隊は有馬家領軍との合同訓練を行うことになるだろう。
ここからは防諜のために、将兵には自由な外出が許されなくなる。新治において景紀が将兵に最後の自由時間を与えたのは、こうした理由もあった。
「有馬公からの指令で、俺と冬花は陽鮮に飛ぶことになった」
積み下ろし作業の最中に戻ってきた景紀は、貴通と主要四指揮官を集めて貞朋から言われた指令を伝えた。
「それは、若君を司令部から引き離す狙いがあるのでしょうか?」
結城家領軍出身の騎兵部隊指揮官・細見為雄大佐が、懸念を含んだ声でそう指摘する。
「有馬公にとって、若君は六家の立場で作戦計画に口を挟まれかねない厄介者ですからな。作戦発動まで、ちょっと追放しておくくらいはやりかねんでしょう」
細見大佐の意見に皮肉っぽく同意したのは、龍兵隊隊長・加東正虎少佐であった。
「いや、公に他意はないだろう」
だが、景紀は二人の言葉を否定した。
「公は軍監本部の作戦計画に沿った行動を取るつもりらしい。俺も軍監本部の作戦屋が立てた計画にとやかく口を挟むつもりはない。だから公が俺を邪魔者として扱う理由がない。斉軍の情報を得て、九月十日までには帰ってくる予定だ」
「むしろ、情報収集という重要な役目を若君に任せたこと自体が、有馬公閣下の信頼の表明と見ることも出来ましょうな。これは、我ら結城家への配慮と受け取るべきでしょう」
そう言ったのは、歩兵部隊指揮官の宮崎茂治郎大佐であった。
「たびたび部隊を留守にしてすまないと思うが、くれぐれも南嶺鎮台の連中と諍いを起こさないようにしてくれよ。不在中の指揮は、先任の細見大佐に任せる。何かあれば、呪術通信を使う。それと、南嶺鎮台の作戦会議に呼ばれた際は、必ず穂積大佐を連れていってくれ」
「了解であります」細見大佐は景紀の命令に頷いた。「まあ、正直な話、穂積大佐は帳簿を持たせたら部隊一ですからな。蔑ろにはいたしませんよ」
景紀が議会や東北問題に対応している間も、貴通は部隊の者たちと接してきた。その過程で、結城家若君の縁故人事と受け取られないよう、能力を示し続けてきたのだろう。
細見大佐の言葉にはこの年若い大佐への信頼が窺えたし、残りの指揮官たちも同意するように頷いていた。
兵学寮同期生が認められているようで、景紀としても嬉しい限りであった。貴通自身は、少し照れくさそうにしていたが。
そして、着物姿から革長靴と短洋袴姿の洋装に着替えた冬花を連れて、景紀はその日の夕刻に翼龍で港から飛び立った。
一旦、皇国本土と陽鮮半島の間の海峡を渡る前に、翼龍を休ませるために南嶺北部の港湾都市で一泊。二十五日早朝、二人は再び陽鮮半島へと足を踏み入れることとなったのである。




