315:逆境の懊悩
(――ぐ、ぬ――、やられた……、やってくれるわあの【擬人】……!!)
巨大な拳で殴られる、まるで大型車両に跳ねられたような衝撃に容赦なく地面に叩きつけられて転がりながら、サタヒコは回る視界と耳に入る音によってかろうじて味方の状況、そして周囲の様子を知覚する。
もとよりサタヒコの体は何重にも加護をまとっての強化済み。
無論無傷とはいかず、受けた攻撃によるダメージは甚大といっていいほどだが、それでも致命的といえるほどの大ダメージを受けたわけではない。
その点、むしろ危ないのは全身各所に弾丸を浴びたトバリと、そして敵に包囲されたど真ん中で己が装備に組み伏せられる羽目になったケンサだ。
ゆえに――。
「――来いッ、トバリ、ケンサァッ……!!」
口の中に混じる血の味を言葉とともに吐き出しながら、サタヒコは転がる体を立て直しながら呼び寄せた刀を自身の背後へと投げ放つ。
自身はその場へと踏みとどまり、追撃に追ってきた装甲車の擬人と思しき大柄な侍女の巨大な拳を、激しく吹き飛ばされながらもなお握っていた鬼鉈を叩きつけて受け止める。
同時に、サタヒコの声にこたえるように銃撃を受けたトバリとケンサが背後の刀のもとへと姿を現して、一瞬早く送り付けていた刀をケンサが掴んで、周囲から迫っていた鏡の侍女を続けざまの斬撃で迎え撃つ。
無論ケンサが動こうとすればその衣服に宿る【擬人】達がその身を締め上げ、動きを封じ組み伏せようとするがそちらも直後に阻まれて叶わない。
「--っ、ぐ……、させ、ねぇよ」
体から血を吹き出して倒れながら、それでもトバリが腕だけを動かして投じた【思い出の品】たるガラスの弾をケンサが自身の装備で叩き落として、割れたその破片が光の粒子と化して衣服に吹き込まれた魂の中へと取り込まれていく。
どうやらこちらに移動してくるにあたり、ケンサは身に着けていた装備のいくつかを元居た場所に置き去りにしてきたらしい。
いかにいくつもの視点を鏡越しに設定して命を吹き込めるとはいっても、それによって命を吹き込めるのはあくまでも見える表面にある装備ばかりだ。
そして【参誓の助太刀】を持つ三人は、自身と一緒に装備を移動させることも、逆に自分のものではないと認識したものを転送対象から外してその場に置き去りにすることも自在にできるようになっている。
故に今回、ケンサは擬人化されたと思しき装備の大半をその場に置き去りにしてこちらに転移、【擬人】の洗脳を必要とする装備の数を最低限に絞って難を逃れていたわけだが、とはいえこの状況、全滅する事態こそかろうじて免れたものの、陥った状況はその最悪の一歩手前といっていい。
分かれて戦ってこそ意味のある三人は、けれど今は敵に包囲された状態で一か所に集まり、しかもそのうちの一人は重大な負傷、もう一人は多くの装備を失った状態という圧倒的不利な状態となっている。
かく言うサタヒコにしても、全身の各所に無視できない負傷を追っており、致命傷でこそないもののダメージ自体は決して楽観できるものではない。
「ケンサァッ、とにかくトバリをこの場から引きはがせぇ――!!」
「――わかってる……!!」
事前に話し合っていたいくつもの策、その中でも最後の手段といえるものが頭をよぎるのを感じながら、しかしその選択を避けるために全力でサタヒコは鬼鉈に力を籠める。
「【招雷】――」
鬼鉈越しにぶつかる拳に法力から変換させた電気を流し込み、それに怯んだ装甲車の侍女を力任せに押し返して、その隙に再び背後の二人に襲い掛かろうとしていた鏡の擬人に横から致命の一撃を叩き込む。
「【発破雷】――!!」
全力の殴打に雷撃を追加した一撃をまともに食らい、けれどその鏡の侍女は黒い煙の体ではなく、本来の鏡の姿で攻撃を受けて木っ端みじんに砕け散り、そしてそれによって大量の鏡の破片が空中でサタヒコの姿を映し出す。
「――ッ、サタ――!!」
背後からケンサの声が届いた次の瞬間、周囲に散った鏡に次々とアーシアの姿が映り込み、直後に全身の防具と鬼鉈が黒い煙を吹き出して持ち主に反旗を翻す。
「--っ、ぐ、ぉぉおおおお――!!」
装備に阻まれて動きが鈍ったその瞬間、眼前に迫っていた大柄な侍女の装甲に包まれた拳が再びサタヒコに直撃し、直後にのけぞった彼の姿が一瞬のうちに消えて背後に下がっていたケンサのもとへと転移する。
「――なん、のぉぉぉおおおッ!!」
地面を転がり、装備の裏地に思い出の品を縫い付けた個所を意図的にぶつけてどうにか光の粒子で黒い煙を相殺するように装備の反抗を摘み取っていく。
手の中で暴れ、襲い掛かってくる鬼鉈の一撃を取り出した【思い出の品】で受け止めることで味方へと引き戻し、それでもなお味方にできなかった装備を捨てる形でもう一度サタヒコは刀のもとへと転移する。
すでにケンサの手によって前方めがけて投じられ、今まさに侍女の装甲に覆われた拳で打ち払われようとしていた、そんな神造の刀のそばへと。
「【発破雷】――!!」
粉砕打撃に電撃の追加効果までを盛り込んだ一撃が巨大な装甲板に覆われた両腕の防御に炸裂し、金属の腕を大きくひしゃげさせて大柄な侍女をそのまま背後へと殴り飛ばして吹き飛ばす。
「――はぁ、はぁ……、これでも仕留めきれんとは、頑丈な奴め……」
自身も重い一撃を受けながら動き続けていることを棚に上げ、自身の一撃を叩きこんでなお生存している装甲車の侍女にサタヒコは口の中の血と共にそんな言葉を吐き捨てる。
通常の擬人ならとっくに粉砕できていたはずだが、やはり固い装甲で防御されては核の粉砕による消滅にまでは追い込めなかったらしい。
それでも、追い詰められた現状を考えればダメージを与えられただけまだましだ。
なにしろ、三人がひとところに集まってしまった現状、そんな三人を包囲する形で擬人たちの集団が続々とこちらに集結しつつある。
(ええい……、手が足りん……!! このままでは三人とも――、いや、一人を切り捨てれば逃れることはできるだろうが、それは――!!)
負傷したトバリに視線を向けながら、頭をよぎるその選択肢と、それによって得られる結果の不足にサタヒコは苦虫をかみつぶす。
サタヒコたちとて一流を超えるレベルの武人だ。
三人で主たるカゲツに付き添い、この最終決戦に参加したその時点で、自身が命を落とすことも他の二人がそうなることさえあらかじめ覚悟を決めていた。
主君を守り、故郷を含めた世界を、その未来を守るためであれば、己や修行を共にしてきた腐れ縁の二人を犠牲にすることも、サタヒコたち三人はそれぞれすでに覚悟して来ていたのだ。
だがそんな覚悟の一方で、敵の首魁が目の前にいるこの現状、千載一遇の機会を前に、味方の命を代償に逃げるだけというのはあまりにも割に合わない。
単純に受け入れがたいというそれ以上に、その選択肢ではたとえ現状を生き延びても後がない。
(だがそれでも――、ここで全滅するくらいであれば――)
無理をしても勝ちきれないと現状を飲み下し、奥歯をかみ砕かんばかりにかみしめてどうにか決断を下そうとしていた、その瞬間。
「――ッ、なんだ?」
腹へと響く、巨大で高質な質量同士が激突する音があたりへと響いて、この場にいる者達の意識がほんの一瞬わずかにそれる。
その隙を逃さず、目の前に迫っていた擬人をほとんど自動的に切り捨てながら飛びのいたサタヒコだったが、他ならぬ彼自身もその轟音が気にならなかったわけではない。
(――今の音、上位の防御界法が何らかの攻撃を受け止めた音――、いや、これは、攻撃側の音が聞こえん、むしろ防御界法同士が激突したような――)
思い、そこでふと気づいてサタヒコは視線を他へとやって、そこに先ほどまであったはずのものがなくなっていることに気が付いた。
敵方の攻撃の巻き沿いにならぬよう内部の者たちを防御の界法で守っていた、あの鎧の擬人たちが展開していた、二人の親子を守る盾のドームが。
「……一応、理由くらいは聞いておこうかしら。
正直離反される心当たりなんて山ほどあるわけだけど」
そうして、自身の背後から忍び寄り、渾身の一撃を叩き込んできたその相手を見据えて、直前にミラーナ達そばに控える擬人によってその身を守られたアーシアは、内心の動揺を悟られぬようできるだけ平坦な口調でそう問いかける。
口にした言葉の通り、実のところ離反される理由の心当たりなどいくらでもあった。
なにしろアーシアたちはこの相手達を半ば強制的に戦いの場に引きずり込んだ相手なのだ。
むしろこれまでの経緯を考えるなら、一時的にでも共闘が成立していたのが奇跡だったといってもよく、けれど一方でそうした奇跡の裏には、互いの願望や利害が一致したからという明確な理由が存在してる。
否、今となっては存在していた、というべきだろう。
そしてだからこそ、聞けるなら聞いておこうと思いアーシアは余裕のない中でもその相手に問いかける。
目のまえの相手、娘のために理想郷を守ろうとしていたはずの、その一人の父親へと。
「――さて、な。理由――、しいて言うなら、これ以上なく突きつけられちまったから、かな」
そう言って、その男、入淵城司は盾に包まれた拳を構えて擬人の姫へと正面から戦意を突きつける。
一度は与したその相手に、己が胸の内の葛藤を振り切るように。




