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「バ、バッハルード支部長!」
ロズが俺の腕からはね起きると、そのまま勢いよく頭を下げた。
「今回は私の至らなさにより、騒ぎを大きくしてしまい、大変申訳ありません!」
「ああ……それでロズ君、俺が奥で接客をしている間に、ここで何があった?」
「それが……」
「いや……彼女の説明には及びませんよ、バッハルード殿……痛つつ」
ロズが事の顛末を話そうとしたところを、テーブルの山から起き上がったノートンが、殴られた頬を抑えながらそれを遮った。
一瞬だが奴がこちらを覗き、薄く笑うのを見た。
嵌められた。
そう直感した。必要以上に煽ることも、あっさり俺の攻撃を受けたことも、全て奴の仕組んだことだったのだ。
奴はここで起こった騒ぎのことを、支部長と呼ばれる男に告げた。ゴーレム討伐だけで盛り上がっていたところを、老婆心で諌めたところを殴られたという、彼に都合の良い脚色を加えての説明だったが、本筋は合っており、殴ったのも事実なので、俺は口を挟むことができなかった。
「……なるほど、そういう事か」
全てを聞き終えたバッハルードは、目を細めて俺とノートンの両方を見た。
ノートンはすかさずそれに追随するように言葉を繋げる。
「……ええ。僕も出すぎた真似をしてしまったのは事実です。ですがどうしても、この格式あるギルドであのような会話がされるのは我慢できなかった。岩と砂しかないこの土地で、この素晴らしい街を築いたウィスフェンドの先人たちに対して、あまり稚拙な武勇伝を聞かせてくなかったのです」
クラウドが後ろで「ごますり野郎……」と小さく呻いた。俺はそれを見て、なんとも居た堪れない気持ちになる。せっかく怒りを抑えたクラウドの努力を、俺は自分で壊してしまったのだ。この世界は死が身近であるがゆえに、人のコミュニティにおいて掟を破ったときの罰則が厳しい。ここでいくら奴を殴った理由を説明しても、火に油を注ぐだけになる。今はせめて、この壮年の男が少しでも温情をかけてくれるのを願うしかなかった。
ほんのつかの間、支部長は思案を巡らせるように黙り込んだあと、威厳のある声音で俺たちへの判決を告げた。
「どちらにも言い分があるのは認めよう。だが罪とは、起こした結果に対して発生するものだ。……よって戦闘行為を行ったラビ・ホワイト、君はウィスフェンドギルドへの立ち入りを禁ずる。無論、君とパーテイ申請を提出しているリズレッド・ルナーも同様だ」
「っっ!」
やはりか、という思いもあったが、衝撃はかなりのものだった。
冒険者にとってギルドの利用を禁止されることは、大きな財源を絶たれることを意味する。《黄金の箒》は一番安い部屋でも一室6000Gし、対してゴーレムを倒すのに、先ほど俺は一時間ほどかかって入手できた金額は5000Gだった。
そこから食事代やポーションなどの回復薬、旅の備品代を差し引けば、どんなに頑張っても足が出るのは目に見えている。休日ならまだしも、大学がある日は四時間程度がプレイの限界で、ゴーレムの索敵などを含めると、良くて二体討伐が関の山なのだ。
ログアウト中にリズレッドに稼ぎをまかせるという選択肢もあるが、自分の不祥事のツケを彼女に支払わせることは、極力したくなかった。
しかしそれでは足りないといった風に、ノートンはバッハルードに訊いた。
「バッハルード殿、この金髪への処罰は?」
「彼は貴殿に攻撃を行ったのですかな?」
「いえ……そんなことは……」
「ではクラウド・ストライフに罰を執行する理由はございません。それで宜しいですかな?」
「……はい、仰る通りです」
ノートンはその言葉を、表では聞き分けよく受け入れていたが、俺には心の底で湧く昏い感情がすぐにわかった。
だがそれはもうどうでも良かった。いまはひとまず、数少ない俺のプレイヤー友達にまで被害がいかなかったことを喜ぶと共に、寛大な処置を施してくれた支部長に感謝した。
ここを使えなくなったことは残念ではあるが、ウィスフェンドに滞在できなくなったというだけだ。《エデン》への情報は、他の地域を巡って調べるしかないだろう。
惜しむ気持ちを押し殺して、リズレッドにこのことを報告し、早々にこの街を去ろうと思ったとき、しんと静まり返ったギルドの大広間に、懇願の声が上がった。
「待ってください、バッハルード支部長!」
声の主はロズだった。
姿勢を正し、上司である彼を真っ直ぐに射止めるように見据える。
バッハルードが「何かね?」と応えると、一礼をしたあとに彼女は言葉を続けた。
「ご無礼をお許しください。ですが、どうしても納得がいかないのです」
「……私の判断に異議があると?」
「いいえ、違います。バッハルード支部長のご判断は正しいものです。いかなる理由があれど掟を破った者には厳罰を与える。その鋼の誓いがあったからこそ、ギルドは今日まで冒険者相手に滞りなく営業を行うことができているのですから」
「……では納得がいかないとは、どういう意味かね?」
「……それは……」
ロズは息を整えたあと、意を決して言った。
「罰とは行ってしまったことへの戒めであり、再び立ち上がるための糧にするものです。永久的なギルドの利用不可は、それに反していると思われます」




