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気迫が伝わったのか、後ろから短い溜め息が聞こえ、
「……わかった」
という返答がきた。
バーニィは会話を黙って聞いていた。俺たちの会話が終わるのを待っているようだった。微かに残る騎士道精神がそうさせるのか、違う目的があるのか判然としないが、一つわかるのは、向けられる殺意は本物で、俺はそれを迎え撃たなければならないということだった。
奴は垂直に構えていた剣を水平に倒すと、切っ先をこちらに向けた。待機の型から突貫の型へ。
(来る……ッ!)
すかさず迎撃態勢に入る。ここまでの道中で何度も見た、リズレッドの模倣の型だ。
戦いが始まる一瞬手前、不思議だが相手と目が合った気がした。もはや目玉もないはずなのに、俺はそこに『行くぞ』という意思を感じ取った。
――ダッ!
地を蹴ったのは同時だった。五メートルの距離が一瞬で詰まり、水平に構えた剣がそのまま猛威を振るう。体勢を変えてなんとかそれを回避し、横から一撃を加えようとすると、奴は空中で転身し、突貫から横一閃へ攻撃を移した。ガギィン! とお互いの刃が交わる金属音が響くと、それが開幕の合図となった。
「くッ……!」
相手の力はやはり強く、鍔迫り合いすらままならないまま、俺は吹き飛ばされる。だがその反動を利用し、着地と同時に足首を軸にしてターンし、相手の力を加えた一刀を浴びせる。狙うのは鎧を避けた、防御の薄い可動部分だ。しかし力の流動がうまくいかず、狙いがずれ、ナイトレイダーは奴の腰をわずかにかすっただけに終わった。
「気をつけろ! 反動をつけた攻撃は強力だが、それだけに狙うのが難しい!」
リズレッドから指導が飛んだ。「了解!」と叫んだあと、次はバックステップで一時距離を取った。相手の攻撃範囲内にいるというのは、それだけで精神が大きく消耗する。一旦射程外に逃げて、息を整えたかった。だが、
『――ギ』
俺の思惑は完全に読まれていた。バックステップを追うように同時に跳んだバーニィは、そのまま再び突きを繰り出してきた。目を見張った。安全圏に逃げたはずが、一転して窮地へと変わった。心臓が跳ね、脊髄が緊急信号を発信して痺れた。強引に腰をひねり、回避行動を取る。
ヒュオ。という風を切る音が、目の前の宙から発せられた。硬質な光を発する刃が、凄まじい勢いで視界を通過した。もう少し対応が遅れていたら、顔面を串刺しにされていただろう。その事実を自覚し、体中からどっと汗が吹き出た。息継ぎができないどころか、さらに深く水の中に沈められた気分だった。
(くそ……! 戦い慣れしていない人間の動きを、よく心得てる……! 不用意に距離を取るのは危険だ!)
いつ相手の剣が自分の喉を引き裂くかわからない。いつ相手が予想外の動きで、自分の命を絡め取ってくるかわからない。そういう恐怖が『距離を取る』という安易な正当性を促し、体を後退させようする。バーニィはその戦慣れしていない人間の気持ちを利用し、殺しにかかってきていた。
(やるしかない! 息継ぎなしの近距離戦闘だ……ッ!)
だがここで心が負ければ、全てがおしまいだ。それを直感し、意を決して相手の射程距離内に飛び込む。地面を蹴って、死地へと特攻する。
突きから着地した相手の硬直を見計らい、横一線をおみまいした。
奴はそれを避け、あろうことかカウンターの一撃を放つ。ステップを踏んでそれを避けると、再び目の前に刃が通過した。反射神経を最大限まで高めたからこそできる、零距離の回避だった。だがそれも、長くは持たない。精神が摩耗して、今にも擦り切れそうだった。
俺は手をバッグに突っ込むと、買い足しておいたポーションを取り出し、思い切りそれを奴に叩きつけた。
『ガ!?』
じゅうじゅうという音とともに白煙が上がった。アンデッドに回復薬は武器になる。咄嗟に思いついたアイディアだったが、どうやら成功したようだ。『人間』だった頃の戦い方をそのまま実践する奴は、『アンデッド』となった今の自分の弱点に無自覚だった。そしてこの不意打ちが、圧倒的な力量差を覆すための、ただ一つの好機だった。
「はぁぁあアアアアアアッッ!!!!」
俺は最大の力を込めて、一番防御が低そうな足首を、横一閃で薙ぎ払う。
『グギ……ッ!』
ポーションを浴びて戸惑っている奴に、それを回避する術はなかった。攻撃が命中し、相手の脛が、防具ごと弾け飛んだ。
「!?」
その威力に、振るった俺自身が驚いた。今までゾンビに攻撃したどの一刀よりも、強く重い攻撃だった。でなければ、たったの一撃でここまでのダメージを負わせられる訳がない。
(なんでいきなり、ここまで攻撃力が上がったんだ……?)
両手で剣を構えて警戒を保ちつつ、思考した。そして目の前の黒剣に意識が止まると、唐突に思い出した。ナイトレイダーの特殊効果――夜限定でMNDを上がることを。
「お前が、助けてくれたのか……!」
窓を確認すると太陽はいつの間にか沈み、夜となっていた。ALAの夜は裸眼でも視界が確保されている上に、ここが城の中ということもあり、日が暮れていたことに気づかなかったのだ。
だがこれは、千載一遇のチャンスだった。MNDが底上げされた今なら、俺の剣は奴に届く。兄弟子と肩を並べられる。
片足だけとなったバーニィは体勢を崩しかけるが、剣を杖代わりにしてバランスを整え、脚をくの字に曲げると、大きく後ろへ飛び退いた。だがそれは、先ほど俺が行った過ちと同じ、安易な行動だった。
「ここだぁぁァァァアアアッ!!!!」
相手は焦っている。追撃を予期できる状況で後ろへ飛んだことが、そう確信させた。俺は思いきり脚に力を込めると、迷いなく全力で追随した。先ほどのバーニィと同じように剣を突き立て、相手の急所を一点に狙う突撃技だ。そして、
ガッ!
《ナイトレイダー》の純黒の刀身は、白銀の鎧ごと、深々とバーニィの胸に刺さった。
だがまだ油断はできなかった。死してなお徘徊するゾンビを相手に、この程度の損傷では勝ったと言えない。確実に勝利を抑えるためには、
(首だ……ッ! 首を獲るしかない……ッ!)
俺はそのまま勢いよく剣を引き抜くと、両手で柄を強く握り、腰をひねって最後の一太刀のため構えた。そして、
「ありがとうございましたッ!!」
ここまで俺に付き合ってくれた兄弟子――たった一度の訓練試合しか行えなかったバーニィに、改めて礼を言うと、
ザン!
半月を描き、彼の頭部と胴体を分断した。首が重たい音を立てて床に跳ね落ちた。




