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 そしてそこから少し離れた岩陰には、二つの人影があった。


 「ははは――はは、ははははははっ!」


 ウィスフェンドの正規兵たちが容赦無く蹂躙される様を見ながら、青い髪をかき乱しながら笑う男――ノートン。


 横にいるレオナスも彼と同じように片膝をつき、岩陰に身を隠しながらけたけたと笑っている。ノートンは長年積もった怒りが、次々と心から消えていく快感に陶酔した。体をすり潰され、飲み込まれ、プライドをずたずたにされて、最後には枯れた荒野に血を捧げる兵士たちを見ながら、光悦の面持ちで、何度も胸の内で彼らを糾弾した。


 当然の報いだ。僕を……誇り高い我が血統を侮辱した罰が、ついに下ったのだ。

 神は穢れた血をお許しにならない。ドルイドの血を引く自分こそが、本来はウィスフェンドの正規兵――そして兵団長となる資格を有するのだ。だというのにお前たちは淺ましくもその座を奪った。その報いが今、自分の目の前の天罰として現れている。これを笑わずに、いつ笑うというのだ。


 ……ノートンは代々ウィスフェンドの政治の一旦を担うライアス公の第一子息として生を受けた。彼の家はウィスフェンド創設から続く由緒正しきドルイド系であり、しかも純潔の血を継ぐ正真正銘の賢人の家系である。


 賢人ドルイド蛮族バーバリアンが共に手を組んで設立したこの街だが、現在に残る貴族はその全てがドルイド系だった。それは建設当初、蛮族たちが文字を持たぬ種族であったことと、地位よりも目先の食料や好戦を望む気質だったことに起因するが、ドルイド側でも街の実権を独占するように仕向けた動きは当然あった。


 赤子の頃から魔導師を神託されるべく徹底的な英才教育を施され、それ以外の生活に関わるものは全て使用人がこなした。親は彼に、将来は力と知恵の象徴である『魔法剣士』を神託されることを願い、彼もまたそれを望んで修行に励んだ。


 潤沢に用意された魔法に関する書物を読み漁り、金に糸目をつけずに高明な魔導師を師として招いては、無職の内に学べる魔法のスキルを次々と継承していった。その結果、驚くことにノートンが下級職である魔導師を神託されたのは、わずか八歳の頃だった。十二歳でも芽が出ない者がいる中で、十歳になる頃には、次を見据えて剣士に指南し、剣術の習得に励む毎日を過ごしていたのだ。


 その頃からは父親の勧めで、大人の作法として夜の生活も楽しむようになった。最初の相手は幼少の頃から密かな恋心を抱いていた近所の十七歳の女性だった。柔らかで女性的な面持ちを残しつつも、蛮族の血を強く継いだ目鼻にシャープな印象を抱かせる、美女と言って差し支えない女性だった。


 そんな相手が父親から差し出され、物のように抱くことを許可されたときは、人生で感じたこともない興奮が体を支配した。どんなに値打ちのある人間でも、自分には逆らえないのだと十歳の時分で理解した瞬間だった。そして彼女もそれを拒まなかった。ウィスフェンドにおいて純潔のドルイド家はなによりも身分が高く、その相手に選ばれることは誉れ高いことだったのだ。


  昼は訓練、夜は女を楽しむ生活を続けて三年、十三歳となった彼は約束された将来への道を邁進していた。だがそこに突然の転落が訪れる。忌々しく、今でも忘れることができない最悪の出来事だ。


 後に『比翼革命』と呼ばれるその事件は、万能感の中で育ったノートンの人生を残さず削ぎ取るには十分だった。革命の首謀者は蛮族派のリーダーであるフランキスカ・レイゼンオーグ。そして片腕にはバッハルード・セムスティオがいた。


 革命は大昔から街の実権を握り、私物化するドルイド派に反発するために低層階級が起こしたものだった。蛮族や多種族の混血種たちが武器を持ち、城塞都市の各所で次々と声を上げた。


 一夜のうちにウィスフェンドの領主である純潔派の総統、グラヒエロ・アルカスが捕縛され、それを皮切りに他の貴族たちも次々と降伏した。知恵と力の融合を謳っておきながら、長き安寧に胡座をかき、そのどちらも学ぶことを怠っていた貴族たちが、日々魔物と戦い腕を磨き続けた彼らに、純粋な暴力で勝てる術はなかったのだ。


 ――ただ一人、ノートンを除いては。


 下級職であったものの優れた天稟を見せる彼は、最後までドルイド派の権利を主張して戦ったが、数の力を覆すことはできなかった。革命終結後は二つの種族が共に造ったウィスフェンドにおいて、賢人派を弾圧するのは不当と声を上げる物もいたが、そもそもの発端が権力の偏斜が招いた事件であるため、誰も聞く耳を持たなかった。


 そして同じ歴史を繰り返さぬように徹底的に賢人と蛮族の力の拮抗を打ち出した結果、ノートンにとって信じられない状況が起こった。

 『純潔』はウィスフェンドの教えに反しているという考えが、領民の中で高い支持を得たのだ。


 革命によって貴族の座を追われていた彼にとって、追い打ちとも言える逆風だった。それは他人を支配するのが当然と教育されてきたノートンにとって耐え難い現実で、極め付けには毎夜、体を重ねた女からも蔑みの目と共に、真実と嘘をないなぜにした毎晩の不当な扱いを風聴された。それが決め手となりウィスフェンドにおいての彼の、いやライアス家の評判は最悪のものとなる。

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