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325:最後の仕事

『【神杖塔】システム、現行世界の(ことわり)と接続。事前設定していた計画にのっとり、世界の状態移行シークエンスを開始します』


 半年間過ごした最上階にシステムの音声が響き渡る。


 どこかサリアンのものに似たその声が告げる通り、塔の外では【新世界】の解体が始まって、まずその第一段階として暮らしていた人々や、そこにあった物資の数々が次々と地上の各所に送られていく。


 そうして、しばしその場にいる全員で状況の推移を見守って、やがて塔の機能に接続する形で行われていた作業の一つが完了する。


 一足先に終わったのは、入淵華夜がカゲツの【超限の三連鞘(トライエクシース)】から法力の供給を受けて行っていた、全人類への【常識スキル】の配布作業。


 それを終えた華夜がカゲツといくつか言葉を交わして別れを告げて、こちらにいる父・城司のもとへと戻ってくる。


「――さて、それじゃあこいつの仕事も終わったし、俺たちはそろそろお暇するとするかな」


 そうして城司が口にするのは、竜昇の方でもある程度予想していた別れの言葉。


「いろいろと世話をかけたな。――いや、世話どころか、俺の場合は【神造人】についたりして、お前らの敵の立場になったりもしてたから、もっといろいろというべき言葉もあるんだろうけど……」


「それについては直接戦ったわけでもないですからいいですよ。それより、最後まで見届けてはいかないのですか?」


「ここに残ってもこれ以上やることなんてないし、全部終わって打ち上げやるような関係でもないからな……。俺としても居心地悪いし、他の奴らが世界各地に戻される、その工程に紛れてお暇するとするよ」


 かつて敵だった、今でもまだ決して友好的な関係とは言い難い【決戦二十七士】の方にチラリと視線をやりながら、城司は肩をすくめつつ竜昇に対してそう告げる。

 続けて、そんな城司に問いかけたのは、竜昇のそばで推移を見守っていた静だった。


「城司さんたちは、向こうの世界に戻られたらどうなさるのですか?」


 そんな問いかけに、城司は苦い笑みを浮かべながら娘へと視線を送り、やがてため息とともに答えを告げる。


「正直俺としちゃ、この二十年で荒れまくってるだろう畑でも耕して平穏に暮らしたかったんだが……。

 今はいなくなっているとはいえ、あの土地を支配していた領主が元に戻った世界でどう出るかわからんし、こいつはこいつで【神造物】なんて大きすぎるモンをすでに二つも背負い込んじまってるしな……」


 父の言葉に、華夜はその背後で神造の手鏡を右手に、もう片方の左手でピースサインを作って竜昇たちの方へと見せつけてくる。

 わざわざ『ブイ』と口にしながら表情は大して変わっていないあたり、この少女は相当にマイペースで変わり者のようだ。


 これから元に戻る世界がどうなるかはわからないが、彼女の存在を考えれば平穏に暮らすというのはかえって難しいのは間違いない。


「まあ、娘がこんなだから、いっそ一思いに大きく変わった世界で、娘と旅に出てみようかとも思ってるよ。――というか、こいつがそう望んでるから俺も同行しないといろいろやばいことになりかねないって言う、な……」


「――それはそれは。でしたら、もし私たちと連絡を取りたいとお考えでしたら、私の実家のオハラの血族とやらを訪ねてみてください。

 どうやらずいぶんと有名な一族のようなので、知り合い同士の連絡の仲介にはちょうどいいでしょう」


「――はッ、そいつはまたずいぶんと、おっかねぇ仲介役だけどな……」


 そうして笑いながら、城司は娘の華夜と共に竜昇たちとの別れを済ませ、竜昇の用意した魔法陣に転送される形で本来の世界へと渡っていった。





「さて、それでは我々もこれで立ち去るとするかな」


 そうして、城司に続き、世界の移行作業が八割以上終わったころ、その場にいた戦士たちを代表する形でブライグが竜昇たちへと声をかけてくる。


 このタイミングだったのは、もはやここまでくれば世界の移行は見届けるまでもなく完遂されると判断したからか、あるいはこの半年間で培った竜昇たちへの信頼故か。


「任せてしまって悪いが、残る移行工程の方、くれぐれもよろしく頼む」


「――ええ、それはもちろん。なんでしたら最後に、もう一度握手でもしましょうか?」


「――フン、それはやめておこう。貴公であれば、法則や契約などなくともこの場でやるべきこと(・・・・・・)を完遂するだろう。こちらの立場というものもあるが、それ以上にそこまで貴公の選択に口をはさむつもりはない」


 そんなブライグの発言に、竜昇は『ああ、この人は気づいているんだな』と内心密かに苦笑する。

 とはいえ、わかっていて何もする気がないというならそれはそれで行幸だ。

 あるいは彼の中でも、それが最善だと同じ結論が出ているのかもしれない。


 なんにせよ、ブライグは『約定の法則化』という規格外の力を持つ右腕を用いることなく、その代わりに左手の方を竜昇に対して差し出してくる。


「――協力に、いや……。この世界の未来を選ぶ、その選択に当事者として参加してくれたことに感謝を。

 再びどこかでまみえることになるかはわからぬが、お互い、これから始まる新たな時代をできるだけよいものにしていこう」


 そう言って、ブライグは他の【決戦二十七士】の戦士たちを率いて、城司と同じく転移機能によって塔の外へと送られ、退去していった。






 そうして、数か月を共に過ごして世界再編のために尽力した者たちが軒並み消えて、【不問ビル】の最上階には竜昇と共に、最後の一人である静が残される。


 塔のシステムで見ても、すでに世界の移行作業は九割以上終了。

 先の戦いの直後に別れを済ませ、元居た【新世界】に一足早く戻っていた詩織たち三人も、今頃は世界再編の工程に沿って【真世界】に転送されていることだろう。


 本来であれば、あの三人の内、同じ地域から【不問ビル】に足を踏み入れている詩織や愛菜に対し、理香は全く別の地域の出身であるため、【真世界】送還時に送られる地域も別々の場所になるはずだった。


 ただあの三人については、一度【新世界】に戻す際に意向を聞く機会があり、理香が他の二人との合流を希望したため、彼女はこの半年の間に一度【新世界】にて身辺整理を済ませて、この【真世界】移行時に他の二人と合流する形で送り込まれる手はずとなっている。


 それ以外にも、彼女達には入淵親子にそうしたのと同様、【真世界】で連絡を取り合う場合はオハラの血族に仲介を頼むことは提案しているが、これから始まるそれぞれの人生が再び交わるか、有名であると同時にその知名度が悪名よりであるオハラを彼女たちが実際に頼るかは正直言って微妙なところだ。

 詩織個人に限った場合、竜昇との関係にどう折り合いをつけるかという問題もある。


 それでなくとも、世界の移行後に各々がどんな人生を歩むことになるか、元に戻った世界がどんな情勢になるかもわからない現状、ここで別れた相手と再会できるかはおろか、そもそも再会の道を選ぶかもわからない。


 詩織たち三人のみならず、これについては先に分かれた入淵親子や、共に世界の移行作業を行った【決戦二十七士】の面々とて変わらない。


 否、唯一それがわかる相手がいるとすれば、それは――。


「それでは竜昇さん、私もここでしばしのお別れです」


 最後の一人、小原静が竜昇の前へと歩み出て、振り向くと同時に穏やかな笑みと共にそう語りかける。


「言っとくけど、さすがにそうすぐに再会できるとは思えないぞ……。家族と合流して、一緒にあっちでの生活基盤も整えないといけないし、【真世界】の地理を見た感じじゃ、俺の降り立つ村とオハラの血族の本拠地は乗り物の発達してないあの世界じゃそれなりに遠い場所だ。

 (こいつ)があるから交通機関がなくてもいけないわけじゃないが、目立つ飛行をあんまり見られるわけにもいかないし、こんな足だから普通に歩いたんじゃ時間もかかる」


 そもそもの話、【終焉の決壊杖】による飛行能力は、速度はともかくそれほど長距離飛行が可能な燃費のいいものではないのだ。

 戦闘時にはそれほど問題にはならなかったが、移動手段として使うとなるとさすがに目的地までひとっ飛びという訳にもいかなくなる。


「それでしたら、こちらの状況が片付き次第私の方から竜昇さんのいる村に向かいますよ。

 面倒な家柄とは言っても、次期党首とかそのあたりの問題はすでにセインズさんに決まっているようですし、親族間での最低限の話し合いさえ終わったら、あとは自由にさせてもらうつもりです」


「そんなに簡単にいくかなぁ……?」


 恐らくは【新世界】でこれまで過ごしてきた家族との関係、その性格を知るが故の発言なのだろうが、あの世界が精神干渉によって成り立っていたことを知る竜昇としてはそれだけで判断していいのか多少懐疑的だ。


 仮に静の知る家族はそれでいいと判断しても、【真世界】に残っているだろう他の血族がそれで逃がしてくれない可能性もある。

 特に静の場合、長く試練を突破するもののなかった【始祖の石刃】の選定を受けてそれを所持しているのだ。


 オハラという一族が一般的な権威や個人の実力というものをどうとらえて判断材料とするかは不明だが、普通に考えれば家に縛り付けられそうな要素を、既に静はいくつも備えてしまっている。

 そのことは、恐らく静自身も自覚しているのだろう、が。


「簡単でなくても構いません。単に私はそうするというだけの話ですから」


「……だったら、どちらが先に相手のもとにたどり着くか、あるいは道のりを進んでどの地点でぶつかるか、せいぜいそのあたりを競い合ってみるか……」


「そうですね……。お互い相手と再会するまでどれだけ相手に近づけるか、その踏破した距離でも道の険しさでも、比べて張り合うといたしましょう」


 そう言いあって笑い、竜昇と静は最後の瞬間、ほんの一瞬互いの距離をゼロまで詰めて、その感覚が残るまま、起動させていた機能によって静の姿がその場から消えていく。


 否、静だけではない。


 他のすべての人間を見送った以上、他ならぬ竜昇自身も【不問ビル】の中に居続ける意味はなく、静同様転移機能によってその場所へと、最後の仕事の残る場所へと同じように転移している。


 天を衝く高さに聳え立つ、今まさに上空の位相空間にあった上塗りの世界を解体し、本来の世界へとその中にあったすべてを移行し終えようとしている、そんな神造の塔の正面へと。


「……全く、実際にこの目で見ると信じられないほどデカいな……」


 自身が所有する【神杖塔】、その姿をしっかりと肉眼に焼き付けながら、竜昇はそのあまりの大きさに思わずため息をつく。


 まだ【不問ビル】と呼んでいたあの頃、その巨大な建造物に圧倒されていた竜昇だったが、しかし上空に作られた【新世界】に出現していた【不問ビル】と違い、目の前にある【神杖塔】の大きさは本当に桁違いのものだった。


 というよりも、竜昇たちが【不問ビル】と呼んでいたあのビル自体、実際には【神杖塔】の先端部、どこか冠を思わせる形状のそこから伸びる八本ほどの突起の、その一本でしかなかったらしい。


 どうやらサリアンたちは八層構造になった世界の一つ一つに、その八本ある突起に当たる部分をビルとしてそれぞれ出現させていたらしく、実際の【神杖塔】はそれこそバベルの塔を思わせるレベルの、人間には到底建造不可能な高さと、そして太さを誇る巨大な建築物だった。


「塔の内部は別空間になってるって話だったけど、この大きさならぶっちゃけあの階層一つ一つがそのまま入っちゃうんじゃないか……?」


 ステッキに刻まれた飛行術式によって宙に浮き、巨大すぎる塔の威容とその機能によって移行していく世界の、その工程の最後の瞬間を眺めながら、竜昇はため息をついて、続けて自分のいる位置と方向を確かめる。


 塔のシステムを使って地図情報と方角を確認しながら実際の肉眼で周囲を眺め、眼下に広がる広大な世界を視界に収め、安堵して笑う。


「――よかった、悪くなさそうな世界じゃないか」


 上書きの世界からの移行が終わる。


 【新世界】と呼ばれた、後付けの世界の中にあったものが軒並み【真世界】へと配置され、それと同時に上空にかすかに見える空間の揺らぎ、その中にある世界の残りが分解されて輝きながら消えていく。


 幻想的な故郷の最後、その喪失の実感が強く押し寄せてくる光景だが、しかし一方でその光景は取り返しのつかないものでは、ない。


 そう、実のところこの世界の移行は取り返しがつかないものではないのだ。

 なにしろ、たとえ世界のありようが元に戻ったとしても、そもそもの発端、世界そのものを作り替える権能を持った神の杖はここにこうして残っている。


 無論竜昇に今更あの世界をもう一度作り直そうなどというつもりもないし、それをやった際にこの世界が耐えられるとも思っていない。


 だが将来においてはどうだろうか。

 【神造物】は所有者が死ぬと別の誰かに継承される。

 事前に所有者が決めていればその人間に、決めていなければ所有者の知る人間の中から最も適性のある人間へと確実にその所有権が移動して、逆に継承しない、誰にも渡さないという選択肢は存在していない。


 たとえ竜昇がこの塔を何かに使う気がなかろうとも、まだ見ぬ継承者たちまでそうであるとは限らない。


 あるいは竜昇や継承者たちが使うことを望まなくとも人類社会そのものがそれを望んでしまうかもしれないし、もっと言えば『いざとなったら世界を作り替えてしまえばいい』という甘え(・・)は間違いなく人々にろくでもない結果をもたらすだろう。


 かといって、すでに選定がなされてしまった現状、以前のように難攻不落の試練によって人類の使用を阻むという手も使えない。


 故に――。


「――さあ、最後の仕事だ……!!」


 杖を構える。

 価値あるものを打ち砕く。価値があると認め、あるいはそれが重要なものであると認識していることを条件に対象を、それがたとえ【神造物】であろうとも破壊できる、そんな杖を両手で掴んで振りかぶり、竜昇はそこに宿る飛行術式にものを言わせて一直線に巨大すぎる塔へと突き進む。


(ああ、本当にこれで――。……お別れだ)


 竜昇の脳裏に生まれ育った町の、これまでの暮らしの様子がよみがえる。

 塔の機能による街の再現という形で見せられた光景と同じように、まるで走馬灯のように。


 対象の価値を認めていなければ破壊できない【終焉の決壊杖】だが、今回ばかりはその条件を満たすのも簡単だ。


 何しろ今目の前にあるのは、これから壊そうとしているのは、いうなれば竜昇の手に残された後戻りの選択肢なのだから。


 まだ間に合うと、今ならまだ戻れると、そんな甘く響く声を胸の内に存分に感じながら。


「【終焉の(イコノクラスト)――」


 それでも竜昇は、その未練と恐れを槌杖へと込めて、一直線に、ただ前だけを見て突き進む。


「――決壊杖(ジ・エンド)】……!!」





 かくして、天へとそびえ、人の世に永く名を知られた神造の塔が、その日何者かに砕かれて崩壊し、跡形もなく消滅した。


 元あった世界から移行して、混乱のさなかにあった人々の中に、崩れ落ちる塔の残骸を観察できたものなど一人もいない。


 実体を失い、光の粒子となって消えていく神の芸術、消えゆく残骸、その中を。

 重力に逆らい、彼方へと飛び去る誰かがいたことなど、それこそ、誰も。

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[気になる点] え、あっさりしてたけど別れ際キスしてた? お父さんはプラトニックな関係しか認めません!
[良い点] 面白かったー!!!!
[良い点] 不問ビルに誘われて始まった物語が、ビルの破壊によって幕を閉じる。納得の終わりです ……いや本当に、価値あるものを破壊する、のとおりですね
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