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312:不合理な参戦

「……待って、今こいつなんて言った?」


 時はわずかにさかのぼって。

 アーシアがそれに着目したのは、ブライグに追われてそれまで指揮管制に使っていたビルを脱出し、新たな指揮所と定めたトレーラーの中で各戦場の様子を確認していた時のことだった。


 現在場所が判明している三つの戦場の状況、付近のカメラや収音マイクから拾った音を確認するその中で、たまたまその会話が耳へと入ってきたのである。


「今こいつ、試練を受けていないって、そう言った……?」


 音声の聞こえた画面、そのうちの一つにかぶりついて過去の映像と会話を再生しながら、アーシアは自身の側近であるミラーナや、すぐそばにいた執事の【擬人】の一体へとそう問いかける。


 画面の向こう、アーシアたちが取引によって味方へと引き込んだ入淵城司、それと相対する、三者共有という極めて珍しい特性の【神造物】を扱う、サタヒコ、ケンサ、トバリというらしき三人の武者の存在について。


「どう思う……?」


 実のところその戦い、それを行う者達について、アーシアはさほど注目していたわけではなかった。


 東方でその名を轟かせ、ものによってはオハラの血族とも比肩するとさえ言われる武術流派、【四元万道流】に所属する四武人の内の三人。


 なるほどその勢力は脅威ではあるのだろう。

 そもそも比較対象がオハラという時点で、その集団の脅威度は十分すぎるものがあるし、【決戦二十七士】の一員として名を連ねている時点で四人もいるその者達が相当な手練れであることは確実だ。


 だが一方で、彼ら【四元万道流】の脅威度というのは言ってしまえば凡人すらも一流の戦士に育て上げる育成機関としてのレベルの高さであって、オハラの血族のように人という枠組みの中で突出した、ある種の特異性にある訳ではないのだ。


 だからこそ、アーシアなどはそうした特異性の塊ともいえるオハラの血族、具体的にはセインズ・アルナイア・オハラという一人の少年に注目していたし、その少年の生死がわからなくなった後は自身を襲い追い詰めたブライグや、あとは同じ【神造人】であるルーシェウスが注目していた入淵華夜などが主に彼女が意識していたメンバーだった。


 けれど今、恐らくは本人もたいした意図で言ったわけではなかったのだろう一言によって、それまで興味のなかった三人にアーシアは否応なく着目せざるを得なくなる。


「前例を踏まえて普通に考えるなら、【神問官】が試練を行わないまま、条件を満たす人間を認識してしまったことで選定が行われた例というのはそれなりの数存在しています。

 今回のこの三人についても、通常であればそれと同じ事例と考えるのが妥当なところでしょう。

 ただ――」


 情報分析を担当する執事の物言いに、まさしくアーシアも同じ思考でその「ただ」という言葉の続きを頭によぎらせる。


 実際執事の言う通り、【神問官】が試練を行わずに選定を行った例など別に珍しい話でもないのだ。


 試練とはそもそも【神造物】を手にする、その適正や条件に合う人間を探し出すための手段にすぎず、その条件を満たしていることが最初から分かってしまっているなら試練などという過程は削っていきなり選定を行ってしまう事例はそれなりの数がある。


 だから問題なのは、そんな試練を経ずに選定された【神造物】が、今この場に、この【神杖塔】の決戦の場にあるという点なのだ。


 普通に考えればありうる話、ただの偶然と切り捨てられる話でも、今この時とあっては流石に考えさせられる。


「問題の【神造物】、本体となっているのはやはり三人が共有する刀、効果や特性についても、事前の推測の中にあった『所有者間での刀の転移』と『刀のもとへの自身の転移』、そして権能を複数人の人間が使っている理由についても、『三者共有』という特性がその正解だったようです。

 判明した正式名称は、【参誓の助太刀(トライバルエンゲージ)】」


「……刀を介した転移っていうのは、確か階層を隔てていても有効なものだったのよね?

 データベースに情報が収録されていなかったということは、選定を受けたのはほぼ間違いなく【新世界】創造以降……。

 これって、いったいどこまで偶然なのかしら……?」


 この【神杖塔】における戦いにおいて、アーシアが目指しているのは自分たちの創造主足る神への嫌がらせだ。

 より具体的には、アーシアたちの行動を阻むべく行われる神による干渉を跳ねのけて、神が作ったこの世界を台無しにする(・・・・・・)、というのが彼女とルーシェウスが目指す一つの到達点ということになっている。


 そのうえで、アーシアとルーシェウスの二人は神が行う直接的な干渉として、過去の歴史に三度あった、神から人への直接の奇跡の寄贈たる【神贈物】の降臨を想定していたわけだが、思えば戦いの中で行われると想定されていたそれがすでに行われて、【神贈物】の持ち主が存在している、という可能性もゼロではないのだ。


 それこそ最初に【新世界】を想像し、【旧世界】の人類からなる軍隊を退けたその段階で。

 限界ギリギリの今ではなくもっと前に、【神贈物】が降臨していたという筋書きも、今にして思えば全くあり得ないとは言い切れない。


(【神造物】の権能も、判明しているモノだけではこちらを打倒するには足りないけど……、あるいは他に隠している【権能】があるのかも……)


 ここで結論だけを言ってしまうなら。

 アーシアの考える、【参誓の助太刀(トライバルエンゲージ)】が【神贈物】なのではという疑念はそもそもにおいて間違いだ。


 アーシアは知る由もないことだが、三人の武者が少年時代に神造の刀を手にした際、当の本人たちこそ選定を行った【神問官】を目撃してはいなかったものの、それらしき人物については目撃証言が存在していて、遺留品なども見つかっていたことから三人が【神問官】による選定を受けたことは確実と見られている。


 加えて、彼らが大きな仮想敵としている【神贈物】については別の階層ですでに互情竜昇のもとへ降臨している。

【神造人】の一人であるサリアンが消滅してしまったために他の階層と隔絶され、現段階でアーシアはその情報を共有できていなかったが、彼女たちが当初想定していた、宿敵というべき相手はすでにこの塔内に別にいるのだ。


 ゆえに間違い、的外れ。

現段階でのアーシアの危惧は、実際のところ完全に見当違いな考えすぎとでも言うべきものだったわけだが、そうしたまったく的外れである可能性が頭にあってなお、アーシアにとってこの三人が持つ神造の刀は無視できないものだった。


「ミラーナ、あのブライグという男の監視を引き続きお願い。今戦ってる(ティア)がやられるようなら、すぐにでも新しい子を用意してあいつを封殺するわ」


「かしこまりました」


「残りの連中はこの場の近くにいる戦力をかき集めなさい。今回はこいつらがもしそうだった(・・・・・・・)場合に備えて(・・・・・・)私も出るわ」


 アーシアのその言葉に、半ば予想していた事態ではあったがトレーラー内の執事や侍女たちの間で衝撃が走る。


 周囲の反応、それらはすべて当然と言えば当然だ。

 彼女の正しい運用、もしくは立ち回りの最適解は後方に控え、ミラーナを介するなどして【擬人】を生産し続けることによる戦力の拡充であって、彼女自身が敵の前までわざわざ姿を現すなど侵さなくていい危険を冒す愚の骨頂といってすらいい。


 だが、どれだけ愚かで非効率的だったとしても、そもそもの大前提として、これは【擬人】達ではなく【神造人】アーシアの戦いなのだ。


 そして狙う標的、【参誓の助太刀(トライバルエンゲージ)】がたとえ【神贈物】でなかったとしても。


 他の多くの【決戦二十七士】がそうだったように先人()から継承したのではなく、神の意を受けた【神問官】からの選定によって【神造物】を手にしたというのであれば、他の所有者たちよりも一段神の意思に近い存在を屠ることにはそれ相応の意味がある。


「挫きに行くわよ。勝手で碌でもない神様の意志を……!!

 神の試練を突破した者たちが、それでも私を殺し損ねるなら――。私の生存は神様に対する当てつけとしてはちょうどいい」


 かくして、あらゆる不合理を、配下達の被る苦難を承知の上で、それでも【神造人】の少女は自ら戦場へと駆けつける。

 己で臨んだ戦いを、神に唾吐くその悲願に少しでも手を伸ばし、近づくために。

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