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眼下には大勢の召喚者とネイティブが溢れてごった返し、広場は盛大な祭りの会場となっていた。
俺はそれを見据えながら、気持ち良い夜風に当たって、いまから起こる一大イベントのときを待ってた。
あれから四日が経った。
命からがらシャナとメルキオールを連れてエルダーを脱出した俺は、その後をリズレッドに任せてログアウトした。ここは日本時間と一致した地域なので、現実世界でも同様の時刻になっている。つまり俺は、二十四時間の連続プレイを終えてすぐに、大学へ赴く必要があったのだ。
疲労で朦朧とする頭で受ける授業は地獄の一言だった。教授の言葉のひとつひとつが、催眠効果でも付与されているのではないかと疑いたくなるほどの圧倒的な破壊力を有し、それに耐えながら勤勉に学業に励む俺は、自分が模範的な修行僧にでもなった気分を味わった。
だがその苦労が、確かに彼女の力になれたという実感でもあり、疲労が心地の良い達成感も与えてくれていた。ここだけの話、早くリズレッドに会いたくて、あやうく大学を早退するところだった。
しかしその日は、結局プレイできなかった。徹夜が祟って流石に視界がふらつき、ポッドに入っても即強制ログアウトさせられるとギルドのお姉さんに注意を受けてしまったのだ。はやる気持ちを抑えてベッドに就き、翌日の火曜の夕方に、再びログインできたという訳だ。
そしてそれから今までは、エルダー攻略までの過密なプレイが嘘のようにゆっくりとした時間が流れていた。リズレッドの疲労も相当のもので、迂闊に外に出られなかったということもあるが、シャナやメルキオールをどうするかという問題を解決する必要があったのだ。
国を失くした彼女たちは、一時的にか定住かはわからないが、この街に居を構えることとなった。シューノ周辺にはエルダー以外に街はなく、そもそもエルフである彼女たちからしてみれば、エルダー以外の街などどこも大差がない。ならば以前より多少だが交流のあったシューノに住むのが一番良いだろうという、リズレッドとシャナの判断だった。
俺はそれを聞いたとき、一抹の不安を抱いた。エルフは他の種族への敵対心が強く、リズレッドに至っては俺やミーナ姉妹以外には、いまだに『失せろ』以外の言葉を聞いたことがない。シャナやメルキオールは戦闘職ではなさそうなので、敵を倒して日銭を稼ぐこともできない。必然、人間との交流が必要になると思ったからだ。
だが意外なことにシャナはこの街の住人と、親交を持つことにやぶさかではなかった。無論、敵対心がないと言えば嘘になるが、少なくともリズレッドよりは何倍も譲歩した姿勢を取ってくれて、この分ならシューノに馴染むのも時間の問題だろう。
「吟遊詩人志望ですもの、種族にとらわれるわけにはいかないわ」
と笑って言った彼女は、やはり強い女性なのだと思う。人種差別は二〇四五年の現在でも根強く残る問題だ。他人を見て『差別は最低だ』と怒る人でも、自分が差別をしたさいは全く気づかず、怨恨が延々と残り続けることだってある。彼女は自分が敵対心を持っていると自覚した上で、交流を持とうと努めてくれている。それがどれほど強いことか。
一方のメルキオールはまだ子供のため、多種族への感情は純朴そのものだった。来て早々に子供たちと鬼ごっこを興じたり、楽しそうに遊んでいるのを見て安心したのを覚えている。というか、最近では女の子同士が、誰がメルキオールと一緒に遊ぶかで喧嘩になることがあるらしく、むしろ人気者の役所に就いた感まである。まあエルフの容姿の中でも、彼はひときわ顔立ちが整っているというか、一言で言って美少年だ。女の子たちの気持ちも十分にわかる。だが気をつけろよメルキオール、男の嫉妬はバイオレンスだぞ。
『いらっしゃいませー! シューノ自慢のコールドエールはいかがですかー! 魔導師が氷魔法で直前まで冷やし続けたキンッキンのエールだよー!』
広場から聞こえる威勢の良い売り子の声で、意識がはっと現実に戻る。
まだ一週間しか経っていないというのに、十八年間で経験したことがない体験が矢継ぎばやに起こり、脳の処理が追いついていないのかもしれない。
それも全ては、アーク・ライブ・アブソリューションが俺に与えてくれた、大切な経験だった。
そしてそのゲームが今夜、ついに本格的な始動を告げようとしていた。
シューノの中央公園はなおも参入する召喚者でいよいよ過密状態となり、人混みが道まで溢れかえっていた。軒には出店が並んでおり、先ほどの売り子のお姉さんが、元気な声でエール片手に営業している。そしてそれを聞いた召喚者たちが、こぞってその子に代金を渡してエールをもらい、ゴクゴクと平らげている。この規模の祭りは早々あるものではないらしいが、なにせ今日のイベント内容を考えればこの盛況ぶりも頷ける。
――そう、今日は金曜日。待ちに待ったアーク・ライブ・アブソリューションのクリア条件が開示される日だった。
月曜に公式アナウンスでこの場所で日本時間の二十六時に発表すると告げられたのだ。まさかそれから四日で、ネイティブたちがここまでの大イベントに仕立てあげるとは思いもしなかった。どこの世界でも経済は営みの基盤ということなのだろう。見れば、出店には西シューノで見かけた顔も何人か混ざっており、探せばギリアムもどこかにいるのではないかと、俺は眼下の人混みに目を配った。




