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09

ノートンと名乗った男はあけすけにそう言うと、手振りで俺たちを玄関へと促した。それを見たクラウドが勢いよく立ち上がると、腰に手を当てて奴を睨みつける。


「ノートンとやら、ここはアンタの家じゃねえ。誰がどんなことで騒ごうが勝手だろうが」

「ふっ、なんだ君は? 僕はいま、そこの白髪と話をしているんだ。その尖った髪はトサカか何かか? だったら人間同士の会話に入らないでもらいたいね」

「……ッ! テメェ!!」


 今にも掴みかかりそうなクラウドを俺は慌てて静止した。ギルド内での戦闘行為は、たとえ喧嘩レベルでもご法度だ。これを破ればクエストの報酬が下がるし、最悪ここを利用できなくなる。


「落ち着けクラウド! ここで騒ぎを起こしても、こっちが不利になるだけだ……!」

「でもよ……!」


 彼はこのキャラクター造形に理想を抱いている。それを馬鹿にされた胸中は十分に察することができたが、肩を叩いてなんとかそれをたしなめると、ノートンに視線を向けて言った。


「……すまなかったなノートン、俺たちはもう出て行くよ」

「ふん、できればこの街からも出ていってくれると嬉しいんだがね。格式あるウィスフェンドに、君たちみたいなネズミが出入りすると景観が落ちる」

「……」

「おや、ついに言葉さえ話せなくなったのかい? その白髪同様、頭まで老化してしまったのかな?」


 ここまで言われて怒らない奴はいないだろう。

 だが俺はそれを抑えて、この場を立ち去ろうとした。今日はアミュレを交えてリズレッドと楽しく食事をする予定なのだ。現時点でもだいぶ遅刻なのに、これ以上こんなことで時間を食いたくなかった。全く、とんだ奴に絡まれてしまったものだ。これは一度ログアウトして頭を冷やしたほうがいいかもな……。


 そう思っていた矢先、ノートンは俺の頭をぽんと叩いて、最大の侮辱の一言を放ってきた。


「それにしても、君みたいな弱者とバディを組むあの女の気がしれないな。ここで何度か会ったことがあるが、顔は良いのに、頭は空っぽという訳だ。それともそういう男が好きなのかな? あのエルフの女は?」

「……あ?」


 沸騰しかかっていた頭が、一気に蒸発して鍋底を焼け焦がすような感覚に襲われた。

 俺が馬鹿にされただけなら良い。だがリズレッドを侮辱するような真似は、絶対に許さない。


 クラウドを静止していた腕で奴に殴りかかろうと振りかぶる。剣が折れていて助かった。そうでなければ今頃、間違いなく抜いていたからだ。


「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 もう少しで拳を振り下ろすというところで、甲高い声が俺とノートンの間に響いた。

 一触即発の雰囲気の中で、慌てて駆け寄ってきたロズが、俺たちの間に割り込んだのだ。


「ギルド内での戦闘行為は禁止ですよ!? ラビ様も少し落ち着いてください!!」

「ロズさん……!」


 怒りに燃えた俺は彼女を振り払おうとした。だが、それを寸前のところで止めることができた。

 見れば彼女の顔は怯えきり、足が震えていたからだ。

 ギルド職員の仕事とはいえ、非戦闘職の彼女が俺たちを静止するのは、命知らずの行動と言っても良かった。

 彼女の精一杯の勇気が、暴走しかかった俺の心を止めてくれたのだ。


 そんな彼女に対して、ノートンは芝居掛かった困惑の振る舞いをしながら応える。


「おやおや、君はここの職員でしょう? だったら注意する相手が違う。僕はこのギルドのために、低レベルな会話はよすように頼んだだけです」

「お気持ちは嬉しいですがノートン様、それはこちらで判断することです。そしてラビ様たちは、その規範の内に収まる会話をしていたと私共は判断しております」

「……これは参ったな。君みたいな素敵なレディにそう凄まれては、これ以上なにも言えないよ」


 そう言って苦笑するノートンだが、次の瞬間、奴はロズの体に抱きつき、蛇のような滑らかな動きで腰に手を回した。


「キャッ!?」

「ふふ、結構可愛い声も出せるじゃないか。……いいかい、ここは素直に引くけど、こちらとしても面子というものがあるんです。冒険者はこれを大事にしないといけなくてね、じゃないと他の同業者から舐められるんですよ。……で、君は僕の面子を大衆の面前で潰した訳だけど、それをどう補ってくれるのかな?」

「そ、そんな……」

「こんなことでギルドから特別処置は出ないでしょうし、僕もそこまで事を荒げるつもりはない。ここは君個人の誠意だけで手を打って差し上げても構わないのですが……?」


 それを見て、ロズのおかげで静まりかけていた怒りが、再び心を支配した。

 気づけば腕を振り抜き、奴の顔面に渾身の一撃をお見舞いしていた。


「その人に触るなッ!!」

「ブっふ!?」


 奴の体が飛んだ。確かに俺はまだ弱いし、力が強い職業でもない。だが人間程度の重さなら、楽に吹き飛ばせるくらいのSTRはあるのだ。

 ノートンに抱かれていたロズも一緒に倒れこみそうになるのを、もう一方の腕で支えた。彼女の華奢な体の重みが、ひかえめに腕に伝わる。


「ラ、ラビさん……!?」

「ああ……ごめん、やっちゃった……」


 吹っ飛んだノートンが盛大な音を立ててテーブルをひっくり返し、乗っていた酒や食べ物を床に撒き散らす。

 ロズは緊張からか顔を朱に染めながら、驚いた表情で俺を見ていた。


 そんな中、奥から大声を上げて一人の男が現れる。


「なんだこれは、一体なんの騒ぎだ!」


 短く刈り上げた白髪に、カイゼル髭が似合う壮年の男だった。体躯は全く衰えを感じさせないほどしっかりしており、瞳には魔物さえ退けるのではないかという、鋭い眼光が宿っていた。

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