323:少しでも
かくして、【神造人】を名乗る全ての敵が打倒されて、けれど竜昇たちがやるべきことはまだまだ、むしろここからが山積みだ。
なにしろ今の竜昇は世界の命運を左右できる【神杖塔】の所有者という立場であり、そしてその【神杖塔】には生き残った【決戦二十七士】の戦力と、そして竜昇たち一部のプレイヤーがと残されているのだ。
なすべきことを考えれば、待っているのはむしろここからが本番と、そう言ってしまったほうがいいくらいの一大事業だ。
そう思いながら、竜昇はひとまず塔の監視システムと転移機能を駆使して最上階に残る者たちを呼び集め、それによって詩織と理香、愛菜の三人を除いた生き残りの人々が一堂に顔を合わせる。
事前に要望を聞いていた詩織たち三人だけは前線拠点へと転移させ、竜昇は静と二人、【決戦二十七士】のうち生き残っていた七人に、入淵華夜と城司の二人を加えた九人を相手に状況の説明を開始する。
幸いにして、【真世界】の人間である戦士たちに対しては竜昇たちが【神造物】の所有者であるという点が一定の説得力を発揮した。
否、あるいは彼らの中でも、すでにこれ以上のいさかいは避けるべきという考えが働いていたと見るべきか。
塔の機能によって過去情報を閲覧して分かったことではあるが、どうやら彼ら【決戦二十七士】もこの戦いで無傷というわけにはいかなかったらしい。
セインズのように負傷している者がいるのはもちろんのこと、竜昇も知るヘンドルを含めた二人の戦士がこの戦いの中で亡くなっており、しかも彼らの遺体は石刃の影の守護対象から外れるとみなされていたのか、ルーシェウスたちの仕掛けた爆発によってチリも残さずに消し飛んで跡形も残らなかった。
この階層にはほかにも何人かの、死体人形の素体となっていた人間の遺体があったようだが、それらもまた同じように。
彼らが戦いを生業とする人間であるとはいっても、否、だからこそ、無情な戦いの後でこれ以上を避けようと考えていたとしても竜昇は不自然とは思わない。
「――ここまでの経緯はおおむね理解した。して、君たちはこれからどうするつもりなのかね?
この世界の命運がかかった局面で、それを左右する【神造物】を手に入れて、そのうえで君は何を望む?」
全員を代表して問いかけるようなブライグのその言葉に、その問いかけに、竜昇は深く呼吸するとともに言葉を選ぶ。
「サリアンに選択を迫られた時、あいつは二つの選択肢をこう説明しました。
一つは平和で天国のようだけど滅びる危険が高い世界。
もう一つは存続は約束されているが戦乱の要因に満ちた地獄のような世界……。
その結論として、俺は存続の可能性が高い方を選んだわけですが――。
けどだからといって、これから暮らす世界をむざむざ地獄のようなままにしておきたくはないんです」
竜昇が望んだのは滅亡の危険が消えた世界であって地獄ではない。
そのことは選択を決めた今でも竜昇の中でゆるぎなく残っている感情だ。
存続可能な状態に直した世界が天国と呼べるレベルになるかはわからない。
むしろそうならない可能性の方がはるかに高いだろう。
けれど、それでも。
世界を作り直すその際に、直せる部分くらいは多少なりとも直しておきたい。
それこそ本来の世界を地獄足らしめている要因が、人間たち自身の戦乱であるというのならなおさらに。
「力と、知恵を貸してください。時間が許す限りでいいんです。残る時間があるうちに、俺はこの先に待ち受けるよくない事態の要因を、一つ一つ、できるだけ多く潰しておきたい」
かつてサリアンがやったように理想郷を作ろうとは思わない。
そのやり方は一度試されて、そして明白に失敗した手法だ。
けれどだからといって、世界を雑に元に戻すだけで満足する気もまた竜昇にはないのだ。
たとえ理想郷といえる世界や、高度に発展した世界とまでは言えなくとも、許されるあらゆる手段を行使して、生まれ育った世界の良き部分を残したい。
「――ん。ちょうどいい」
そんな竜昇の呼びかけに、誰よりも早く、この中では一番年少の少女の声が呼応する。
入淵華夜。城司の娘にして、つい先ほど転移機能を活用し、ルーシェウスの最期を看取りに行っていた、そんな少女が。
周囲を敵対していた相手に囲まれて、武装解除の意味も込めて地面に座って【擬人】化した鎧を取り外していた城司が、話に加わる娘の姿に感慨深く手を止める。
否、手を止めたのは、実のところ華夜が声を上げるその少し前だ。
かつて共に戦っていた仲間、この戦いには参加していないだろうと思っていた互情竜昇が【神造人】の首魁を討ち取った人物として姿を現したその段階で、城司の手は止まり、そして語られる彼の言葉にかつて娘に感じたのと同じ感慨を覚えていた。
『――地獄になんてさせない』
『――ただ普通に、元の世界になんて戻さない』
『少しでも、いい世界にする』
それは他でもない、城司と華夜が記憶(思念)を介して家族会議を行った時、ある意味で最も城司を衝き動かした娘の台詞。
自身の過去にあった二つの世界を見比べて、どちらがマシかばかりを考えて決断を下そうとしていた城司に娘が提示した第三の選択。
そしてこの我が子は恐ろしいことに、そのための手段ともいえる者をすでに二つも回収してきている。
「さっき、使えそうな道具はもらってきた。何に使えるか、どう使うかはこれから考えるつもりだったけど、たぶんこれは役に立つ」
そう言って、華夜は自身が習得する【神造界法】で光の粒子から栞を生み出し、同時にひどく見覚えのある手鏡を取り出し、かざして見せる。
共にこの塔での戦いの中で猛威を振るったそれを、今度は絶望的な二択に第三の選択を切り開く、希望につながる手段として。
「――いえ、待ってください」
そうして動きかけた場の空気に、しかし【決戦二十七士】の学者であるカインスが手を挙げ、待ったをかける。
「単純に【神造物】の権能を行使するだけならまだかまいませんが、【神杖塔】の権能に【神造界法】を組み込んで多量の法力を使用するというなら看過できません。
そもそも【新世界】の存続が滅びに直結していたのは、この上書きされた世界の存続のために法力を周囲から奪い集めてしまっていたからです。その流れを正常化するのではなく別の何かに使うというのであれば、結局のところ世の存続を危険にさらす、本末転倒な事態になってしまう」
「――それは、【神杖塔】が集めたものとは別に莫大な法力の備蓄があれば――、それを使って何かをするのであれば解決するということだろうか?」
そうして危険を訴えるカインスに対して、意外にもそう問いかけたのは華夜の近くにいたカゲツ・エンジョウだった。
自身の腰に回収してきた、三本連なる神造の鞘を外して掲げ、さらにその中から唯一戦闘に際して使用していなかった、闇のように黒く染まった第三の鞘を差し示す。
「ここに、この第三の鞘【無料大数】に我が一族がため込んできた莫大な量の法力がある。
我が一族の始祖が選定を受けて以来、一度も使用されることなく蓄え続けられてきた法力だ。
そしてこの【超限の三連鞘】の権能、その神髄は、法力を無尽蔵にため込めることではなく、ため込んだ法力を上乗せすることで界法の効果を望む形で増幅できることにある。
術式の構成や法力のバランス、そういったものをすべて無視して、ね」
「……ん、いいの?」
「構わない。もとよりこの戦の中で使うつもりでいた切り札だ。
――うん、それに正直に言ってしまうと、平和的に使えるならこの機会に使っておきたいんだ。
先祖代々、後生大事に蓄えてきた力だが、ため込んだ量が莫大すぎて下手な使い方をするとどんな大惨事になるかわからない。
実のところ、ここまで莫大な量が溜まってしまうと、軽い着火術式に上乗せするだけで、どんな性能を強化しても先ほどこの階層全体を破壊した、あの爆発と同じような破壊をもたらしてしまう恐れすらある。
そうなるまえに、世のためになる使い道があるならこの場で使っておきたい」
カゲツの言葉に、それを聞く者たちは軒並み彼女の危惧する事態、その深刻さを理解し、言葉を失う。
同時に思う。確かにそれほどの危険物であるならば、ここで使い切ってしまったほうがいいかもしれないと。
「――話は理解した。
とはいえこれは未来がかかった大事。協力するにはこちらとしても条件がある」
そうして、話が一気に傾きかけたその局面で、それまで黙って話を聞いていた戦士たちの長ブライグが、自身の右腕の袖をまくりながらそう告げる。
「ここに一つの【神造物】がある。我が右腕は【神造義腕】、銘は【切なき手法】……。
――有する権能は、『約定の法則化』だ」




