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「死霊術師?」
「死骸を操り、己の力とする職業です。ご存知ないですか?」
「ネクロマンサーみたいなものか……?」
「ネクロ? ……その言葉はこちらの世界にはないのですが、おそらく、その想像で間違いないと思います」
「……なるほど。でもなんでそんな所から遥々ここまで?」
「……シュバリアに、もういたくなかったからです」
「いたくなかった?」
「はい……《霊都シュバリア》は、死霊術師の名門と呼ばれる街なんです。なのでそこで生まれた子供は、物心つくと例外なく死霊術師が神託されるように教育されます」
「ということは……アミュレが盗賊なのは、つまり」
「……お察しの通りです。死霊術師は盗賊か魔道士から派生する上級職です。でも霊都は前者が神託されるように教育します。命を奪うことに抵抗をなくすには、早いうちに盗賊を経験するのが有効という教えがあるからです。……そして、来る日も来る日も、死を隣に置くような生活を強いられるんです。《霊都シュバリア》はアカデミーを運営して、子供は全員がそこに入れられます。最初は座学から入り、死霊術師がどれだけ選ばれた人間なのかを徹底的に、それこそ洗脳じみた方法で覚えこませます。そのあとは実際に小動物の殺害という実地訓練、対象は犬とか猫ですね。私の級友は、そこで何人か脱落しました。でも私はそのとき、教育によってそれが素晴らしいものだと信じ込み、なんの感情もなく殺しました」
アミュレの瞳が、急速に色を失っていくのがわかった。聞いているこちらも思わず顔を歪めそうになるその教育は、幼い日からそれを実行してきた少女の、消し去りたい過去に違いない。
俺は背筋を正してその告白に耳を傾けた。
「……八歳のころ、私は神から盗賊を神託されました。ネイティブが下級職を神託されるのは平均して十歳なので、親は私をとても褒めました。周りよりも早く職に就けたことと、正しく盗賊を授かったことをとても喜んでくれて、私もそれが誇らしかった」
「……アカデミー中に神託されない子もいるのか?」
「アカデミーは十二歳で卒業なので、中にはいました。でも彼らはまだ良い方です。『未就職』という可能性をまだ持っているのですから」
その言葉を聞き、はっと顔をしかめる。少女はその様子に気づくと、この話の核心に迫った。
「……お気づきになりましたか? そうです、真にシュバリエでおちこぼれと見なされる人物、それは盗賊か魔道士以外を神託された人たちです」
「……小さい頃から小動物を殺して、それを美徳と信じ込まされても、それ以外を神託される人もいるのか?」
ただ単に純粋な問いとして、俺はアミュレに言葉を放った。しかしそれが、彼女の最も深遠にある絶望を呼び覚ますことになってしまうとは、思いもしなかった。
「……とても、優しい人なんだと思います。命を奪うことを強制されても、それでも尚その尊さを信じられるくらい、本当に優しい……。でも当時の私は、そんな人たちを『出来の悪い落第生』としか思っていなかった。……そして、あの日がやってきました」
「あの日?」
「……アカデミーの卒業試験です。試験内容は全くの秘匿であり、それを通過して死霊術師となった大人たちは、全員が示し合わせたように口をつぐんで、事前に私たちに内容を教えることはありませんでした。でも学園でトップの成績を修めていた私は、特に不安もなく試験に望みました。どうせ捕獲されて弱体化されたユニコーンや精霊獣の類を殺せとか、そういうものだと思っていたんです。……ですが、試験生一人一人に用意された個室にいたのは、そんなものじゃなかった」
少女の声が震えた。ぎゅっと膝の上で固く拳を握り、箱に閉まった忘れたい過去を、うっかり暴発しないように丁寧に開封するような様子だった。
「……部屋にいたのは、私の級友でした。といっても、盗賊、魔道士以外を神託されてとっくに落第していた『元級友』ですが。……彼女は椅子に縛り付けられてさるぐつわをされ、身動きのとれない状態で私を凝視していました。私はその子に見覚えがありました。アカデミーに入学したての頃に仲良くなった、綺麗な銀色の髪をした子です。彼女はとても優しくて、命を奪う前に何度も何度もごめんねと謝るような子で、殺害を美と信じていた私は、次第に彼女から離れていったんです。噂で十歳の頃に彼女が僧侶を神託されたと聞いたときも、やっぱりなという印象でした。……そして、試験会場で再開した私とその子の間には、一本のナイフが置かれてたんです」
ごくりと唾を呑んだ。そのあとに紡がれる言葉がわかり、冷や汗が首から垂れる。
「……試験内容は、《霊都シュバリア》において死霊術師以外の道を神託された学友の殺害」
「……っ」
「でも、そこまでの状況を作られても尚、私は動揺しませんでした。……信じられますか? 一緒に育った友達を殺せと言われても、少しも気持ちが動かないんです。ユニコーンよりも殺しやすそうで助かったとすら思いました」




