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そこまで話し終わると、お互い無言となった。
黙り込む彼女を見ながら、俺はアミュレがこの街に訪れたとき、はじめに放った言葉を思い出した。
ここに来るのが憧れだった
あのとき彼女は満面の笑みでそう言ったのだ。盗賊という職を、無理やり周りの大人たちに強制で神託されたあと、亡き僧侶のあとを継ごうと決めた少女にとって、この叡智溢れる街はそれだけで善望の対象だったのだろう。
向かいに座る少女は再び深く息を吸い込んで吐き出した。あまりにも忘れたい過去をいっぺんに掘り返しすぎて、自責の念で押しつぶされそうになるのを、必至に堪えているようだった。
「……あとは、ラビさんが知っている通りです。ゴーレムと戦っているお二人を見つけて、雰囲気からラビさんが召喚者だとわかったので、この人ならもしかするとパーティに入れてくれるかもしれないと思ったんです。……と、これが同行をお願いした理由ですね。いやあ、重たい空気にさせちゃって、申し訳ありません」
そう言って無理やり笑う。
先ほどまでは、これが彼女の性格なのだと思っていた。自分にも相手にも軽い態度で接し、世界を奔放に旅する明るい子なのだと思っていた。だがいまの話を聞いたあとは、この笑顔は全く違う事実を俺に告げている。過去の自分に背反するための、精いっぱいの抵抗なのだと思った。無感情のまま多くの命を奪ってきた過去を、笑って誰かを救う今で塗り替えようとしているのだと。
俺は考えた。彼女をパーティに加入させるべきか否かを。確かに俺たちは《エデン》という当ての無い目的地を探して旅する放浪者だ。そのため大陸各地を周っており、その中に彼女が加わり、回復役として活躍すれば、救える命は数多いだろう。そしてその声は、きっと天国にいる彼女が殺めてしまった女の子に届くと思う。こちらとしても癒術の使い手がひとりもおらず、ポーションに頼っているいま、回復役がいてくれることは大変ありがたいことだ。
――だが
「……アミュレ、君をパーティに加えたいという気持ちは俺にも十分にある。……だけど問題があるんだ」
「……やっぱり、そうですよね」
彼女は逡巡として俯き、瞳を曇らせた。だがそんなことで、この問題は解決したりはしない。だからこそここで、はっきりとそれを明示しておく必要がある。
俺は意を決して言葉を放った。
「……金がないんだ」
「――へあ?」
きっとそれがあまりに衝撃的だったのだろう。アミュレは今までの暗い顔から一転して調子を外した声を合げた。
「雇いたいという気持ちはあるんだが……俺たちにはとにかく金がない。明日宿に泊まれるかどうかさえ、はっきり言って怪しいところだ。しかも頼みの綱のギルドは、昨日色々あって出禁を食らった。つまり収入源がほぼ断たれてるんだ。アミュレだって屋根のないところで野宿なんて嫌だろう? 年頃の女の子なんだし、それなりの身なりだって整えたいだろし、そう考えると俺たちのパーティにいても、窮屈な思いをさせるだけだと思……ん?」
「…………っ」
我ながら情けない財政状況を告げていると、俯いていたアミュレがさらに顔を伏せてしまった。それだけならまだしも、ふるふると体を震わせてすらいる。
……まずい。唾をつけていたパーティが思いのほか貧乏で、当てが外れたショックで怒っているのかもしれない。
怒声を覚悟して姿勢を正す。だが彼女は膝の上で強く握っていた拳をお腹に当てると、体をくの字に折って大笑いを始めた。
「――ぷっ、あははは! あははははっ! ちょっと待って! お腹、お腹いたい! あははっはははは!」
……なんということだろう。俺たちのパーティの赤貧具合は、怒りすら通り越して、笑いの対象にしかならなかったようだ。
「……ごめんなアミュレ、せっかく頼ってくれたのに、こんな不甲斐ないパーティで」
「……いやいや、まじめですか! これ以上笑わせないでよラビさん! あはは! ははは!」
「……?」
しかし俺は、ここで彼女の笑いが全く違う意味を孕んでいる可能性を感じ取った。馬鹿にしている訳でも嘲笑している訳でもなく、ただ純粋に笑っているだけのように見えるのは、俺の希望的主観が混ざっているからなのだろうか。
しばらくしてやっと笑いが収まったアミュレは、はーはーと荒い息のまま、涙をぬぐいながら話しかけてきた。
「……はーっ、苦しかった。初めて会ったときから思ってたけど、ラビさんもリズレッドさんもまじめだよねー。まさかこの話をしたあとに、そんな返答がくるなんて思ってもいませんでしたよ」
「……え、じゃあいまのは、ひょっとして本当におかしくて笑ってたのか?」
「当たり前じゃないですか! 全く、また殺されかけるかもしれないと思って、警戒しながら話をしてた自分が馬鹿みたいじゃないですか!」
「殺されかけるって……恩人のアミュレに、そんなことする訳ないだろ?」




