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57:人面犬

「少し、あてが外れたかもしれませんね」


 戦闘の終了後、右手に携えた十手を見つめて、ふと静はそんな言葉を漏らした。


「当てが外れた? いったい何についての話だ?」


「いえ、【嵐剣スキル】についてです。このスキル、どうにも剣の扱いと言いますか、言ってしまえば【投擲スキル】の【投擲の心得】のような、【剣術の心得】とでもいうべきスキルが収録されているかと思っていたのですが……」


「え、まさかなかったのか?」


 静の言葉に、竜昇は思わず驚きそう聞き返す。

 実際それは、竜昇にとっては大きな計算違いだ。竜昇自身、嵐“剣”スキルというくらいなのだから、てっきり剣の扱いも身につくのだろうとそう思いこんでいたくらいなのだ。そもそもの話、先ほどの話し合いでどちらが【嵐剣スキル】を習得するかという話になった際にも、竜昇は【剣術の心得】のようなものが存在して、接近戦ができるようになるだろうと推測していたからこそ、自分が【嵐剣スキル】を習得することを選択肢の一つとして考えていたところがある。


 だが言われてみれば、スキルを解析した際に修得できるとされていたのは【突風斬】と【風車】なる二つの技だけで、確かに【剣術の心得】のようなものは一切表記されていなかった。あの時はそのことに気付いてもいなかったわけだが、しかしよくよく考えるとその部分にもう少し注目しておいてもよかったかも知れない。


「もちろん、まだ発現していないというだけで、実際にはこれから習得できるという可能性も残っているわけですが、しかし習得しての感覚ではその可能性は少々薄そうです。何というかこのスキル、剣術のスキルというよりも、武器を起点に魔法を使うためのスキル、と見た方がいいようです」


「剣術、というよりも接近戦系の武器スキルを習得しているのが前提の上位スキル、みたいなもんなのか……」


 静の証言から【嵐剣スキル】の性質をそのようなものと分析して、直後に竜昇はこのスキルを習得したのが静の方でよかったと、そう思いながら嘆息する。


 そうとわかってみれば、このスキルの性質にはある種納得できるところがある。というより、【嵐“剣”スキル】であるにもかかわらず、このスキルをドロップした人体模型が棍棒を使っていたというその時点で、そう言った上位スキルとしての性質は予想しておくべきだったのかもしれない。


 こうなってくると最終的にスキル抜きでも近接戦闘ができる静にこのスキルを習得してもらったのは、ある種の結果オーライだったと言っていいだろう。これでもし習得したのが竜昇だったならば、間違いなく【嵐剣スキル】は十全に使いきれない、死にスキルになってしまうところだった。


「まあ、そう言う意味では、【嵐剣スキル】の期待外れはまだ不幸中の幸いだったと言えるかもしれません。期待外れというなら、むしろこちらの方が期待外れでしたし」


 そう言って、静は自身のスキルの問題をあっさりと片付けると、今度は先ほどの敵の群れを倒した後の、その場に残されたドロップアイテムを確認して、平坦な口調のまま静がそう呟いた。

 とは言え、これをドロップアイテムとして扱うのには竜昇も少々不満がある。


「理不尽です。あれだけの数の敵を屠ったというのに、残っているのが壊れた勾玉と骨や蝶の死骸ばかりだなんて」


 実際その通り、電撃の肉体を持つ犬や猿、そして蝶を倒したその後に残っていたものは、結局どれだけ探してもあの犬たちの核になっていた死骸の一部と勾玉だけだったのだ。

 一応、勾玉などはマジックアイテムだった可能性もあるのだが、しかし敵を無力化するのに骨に損傷を与えるだけでは効果がなく、勾玉そのものを破壊しなくてはいけなかった関係上、ドロップした勾玉はそのすべてが完膚なきまでに破壊されていて、解析アプリを向けても何の反応もしなかった。


「まあ、そもそも本来なら敵を倒して死体が残る方が当たり前というか……。普通はアイテムがドロップする方がおかしいわけで……」


「現実的なことを言わないでください、互情さん」


「あれ? 小原さんがゲーマー染みたことを言い出してこんがらがってきたよ!?」


 今いる現実をゲーム的に考えるべきなのか現実的に考えるべきなのか、そんな判断に迷いながら、とりあえず竜昇達は周囲を警戒しつつ残された骨を検分する。

 戦闘の最中にはすでに気付いていたことだが、どうやら先ほどの犬や猿の群れは、一体分の骨格標本をバラバラに分解し、それらにそれぞれ勾玉をくっつけることで使い魔の核にしていたらしい。蝶に関してだけは数が多かった割に一匹分の死骸がまるまる使われていたが、そもそも小さい蝶の体を考えればバラバラにする方が難しい。恐らくは一つのケースに何匹もの蝶を入れていた標本の中から、その中の蝶を丸ごと取り出して使い魔化していたのだろう。


「それにしても、どうにも見ていると猿も犬も、骨のパーツが明らかに足りないように思えますね」


「まあ、ここに集結していた使い魔が全てって訳でもないだろうからな。とは言え、そうなると残りのパーツの分だけまだ数がいるってことになる訳だけど……」


「先ほどの牛も頭蓋骨だけでしたが、他のパーツ分数がいるのでしょうか?」


「いや、それはどうだろう。頭蓋骨だけならいざ知らず、全身骨格の標本をあの大きさの生き物で作ったら結構な場所を取るだろうしな……。見たところ、この学校の生物室は随分と標本のラインナップが充実してるみたいだけど、流石に牛の全身骨格までは置いてないんじゃないかな……」


 言っては見たものの、正直竜昇も自分の発言にそこまでの自信がある訳ではなかった。

 仮にここがまっとうな学校であるというのならば竜昇の予想にも一定の根拠は出てくるのだが、そもそも今竜昇がいるこの場所はあらゆる意味で謎の多い不問ビルの中である。常識的には学校に置かないような、牛の全身骨格標本が展示されていて、その骨格がバラバラに分解されて大量の牛の群れとなって襲ってくる可能性は、正直に言って否定しきれるものではない。


「とにかく早いところ、あの生物たちを召喚している親玉を探しましょう。無視していく手もありますが、いつまたあんな生き物の群れに襲われるかわからないのでは気が気ではありません」


「まあ、そうだよな。となると、とりあえず使うべきは【探査波動】あたりか。こっちの居場所もばれることになるだろうけど、もう敵に見つかってる可能性が高い以上使っても使わなくても同じ――、小原さん?」


「互情さん、人面犬がいます」


 話している途中、視線を止めた静の様子に竜昇が問いかけると、静の口からまた一つ新たな怪談の目撃情報が語られる。

 いったい何を言っているのかと、竜昇が静の見ている方角に視線をやると、そこには先ほど倒したのとほぼ同じ、電撃の肉体を持つ犬が一匹、階段のすぐそばでこちらをジッと覗っていた。

 ただし、その犬の姿は先ほど倒したものとは若干趣が異なる。

 骨と勾玉を核に電撃の体を形作っているのは恐らく同じなのだろう。実際犬の右足には、同じ右足のものと思しき骨が勾玉と共に収められている。

 問題なのはもう一つ、この犬の体には犬のものとは別に、頭の部分に人間のものと思しき頭蓋骨が収まっていたということだ。


「人面犬だ……。確かにあれは人面犬だ」


「あるいは人骨犬、とでも呼ぶべきなのでしょうか……? なぜあんなところに一体でいるのかはわかりませんが――。いえ、そうでもありませんね」


 言いながら、静はすぐさま腰からそこに引っかかっていたボールペンを抜き放つ。

 先ほどの戦闘中にすでに四本を使ってしまい、静の手元に残るボールペンは残り三本。そのうちの一本に素早く【鋼纏】によって金属コーティングを施して、静は流れるような動きでそのままダーツを投げるような投擲体制へと移行する。

 同時に、竜昇の方も気が付いた。こちらを見つめる人面犬、その人間の頭蓋骨の中に、赤く輝く(エネミー)の核が煌々と灯りをともしていることに。


「あいつ、あれが敵の大元か!?」


「わかりません、ですが目の前にいる以上、仕留めておくべきでしょう――!!」


 言いながら、静はボールペンに魔力を漲らせ、そのまま階段付近にいる人面犬の元へと手にした得物を容赦なく投げつける。

 繰り出す技は【投擲スキル】の技たる【螺旋(スパイラル)】。ドリルのように回転のエネルギーを纏いながら一直線に階段までの距離を飛び抜けた静の攻撃は、しかし犬がその場で軽やかに飛び退いたことであっさりと回避されてしまった。

 やはりこの距離で、しかも相手が自由に動ける状態となれば当てるのは相当に難しい。

 そうと認識しながら、ならばと竜昇の方も素早く魔本のバックアップを受け、魔力を操作して自身の周囲に【光芒雷撃】の六つの雷球を発生させる。

 ただし、発生させたその雷球を撃ち込むその前に、竜昇はやむなくその標的を人面犬から別のものへと変更せざるを得なくなった。


「増援です、互情さん」


 すぐさま竜昇の前へと進み出て陣取る静の言葉通り、人面犬のいる階段、その下の階から、次々と先ほど倒したのと同じ犬や猿の使い魔たちが二階の廊下へと昇って来る。

 同時に、それまでこちらをジッと見つめていた人面犬が踵を返し、竜昇たちに背を向け、登って来た他の使い魔たちと入れ替わるように階段を下り始めた。


「――ッ、逃げる気だ」


「追いましょう互情さん。どのみちあれは放置できません」


 竜昇が生成した雷球のうち四つを静の前へと展開するとほぼ同時、静が竜昇にそう言葉を投げかけて勢いよく階段の方へと走り出す。

 展開する陣形は【スタンダード】同様静の側に四つの雷球を配置したまま、雷球を先行させて二人そろって前方へと走り込む【ブレイク】のフォーメーション。

 静の後ろ二メートルほどのところを走りながら自分の左右にも雷球を配置して、同時に竜昇は最前列を進ませる雷球をビーム化させてこちらに向かってくる電撃の犬や猿たちの鼻面へと叩き込む。

 正面から突撃しようとしていたところを狙われたからなのだろう。光条と化した雷球に対して、敵は碌に回避もできずに攻撃を受け、猿の一体が核を貫かれて消滅し、犬二匹と猿一匹が消滅こそしなかったものの、電撃の光条をまともに受けて肉体を損傷させながら吹っ飛んだ。

 見るからに精細さを欠いた、先ほどと比べても浮足立ったような動き。

 当然そんな動きの相手に対して、目の前を走る静が後れを取るようなことはない。


「――【突風斬】」


 攻撃をどうにか掻い潜って至近距離まで迫ってきた猿の一匹に対して、静が黄色いオーラを纏わせた十手を振り下ろして、そこに込めた暴風の魔力で敵を諸共背後の階段方向へと吹き飛ばす。


「一気に畳みかけましょう」


「了解――!!」


 前を走る静の言葉にそう応じて、竜昇は暴風に吹き飛ばされて転倒した個体を優先する形で、順番に【光芒雷撃】のビームを叩き込んで丁寧にそれらを消滅させていく。

 どうやら静の方も自分で相手を仕留められないとわかってからは、今度は近づく敵を吹き飛ばし、近づけないことに終始することにしたらしい。

 幾体もの敵をまとめて吹き飛ばして敵に物量に任せてこちらに近づくことを許さず、最低限の【甲纏】と【突風斬】にうまく魔力を配分して相手を遠くに放り出し、体勢を崩すように動いてくれる。

 そうして、一度コツをつかんでしまえば今度は相手を殲滅するのにそれほど時間はかからなかった。

 ほどなくして最後の猿を電撃の光条が貫いて、同時に竜昇たち二人が先ほど人面犬の下りて行った階段の前へとたどり着く。

 下を覗くと、階段の下の一階廊下が若干見える。どうやら階段は途中で九十度曲がる形になっているらしく、階段の途中からは右手側の手すりの位置から下の階が見下ろせるようになっているようだった。


 とは言え、それでも場所はやはりと言うべきか深夜の学校だ。

 最低限足場が見えるくらいの明かりはあるものの、しかし薄暗い校舎の中は決して見晴らしがいいとも言い切れない。


「互情さん、わかっているとは思いますが――」


「ああ。たぶんこれ、誘いだよな」


 相手は自分たちが下の階に行くよう誘導している。そんな相手の意図を感じ取ってそう答えると、静はその答えに満足したのか右手の十手を逆手に持ち替え、人差し指と中指を自由にして伸ばして、そばに立つ竜昇の胸の中央へとそっと触れて来た。


 何事かと、そう思う暇もなく、竜昇の全身が黄色と赤のオーラに包まれる。


「これは……」


「一応保険です。自分にかけるよりは効果時間は短くなりますが」


 続けて静は自分の身を包むオーラの量を元の量にまで引き上げて、それで用は済んだとばかりに階段下の方へと意識を戻す。

 これまで【纏力スキル】は静自身にしか使っていなかったし、名前からしても自己強化技なのだろうと思っていたのだが、どうも先ほどの保健室や今の使用状況を見るに、このオーラは本来支援(バフ)系の技にあたるらしい。


「行こうか。まず【光芒雷撃】を先に突入させる。ことと次第によっては下に降りてから【探査波動】も使うから援護を頼む」


「任されました」


 互いに頷き、竜昇はすぐさま話した通り、六つある雷球のうちの四つを下の階へと送り込み、それぞれ階段の四方に散らすようにして展開させる。

 複数の雷球を操る【光芒雷撃】は、本来の用途以外にも光源としても優秀だ。手元から放して操ることができるため狙われる危険も少ないし、進行方向上に配置していけば事前に危険が無いかを確認することもできる。

 これでもし敵が雷球の侵入をこちらの突入と勘違いして襲ってくれば、その時点で敵の攻撃は外れる上に敵の出方がわかるし、仮に何も起こらなくても四方に配置した雷球は薄暗い廊下の中で視界を確保する光源としても機能する。

 一応、校舎内の暗さは現状でも行動するのに障害になるほどではないが、それでも敵が潜んでいる危険がある以上、ある程度視界が明瞭であるに越したことはない。


「行きます」


 展開した雷球に変化が無いのを確認し、すぐさま静は下の階、そこへと続く階段を下り始める。

 先を行く静に対して、竜昇も静の周囲を見渡せる距離で後へと続く。


 階段下を見渡すが、先ほどの人面犬も含めて一切の敵影は見られない。

 周囲の様子を確認して、静のそばまで下りて合流した竜昇は、すぐさま次の【探査波動】を放つべく体内で魔力の準備を始めることにした。


 と、竜昇が魔力の波動を放つその寸前。


「――!!」


 何かを見つけたのか、静が十手と石槍を構えてその方向へと身構える。

 竜昇もすぐさま【探査波動】の発動を中断し、周囲の雷球の方へと意識を向けなおす。


「なにかあったのか、小原さん」


「……いえ、今そこで少し気配が……。おや、あれは……?」


 何かに気付いたのか、静がひとまず構えを解いて、警戒の様子を見せたまま五メートルほど先の廊下の床へと進んで行く。

 いったい何を見つけたのかと、竜昇がその場に留まったまま様子を見守っていると、静は十手を持ったままの右手でそこで見つけたものを注意深く拾い上げた。


「それは、さっきの犬の足か……?」


「ええ、そのようですね。どうにも足だけがこの場に放置されていたようです」


「足だけ……?」


 確かに見て見れば、静が拾い上げたものは先ほどの人面犬の、犬の方の体を形作る上で核となっていた足の骨のように見える。実際よく見ると足の裏部分には勾玉の様なものも接着されていて、拾い上げたそれがあの電撃の使い魔たちの核となっていたものであるのは間違いない。


 だがだとすれば、あの人面犬を形作っていたもう一方、あの赤い核を備えた頭蓋骨の方はどこへ行ったのか?


 竜昇がそんな疑問を抱いて、その答えを探ろうと準備していた魔力の波動を放とうとしていた、まさにその瞬間。


「――互情さん」


「――え?」


 直前に何かに気付いた静が声をあげ、同時に竜昇が魔力を周囲へと放って、そしてもう一つ、まったく同時に竜昇の右足にその感覚が“来た”。

 細くてかたい何かに足首を掴まれるようなそんな感覚。さらに、放たれた魔力が一瞬遅れてその感覚を与えてきた相手の、その気配を周囲の中から洗い出す。


「なッ――!?」


 見れば、竜昇のすぐ足元に、先ほど見かけた頭蓋骨の主と思しき骨格標本が、先ほどはなかった首から下と共に、まるで這うような態勢で存在して、竜昇の右足首を掴んでいた。

 いったいいつからそこにいたというのか、まったく気配にすら気づかなかったその相手が、竜昇の放った魔力の波動を浴びたことでようやくその存在感を露わにする。


 否、竜昇の【探査波動】によって明るみに出たのは、なにもこの骸骨一体ではない。


「これは――!!」


 竜昇たちの周囲、その光景に揺らぎが生じて、まるで透明になるか、風景に溶け込んでいたのが露わになるように大量の電撃蝶が現れる。

 その光景を見て、竜昇は嫌でも理解させられた。この敵が自分や自分の使い魔の姿や気配を隠す、そんな何らかの魔法的能力をこれまで使っていたという事実に。


 だが、それに気づくタイミングとしては、今というこの時点ではわずかに遅い。


『アシ――、アシ――、アシィィィィィイイイイ!!』


 カタカタとした音と共にいきなり足元の髑髏がそう叫んで、同時に掴んだ竜昇の足を目がけて、もう片方の手に持っていた巨大な鉈を勢いよく振り上げる。

 同時に、周囲を包囲していた電撃蝶達が一斉に動き出し、その中央にいる二人もの元へと一斉に殺到して来た。

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