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22

 ロズに呼ばれ、俺は機を逸してしまい、翡翠を再びポケットに突っ込んだ。


 見ればアミュレは武器屋の外で俺たちを待っており、その後ろ姿からはなにかの思惑を感じとれた。やはりリズレッドの言う通り、心に秘めた思いがあるのかもしれない。

 だがそれを加味しても、《ヒールライト》を使える事実は変わらなく、彼女自身の印象も決して悪いものではなかった。

 危険が伴うため、今回の《ロックイーター》討伐には連れていけないが、今後のパーティに加えることに、俺はやぶさかではない気持ちだった。


 次に向かう先は、今日一番の本命とも言える付術師の工房だ。武器屋を出て東へ進んだ先にその工房はあるらしく、ロズが俺とアミュレに先導する形で道案内をしてくれた。

 十分ほど歩くと、目的地らしき家が見えてきた。この街では見慣れた四角形のブロック岩で造られた家屋ではなく、木材を使用した昔ながらの歴史を感じさせる家で、赤の三角屋根が特徴的だった。

 だがそこで、けたたましい音とともにその家の扉が開かれたかと思うと、中から一目散に飛び出す二人の男が現れた。


「盗っ人じゃー! 誰か捕まえておくれー!!」


 店主のものと思われる叫び声が家の中から響く。

 見やると確かに、男たちは青の液体に満たされた瓶を握っていた。


「……あれか」


 盗品に目星をつけると、心の中で《疾風迅雷》を唱えてスキルのトリガーを引いた。

 体にAGIの増加が付与されたのを感覚的すると、二人を追った。


「っなんだアイツ!? 早えェ!?」

「振り向くんじゃねえ! 速度向上系のスキル持ちだ! 追いつかれる前に全力で逃げ切れ!!」


 彼らは必至に逃走を試みるが、こちらのスキルは命がけで手に入れたリズレッドのスキルだ。その程度で振り切られる道理はない。

 ほどなくして追いつくと、後ろから襟を掴んで重心を崩し、地面に押し倒した。無論、男の手から青の瓶を回収することを忘れない。


「く、くそ……! 《シャドウウォーカー》!」


 もう一人の盗っ人がスキルを叫ぶと、視界から姿を消した。

 技名からすると隠密系のスキルだろうか。逃がしてしまうのは不本意だが、盗まれた品は取り戻したし、そもそもこちらは一人しかいないので二人の男を捕まえるのは無理な話だ。店主もこの青瓶さえ戻れば満足するだろう。


 ……そう思っていたとき、俺の横を何かが通り抜けた。


「はーい、盗んだものはちゃんと返しましょうねー」


 その主は滑るような鋭敏さで前方へと走ると、腰をひねって反転し、何もない宙で装備していた短刀を逆手に持ち、振るった。なにもない宙で、柄の底がなにかに当たる鈍い音を立てると、「げひっ」という汚い声が通りに響く。その声が切れるのと、宙から先ほどの男が現れ、ばたりと倒れ落ちるのはほぼ同時だった。

 主は、気絶した男からごそごそと体を漁ると、服の内側から野菜の根のようなものを取り出した。


「値札付き……ということは、やっぱりでしたか。わかりやすく一方が事前に用意していた偽物を見せびらかして、本命への追手を防ぐ。よく考えられた作戦ですが、芝居のぎこちなさは消しておいたほうが良いですよ」


 そう言って乱れた白のローブを整える。

 俺を含めた通行人全員が、その始終を目撃して閉口し、目を丸くした。そしてよく出来たマジックショーのような一幕を演じた張本人――アミュレを見やる。


「……あはは、これは……参りましたね」


 注目に気づいた少女は頬をぽりぽりと掻きながら、困ったようにはにかむ。

 ここに来て、俺もやっと確信を得た。彼女はただのヒーラーではない。あのような動きは、いくらソロでの活動が長いといっても身に着けられるものではない。それができるなら、世の中は僧侶だらけになっている筈だ。


 だが俺に使用した《ヒールライト》は紛れもなく本物であり、そのことが余計にこの現実をどう結論付けて良いかを難しくしていた。しかし何時までも突っ立っていても仕方がない、彼女が俺たちのパーティに加入を希望している限りは、そのことを説明する義務が向こうにはある。

 意を決して彼女に近づくと、アミュレは観念したように笑った。


「アミュレ……君は一体……」

「落ち着いてください、きちんと話しますから。でもここでは……」


 往来でのひと悶着は、良い意味でも悪い意味でも領民の注目を集めていた。一部からは興味を、一部からは恐怖の瞳を向けられていたが、唯一全員に共通するのは、とても耳をそばだてていることだ。


「……わかった、とりあえず付術師の工房に入ろう」


 こちらの提案にこくりと頷くと、アミュレは諦観した顔で後ろに付いてきた。そんな態度を取られると、まるで彼女を咎めているような気分になり、どうにも落ち着かない。俺はただパーティの一員として、この少女の心の内を知りたいだけなのだ。


「さっきのスキル凄かったよ、なんならヒーラーとしてではなく、アタッカーとして雇いたいくらいだ」


 なにかの気休めになれば良いと思い、そんな言葉を口にすると、アミュレは一瞬驚いたような顔をしたあと、首を横に振った。

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