321:衝き動かすものを自覚して
【神杖塔】の機能によって目指す場所へと転移する。
爆発の中落下した地上から、攻撃の失敗と危険を察して、竜昇たちからの離脱を図っていたルーシェウスのその眼前に。
続けて、手元から離れていた槌杖、【終焉の決壊杖】を同じく転移機能によって手の中に召喚。飛行機能を発動させつつ、眼前にいるルーシェウスの顔面目掛けて力任せに振り下ろす。
「―-っ、やってくれる……!!」
だがそんな闇雲な一撃を、ルーシェウスは手の中に生み出した【思い出の品】の刀によって迎撃。
【神造物】すら破壊する打撃は壊れやすい刀を破壊することすらかなわず受け流されて、しかしかろうじてできたのはそこまでで、ルーシェウスの反撃はそこから先が続かない。
(やはり……。今の奴は戦況判断すらおぼつかない……!!)
長き時を生きる中で技量を磨き、有する【神造界法】によってあらゆる戦闘技術を取り込んであの静さえ圧倒できるルーシェウスが、今竜昇の攻撃に対して防御だけで手いっぱいになっている理由は明らかだ。
自身の周囲、あるいは己が体すら素通りしてルーシェウスの意識へと流れ込んでいく光の粒子の存在に、竜昇は今のこの瞬間こそがルーシェウスを打倒しうる絶好の機会なのだと改めてそう確信する。
【始祖の石刃】から落ちる【神造刃影】、【再始の石刃】の効果によって生き物への殺傷こそ無効化されたものの、この階層に作られていた数多の建物と物資、そしてその中に含まれていただろう、無数の【思い出の品】はその守護の対象外だ。
そして思い出の品はその性質上、破壊されればその破壊を成したもの、破壊したという認識を持つ者の意識へと自動的に流れ込んでいく。
今回の場合は【思い出の品】を破壊した自爆装置、それを意図的に起動させた、目の前にいるルーシェウスの意識の内へと。
(記憶流入を受けてる最中でも動いて刀を使えるのはさすがだが、今のこいつは雪崩れ込む記憶に邪魔されて全く普段通りの動きができていない……!!)
【跡に残る思い出】の術者だからか、記憶流入のさなかにも完全に無防備な状態になっていないのは驚きだが、それでも今のルーシェウスが現実の戦いに集中できない状態となっているのは間違いない。
なにしろ、ここに転移するために行った自身と槌杖二回の転移も、同じようにアクセス権限を持つ塔のシステムを使っているにもかかわらずまるで妨害されぬまま使用できていたくらいなのだ。
先ほどから連続で叩きつけている槌杖による打撃にも、今のルーシェウスは空中に足場を展開して背後に飛びながら、かろうじてその手の刀で打撃を受け流しつつ逃れるばかりという防戦一方のありさまだ。
無論ことが記憶流入による影響である以上、それが終わるまでの限定的な能力の低下ということになるのだろうが――。
(――恐らくはこの瞬間こそが、このルーシェウスという【神造人】を討ち取れる最初で最後の機会……!!)
「―――【想対の相手鏡】――!!」
勝機を逃すまいと迫る竜昇に対して、恐らくはルーシェウスも記憶流入にさいなまれながら同じ結論に達したのだろう。
自身の懐から神造の手鏡を、無駄と思いながらもその懐にしまい込み、結果的に影の粒子によって守られ、あの破壊の嵐の中でも手放さずに済んだ同士の形見を抜き放ち、同時に自身の周囲で流れ込んでくるのと同じ光の粒子をその全身から噴出させる。
「やってくれるな神の傀儡――、否、それともこれは神そのものの采配か――!!」
ルーシェウスの周囲に数多の【思い出の品】が顕現する。
自身に流れ込む記憶、脳裏で絶えず再生されるそれらを【跡に残る思い出】の使用プロセスである記憶の想起として転用し、一部の工程を省略することで再生される記憶に登場する物品を次々に【思い出の品】として現出させる。
結果として生まれるのは、雑貨や日用品など、脳裏に浮かぶ品々を手当たり次第に現出させているが故に武器ですらない雑多な品々が展開されて、それぞれが命を吹き込まれてルーシェウスの周りに浮かぶ、心霊現象という言葉でイメージするその通りの光景。
「なん、のォオオオッ――!!」
そんな敵戦力の展開を前にして、しかし竜昇は生まれ落ちた【擬人】達が動き出すその前に心霊現象の中心へと突貫する。
いくつかの【思い出の品】がその身にぶつかり、それによって少なからず傷を負いながら、それにも構わず宙に浮かぶ物品の壁、その一番薄いところを狙って突き破る。
(武器じゃぁねぇなら死にはしないッ――!!)
脳裏で再生される記憶に登場する物品をランダムに生成したために、展開された心霊現象はその大半が殺傷能力のない雑貨や日用品だ。
そして相手が武器でないのなら、わざわざ防御などしなくても、最悪体で受けても致命傷を負う事態は避けられる。
無論、いくら体で受けるとはいえ、そんな真似をすれば破壊される【思い出の品】も発生、記憶の流入によって突破した直後の竜昇にも少なからず隙が生まれることになるわけだが――。
「【滅閃――、ッ、なんだと……!!」
すかさず光線の界法による撃墜を試みて、しかしそんなルーシェウスの試みは発動しかけた光の界法と共に跡形もなく霧散する。
界法の発動寸前、どこからか集まってきた、つい先ほど見たばかりの黒い影のような粒子によって、その発動が妨害されたことで。
(――これは、先ほどの……。まさか、まだ効果が――)
「積み重ねた歴史を代償にした終末兵器へのカウンターが、たった一回の防御だけで終わるはずねぇだろ……!!」
一瞬の時間で流れ込む記憶を振り払って現実へと回帰して、攻撃に失敗したルーシェウスのもとへと竜昇が一気に距離を詰めていく。
(――これは、攻撃界法全般が妨害されているのか……!!)
竜昇の言葉と実際に使用できない界法があるその事態に、ルーシェウスは理屈よりもむしろ直感で、先ほど発動した【神造物】のその効果を大まかにだが予想する。
とはいえ、さしものルーシェウスも限られた時間の中で判断できたのはそこまでだ。
かろうじて起きる現象、その法則性に気づくことができたその時には、すでに竜昇が空中に留まることすらできずに落下するルーシェウスへと追いすがり、その手の槌杖を力の限りに振り下ろしている。
「――グ、おおっ――」
ただの物理的な打撃でありながら、唯一【神問官】たる自身を殺しうるその一撃に、ルーシェウスはとっさに手の中の刀の強度を加護によって底上げし、先端のT字部分を避ける形でかろうじてそれを防御し、受け止める。
「だっ、たらァッ――!!」
攻撃を受け止められた状態のまま、竜昇は槌杖に搭載された飛行機能を全開にして、ルーシェウスの体を押すようにして円筒状に上下左右を囲む大地と平行になるよう、追って来る擬人たちを置き去りにしながら飛行する。
(――地に足はつけさせない……。こいつは自由度の落ちるこの空中で仕留める……!!)
「――ここ、まで……、できながらァッ、そんな貴様ですら、神の傀儡に甘んじるのか……!!」
そんな竜昇の存在によって空中を共に飛行しながら、どこか惜しむような、あるいは苛立つような口調で、ルーシェウスがそんな言葉を口にする。
「答えろ宿敵……!! その選択に――、貴様の意思はどこにあるのだ……!!」
天を行く流星のような人影を空に見る。
天地が筒状に閉じ、はるか上空にも同じ台地が続くスペースコロニーの中にあって、それでもなお重力に逆らわねば届かない空を見上げて、小原静がその手の中の一振りの石刃の感触を確かめながら。
静が手にした【神造刃影・再始の石刃】。
その根底にあるコンセプトは『武器の歴史』と、その行き着く先たる『終末兵器への対抗手段』だ。
石器の刃から始まる武器の歴史、その終わりに人類そのものを滅ぼす【終末兵器】の存在を想定し、いざ『その時』に紡いだ歴史そのものを代償に一度だけ人類に再起のチャンスを与える【神造物】。
だが一方で、その趣旨を貫くのであれば、この【神造物】の権能は終末兵器を一度防いだだけで終わるようでは不十分だ。
なにしろ一度防いで終わりというのであれば、同じ終末兵器を二度三度と使えばそれで台無しになってしまうのである。
仮にそうならなくても、この【再始の石刃】が人命以外の文明を守ってくれない以上、使われた側が命以外のほとんどすべてを失った段階で勝敗は決してしまい、どうかするとこの【神造物】の存在によって、【終末兵器】を使った側が使って得をしただけの話になってしまう可能性も十分にある。
無論、人類が互いに終末兵器を撃ち合って、世界が丸ごと滅びる中で【再始の石刃】に守られた者たちだけが生き残るという筋書きであれば、彼らが石器時代からやり直すことを余儀なくされ、この【神造物】の趣旨はある程度貫かれるのかもしれないが。
実際にはそうならずに中途半端な展開となって、結果として趣旨に反する結末になる可能性とて無視できない程度にはあるはずだ。
当然、【再始の石刃】の仕様について、終末兵器に対抗する以外の使い方を極力できないよう設定していたこの神が、そうした筋書きを想定していないはずがない。
故に、【再始の石刃】の権能、その効果はその代償に見合う二段構え。
第一段階はすでに確認されたように、【始祖の石刃】に蓄積された『歴史』を代償とする対終末兵器防御結界だが、この【神造物】の真価はむしろここからだ。
【再始の石刃】の第二段階、それは第一段階で無効化した攻撃、それと類似した攻撃に対する確率妨害だ。
その効果範囲は、それこそ終末兵器を相手とする故か世界全土に及び、効果時間についても蓄積していた『歴史』の総量に比例し、最低でも年単位に及ぶ。
そしてこの【神造物】の最大の特徴は、その効果が第一段階で無効化した終末兵器と条件が近いものほど高確率で発動する不確実妨害であるという点だ。
この権能が一度発動してしまうと、最初に無効化した終末兵器、それと同系統の兵器の発動はほぼ確実にあの影の粒子に妨害されて、その効果が続く間は勝手に自壊したり禄に起動しないなど、まともに使用することはおよそ不可能になる。
それのみならず、無効化した兵器と類似点のある兵器、熱を無効化したなら熱を帯びた攻撃が、衝撃波を無効化したなら風圧による攻撃が、有害物質であれば毒物全般が。
界法であれば界法が、【神造武装】による攻撃であれば【神造武装】の権能そのものが、最初の攻撃の性質と近いものほど高確率で妨害されるようになり、そして最も重要な点は、こうした類似点の判定には兵器の性質や効果のみならず、使用者の存在も含まれるという点だ。
早い話が、ルーシェウスと竜昇では、仮に同じ界法を発動させようとしても、無効化された終末兵器の使用者であった分ルーシェウスの方が界法の使用を妨害される可能性が高くなる。
一応、【跡に残る思い出】を用いた【思い出の品】の生成や、その【思い出の品】に【模造心魂】で命を吹き込む工程などは攻撃とはみなされないため無効化されてはいなかったようだが、今のルーシェウスではおよそ直接的な殺傷力を伴う攻撃はほとんど使用できなくなっているはずだ。
それはまるで、終末兵器という最悪の攻撃に手を染めてしまった人間が、その代償としてあらゆる攻撃手段を許されなくなってしまったかのように。
救済策であると同時に誅罰の意味をもはらむ、ひときわ強いメッセージを含んだ神の作品。
それこそが、【再始の石刃】という【神造物】、そこに込められた権能と、製作者が思い描いた筋書きのすべてだった。
「――ええ、確かに。
確かにあなたが言う通り、この状況はひどく出来すぎていますね」
そうして自身の手にした【神造物】の性能を思い返して、改めて静はひどい作為すら感じるこの状況に、どこか不快な事実を認めるようにそう呟く。
この戦いに臨む前、竜昇を通じてルーシェウスの目指すところについて聞かされた時にはあまり感じていなかったが、今のこの状況はあまりにも出来すぎだ。
それは何も、神から【終焉の決壊杖】という直接的な支援を受けている竜昇に限った話ではない。
長き歴史の中で誰も成しえなかった【始祖の石刃】、そしてそれに付随する【再起の石刃】という終末兵器に対抗するための【神造物】が、寄りにもよってその終末兵器を切り札とする相手と戦う寸前に手に入ったというこの状況に、さしもの静も多少なりとも思うところはあった。
まるで強大な誰かがこの状況をおぜん立てしたかのような、すべてが誰かの掌の上であるかのような、自分たちの尊厳を軽んじられているかのような不快感。
その感覚は、【神造人】ならぬ静自身、決して共感はできないものの、理解までできないわけでもない。
「ですがルーシェウスさん。あなたは一つ、決定的に分かっていない」
――その一方で。
ここまで一人の人間として生きてきて、竜昇とここまで共に戦ってきた他ならぬ静だからこそ、どうしても容認できない、我慢ならないこともある。
「【神問官】でなくたって――、私たち人間でさえ、別に一から十まで己の意志で、私たちの内にある主義信条、思想思考だけで行動しているわけではありません。
むしろ人の身であるがゆえに、神様以外にも私たちの意思決定はあらゆる要素の影響を受けている」
竜昇の話を聞くに、どうにもルーシェウスは人間の意思決定の自由度というものを過大評価しているきらいがあるが、実際の人間というものはもっとずっと不自由な生き物だ。
単純な外的要因に限ったとしても、置かれた状況や周囲からの要請、時には他者の意志やあらがい難い力といったものが常に人間の判断を縛っているし、内面的なものまで含めれば生物としての本能や種としての習性、集団としての傾向や、その人間個人の主義信条など、一口に意思決定といっても様々な要因がその成立にかかわっている。
さらに言えば、あの世界の研究ではその人間自身の体調や生活習慣、脳内の神経伝達物質や腸内の細菌による影響など、そうした体内での化学反応すらも人間の精神活動に影響を及ぼしているという話すらあったくらいなのだ。
他者の記憶を多く読み取り、【不問ビル】の中でそうした人間の性質をいくつも利用していたルーシェウスがそれらをどこまで理解し、あるいはどこまで理解できていなかったのかは定かでないが、実際の人間はかくも様々な要因の影響を受け、神の意志などよりずっと多くのものに衝き動かされながら生きている
――けれど、だとしたら。
果たして人間は、その意思というものは、いくつもの衝動が入り混じり、それらが複雑にぶつかり合って生まれただけの、単なる化学反応のようなものでしかないのだろうか?
静たちが意思と呼ぶモノなど幻想で、結局のところその選択も決意も、関わる要素が多いだけの、複雑なだけの計算式によって機械的に算出された、順当な結果でしかないのだろうか?
――少なくとも今ここに在る静は、そんな風には思わない。
(――ぐ、やはり直接攻撃系の界法はすべて妨害されるか……)
円筒状に閉ざされた空を敵に押される形で飛行しながら、ルーシェウスはならばと再び【跡に残る思い出】を発動させる。
詳しい条件こそ不明なものの、先ほどからの状況から【思い出の品】の生成とその【擬人】化は妨害されないと判断し、飛行術式を用いて至近距離でぶつかる竜昇との間、その目の前に【思い出の品】を生成し、そのまま叩きつけようとして――。
「『散れ』――」
「――!?」
次の瞬間、かすかに届いた声と法力の波動によって、【神造界法】によって生み出された光の粒子があっさりと霧散し、形を成さぬまま空気中へと消えていった。
同時、同じく法力の波動を浴びたことで竜昇の飛行が一瞬途切れ、しかしその竜昇の方は即座にそれに反応し、ルーシェウスの体を蹴りつけ、落下させながら舞い上がる。
(まさか――、今のは――!!)
落下のさなか辛うじて地上に視線をやって、そこにルーシェウスは先ほど横から飛び込んできた邪魔立ての、その元凶ともいえる相手の存在を視認する。
はるか下の地上、そこに柄を延長した剣を杖代わりにして立つ、あちこち負傷を手当てされた状態のセインズの存在を。
「全く、ずいぶんと人使いの荒い」
空高くでぶつかり合う予想外の二人の姿を見上げながら、セインズはどこか不貞腐れたような笑みと共にそんな言葉を口にする。
ぶつかり合う二人を射程に収めるこの距離に、あらゆる界法の発動を妨害できるこの少年がいる理由は簡単だ。
本来別の場所にいたこの少年を、竜昇が塔のシステムを用いて探し出し、自身の進路上たるこの場所へと事前に転移させていたのだ。
状況的に的確な指示すらできるはずもなく、それどころか現状についてのたいした説明すらできなかったというのに、この静と同じオハラの血を持つ少年は、ただ上空から迫る二人の存在を見ただけで、とりあえずルーシェウスの側の界法発動を不意討ちで妨害してのけた。
つい先ほど、階層全体が破壊される直前まで、ボロボロになるまで負傷し、建物の一つに隠れ潜んでいたというのに。
お笑い草だな、と、セインズは自身の状態を顧みて、心中でひそかにそう苦笑する。
オハラの血族と持てはやされて、関わる者たちの期待を一身に受けてこの戦いに挑んでいたというのに、ふたを開けてみれば今の自分はこのざまだ。
自身を狙った【新世界】文明による爆発、その強烈な炎と爆圧からは常人離れした高さを誇る防御系加護の効果によって辛うじて生き延びられたセインズだったが、結果として彼自身まともに身動きもとれないくらいひどい傷を負ってしまった。
直後にたまたま爆音を聞きつけた三武者の一人、あのトバリという陰気な武人が駆け付けたため事なきを得たが、それがなければ手当てを受けて隠れ潜むことすら一人では難しかったことだろう。
おかげで、負傷の重さから他の戦士たちを探して救援に向かうトバリに同行することもできず、結局今のこの時までまともに戦闘に参加することすらできずに来てしまった。
結果、セインズは期待された役目を果たすことができず、敵の首魁を相手取るその役割は、かつて歯牙にもかけなかったはずの、セインズが凡庸と断じたそんな相手に奪われる事態となっている。
まったくもって不甲斐ない。
そう反省し、せめてこの機会に、上空を飛ぶその姿に、自分の知らない強さの一端でも見出せればとそう考えて、同時にセインズは少し意地悪く、こちらを見下ろす戦えなかった敵へと言葉をかける。
(いいんですか? こちらばかり見ていて……。
あなたが警戒すべき相手は僕よりも他にいるはずですよ?)
(――まずい。転移で味方を集められるというなら――、この状況で警戒すべきは――)
脳裏で続いていた記憶の再生が収束に向かい、制限を脱し始めたルーシェウスが意識を塔のシステムにつないで急ぎその命令を探し出す。
地上にセインズが現れ、こちらの界法発動を妨害される状況となってしまったことも問題だが、より危険なのはそれだけではない。
案の定、ダミーと思われる多数の命令に隠れて塔の転移機能が使用され、今まさに彼方から一人の人物が転移によってこちらに到着しようとしている。
(戦士の長ブライグ……。この場に奴まで集結しては、いよいよこちらに勝ち目がなくなってしまう……!!)
思いながら、転移機能の使用を中心に片っ端から塔への命令を妨害し、同時にルーシェウスは飛行界法を再起動させてこちらへと向かってくる竜昇の方へと意識を戻す。
地上にセインズが現れたことで、界法を用いた反撃は軒並み封殺されてしまったが、それでもルーシェウスの側に勝機がないわけではない。
もとよりルーシェウスは達人の域にある武人。長き時を生きた経験と、収集した技術知識によって竜昇程度の相手であれば素手でも殺せる技量を誇る。
【神造人】すら殺しうる槌杖の存在は確かに脅威だが、それとて決して防御できないわけではない。
セインズの聖属性の法力によって【思い出の品】の生成こそ失敗したが、すでに手の中にあった【思い出の品】の刀は影響を受けなかったのかそのまま残っているし、最悪の場合同志の形見にして遺体でもある手鏡や、あるいは手足の一本や二本犠牲にすれば槌杖の一撃くらい防ぐ手はある。
ならば、ここからルーシェウスの勝ち筋はカウンターによる一撃必殺。
槌杖の一撃をガードして、可能であればその際に手の中の刀を破壊させて、記憶の流入によって隙ができた竜昇に組み付き、それこそ首の骨でもへし折れば命は断てる。
記憶流入によって一時はまともな思考すらままならない状況に陥りながら、時間と共に徐々に思考能力が復活してきたことで、ルーシェウスは一瞬のうちにこの場における勝ち筋の算段をつける。
あとは記憶流入の影響が途絶えていることを悟られぬように態度を維持し、迫る竜昇を待ち構えて、その命に手を欠けようとして――。
「――ッ!!」
次の瞬間、背中に走る悪寒に従い、空中で勢いよく|背後(真下)へと振り返ったルーシェウスは、背後から迫っていたその相手を反射的に手の中の刀で斬りつけていた。
「――おや、気づかれましたか」
振るった刀が、しかし構えた十手によってあっさりと受け止め、絡めとられる。
「――ですが捕まえました」
同時に防御のために構えた左腕へと、振るわれた槌杖、本来のものではない複製の品のその先端が、それでも確かに腕の表面を陶器のように割って突き刺さっていた。
「――が、ぁ――、オハラ、シズカ……!!」
自身の眼前、現れた静の姿に、ルーシェウスは今度こそ驚愕と焦燥に目を見張る。
ルーシェウスは知らない。現在の静が、【再起の石刃】の発動の代償にコピーした武器のレパートリー、その全てを失っていることを。
知らないが、けれど多少なりとも予想はしていた。
終末兵器クラスの自爆装置を無効化する、破格といっていい性能の未知の【神造物】を発動させたその後から、彼女が地上に残り動きを見せないでいるそんな様子に、恐らく彼女は何らかの形で戦う手段を失っているのだろうと、そこまでの予想はついていた。
予想して、そしてだからこそ警戒していなかった。
実際には【始祖の石刃】の武器レパートリーを失ったその直後、爆発が収束したその段階で、塔の転移機能によって送られてきた竜昇の槌杖をコピーして、ルーシェウスを殺す手段と駆けつけるための飛行能力をきっちりと確保し、この瞬間に備えて機会をうかがっていたというのに。
ギリギリまで地上に残り動かずにいたことも、自身が役目を終えた戦力外の存在であるのだと、暗に示して信じ込ませるためのブラフだったというのに。
――かくして、【神造物】をも陶器のごとく砕く槌杖の一撃に左腕を穿たれて、さらには飛行界法に押し上げられる形でルーシェウスは静と共に天へと昇る。
「ねぇルーシェウスさん、あなたには今、私たちが堕ちているように見えますか……?」
告げられる静の言葉が、円筒状につながる大地故、上昇してなお大地に向かうその状況故のもの――、――ではないのはすぐに分かった。
振り返ったその背後(上)に、同じく重力に逆らい空を目指す、己が宿敵たる互情竜昇の、その姿を見て取ったがゆえに。
告げられるそれは、長き道の中に思い悩んできたが故に至った彼女たちの答え。
ルーシェウスが求めた証明に代わる、彼が問い続けてきた意志の存在、そのありか。
「――自らを衝き動かすものを自覚して、それに従うか、逆らうか……。
肯定するか、否定するか、それを決めるものこそが意思なのです」
例えばそれは、オハラとしての己の異常性を自覚しながら、その性質と周囲との間で葛藤し続けていた静のように。
あるいは、衝き動かされるままに流されることを良しとせず、【神造人】たちの思惑に逆らい続けた果てに、今まさにこちらへとむけて、杖を構え飛び込んできている竜昇のように。
「少なくとも今、私たちは空に向かって飛んでいると思っていますよ」
「――価値あるものを――、破壊する……!!」
奇しくも激突するのは空の中心、あるいは世界の中心のような、終焉の一点。
「【終焉の(イコノクラスト)――」
「――決壊杖】」
その瞬間、飛翔する二人が同じ槌杖を振りぬきながら交錯して、一人の“人”が胸の中心を前後から砕かれ、地に堕ちる。
最後に頭をよぎった、同じ目的を持つ同士達、その一人と同じように。
輝ける何かを見上げて、伸ばした手が離れていくのを眺めながら。




