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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第六章 極東動乱編

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105 姫たちの協力体制

 久々に揃っての外出だったので、昼食は一緒に食べようと決めていた。

 昨年の冬、牛鍋屋での会食に参加出来なかった新八も、今回は加わっている。夏ということもあり、景紀は皇都の老舗うなぎ屋を事前に予約していた。

 店の者に来店を告げると、奥の個室座敷に通される。


「それで、頼朋翁の話、どう思う?」


 座敷に全員が着席すると、景紀は四人に問いかけた。

 上座に座る景紀の隣に宵、その隣に冬花、その対面には貴通と新八が座っている。


「それが将家の妻の勤めとあれば、私に否やはありません」


 宵は真っ先にそう答えた。


「流石に戦争となったら宵を連れていくわけにはいかないから、俺としても宵がそういう役割を担ってくれるのは助かる。だが、結城家の現状を考えた場合、最大の障害は里見だろう」


「ええ、私もそう思うわ」冬花が景紀の言葉に同意した。「現状、御館様への取り次ぎのほとんどを里見殿を経由して行っている以上、宵姫様が長尾家との遣り取りを取り仕切るとなると、向こうとしては警戒するでしょうね。私も景紀の補佐官をやっていたから判るけど、主君の元に集まる情報を集約出来る立場ってのは、それなりに家臣団の中で影響力を発揮出来るものだから」


「しかも宵が担うのは長尾家との連絡役だ。里見としては、六家間の遣り取りはすべて自分の管理下に置いておきたいだろうからな」


「若、ええか?」


 新八が、手を挙げた。


「正直、僕としてはお姫さんにそういう役割を担って貰うのは賛成や。長尾家だけでなく、あの隠居した有馬の爺さんとの連絡役も、お姫さんは務まるんちゃう? 僕はあくまで若に雇われているだけの元牢人や。諜報任務は出来ても、将家同士の遣り取りを仲介するような立場やない。自ずと限界がある」


「となりますと、里見殿に配慮する形で、多喜子姫との遣り取りはあくまで友人同士のものという形を装うべきでしょうか?」


 貴通が顎に指を当てながら、思案顔で言う。


「つまりは、正式な連絡経路ではないことにしてしまうのです」


「それはそれで問題があるだろう」景紀は悩ましげだった。「非公式なものとなると、例え重要な情報を向こうが寄越しても、宵が父上に伝える前に里見が握り潰す危険性がある。あくまで、両家が公式に宵と多喜子を通じた情報連絡経路を認める必要がある」


「景忠公の細君と憲隆公の細君同士という経路もありますが……、ああ、頼朋翁が久様も当てにならないと言っていましたね」


「宵と多喜子なら、同年代という理由付けも出来る」


 結局のところ、結城家内の状況がどうであれ頼朋翁や多喜子の思惑通りにならざるを得ないのである。


「景紀様、あまりそのことでお悩みにならないで下さい」


 隣の宵が、きっぱりとした口調で言った。


「当主が出征すれば、残された家臣団をまとめるのはその妻の役目。であるならば、里見殿の件も含めて、私にお任せ下さい」


 もちろん、宵としても景忠の側用人やその派閥も含めた全家臣団を統制出来るという自信はない。しかし、自信がないからといって景紀の手を煩わせるのは、宵の本意ではなかった。自分は、この人を生涯をかけて支えると誓ったのだ。

 景紀が結城家内部のことで戦に集中出来ないというのなら、それは彼の妻たる宵の責任である。

 冬花は陰陽師として、貴通は幕下として、新八は忍として景紀を支えることが出来る。しかし、家のことで景紀を支えることが出来るのは、自分だけなのだ。


「私は我が生涯をかけてあなたを支えると誓いました。景紀様がこれより始まる戦の支度に集中出来るよう支えるのも、また私の役目でしょう」


 自らの覚悟を、宵ははっきりと景紀に伝える。


「そうだな」


 何か眩しいものでも見るかのように、景紀はそっと笑みを浮かべた。


「やっぱり、お前は強いよ」


「いえ、そんなことは……」


 途端、宵は恥ずかしくなってしまった。景紀の声に宿っていたのは、信頼と親愛の情だ。面と向かって頼りにされたことが嬉しくもあり、また気恥ずかしくもあった。

 赤らんだ顔を俯けていると、頃合いよく五人分のうな重が届けられた。


「さて、冷めない内にいただきましょうか?」


 正面で景紀と宵の遣り取りを見ていた貴通は、宵に助け船を出すようにそう言った。思慕する相手に面と向かって頼りにされる嬉しさと気恥ずかしさは、彼女もよく知っている。


「そうだな」


 景紀が頷いて、全員がお重の蓋を開けた。途端、濃い口のたれで焼かれたうなぎの馥郁たる香りが鼻を抜けていく。夏の暑い中でも、これだけで食欲が湧いてくるような香りであった。

 景紀の隣で、ほぅという感嘆の息が漏れる。

 宵が、たれと脂で輝くうなぎの蒲焼きを興味深そうな目で見ていたのだ。

 うなぎの蒲焼きは、皇都発祥の料理だ。それが、列侯会議のために上京する諸侯たちを通して全国に広まっていった。とはいえ、鷹前では見ない料理だったのかもしれない。

 景紀はそんな少女の様子を微笑ましく思いながら、言った。


「いただきます」


 その言葉に四人が続き、彼らはそれぞれのお重に箸をつけた。

 ふっくらと焼き上がった蒲焼きの食感と甘辛いたれの染み込んだご飯とが、口の中で絶妙な調和をなしている。


「何というか、皇都の味って感じですね」


「ああ、そうだな」


 実質的な戦地帰りである貴通と景紀は、うな重の味を堪能しながら同じ感慨にふけっていた。別に今まで実感がなかったわけではないのだが、改めて皇都に帰還したという思いを噛みしめていたのだ。

 同時に、二人はこれが一時の平穏でしかないことも理解していた。

 政府も六家も、戦争へと舵を切り始めている。

 それがどのような形で始まり、どのような形で終わるにせよ、自分たちがそれに無縁であるとは考えていなかった。

 景紀が五人での食事を提案したのも、次にいつこのような時間がとれるか判らなかったからだ。

 皇国はこれから動乱の時代へと突き進んでいく。

 景紀は、諦観に近い思いと共にそれを確信していた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 うなぎ屋を出た景紀たちは、金座筋を散策しながら屋敷へと戻った。

 途中、景紀は呉服屋に立ち寄って宵にいくつかの髪飾りや帯留めを買い与えた。景紀の意図を宵は察していたのだろう、気恥ずかしそうに無表情を崩した彼女の顔には、ほのかな陰りがあった。

 宵もまた、この少年を戦地に送り出さねばならないということを実感しつつあったのだ。

 屋敷に帰ると、景紀は早速、父・景忠に宵と多喜子を介した結城家―長尾家の情報伝達経路の構築を提案した。これに渋い顔を見せたのは、予想にたがわず側用人の里見善光であった。

 やはり、彼としては情報を自分の手元に集約しておきたいのだろう。

 しかし、景紀が次期当主の正室として宵が他の六家との繋がりを作っておくことの重要性を指摘して景忠がそれを承諾したために、里見としては反対することが出来なくなってしまった。

 景忠が当主の地位の継承に懸念を抱いていることを見抜いていた景紀の説得が、成功した形である。

 これで、宵と多喜子を通じて両家の共闘体制が再構築されることになったのである。






 八月五日。

 この日、景紀と宵は冬花を護衛に伴って長尾家皇都屋敷を訪れた。

 和室の応接間に通された景紀たちに涼しげな見た目の葛饅頭と茶が用意され、しばらくすると長尾家次期当主である憲隆公長子・憲実とその妹・多喜子がやって来た。

 ちなみに、この二人は共に憲隆公の正室の子である。公にはあと二人、息子がいるが、二人とも側室の子であった。


「景紀殿、陽鮮での貴殿の活躍は聞いている。武功を挙げる機会に恵まれて、同じ六家嫡男として羨ましい限りだ」


 多喜子が景紀の幼馴染であったこともあり、景紀は幼少期から憲実と面識があった。とはいえ、憲実は今年で二十七歳と、景紀とは九歳差であるので共に遊んだ経験はない。当然、景紀が兵学寮に入学した頃には憲実は卒業して軍務に就いていたので、先輩として世話になったこともない。

 景紀の中にあるのは、あくまで幼馴染の兄といった認識程度である。憲実の方も、景紀のことは妹の幼馴染といった程度の認識であろう。

 昨年の六家会議中も、憲実は皇都に出ていた父・憲隆の代わりに領国統治を行っていたため、景紀自身も彼と直接会うのは数年ぶりであった。

 とはいえ、少なくとも一色公直のように反目し合う間柄ではない。


「うちの愚妹が、何か色々と動き回っていたようだな」憲実は溜息をつくような調子で言った。「父上が不在で、だいぶ箍が外れてしまったらしい。これだから、嫁の貰い手探しに困っているのだ」


 その口調は、純粋に妹のいき遅れを懸念する兄のものであった。


「兄上、私は愚鈍な殿方に嫁ぐ気はさらさらありませんので」


 にこやかに、しかし断乎とした口調で、多喜子は言った。


「まったく、愚妹の扱いには本当に手を焼かされる。景紀殿、どう思われる?」


「御家の事情に、俺が口を出すわけにもいきませんから」


 景紀は、やんわりと回答を断った。


「まあ、我が愚妹の愚痴を言っていても仕方がない。今後の我が家と御家との協力体制について、だったな?」


「ええ」景紀は頷いた。「多喜子から聞いておられると思いますが?」


「ああ。恐らく、この夏の間に対斉開戦を決意することになるだろう。父上は氷州にて、すでに物資の集積と機関車・機関士の手配を行っているそうだ。我が領の鉄道関係者も、すでに何名か大陸に渡っている。私は恐らく、父の代理として内地に残り六家会議や列侯会議に出席することになるだろう。お父上が病の後遺症を引き摺っている貴殿と違ってな。出来れば、私も武功を上げる機会を得たかったのだが……」


 心底残念そうに、憲実は言った。


「まあ、愚痴を言っても始まらん。で、重要となってくるのが、我が長尾家と御家、有馬家との連携というわけだが、なかなか貴殿の家の内実は複雑な様子。なればこそ、信頼出来る連絡役が必要となるわけだな。そして、夫が戦地に行っている間、内地に残される家臣団と領内の統制をとるのは、当主の妻たちの役目。愚妹の思惑通りになるのは少し不安ではあるが、その意味では宵姫殿は適任であろう」


「すでに我が父・景忠より長尾家宛ての書状も預かってきております。俺が出征した後の、宵の扱いについてです」


 景紀は机の上に、景忠からの書状を差し出した。それを、憲実が受け取る。


「うむ、確かに受け取った。とはいえ、本来であれば私の母と貴殿のご母堂とが表舞台に立つべきなのだろうが。あるいは、次期当主という括りで見れば、私の正室か」


「お時間があるときにでも、宵に紹介してやってください」


「ああ、そうしよう」憲実は頷いた。「六家の次代を担う人間として、そして我ら三家の協力関係の継続のためにも、互いに友誼を深める必要はあろう。それは男であろうが、女であろうが同じことだ」


「はい、お願いいたします」


 景紀は軽く頭を下げた。


「ああ、承った。それでは、戦地での武勇を語り聞かせてもらえる日が来ることを楽しみにしているぞ、景紀殿」


 まるでもう対斉開戦が決定したような口ぶりで、憲実は告げた。

 いや、それはさほど遠くない未来に現実のものとなるのだろう。それも、自分の関与出来ないところで。

 景紀は、自分がこの厄介な情勢下で政治的主導権を握る立場にないことを歯がゆく思っていた。






「景紀、宵さん、ちょっといいですか?」


 長尾家屋敷から帰ろうとしたところで、景紀たちは多喜子から声をかけられた。


「何だ?」


「もう、そんな警戒心丸出しの声を出さなくたっていいじゃないですか」


 多喜子は幼馴染の少年にふくれっ面を見せた。


「この状況はお前が半ば作り出したんだ。俺らが内地にいない間にこそこそ動き回りやがって。警戒しない方がおかしいだろ?」


「相変わらず失礼しちゃいますね。私は、景紀のためを思って動いているんですよ」


 言葉ほどには、多喜子の声には抗議する響きがなかった。むしろ、毒づき合うことを楽しんでいる気配すらあった。


「だったら余計に警戒するわ」景紀は嫌そうな顔で言う。「お前、今度は俺とどんな“遊び”をしたいんだ?」


「政治」多喜子は端的に答えた。「そのためにも、景紀が愚鈍な人間たちに足を引っ張られるのは私が防いでみせます」


「俺を倒すのは私だ、とでも言いたいのか?」


 景紀の瞳に、剣呑な光が宿る。冬花や宵にも手を出すのならば、容赦しないという幼馴染の少女への牽制。


「まあ、それも面白そうですが」だが、多喜子は平然とそれを受け流した。「一緒に天下を目指してみませんか? ほら、私はまだ独り身ですし、今なら側室になってあげますよ?」


 長尾の姫は艶やかな笑みと共にしなを作って景紀に寄りかかろうとする。が、宵が景紀の腕を引っ張って自らの体を密着させたため、それは叶わなかった。


「……」


 宵は多喜子へ毛を逆立てた猫のような威嚇の視線を向け、ますます景紀と体を密着させた。そんな北国の姫の頭を、景紀はもう片方の手であやすように撫でる。


「お前、まだそんなことを言っているのか?」


 景紀の脳裏に、去年の皇都ホテルでの茶会の記憶が蘇る。


「……その体勢でそんなことを言われても、私がちょっと惨めに感じるだけなのですが」


 景紀は渡さないとばかりに腕を強く抱きしめている宵を見て、多喜子はばつの悪い笑みを浮かべた。


「まあ、この話はまた今度ということで。この調子じゃあ、冬花も苦労しているのでは?」


「……」


 シキガミの少女は女子学士院の同期生の言葉に、曖昧な笑みを返すだけだった。


「ああ、で、呼び止めた件ですが」


「今までの遣り取りは何だったんだ?」


 景紀は警戒から呆れへと多喜子に向ける感情を変えた。


「それは景紀が勝手に警戒した所為で……ああ、もういいです!」


 ちょっとだけ吠えるようにそう言って、多喜子は景紀への恨み言を呑み込んだ。


「兄上の正室のことです」


 一転して、彼女は景紀と宵に顔を寄せて、辺りを憚るような声で告げた。


「兄上の言う通り、本来であれば宵さんと兄上の正室・勤子(いそこ)様とが関係を取り結べばいいのですが、彼女、ちょっと問題がありまして。景紀は華族の婚姻関係を把握しているでしょうからあまり説明の必要がないかもしれませんが、勤子様は公家華族、それも五摂家の分家を祖とする徳英寺侯爵家の出身です。しかも女子学士院の出」


 そこまで聞かされて、宵は話の終着点が何となく予測出来た。


「それ故に出自や学歴に対する矜持は高く、伯爵家の、それも失脚した人間の娘で、かつ嶺奥国という本州最北の辺境出身、加えて学歴という点で用人の冬花にも劣る宵さんとは、はっきり言ってあまり相性が良くないと思います」


 宵は周囲の人間に敵視され、疎まれることには慣れている。恐らく、その勤子という人間と会ったところで何の感慨も浮かばないだろうと思っている。しかし、景紀の正室、つまりは景紀の代理として会うとなれば、話は変わってくる。

 自分の名誉に関しては正直どうでもいいが、景紀の名誉も正室の立場がある以上、自分が守らなければならないのだ。

 対立を避けるために卑屈な態度を取るわけにはいかないから、やはり自分と勤子という人物との対立は生まれるだろう。

 そうなれば、結城家と長尾家の協力体制の再構築という役目が果たせない。

 宵としては癪な話ではあったが、多喜子はそれを見越して頼朋翁に働きかけたのだろう。彼女も彼女なりに、景紀を支えようとしているのかもしれない。

 もっとも、だからといって宵は多喜子への警戒心を解くつもりなど毛頭なかったが。


「相性が良かろうと良くなかろうと、私は景紀様の妻としての責務を果たす所存です」


 だから、宵は挑むようにそう宣言した。

 そこに、多喜子に対する皮肉が混じっていることに彼女は気付いているだろうか?

 すべては、景紀のため。

 そう思えば、どんな相手だろうと宵は怖いとは思わなかった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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