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 珍しく彼女がしおらしく謝罪する。というよりも、今まで取り繕っていたものを、取り除いたような感じだった。

 そのまま茶化して反応を楽しみたい気もしたが、これ以上は流石に心が緩み切ってしまいそうで、寸前のところで止めた。俺は顔を一回ぱん! と叩き、気を引き締めたあと、リズレッドと一緒に階段へと向かった。

 陣形は俺が先頭でリズレッドが後方だ。なにかあったときは、《感染》耐性を持つ俺が盾になり、最悪の場合を防ぐ作戦である。

 ゾンビ化を防ぐアイテムでも持ってくれば良かったとぼやくと、対アンデッドのアイテムはとても希少で、あの街で手に入れるには、それなりの額を積まなければいけないとのことだった。対アンデッド魔法を習得した魔導師を雇うという手もあったが、落ちた国に少人数で乗り込み、これを奪還するなどという危険な依頼は、おそらく誰も受けないだろうとのことである。それに付け加え、ここに来るまでは魔王軍が在中している可能性もあったのだ。確かに、そんなところを攻略する手助けなど、どんなお人好しだって御免だろう。

 慎重に階段を上がり二階へ出ると、大きな極彩色のステンドグラスが目を引く、荘厳な礼拝堂に出た。チャペルの向こう側に取り付けられたガラスには、神聖な表情で俺を見下ろす、一体の神が描かれていた。その神様に、俺は見覚えがあった。


「……アスタリア様?」

「よくわかったな。前にも言ったが、ここは女神アスタリアを崇拝する国家だからな。城へ出入りする者全員が、まずは彼女へ祈りを捧げるよう、入り口から近いここに、礼拝堂を構えているんだ」


 その説明を聞き、あの女神様がこの国のエルフにどれだけ慕われていたかわかり、自分のことのように嬉しくなった。初めてALAにログインしたとき以来まだ会えていないが、そのひと時だけでも彼女の恵愛を感じ取ることはできたのだ。

 礼拝堂は一階のロビーと同じだけの幅を有しており、吹き抜けの天井もあいまって、狭さを感じさせることはなかった。左右の袖廊が他の部屋への通路にもなっているようで、玉座の間へ上がるには、そこを通るのが現状一番の近道らしい。俺は滅茶苦茶に壊された木机や椅子に気をつけながら進んだ。だが、


 ――がたッ


「――ッ!?」


 音が鳴り、横を振り向くと、今まさに攻撃せんと飛び迫る、一体のゾンビがいた。恐るべき疾さだった。愚者という言葉からは想像もつかない矢のような突撃で、奴は刃を抜いたかと思うと、そのまま振りかぶり、一閃を放った。


 ガギィン!


 咄嗟に《ナイトレイダー》でそれを弾くが、あまりの力に、受けた手がしびれた。奴はそのまま空中で机の残骸を足場にし、タッと後ろに飛んで距離を取る。首に巻かれた薄汚れた白のマントが、ばたばたとはためく。


『……』


 着地して再び剣を構えた奴は、無言で俺たちを見据えた。まるで観察をするように、ないはずの瞳が俺たちに向けられる。眼球が収まっていた眼窩はぽっかりと暗い孔となり、ゾンビというより、半分スケルトンといって良い風貌だった。

 ステンドグラスを背にして立つそいつを見て、城下町で出会ったどのゾンビよりも強いと、無理やり理解させられた。アモンデルトほどではないが、命の危機を感じるには十分すぎる威容であり、本能が悲鳴を上げるようだった。


「バーニィ!」


 リズレッドが叫んだ。マントの下に装備した白銀の鎧には、国章らしき紋が刻まれていた。この威圧と鎧で、相手が元騎士団であることは聞かずともわかった。だが風貌だけではない。決定的にいままでのゾンビと違うのは、油断すると一刀のもと斬り伏せられそうな、研ぎ澄まされた気迫だ。最早意識はなく、ただ徘徊するだけの存在となった筈なのに、戦士としての技量は、全く損なわれていないように思える。


「バーニィ?」

「……一番若年だった騎士だ。私によく懐いてくれてな、剣の手ほどきを、よくしていた」

「リズレッドの手ほどきを……か」


 それを聞いて、自分でも不思議なくらい奴に対抗心が湧いた。リズレッドと共に過ごした時間も、教わった剣技の数も、圧倒的に向こうのほうが上だろう。だからなのか、嫉妬心と言ってもよい感情が、大きく俺を突き動かした。


「つまり、俺の先輩ってことだな」


 バーニィと呼ばれたゾンビとリズレッドの直線を塞ぐように移動し、精一杯の不敵な笑みを浮かべながら、そう言い放った。


「……言っておくが、奴は手強いぞ。愚者となってなお、剣の構え、足運び、全てが騎士そのものだ。たとえ人としての意思を失っても、何万もの鍛錬の記憶が魂に刻みこまれ、体を動かしているのだろう」


 今回ばかりは私も加勢すると言いたげな彼女を、手で静止した。こんなところで力を借りているようでは、この先の戦いに俺は不要だった。そしてなにより、俺一人でこいつに勝ちたかった。


「……はあ。なんだか、いつも以上にやる気十分といった感じだな」

「もちろんだ。リズレッドの弟子として、ここで頑張らなくていつ頑張るんだ」

「弟子って……私は君にまだ何の手ほどきも……」

「いいや、リズレッドは最高の師匠だ。少なくとも、俺にとってはな」

「……馬鹿」


 後ろでそうぼやくリズレッドを残し、俺は一歩前に出た。そして、


「先輩、貴方の胸をお借りします」


 大きく告げた。

 いま対峙しているゾンビは、リズレッドが育て上げた騎士の亡霊だ。俺と奴は、共通の師を持つ兄弟弟子の関係にある。だとしたら弟弟子として、ここで彼を倒すのは、誰でもない俺の役目だ。

 もう彼女の後ろで傍観するだけなどしない。実力は足りなくても、気持ちで後ろに下がる訳にはいかない。


「……ラビ……バーニィ……」


 複雑な胸中が、そのまま言葉として漏れ出たような彼女の声に、精一杯の力を込めて叫ぶ。


「俺はここであの兄弟子を超える! だから見ててくれリズレッドッ!!」

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