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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第五章 擾乱の半島編

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97 暗行御史の呪術師

「通信を妨害する霊力波が発せられてるってことか?」


 冬花から呪術通信が遮断されたとの報告を受けた景紀は、冷静にそう確認した。呪術師を側に置いているために、彼は呪術についての知識も相応に持っている。


「ええ。こっちの通信波が向こうの術者の霊力で上書きされてしまっているわ」


「ってことは、向こう以上の霊力を注いで通信を発すればいいんじゃないか? ……ああ、向こうの術者の狙いはそれか」


「ええ、恐らくこちらの霊力を消耗させるのが目的か、あるいは通信の回復に専念させて軍に爆裂術式を撃ち込むだけの余力を奪うためか、もしくはその隙に結界を突破しようとするのか」


「相手の術者は何人か、探知出来るか?」


「妨害の霊力波を放っているのは一人よ。だけど、他にも術者がいると見るべきでしょうね」


 冬花の声は険しかった。自分も含めて、こちら側の術者は三人しかいないのだ。その上、八重は今回が初めての実戦で、宵誘拐事件を経験している鉄之介も実質的にはこれが初陣である。八重の様子を見る限りだと、彼女も鉄之介も霊力を不必要に消耗させてしまっていることだろう。


「こちらの術者の数を、陽鮮側が正確に把握していると思うか?」


「最低、二人はいると考えているはずよ」


 先ほどまで、八重が正門の守備を、鉄之介が南側の守備を担当していた。それを敵の術者が見ていれば、倭館には最低二人の術者がいると判断するだろう。


「ただ、私に関しては死んでいると考えているかもしれないわ」


「ああ、例の蠱毒か」


「ええ、陽鮮側は私が妖狐の血を強く引いていることを知らないでしょうから」


 先日、倭館に侵入した術者によって、冬花は蠱毒の呪詛を受けていた。凶悪な呪詛である蠱毒はしかし、彼女の中に流れる妖狐の血によって無効化されてしまった。それを相手側術者は知らないはずである。


「どうするの、景紀。このまま、術者は二人だけって向こう側に思わせておく?」


「それをする利点が、この状況ではないだろ? むしろ、通信妨害を突破出来るだけの霊力量を持つ術者がこっちにいるってことを相手に判らせておいた方が牽制になる」


「判ったわ」


 冬花は気負いなく頷いた。妖狐の血を引く自身の霊力量ならば、通信妨害のための霊力波を上回ることは十分可能だ。


「ただ問題は、海軍の方だな」


 とはいえ、それで解決するのは送信の問題である。海軍側の発する呪術通信の方は、相変わらず妨害され続けるだろう。

 つまり現状、倭館の呪術通信は送信は出来るが受信は出来ないという状況に陥ってしまっているわけである。

 こうなると、海軍部隊と江蘭府との交渉結果、そして海軍部隊の帯城到着がいつになるのかといった情報が呪術通信では手に入らないことになる。


「やむを得ん。古典的な方法だが、翼龍による通信筒の投下で向こうの情報を伝えてくれるよう、要請を出しておいてくれ」


 しかし幸いなことに、まったく通信手段がないわけではない。海軍が龍母を出撃させてくれたことが、ここでも活きてくる。

 少なくとも、陽鮮側に十分な兵力と呪術師、そして翼龍がなければ倭館を完全に包囲し、通信を遮断することは不可能なわけである。冬花と龍母の存在のおかげで、景紀たちは辛うじて孤立を免れているわけである。






 七月二十五日、陽鮮軍はそれから何度か散発的な突撃を行ったが、すべて菊水隊によって撃退された。

 倭館包囲戦は、こうして三日目の夜を迎えようとしたのである。


  ◇◇◇


 角灯の明かりに照らされた倭館東館の指揮所に、景紀、冬花、貴通、若林曹長、鉄之介、八重の六名が集合していた。

 全員を見回して、景紀は口を開く。


「日暮れ前、四航戦の龍兵が落としていった通信筒によれば、江蘭府との交渉は妥協を見たらしい。艦載艇で帯江を楊花津まで遡上することを黙認するとのことだ」


「“黙認”とは、また半端な決断ですね」


 貴通が思案顔になる。


「つまり、江蘭島は未だ陽鮮での政変に対して去就を明らかにしていないと解釈出来ます。帯江遡上の黙認は、恐らく我が艦隊を恐れての結論なのでしょうけれども」


「まあ、砲艦外交の勝利か貞英公主の説得が上手くいったかは後で確かめればいいとして、今後の方針だ」


 その言葉に、全員の背がピンと伸びる。


「俺たちは明朝、倭館を脱出し非戦闘員と陽鮮国王を保護しつつ楊花津へと向かい、海軍陸戦隊と合流する。穂積少佐、若林曹長」


「はっ!」


「今夜中に、残った弾薬を菊水隊の全員に配分しろ」


「了解です」


「我々菊水隊は夜明け前に倭館を出発、裏山を経由して陽鮮軍の側面を突き、その混乱に乗じて非戦闘員と仁宗国王を脱出させる。出発時刻は明日〇三三〇時だ。それまで、隊員をしっかり休ませておけ」


「中佐殿、一点、よろしいでしょうか?」


 若林曹長が手を挙げた。


「隊員を休ませるとなりますと、今夜の歩哨は外務省警察に担当してもらうという理解でよろしいでしょうか?」


「ああ、その件もあって鉄之介と八重には来てもらった」


 景紀の視線が、二人の年若い陰陽師に向かう。


「鉄之介、八重。警戒用の式……ああ、お前らが寝ていてもいいように自律式のやつだぞ……を倭館周辺に放っておいてくれ。歩哨代わりだ」


「了解」


「判ったわ」


 二人の返答を確認して、景紀は若林曹長に視線を戻した。


「外務省警察も、今日の戦闘で疲労が溜まっている。彼らにも、今夜は休んでもらうことにした」


「了解であります」


「景くん、僕からも一点」


 今度は、貴通が挙手をする。


「例の通信妨害を行っている呪術師への対処は? 楊花津で海軍部隊と合流するとすれば、やはり円滑な連携のためにも通信は回復させておくべきかと思いますが? 翼龍による伝令では、どうしても呪術通信に比べて情報伝達に時間差が生じてしまいますから」


「ああ、だから冬花には今夜、その術師を排除してもらう」


 すでに景紀は昼間の段階で冬花に命じていたので、シキガミの少女は静かに頷くだけであった。


「ただし、妨害の霊力波を放っている術者にこちらが対応しようとすれば、その分、倭館の結界を維持する力が弱まると連中は考えるかもしれん。その隙に乗じて、別の術者が倭館を襲撃する可能性もある。鉄之介と八重には、冬花の張った結界の強化と維持、それと万が一、術者の襲撃があった場合の対処を頼みたい」


「合点承知よ」


「……ああ、判った」


 八重はあっさりと、鉄之介は若干の間を置いて答えた。恐らく、鉄之介は姉だけが危険な任務に駆り出されることへの、納得出来ない思いがあったのだろう。

 とはいえ、景紀も冬花も、そうした鉄之介の感情を斟酌する余裕などない。

 明日の脱出作戦を敵術者に妨害されないためにも、今夜中に陽鮮側術者を排除、ないしは無力化することが求められているのだ。時間は、あまり残されていない。


「他に質問はないか?」


 景紀は全員を見回す。誰もが、神妙な顔つきであった。


「よろしい。では、行動開始」






 呪術通信を妨害している術者は、自分の存在を誇示するように霊力を発し続けている。

 明らかに、こちらを誘っていた。

 別の術者がこちらの隙を突こうとしているという景紀の判断は、恐らく間違っていないだろう。


「……」


 冬花は倭館の外、敵術者の霊力波を感じる帯城城壁の上をじっと見据えていた。相変わらず、帯城城内は夜になると闇に包まれている。


「いけるか、冬花?」


「ええ、体調も霊力も問題ないわ」


 冬花の傍らには、景紀がいた。しかし、今回は二人で戦うことは出来ない。常人(ただびと)でしかない景紀では、呪術師同士の本気の殺し合いの場においては、足手まといにしかならない。それに、二度も部隊の指揮を放り出すわけにはいかなかった。


「お前は、俺のシキガミだ。だから、必ず勝て」


 景紀は、そう命じた。己のシキガミたる少女への信頼と共に。


「ええ、もちろん。だって私は、あなたのシキガミだから」


 そして、冬花は主君の命令を誇りをもって受け止める。この人のシキガミであることが、自分の何よりの存在意義なのだから。


「解式」


 少女は、自らにかけていた封印を解いた。頭の上に狐の耳が現れ、着物の裾からは白い尻尾が飛び出る。

 冬花は、今まで抑えていた妖狐としての霊力を解放した。全身を駆け巡る霊力の流れが活性化し、体の奥底から力が湧き上がってくるようだった。

 自分自身では呪わしく思っているこの妖狐の血も、景紀のためだと思えば悪くない気分だった。


「じゃあ、行ってこい」


「ええ、行ってくるわ」


 主君たる少年への笑みを残して、シキガミの少女は駆け出していた。


  ◇◇◇


 倭館の塀を軽々と跳び越えると、冬花は霊力波を発し続けている相手術者の元に一直線に駆けていった。

 高台の斜面を呪術と妖狐の血で強化された脚力で駆け抜ける。邪魔になる敵兵は、鋭く伸した両手の爪で容赦なく引き裂いた。陽鮮兵の陣地に混乱と騒ぎが起こっているが、そんなものは今の冬花にとって単なる雑音に過ぎない。

 敵術者は、城壁の上でこちらを待ち構えている。

 と、彼女の狐耳が空気を裂く音を捉えた。そして、妖狐の血を発現させたためにいっそう赤みを増した瞳が、飛来するそれを捉える。


「……」


 冬花は無言で、爪を振るった。

 キン、という音と火花を残して、少女の身を斬り裂こうとした刃が弾かれる。それは数日前、冬花の体に蠱毒の呪詛を流し込んだあの多間接剣であった。

 つまり、あの時と同じ術者か。

 冬花はそう判断すると同時に地を蹴った。

 城壁をよりも高く飛び上がり、落下するようにその上に着地すると城壁上の守備兵を両の爪で一掃。城壁の上を、術者の気配のする地点まで一気に駆け抜ける。

 そこにいたのは、あの時と同じく黒衣に身を包んだ、多間接剣を得物とする術者であった。

 蛇のようにうねる相手の剣を刀のように鋭く伸した爪で弾き、瞬時に距離を詰める。

 相手も、即座に伸した剣を引き戻した。

 交差させた両手の爪が黒衣の術者を引き裂く直前で、一本の剣へと戻った多間接剣によって受け止められる。

 冬花は足に力を込め、ぐっと相手に体重をかけた。


『……何故だ?』


 黒衣から、呻きが漏れた。


『何故、貴様は生きている? 何故、動ける?』


 冬花に陽鮮語は判らない。通訳のための術式も発動していないので、この男が何を言っているのかも判らない。

 だが、恐らく自分が蠱毒の呪詛を受けながら生きていることに驚愕しているのだろう。

 もっとも、冬花はその疑問に答えてやる必要もないし、仮に答えたとしても秋津語を相手は理解しないので無意味な行為でしかない。


「……」


『……』


 純化された敵意の籠った互いの鋭い視線が交差する。

 爪と剣の鍔迫り合いは、そう長くは続かなかった。妖狐の血を発現させた冬花が、相手の膂力を押し切ったのだ。

 多間接剣が、接合部でバラバラに砕け散る。


『……貴様、妖魔の類か』


 あっさりと得物を手放して後退した黒衣の術者が、嫌悪の目で白髪の少女を睨んだ。

 冬花は自分が侮蔑されたことをその口調から察していたが、気にしなかった。でなければ、妖狐の耳と尻尾の封印を解いていない。

 それに、いずれにせよこの術者はここで排除しておかなければならないのだ。これから殺す相手の感情など、気にするだけ無駄だ。

 後ろに跳んだ黒衣の術者を追いかけて、白髪を風になびかせて冬花は城壁の上を駆ける。


『―――!』


 陽鮮の術者が何か呪文を唱えた。

 冬花の周囲を、梵字で描かれた陣が出現する。夜の闇を鮮やかに彩る呪術陣に囲まれた狐耳の少女の体に、ずしりとした不可視の圧力が加えられた。


「っ―――!?」


 見えない巨人の手に押し潰されそうな感覚が冬花を襲い、彼女の足がその場に縫い止められる。

 妖魔を滅するための、術式。

 冬花は即座に、相手の放ってきた術の正体を見抜いた。

 あの時、丞鎮と名乗る怪僧も自分を捕らえるために使っていた、妖狐の血を引く自分にとっては明確に弱点となる術式。

 だが―――。


「なめるなぁぁぁぁぁ!!」


 冬花は吠えた。

 全身を巡る霊力の循環が激しくなり、狐耳と尻尾の生えたその体を青白い狐火が包み込む。

 瞬間、破砕音と共に空中に浮かぶ呪術陣が崩壊した。同時に、彼女の体にのし掛かる圧力も消える。


『―――っ!?』


 黒衣の顔に、驚愕と焦りの表情が浮かぶ。

 冬花は確かに、妖狐の血を引いている。だが同時に、彼女は陰陽師でもあるのだ。妖魔を滅するための術式が自分の弱点になるのであれば、それを打ち消すための術式を組み立てればいいだけの話。

 景紀のシキガミとして、同じ失態を犯すわけにはいない。それは、冬花自身の意地が許さない。

 相手の術式を消滅させると同時に、冬花は再び駆け出した。

 多間接剣を失った相手は黒衣の内側から二振りの短剣を取り出し、冬花の爪を受け止める。

 城壁の上で、火花が散った。

 今度は、黒衣の術者も無理に受け止めようとしなかった。

 二振りの短剣を巧みに操り、冬花の爪の軌道を逸らしていく。そして以前、景紀に向けて暗器を放ったように、時折、黒衣の内側から針らしきものを射出して白髪の少女を牽制する。

 妖狐の血を解放したお陰で感覚が鋭くなっている冬花は、そうして放たれた暗器をすべて回避するか爪で弾き飛ばしていく。

 恐らく、この術者の使用する得物には、あの多間接剣と同じように蠱毒の呪詛が仕込まれていることだろう。いかに自分の血に蠱毒の呪詛への耐性があるとしても、一時的に行動不能にされる。

 一発でもかするわけにはいかない。

 多間接剣を破壊したとはいえ、冬花もまたギリギリの攻防を続けていた。

 ひゅん、と咄嗟にしゃがみ込んだ彼女の頭上を突き出された短剣が通過する。冬花は片手で爪を突き上げ、それに相手が反応する素振りを見せた瞬間、もう片方の手で城壁に手を付いて足を振り上げた。

 足の裏に伝わる、相手の顎を直撃する感触。

 妖狐の血と身体強化の術式で脚力を強化しているので、顎の骨が砕けるか脳震盪を起こすはず。

 だが、それは冬花の淡い期待であった。

 黒衣の術者は咄嗟に防御術式を発動させたらしい。体を吹き飛ばされつつも、そのまま倒立回転の要領で後ろに跳んで距離を取ろうとしたのだ。

 冬花はさっと刀印を滑らせた。

 上空に飛ばしていた式を相手に向けて急降下。

 刹那に連続する轟音。

 城壁上で、爆発が連続した。石造りの城壁が崩壊し、黒衣の術者が土煙の中に消えていく。


「……」


 冬花はそれを、城壁の上から油断のない視線で見つめていた。


  ◇◇◇


 西方の城壁が崩壊する音は、景徳宮にまで響いていた。


「これは、拙いことになった」


 王宮の執務室で、王世子・李欽は呻いた。


「敦義門の崩壊もそうだが、城壁の崩壊は帯城の民たちに動揺を与える。民たちが新たな暴動を起こさぬよう、目を光らせておけ」


「はっ!」


 命令を受けた官吏が恭しく礼を取って執務室を後にする。


くそっ(シッパル)、術師たちは何をやっているのだ……」


 一人になった執務室で、王世子たる青年は王族に似つかわしくない罵声を漏らす。

 今宵、祖父・太上王配下にある暗行御史の術師たちに、倭奴の術師の排除を命じた。だというのに、未だ連中の術師たちを討滅したとの報告はない。それどころか、恐らくは術者同士の戦いの余波か、城壁まで崩壊する始末である。

 倭館を落とせないことといい、城壁の崩壊といい、自分の政権基盤を揺るがしかねない事態が続発している。

 この日の夜、王世子・李欽は、執務室内を落ち着きなく動き回り、眠れない一夜を過ごさざるを得なかったのである。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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