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01

 あ……ぐ……ガァ……っ


 暗い空間の中で、誰のともつかない呻きが響いた。

 反響する音から、ここがそれほど大きくない室内だというのはわかった。だがそれだけだった。一体ここがどこにあるのか、どういった構造であるのかは全くわからず、彼らは悲鳴を上げ続けていた。


 窓のない暗室はどこまでも広がる無限の闇で、心を凍りつかせるには十分な冷気をはらんでいた。

 駆動していた思考はとうに停止し、恐れだけが心を支配する。

 だがそんな状況でも、理解できることが一つだけあった。


 ここが地獄であるということだ。


 暗闇の中でぎらぎらと光る赤目が、自分たちを下卑た感情で映しているのがわかった。奴はげへげへと調子の外れた声で笑っていた。

 それは紛れもなく死だった。

 自分たちの命を刈り取る夢想を抱き、凶性で歪み上がった口角を一杯に晒している。


 狂乱の瞳が気づけば眼前まで迫っていた。

 咄嗟に抵抗を試みるが、体は石のように固まり動かなかった。

 奴はのろのろとした歩調で近づくと、髪を強引につかみ、とても楽しそうな嗤みで彼らを睨み付ける。

 そして手に持った牛刀じみた武器を振り上げ、そのまま首を掻き切り、


 ぐべげっ


 また一つ、断末魔の呻きが響いた。

 流れ作業のように命を摘み取られていくのを、白髪の青年はただ耐えるしかなかった。


 もうこれで何度目だろうか。

 あと何度、俺は死ぬのだろうか。


 どこを見ても暗闇しか見えない地獄の中で、ラビはそんなことを考えていた。



 ◇



「リズレッド、大丈夫か!?」


 激しい破壊音が鳴り響く中で叫び声を上げた。


 地響きを起こしながら加熱していく戦いの渦中を、懸命に走る。


 鑿岩機のような強烈な一撃が何度も地を削り、土を吹き返し、暴力としか言いようのない攻撃が何度も襲ってくる。

 なんとかそれを避け続けるが、思わず漏れ出る苦悶の表情を必死に嚙み殺しながら、俺は反撃のチャンスを探った。

 こんなものをまともに喰らってはひとたまりもない。必死に回避に専念する中で、しかし気にかけた女性はさらりと告げた。


「ああ。あの巨体だ、避けるのは訳ないさ」


 全く焦りを感じない、落ち着き払った声音だった。

 彼女は先ほどからこの暴走した建築機械のような敵――ゴーレムを相手どりながら、軽やかな身のこなしで、繰り出される攻撃を次々に避けていた。


 それを見た俺はたまらず叫ぶ。


「余裕かよ!?」

「ふふ、この程度の相手なら敵ではないさ。手を貸そうか? ラビ」


 挑発めいた口調だったが、それが俺を焚きつけるための彼女の方便なのだということはすぐにわかった。

 あれからもう一年。その間を、このネイティブの騎士と一緒に旅してきたのだから。


 俺は白髪の髪をくしゃくしゃとかき乱しながら叫んだ。


「くそっ! ぜったいすぐに追いついてやるからなッ!」

「その意気込みだ! ……ああ、だが気をつけろ? ほら、上」


 彼女がぴんと人差し指を頭上に上げた。それに合わせて顔を上げると、ゴーレムの巨体が宙を舞い、特大のスタンプをお見舞いしようとしている光景が眼前を覆う。


「うわーーッ!? し、【疾風迅雷】ッ!!」


 通常の速度ではとてもかわしきれない広範囲攻撃を前に、咄嗟に速度強化のスキルを使用してそれを回避する。

 とは言っても、まさに危機一髪であり、もう少し発動が遅れていたら、確実に潰れて圧死していただろう。


 ズズウゥゥン


 特大の地響きが鳴り響き、荒野が唸りを上げる。

 石に蹴っつまずいて盛大に横転し、何度もしたたかに頭を打ちつける。


「痛ッ! ……でも……ギリギリ回避成功だ……!」


 転がった勢いのまま立ち上がり、そのまま前へ進んだ。

 止まれば奴の攻撃がいつ飛んでくるかわからない。とにかく動いて動いて、この巨大な敵への対処法を考えた。


 ゴーレムは立ち上がれば五メートルはある、巨大な岩石の化け物だ。

 人のように四肢があり、二本足で立っているまでは同じだが、鎧でも着込んでいるような風貌をしており、岩で出来た騎士といった様相である。

 そして御多分に洩れず、防御力が桁外れに高い。

 今は昼間であり、夜に真価を発揮する俺の武器ナイトレイダーは、その性能を活かせないまま防戦一方となっていた。


「くそ! あんな硬い奴どうしたらいんだ!?」


 苦悶する中で、リズレッドからすかさず助言が飛んだ。


「ラビ! 力だけでどうにかしようとするな! 相手を観察して、冷静に対応策を考えるんだ! 大丈夫だ、君ならできる!!」


 彼女はこの一年の間で、故郷の滅亡という心の傷を克服していた。

 エルダー攻略戦で見せた弱音が嘘のように、いまでは立派な俺の師匠として、こうして剣を教えてくれている。

 ……だが、


「期待が重いッ!!」


 たまらずそう叫ぶ。


 騎士団内でも鬼教官と評されていた彼女の指導方針が、容赦なく未熟な俺を危機に叩き落としていた。


 ゴーレムを単体で討伐できるプレイヤーなど、まだ世界中でもほんの数人しか報告されていない。


 そんな相手を俺がソロで? 死ぬよ?

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