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「なあアミュレ、盗賊のスキルで、対象の気配を消す術はないか?」
「対象の気配を? ……うーん、ちょっと難しいですね。私の気配を消すスキルなら習得してますが……」
口元に手をやり悩む少女。
「そうか、わかった。じゃあ今日はひとまず宿に戻ろう。ロックイーター戦の作戦は、じっくり練るさ」
「お役に立てずに申し訳ありません……」
「アミュレが謝ることじゃないさ。だからそんなにかしこまらないでくれよ。いつものアミュレらしくしてくれた方が、何倍も気が楽だ」
「……くすっ。ラビさんは、お優しいんですね」
……いや、どちらかというと、この状況を作ったのは俺であり、彼女は俺に巻き込まれているので、決して優しいという訳ではないと思う。
「……ま、まあアミュレにはこれからも世話になるしな。今日は昨日歓迎できなかった分、なにか飯を奢るよ」
資金は残り少ないが、今日明日で底を尽きるという物ではない。アミュレの言葉が正しいのなら、野宿だって視野に入れれば細々とだがウィスフェンドには滞在できるだろうし、恥ずかしいがリズレッドに金策を頼めば、再び宿にだって泊まれるだろう。今は無理な策を練らずに、確実に不意をつける案をじっくりと考えたほうが良い。そしてそれは戦いに疲れた今ではなく、宿屋で一息ついたあとに、リラックスした状態でだ。
狩場をあとにし、踵を返して要塞都市へと戻ろうとしたとき、背にした方角――北の荒野から、突如として爆裂音が鳴り響いた。
「きゃっ!?」
「なんだ!?」
耳をつんざく大音響に驚き、咄嗟に身構える。見やれば、もう暮れかかった空を赤く染める炎と、そこからもうもうと立ち登る黒煙が北の荒野に現れていた。熱こそ感じなかったが、音と共にびりびりとした振動波がここまでやってきたことを考えれば、爆心地の有様は俺が先ほど放ったファイアの比ではない。それこそ小型の爆弾並みの威力があったと考えて良いだろう。
距離は大体二キロ先だろうか。さすがにアミュレの感知スキルでも、ここからではあの火の大元の状況は探れない。だとしたら、どうする。自然にあの規模の爆発が起こるとは考えにくい。あきらかに人為的か、魔物の存在を感じる。それもかなり厄介な……。
ちらりと横を覗くと、焦燥に駈られて赤い炎に釘付けになる少女がいた。目を大きく見開き、強大な力の前に驚愕の表情を露わにしていたが、それが恐怖から来るものではないことが、今の俺にはわかった。
「……アミュレ」
「……あっ、す、すいません! ついぼーっとしちゃって。! ……さあラビさん、ここは危ないので、早く離れましょう! それでなくても私たちは魔物狩りで体力を消耗しているんですから、何かあったら……」
「……行きたいんだろ?」
「っ」
俺の言葉に、アミュレはびくりと肩を揺らした。そうなのだ。この幼い少女は、あれだけの爆熱を目の当たりにしたというのに、その中心へと向かいたがっていた。
理由は簡単だ。そこで誰かが助けを求めているかもしれないからだ。様々な命を奪ってきた彼女は、後悔の念からこういう際に、自分よりも他人を優先して助けようとしてしまう。例えその先に……己の死が待っていたとしてもだ。
まるで懺悔という名の鎖が、彼女の枷となり取り憑き、死地へと強引に引きずるようだった。……全くひどいものだ。現実にいれば、まだ中学生であろうアミュレが、ALAに生を受けただけで、ここまで償いの業を背負っている。
そこで思考するのは、俺に何ができるかということだった。
無限の命を持ってこの世界を来た俺にできること……それは、たったひとつだった。
「……行こう、アミュレ。行って、もしあそこで助けを求める声があったら、お前の癒術で救ってやろう。もし危険があっても、俺がなんとかしてやるさ」
「……ラビさん……いいんですか?」
「ああ。なんだか、召喚者がこの世界に呼ばれた意味が、なんとなくわかった気がしたよ」
「……え?」
「いや、なんでもない。さ、行こう」
「は、はいっ!」
少女の背中を押して、俺たちは今も猛然と黒煙を吐き続ける北の荒野へと足を進めた。爆発の中心地へ着くまでの間、自分の口から出た言葉の意味を、何度も考えた。
――召喚者がこの世界に存在する意味。
おかしな話だった。そんなものはわかりきっているはずだ。ALAはゲームであり、俺はユーザーだ。であればこの世界はエンターテイメントでしかなく、召喚者を楽しませるために存在する箱庭だ。
だが俺は、それとは真逆の結論に達しようとしていた。
すなわち、俺たちのために世界があるのではなく――世界のために、俺たちがいるのではないか。……自分でも狂人じみていると思う。ゲームに傾倒しすぎた廃人のような思考だと思う。だがこの世界はリアルで、ここに生きる人たちには、確かな魂が宿っている。リズレッドやアミュレと接すれば、それは確信を持って言えることだった。




