316:逆転の決断
「ォぉおおおオッッ――!!」
雄たけびを上げ、幾重にも盾を展開した拳をレイピア持つ擬人めがけて叩きつける。
地面を踏み鳴らしてアスファルトの路面を陥没させて、態勢を崩した侍女の擬人に膝蹴りを入れて、直後に膝の周囲に展開していた竜鱗盾を発射してその擬人の首から上を穴だらけにして四散させる。
もとより城司はプレイヤーの中でも上位に位置する実力の持ち主だ。
警察官として一定の訓練を受けていたことで戦闘能力において一定の下地ができていたうえに、精神干渉への耐性を持たぬがゆえにスキルシステムに収録されている技能を完全な形で習得できたこともあり、【決戦二十七士】のような超一流の戦闘術者には一歩及ばないものの、プレイヤーの中では静と並んで一流を名乗って余りある上位の実力者へと昇り詰めている。
加えて――。
(こいつらもまだ味方してくれるみたいだし、なぁッ――!!)
自身の身にまとう鎧、その一つ一つがアーシアによって魂を吹き込まれた【擬人】の身でありながら、今だ城司に味方し、その戦闘をアシストしているその事実に、城司は内心で頼もしさと共に複雑な感情を噛み締める。
もとより城司は、自身の装備する戦力たる鎧の擬人たちの存在を最大限警戒していた。
なにしろどれだけ城司の命令に忠実に従っていたとしても、その出自は【神造人】たるアーシアの手によって生み出された【擬人】達だ。
隙を見て華夜に危害を加える可能性、あるいは、城司が【神造人】にとって都合の悪い行動をとった際に己を殺しに来る可能性などは常に念頭に置いて、だからこそ【決戦二十七士】に対抗するうえで不可欠な戦力であることを認めながらも、彼らに攻撃系のスキルを習得させず、代わりに自身の記憶を共有させるなどあらゆる手を打ってきたのだ。
けれど今、こうして【擬人】達の生みの親であるアーシアに反旗を翻してなお、この鎧たちが城司に従っているということは、少なくとも【神造人】達はこの擬人に何の小細工もしていなかったということなのだろう。
それが警戒心を隠さない城司の姿勢が小細工をためらわせたためなのか、あるいは彼女たちなりの誠意だったのかは定かではないが。
否、あるいは――。
(――あるいは、こいつらもまた俺と同じようにあの説得を受けたから、か……)
危惧していた相手の予想以上の律義さに複雑な感情を抱きながら、同時に城司はこの擬人たちが今も城司に従っている、その理由として思い当たるもう一つの要因に思いをはせる。
『なんで――』
あの時、【決戦二十七士】の三武者と不利を承知で戦おうとする城司を捕まえて、娘が直接読み込ませてきた彼女自身の意思の記憶を。
『――なんで敵に回ってるの――怒り――こっちはずっと探してたのに――怒り――見つかるプレイヤーの中にもいないし――不安――そりゃ攫われたのはこっちだけど――罪悪感――憂慮――探してるって聞いて上に行けば会えるとそれが敵に回るとか――怒り――不満――ストックホルム症候群――こっちの理由も知ってるくせに――不満――親子対決なんてロマンでも何でもない――悲嘆――家庭内暴力だ――不満――DV――洗脳されたのかと――憂慮――されててもおかしくない――怒り――ビルが出た時もされてた――回顧――焦燥――怒り――罪悪感――むきになって連れ込んだ――罪悪感――私が悪い――不安――けどこれは違ういくじなし――不満――何の相談もなく勝手に決めて――独善的――自省――何が娘のためこっちの苦労も知らないで――不満――あっちの世界がそんなにいいか――不満――仕事のこと愚痴ってたくせに――不満――やたら強くなったくせにチート強いくせに厄介心配して損した――不満――――不満――――不満――!!』
最初に記憶流入が起きた時に雪崩れ込んできた思念、そこに渦巻いていた思考と感情の入り混じったモノを思い出して思わず笑ってしまう。
もとより口に出さないだけで頭の中でいろいろと考えている娘だとは知っていたが、さすがに頭の中であれだけの思念が渦巻いているとは予想していなかった。
父の立場で普段から見ていてもあまりしゃべる方ではない、よく言えば寡黙、悪く言えば口下手な娘なのだ
正直に言えば、【決戦二十七士】のメンバーが相手とはいえ、華夜が口数少ないながらもきちんとコミュニケーションをとっているのを見た時は、そんな場合ではないにもかかわらず思わず『らしくもなく頑張ってるな』などと感心してしまったくらいだ。
けれどそんな性格の娘が、思念を記憶として抽出して相手の意識に送り込むという意思表示の手段を得たとたん、ここまで雄弁に親に対して憤りをぶつけてきたのは、さすがに予想外だった。
『――私の未来は私が選ぶ』
(――ああ、そうだよな。子供なんてのは結局のところ親の思い通りになんてならない……。親の言うことに反発して、時には親の痛いところを突いたり、あるいは親より優れた答えを出す時だってあるんだ)
親になるにあたり、意識的に学んで頭に入れていたはずのその原則を、改めて冷や水のように顔面に浴びせかけられたような気分だった。
次々とぶつけられる攻撃を巨大な盾を展開することで防ぎながら、城司は先ほど得たばかりのその実感に思わず口元を笑みの形に歪める。
『――未来がない寂しさを、父さんが誰より一番知っているはずなのに――』
(――ああ、そうだ。俺はその感覚を知っている)
とりわけ深く胸に突き刺さった、娘の胸の内から生み出されたその言葉に、城司は思わず胸の内で複雑な感情をかみしめる。
他にも城司の中で響いた言葉はいくつもあったが、恐らく城司の記憶を垣間見たからこそ生まれたのだろうその言葉が、娘のぶつける感情の中でひときわ強く城司の胸の内でしつこく響き続けていた。
正直に言えば、今でも城司自身【旧世界】に戻すことがいいことだとは思っていない。
城司にとって【旧世界】は間違いなく地獄の底で、そして華夜が生まれて共に暮らしてきたあの【新世界】は間違いなく城司にとって理想郷のような世界だった。
けれど、城司が目をそらしていた将来滅亡するというその事実が。
未来のない世界を押し付けるというその行為が、かつて城司自身が味わった未来のないあの絶望をも、娘に対して押し付ける行為なのだと、そう突きつけられてしまったら――。
そう、城司は確かにそれを知っている。
知っていて、そして覚えている。
すべてを失い、もはや自分に未来などないのだとそう悟って、そんな中で見上げた、あのあまりにも普段と変わらない空の色を。
直後にその空を穢してくれた【新世界】の光景と同じように、だれよりも城司はその寸前の絶望を覚えている。
そして、己の行為がそれと同じなのだと突き付けられてしまったら、もはや城司は娘をあの世界に連れ帰ることなど、あの世界の存続を、娘にとっての最適解なのだと訴えることなど到底できない。
『――にな――しない』
ましてやその娘に、あんなにも眩い、強く輝くような言葉を胸の内へと直接打ち込まれてしまったら――。
「【竜鱗防盾――散弾】――!!」
全身の各所に展開した極小の盾を周囲の擬人たちめがけてバラまいて、数を減らしながらも構わず突き進んできた擬人を拳で迎え撃ちながら、城司は再度自身が下した決断を踏み固めるように、あるいは未練を断ち切るように雄叫びを上げる。
「――来やがれェツ――!! 擬人どもぉォおおおオッーー!!」
未来への不安をぬぐえぬままに、ただ娘の決意だけを道標の光明と定めて。
突きつけられ、見せつけられたその輝きを、恐れ迷いながらも信じて突き進む。
「おのれしぶとい……」
「……」
自身の前に立ちはだかり、戦況を俯瞰しながらうなるミラーナの声を耳にしながら、アーシアは目のまえで戦う味方の擬人と、その相手である男の姿に思いを巡らせる。
入淵城司、その人間に接触したのは、あくまでも注意を払わねばならない敵の中に彼の娘である華夜が加わったことが理由だった。
正直に言えば、華夜に着目していたのはアーシアではなく、彼女の同士であるルーシェウスだったのだが。
なんにせよ彼女たちは精神操作が効くがゆえに記憶を消して【新世界】に戻すはずだった二人のプレイヤーへと、最終決戦を前に打てる手の一つ程度の認識で接触を持った。
正直に告白してしまえば、彼ともう一人のプレイヤーである及川愛菜を利用するにあたり、その手法や関係性を契約による協力関係としたのはアーシア個人の感傷によるものだ。
単純に二人との間で利害が一致したから、精神操作で操るよりも効果的と見込んだからと、いろいろと合理的な理由も存在していたが、今にして思えば、結局のところアーシアはこれまでさんざんに利用し、使い捨てていたプレイヤーと呼ばれる者と、それまでとは別のかかわりの形を欲していたのかもしれない。
そんな自分を自覚して、だからこそアーシアはそんな自分に呆れかえる。
(――今更、ね)
敵方に【神問官】を消滅に追いやりうる、神の助力なしに【神造人】を打倒しうるアマンダ・リドがいると知って、かねてから問題になっていた精神干渉が効かない人間をぶつけて、二つの問題の共倒れを狙おうと画策したのは他でもないアーシア達だ。
【神造人】はもちろんのこと、【擬人】を差し向けても精神干渉を駆使することで切り抜けてしまえるかの魔女の存在に対処するため、アーシアたちは何も知らないあの世界に生まれた未成年の耐性保持者たちを差し向け、使い捨て同然にぶつけるという手段に訴えた。
しかもそれとて、最初から思い通りに進んだわけではない。
精神干渉が効かない人間たちには【思い出の品】による技能もうまく定着しなかったため、低レベルの擬人をぶつけて命懸けの実戦の中で技能を定着させる手法を編み出したし、思い通りに動いてくれない人間たちを最小限の干渉で望む方向に動かすため、わかりやすいゲーム的なシステムを整備して彼らを誘導する手法を一からを築き上げてきた。
当然、そうした思考錯誤、ゲームじみたシステムを確立する中で、命を落とした者たちの数は決して少なくはない。
加えて言えば、そうして死に追いやってきたのは何も人間だけでもない。
先ほどから戦闘に際して消費し続けている擬人たちにしてもそうだ。
一応擬人の場合、消滅後に残された物品に再度命を吹き込めば同一の記憶を持った【擬人】が再生産されるわけだが、そうして生まれる命は失われた命と決して同一のものではないし、にもかかわらずアーシアは【擬人】達が己が命に無頓着であるのをいいことに、それらを使い捨てにするような形でここまで運用し続けてきた。
アーシア自身が望み、歩み続けているその道は、かくもおびただしい数の死体が積まれ、そこから流れた血で真っ赤に染まって濡れている。
そのことをいやというほどに理解して、無数の命を利用し、生み出し、使い捨てて、そのことに確かな罪の意識を覚えながら、それでもなおアーシアは止まらない。
(――つくづく、無駄な感傷ね。自分が戦えないからって、戦いを人任せにばかりしているから余計なことを考える)
自身で判断しても碌なことにならないからと配下の【擬人】に指揮と判断を任せたことを間違いだとは思っていないが、それで余裕のできた頭でのんきに考え事をしているようでは本末転倒もいいところだ。
「お嬢様」
そう思い直したのとほぼ同時、城司に対応しているのとは別の擬人から自身とミラーナに対して命じていた捜索結果の報告が上がってくる。
「見つかったのね?」
「はい。とはいっても今しがた到着を観測した形ですが」
告げられるのは先ほどまで城司と共にあったはずでありながら、彼の参戦に際していつの間にか姿を消していた人物の動向。
「入淵華夜があちらの三人のもとへ出現しました」
華夜が装備している元ドロップアイテムの装備、【浮遊外套】の使い心地は、空中を移動する効果でありながら飛行というよりも泳いでいるという感覚に似ている。
恐らくは重力に干渉しているのだろうこのマジックアイテムは、使用するとまるで水中にいるかのように体が浮き上がって移動ができるようになるわけだが、実のところその使い心地は水中のそれとは若干勝手が異なる。
空中は水中ほどの抵抗が得られないため手足を動かしても泳ぐということがほぼできず、一方で抵抗の少なさゆえに地面や壁などを蹴れば水中などよりはるかに遠くまで一直線に進んでいける。
あるいは、その感覚は【新世界】に置いて語られることの少なかった宇宙遊泳のそれに近いものなのかもしれない。
なんにせよ、自身の装備によって空中を移動するすべを持った華夜は、その能力を駆使して高速道路の高架下を、道路でもある天井ギリギリの位置を横断する形で移動して、道の反対側にいる三人の武者たちの近くへと出現することに成功していた。
自身の父の奇襲、命を懸けた戦闘に想うところありながらも背を向けて、戦闘においては能力の低い少女は自身の能力を最も必要とする負傷者のもとへと駆けつけた。
「カヤ嬢……!!」
「――見せて……」
前衛でサタヒコが奮戦する中、トバリの手で道路の端まで引きずられてきたケンサのもとへ、華夜が地上へと降り立ちながら走り寄る。
「治療できるかい……?」
もとより彼女が医療系の界法技術を習得した術者であることは【決戦二十七士】全体に周知されている。
それでなくても片手でケンサを引きずりながら、もう片方の手で刀を振るって応戦しなければならなかったようなこの状況、止血すらままならない負傷者を預ける相手がいるというだけでもトバリにしてみればありがたい話ではあったのだろう。
そうしてケンサの手からトバリの身柄が預けられ、即座に華夜は血まみれのその体に触れて怪我の状況を確認する。
(【体内走査】……、……!! 損傷個所七か所、内二箇所に弾丸が残留……、胸の傷は――心臓は無事だけど、肺を傷つけてる……)
トバリの体に法力の波動を流し込み、その反応によってけがの状態を一瞬のうちに把握して、そうしてカヤはその絶望的な状態に歯噛みする。
(とにかく血を止める――。【縫合】……)
とはいえ、実のところ傷口自体は今のカヤにとって問題ではない。
【魔法スキル・法医】。
【跡に残る思い出】を用いたスキルシステムによって【真世界】の医術を体得しているカヤにとって、人間の体内の状態を機械を用いずに把握することも、特定の破損個所、破れた血管や臓器を狙って糸を生成し、その場所を縫い合わせることも簡単とまではいわずとも十分に可能な芸当だ。
加えて、【治癒練功】のような傷の治りを早める界法も竜昇のそれと違い全身ではなく幹部に集中して行使する術として習得しているため、今のカヤは一切の道具を用いることなく体内に干渉して負傷個所を手術することができる。
(とにかく主要な出血個所を縫合……。それから傷ついた肺も――、その前に漏れ出た空気を体内に排出して――、けど、これでも、もう……!!)
とはいえ、だ。
いくら治癒速度を速められるとはいってもこんな戦闘のさなかに即座に戦線に復帰できるほどの速度で治せるわけではないし、何よりも傷の治癒に必要な体力や、出血によって失ってしまった血液までは戻せない。
(……この出血量、ダメ……、こればっかりは輸血でもできないと……。でもこんな状況で輸血なんて)
故に、如何に手を尽くそうとも、すでに華夜の手でその命を拾える余地はなく。
それでも唯一この場において、その行為に意味があったとすれば、それは――。
「――イリ――、ブチ、カヤ」
死の淵でいつしか意識を失い、そのまま果てるはずだったそのケンサが、自らの命が終わるその寸前に意識を取り戻したことだった。
苦痛の中でもうろうとしていた意識がかろうじてはっきりし始めて、そこでようやくトバリは自身が置かれた状況、攻撃を受けて逃れる途上から途切れていた記憶の続きを推察する。
自身が今入淵華夜の治療を受けているのだというその認識と、そして冷たくなった己の体がすでに死に瀕しているのだという、そんな現状を。
「――イリ――、ブチ、カヤ」
「今、しゃべらないで」
「戦況は、どうなってる……?」
制止する間もなく身を起こそうとするトバリの体を華夜が慌てて支えたその瞬間、二人のもとへとむけて執事の一人が界法を撃ち込んで、その攻撃を間に割り込んだケンサがどうにかそれを防御する。
己の武器を失ったケンサは、今は負傷したトバリの刀を【参誓の助太刀】と共に駆使して【擬人】たちに応戦しており、唯一そういった損失を被っていないサタヒコは三人の中でも最も前に出て奮戦し、けれどそれによってトバリのような致命傷とまではいわずとも少なくない手傷を負っている状況だった。
一応敵集団の向こう側では入淵城司が奮戦しているようだが、敵軍を挟み撃ちにする形になっているにもかかわらず強すぎる敵軍の勢いに押し返されてしまっている。
そしてこれだけの戦力が死力を尽くしてなお押されている理由など、現状を考えれば火を見るよりも明らかだ。
【擬人】の群れを挟んで向こう側にいる城司はともかく、こちらにいるの二人の動きは明らかに動けぬトバリとその治療を行う華夜の二人を守るために行動を制限されいる。
その華夜だとて、トバリの治療に当たっていなければ守られる立場どころかそれなりに前衛を務める者たちの援護に回れていたはずなのだ。
個人としての戦闘能力が低く、医療や行動阻害などの支援向けの技能ばかり習得している彼女だが、それだけに一定以上の武人の援護に回らせればそれなり以上の働きができるのはすでに確認している事項である。
それこそ、今この場で、命尽きようとするトバリを抱えてさえいなければ。
「ああ――、クソ……。こんな役回り……、ほんとはテメェらがやれって思ってたんだがな」
「……なに、言ってるの――」
身を起こしてしまったトバリの体を支えながら、同時に必死で体内の血管を縛り、あるいは縫い合わせて出血を抑えようとしていた華夜の手に、横たわるケンサが弱弱しい力で押しのける。
青白い顔色で、それでもその目にだけは攻撃的な鋭い眼光を宿しながら。
「足手、まといなんて、御免なんだよ……。たとえ死んでも、なるなら勝機だ――。違うかよ、なあ、そうだろ、馬鹿ども……!!」
そう言いながら、トバリが己の右手を前へと差し出して、何かを握るようにその手を構えながらタイミングを見計らって、そして――。
「――む!?」
「――おい、トバ――」
その瞬間、視線の先のケンサの手の中から降りぬいたばかりの刀が消えて、直後に同じ刀がそれを共有するトバリの元へと一瞬のうちに移動し、現れる。
構えた手の中に逆手に握られ、撃ち込まれた弾丸などより正確にトバリ自身の心臓を貫く、そんな形で。
(――だからそんな顔してんじゃねぇよ。いつもみたいに、ザマァ見ろみたいな、碌な死にかたしなさそうな顔、してろ……)
そう心中でひそかに呟いて、実際のトバリの口からは憎まれ口の代わりに、まるで命のような鮮血が笑みの隙間からこぼれるように流れ落ちて――。
「--ッ、バカやろぉおおおおおッッッ――――!!」
すべてを悟ったその瞬間、守るモノのなくなったと察したケンサが即座にトバリの血に濡れた神造の刀を手の内へと呼び戻し、半ば激情に任せるように空高く、アーシアたちがいるその真上へと投擲する。
「――なに……!?」
「敵の一人が自決したようです。それよりも上からの遠距離攻撃に注意を」
敵の絶叫に狼狽するアーシアへと指示を出しながら、同時にミラーナはそばに立つもう一人の執事、彼女たちをここまで運んできたトレーラーの【擬人】であり、いざというときに主を守るために多彩な防御界法を習得しているその個体へと視線を送る。
敵の刀の投擲は打ち落とすには高いが、それでもその高さゆえに距離は離れて、その場所への転移があったとしてもそこからなされるだろう攻撃への対処は十分可能だ。
此処までそれぞれの武器と武術を主体に戦っていた三人の武者たちだが、それでも彼らが遠距離から攻撃できる大火力の界法を使えないとはミラーナは考えない。
何しろ同じ流派の中には、あの遠距離からあらゆる防御を抜いてくるような切り札を備えたカゲツのような例もあるのだ。
彼女のそれは【神造物】ありきのものではあるのだろうが、同門の彼らが同じような技を習得している可能性はどうあっても否定できない。
(警戒すべきは残る二人のどちらか、あるいは両方による上空からの遠距離攻撃……。
問題ない。どんな攻撃にも防御要員は残してある……。
あるいは空中で刀をこちらに投げて破れかぶれの特攻を試みるなら、人だろうと刀だろうと撃ち落としてそのまま仕留めればいい)
と、そこまでミラーナが対応の手順を考えていたちょうどその時。
「あれ――、ちょっと待って……?」
ミラーナの耳に、不意に主の、決して聞き逃さない呟きが届く。
「【神造物】の持ち主が死んだのよね……。三者共有――、じゃあこの場合、その継承はどう言う形になるの……!?」
「――」
思考が止まる。
ほんの一瞬、まるで時間が止まったかのように。
けれどそんなもの実際にはただの錯覚だ。
現実のミラーナは、その言葉を聞いた次の瞬間にはもう再び上空へと視線を向けなおしている。
ただし自身の見落としを自覚して、その致命的な事態が現実のものとなるのをむざむざ見上げる、そんな形で。
「見事、だ、トバリ――」
そうして見上げたその場所に、本来この場にいるはずのない、死したトバリに代わる新たな三人目が転移の権能によって現れる。
「見事だと、そう言おう。今この時だけは、他の何よりも、誰よりも率先してその言葉を――」
腰からつるした三連鞘、その二番目へとつかみ取った神造の刀を差し込んだ、三人の武者の主君筋にあたる女武者のその姿が――。
「【不可思議】、解放――」
「全員ッ、お嬢様を――」
「――【落陽】……!!」
その瞬間、三つ連なる二番目の鞘から、そこに収められた神造の刀がため込まれた莫大な法力と共に抜き放たれる。
たった数十分戦場を駆けるだけで、周囲から集めた法力でただの法技を上級界法に匹敵する規模と威力にまで引き上られる【超限の三連鞘】。
そんな三連鞘の【神造武装】に数日がかりでため込まれた法力を上乗せされて、刀の一閃に合わせて打ち出された巨大な火球が、まるで太陽がごとき大きさと熱量に膨れ上がって上空から擬人たちのもとへと落ちてくる。
主一人を狙い撃ちするなどというかわいらしい規模ではない、戦場全体を飲み込まんばかりの大火炎が。
高速道路上へと着弾して、直後にその莫大な火力によって、周囲一帯を焼き尽くすために。




