309:頂上激突
竜昇たちが転移によって踏み込んだ、【決戦二十七士】とアーシア率いる【擬人】達が激突する最上階層、そのさらに上の階にあるその場所は、どこか宗教施設の聖堂のような雰囲気の場所だった。
壁や天井に至るまで細かい装飾がちりばめられ、正面には巨大なステンドグラスがはめ込まれた恐ろしく精緻な内装。
大勢の人が来ることを想定していないためかイスなどは並んでいなかったが、建物の中としてはやはりその空間は広々としていて、同時にどこか生活感のない長く過ごすことを想定していない様子を感じさせる。
おそらくはこんな場所で、何百年、あるいは何千年もの長い間、あの【神造人】の少年は塔を攻略するものが現れるその瞬間を待ち続けていたのだろう。
それこそルーシェウスたちが塔を攻略し、最上階へと踏み込んでくるその日まで。
そしてそんな場所で、今――。
「【光芒雷撃】――!!」
竜昇が自身の周囲に十二個の雷球を発生させて、それらが杖の一振りで、まるでバラバラの軌道を描いてこの場で待ち構えていた【神造人】の元へと殺到する。
いかに不死不壊の【神問官】と言えど、攻撃そのものがすり抜けてあたらないサリアンと違い、ルーシェウスのそれは攻撃を受けても肉体が損傷しないというだけの不壊性能だ。
当然、衝撃を受ければ体勢を崩すし、電撃を浴びせれば短時間でも動きを止めるくらいの効果は期待できる。
ただし、このルーシェウスという相手の場合、警戒しなければならないのはサリアンなどとはまた別の問題だ。
「まるで牢獄のような場所であろう……? この空間で、かつてサリアンはたった一人、幽閉されて自身が消滅するその時を待っていたのだよ」
竜昇を観察して思考を読んだのか、差し向けられた雷球を最小限の動きで回避しながら、ルーシェウスが自らの肉声で竜昇に対してそう語りかけてくる。
事前に予想していたことだが、やはりというべきか差し向けた十二の雷球は一つたりともルーシェウスの体には当たらない。
竜昇の操作によって複雑な軌道を描き、タイミングもバラバラに襲ってくるそれらを最小限のステップと態勢の変更で危なげすらなく回避して、同時に光の粒子がその体から舞い上がってルーシェウスの手の中へと収束していく。
「【爆道】――!!」
直後に足裏で法力を炸裂させることで静が加速し、一気に距離を詰めて相手の胸元を撃ち抜くように振るわれた【終焉の決壊杖】を、しかしルーシェウスは手の中に生み出した盾によってあっさりと受け止め、防御していた。
攻撃に失敗した静が速度を緩めぬままそのわきをすり抜けて、その背中への追撃を防ぐべく再び叩き込まれた牽制の雷球を軽やかな動きで回避しながら、ルーシェウスは先ほど槌杖の一撃を受け止めた【思い出の品】の盾を、その状態つぶさに観察、分析する。
「――ふん、なんでも壊せる、というわけではないようだな……? それとも模造の品では権能も十全に使えぬか?」
ルーシェウスが習得する【跡に残る思い出】は記憶という情報から物体を作り出すことができる【神造界法】だ。
竜昇たちにスキルを習得させるために作っていたカードはもちろん、封入する記憶情報の中に登場するものであれば武器や防具に至るまで何でも生成が可能で、その『記憶の中に登場するものという』条件でさえ、記憶と記憶を繋げて映像データのように編集できる関係上、作りたい物品の記憶をつぎはぎすればクリアできる、無いも同然の制約となっている。
ただしこの界法、武器や防具も作れるというだけで、そうした武具を作るという運用法とは本来それほど相性が良くはない。
そもそも【跡に残る思い出】で作る【思い出の品】は本来の物品より壊れやすくなっているらしく、敵の攻撃を受け止める防具はもちろん、荒い使い方をする武器の作成には根本的に向いていないのだ。
これに加えて、さらに機械や法具などの複雑な構造を持つ武具を製作した場合、今度はこの『壊れやすい』という特性によって精密部品が使用に耐えられず、ショートや暴発の危険が常に付きまとうという問題すらある。
一応ハンナをはじめとする歴代のオーリックの家系の者たちの中には、簡単に壊れやすい材質の矢などを生成し、相手に撃ち込むことで破壊を引き金に記憶の流入を引き起こすという使い方はしていたが、逆に言えばその使い方は使い捨てが前提で、よほど切羽詰まった状況でもなければ命を預ける武器をこの【神造界法】で製作する使い方はしていなかった。
けれど、その一方で。
相手が大抵の攻撃では死傷することのない【神問官】であり、武具の破損によるデメリットを軽減できるというのであれば、このデメリットのような特性についても若干話が変わってくる。
「静――!!」
【思い出の品】である盾への攻撃を避け、できるだけルーシェウス本体への攻撃を見舞うべく杖を振るっていた静に対し、ルーシェウスが背後の死角になる位置で光の粒子を集めて新たな武具を作り出す。
とっさに注意を呼び掛けた、竜昇の声よりもさらに先んずるように、ルーシェウスが手首の動きだけで静に対して手の中の手裏剣を投じて、かろうじてそれに反応できた静が杖とは別に携えていた十手でそれを弾いて防御する。
否、この場合静は、うっかり敵の攻撃を防御してしまったのだと、そう捕らえるべきなのだろう。
本来のものより脆い、【思い出の品】として作られていた手裏剣が防御された衝撃によって砕け散り、光の粒子と化して静の意識へとむけて怒涛の如く流れ込んでいく。
「――ッ」
とっさに手の中の武器を槌杖から弓へと変えて、重力の働く方向を変える権能で背後へと落下した静だったが、それでも生じた隙とルーシェウスの動きは阻めるものではなかった。
【思い出の品】に込められた記憶という、膨大な情報が流れ込んで脳裏を埋め尽くす、その一瞬のスキを突くようにルーシェウスが勢い良く距離を詰め、その手に形成していた刀を首をはねるべく鋭く振るって――。
「させるか――!!」
次の瞬間、詰めようとしていた二人の間に雷の光条が割り込んで、静の命を狩り取ろうとするルーシェウスの動きをかろうじて阻んでいた。
否、もとより静が攻め立てる間電力をため込み、いつでも攻撃に移れるよう備えていた竜昇の動きは、単にルーシェウスとの間に割り込み、その動きをけん制するだけのものには収まらない。
「一閃――、【光芒雷刃】――!!」
つかんだ雷球に電力を供給し、光条の放出を継続しながら竜昇がそれを剣のように横一文字に振りぬき、叩きつける。
迫るルーシェウスの体が叩きつけられた衝撃と感電によって動きを止めて、同時に竜昇自身が光条を振るう手を止めて電力を一直線に放出する形へと切り替え、その電撃の奔流によって傷つかぬ体を強引に背後へと押し戻す。
ただし――。
「――ぐ」
一撃を加えた際に何らかの【思い出の品】が破壊されたのか、ルーシェウスが設定していた記憶が粒子の奔流となって竜昇の意識になだれ込む。
自身が死ぬ光景、まともに受け止めていたらトラウマになりそうな映像以上の体験が次々と脳内で再生されて、けれど竜昇自身はそうなることを知っていたがゆえにその情報の奔流を無理やりに頭の中から振り払う。
「――ぐッ、――ッ、は――!!」
「ほう、やはり精神干渉の一種として拒絶するか。厄介なものだなぁ、耐性の持ち主というやつは……!!」
とはいえ、なだれ込む記憶、それ自体の精神への直撃を避けられたとしても、莫大な情報を押し付けられることによって生じる隙までは埋められない。
記憶に意識をそらされた一瞬のスキをついてルーシェウスが体勢を立て直し、自身の周囲に氷の槍を浮かべて今まさにそれを撃ち出そうとしている。
「――ッ、【光芒雷撃】――!!」
「【螺旋雹槍】……」
「「――発射――!!」」
竜昇が周囲に準備していた雷球と氷の槍が二人の間で激突し、ルーシェウスの雹槍が光条に打ち砕かれて次々と周囲に四散する。
単純な界法のぶつけ合いというなら互角か、あるいは竜昇の方が勝っているとすらいえるその状況。
だが一方で、ルーシェウスによる攻撃はそれだけにはとどまらない。
(――ッ、氷の中に……!!)
砕かれた雹槍、その内部に混入していたカード型の【思い出の品】が次々に光の粒子となって舞い上がり、雹槍もろともそれを打ち砕いた竜昇めがけて一斉に押し寄せ、襲い掛かってくる。
(――やっぱりこいつ、わかってやがる……!!)
脳裏で再生される記憶、振り払うまでの一瞬、どうしても竜昇の意識、その容量を食いつぶしていくその情報量に、竜昇は予想していたことながらもこの相手がこの戦闘において勝敗を分ける要素を把握しているのだと理解させられる。
脳内に流し込まれる情報を振り払い、我に返ったその瞬間に知覚するのは、すでに刀を振り上げて眼前に迫るルーシェウスの姿と、そして意識領域の中で大量に発せられて今まさに実現されようとしている致死性命令の数々だ。
(――やっぱりこいつも、この戦いが相手の処理能力の削りあいだってことをきっちり理解してやがる……!!)
思った次の瞬間、横からシールドを展開した静が落下飛行でルーシェウスめがけて激突し、舞い散る光の粒子がシールドをすり抜けてくるのを浴びながら、眉を潜めつつそれでも竜昇のそばへと着地する。
「竜昇さん……」
「――ああ、無事だ。けど案の定だ。予想はしてたが、こいつはこの場における最適解をわかってる」
静に対してそう呼びかけながら、竜昇は同時に接続した塔のシステム内でルーシェウスが発した攻撃命令を片っ端から打ち消しにかかる。
現在こうして現実において互いの命を狙って争っている竜昇と静だったが、こと竜昇に関していえばルーシェウスとの戦場はここだけではないのだ。
むしろより重要な戦場として、二人は互いの意識を接続させた等のシステム内で、その機能の使用をめぐって先ほどから同時進行での戦いを繰り広げているのである。
物理的な肉体を伴う現実においてこうして戦っている今この時であっても、竜昇とルーシェウスのどちらかが塔システムに命令して、それを実行させることによって相手を攻撃したり、自分たちにとって有利な状況を作り出せることには変わりない。
例えばの話、ルーシェウスがこの場の空気すべてを消し去るよう塔システムに命令した場合、竜昇の意識にそれを打ち消す命令を出すための処理能力的な余裕がなく、それを見逃してしまえば、次の瞬間には塔システムはその命令を実行して竜昇たちが窒息死させられてしまうのだ。
無論相手がどれだけ危険な命令を出したとしてもそれを打ち消す命令をもう一方が出せれば一発で戦況が逆転するような命令でも不発に終わるわけだが、問題なのはその相手の命令を打ち消すためにそれぞれが一定のレベルで塔のシステムに意識の処理能力を裂かなければならないという点だ。
そして厄介なのは、ルーシェウスが用いる【跡に残る思い出】、それによって引き起こされる記憶流入という現象が、振り払うまでの一瞬とはいえこちらの意識を完全に塗りつぶしてくるという点である。
(精神干渉への耐性がある分効果は一瞬で済んじゃいるが――、あとに引きずるような悪影響もほとんど残ってないはずだが――、それでも……!!)
厄介なことに、ルーシェウスが今やっていることはサーバーなどに大量のデータを送り付けて処理能力をパンクさせるDOS攻撃のそれに近い。
大量の記憶情報を相手の脳内に流し込むことで、当人がそれを振り払うまでのほんの一瞬、脳の容量を大量の記憶情報だけで塗りつぶして相手の思考や判断、行動そのものを阻害する。
傍から見れば、恐らく竜昇たちは光の粒子を浴びた瞬間棒立ちになり、一瞬とはいえ塔のシステムに対する干渉も止まった状態になっていたことだろう。
そしてその一瞬は、互いに命を奪い合うこの場においてはあまりにも致命的な隙だ。
「まったく……。流れ込む記憶をすべて受け入れていれば、かつてのオーリックの始祖のように我が試練を突破できたかもしれぬのにな」
「よく言う……」
確かに従来の試練達成条件はそうだったのかもしれないが、しかし逆に言えばルーシェウスは、そもそもその試練達成による自身の消滅を乗り越えてしまった【神問官】だ。
己が持たされた【跡に残る思い出】の所有者として自身を選定することで消滅を回避して、さらにはそのあと現れた適格者に対しては【神造界法】のコピーを渡すことでやはり消滅の危機を回避して、本来迎えるはずだった最後を乗り越えたことでここにいる。
それらの手法の是非はともかく、根本的にこの男は試練達成による消滅をすでに克服してしまっているのだ。
無論、ルーシェウス自身ある程度人間との接触を断っていた以上、適格者との遭遇は他の【神問官】同様ノンリスクという訳ではないのだろうが、曲がりなりにも対抗策が確立されてしまっている以上、彼の選定を狙うというのは間違いなく彼を打倒する決定打とはなりえない。
となれば、だ。
「竜昇さん――」
「ああ、事前の想定通り、ここから先はお互い相手の処理能力にどれだけ負荷をかけられるかの勝負だ」
互いに意識を塔のシステムに接続し、相手の権能使用を妨害することでどうにかただの一手で敗北する事態を避けている現状、勝負を決するのは互いに相手の処理能力をどれだけ削り取れるかだ。
具体的に言えばルーシェウスは記憶流入によってそれをなそうとしているし、そもそもこうして実際に相対して戦っている時点で、互いに仕掛ける攻撃によって相手の処理能力を削りあっていると考えることもできる。
ならば竜昇たちの方は、この状況でいかにしてルーシェウスの意識に負荷をかけていくか。
「でしたら予定通り、ここからは私が現実側であの方に負荷をかけます。竜昇さんはシステムの方から攻撃と圧力を……!!」
「――了解!!」
竜昇が簡潔に応じるのとほぼ同時、静が弓による落下と【爆道】を駆使して一気にルーシェウスめがけて突撃し、手の中の武装を即座に杖へと変えてルーシェウスめがけて打ちかかる。
対するルーシェウスの方も、刀と共に盾を構え、さらに全身に防具らしきものを生成。
下からすくい上げるようにして杖を振り上げる静に対し、それを正面から受け止め、カウンターの一撃を加えようとして――。
「――!!」
次の瞬間、振り上げられる杖、それを握る腕が増えているというその事態に、とっさにルーシェウスは盾を投げつけながらその場を飛びのき、なりふり構わない大きな後退を余儀なくされることとなった。
案の定、というべきなのか。
静の手で振るわれるステッキはそれをめがけて投げつけた盾を激突すらせずに透過して、背後に逃れるルーシェウス自身の胸元をかすめてうっすらとだが確かに傷を刻むこととなった。
まるで幽霊のように半透明になった模倣の杖と、そしてその杖を静の腕と共につかんだ、まるで死体のそれのような血の気のないもう一本の腕、それらによる合わせ技によって。
「――【握霊替餐】か……!!」
「おや、さすがにご存じでしたか……」
肩の後ろにもう一本の腕を接続し、そうして生えた第三の腕を自身の腕の上から覆いかぶせるようにして一つにまとめて、結果として二本の腕で杖を握った静が、手の内がばれていることを残念がるような口調でそう答える。
その手で握った物体を生物しか触れることのできない幽体に変える【神造義腕】。
かつて人の世にもたらされ、やがて教会の手へと渡って敵対者の暗殺などに使用されていた立派な武装の、そのコピー。
もっともそれ自体は、静自身石刃に触れさせたことはなく、己の手でレパートリーに加えたことはなかったのだが――。
「なるほど継承していたとはな……、セリザがため込んでいた武装の数々を……!!」
「――ええ、いくらなんでも、正式に試練を突破したのに石刃の性能に変化がないのでは、あまりにも試練を超えた甲斐がないというものでしょう?」
さすがに訓練する時間まではなかったのだろう。
本来であれば自身の腕と置換する【神造義腕】を、静はセリザがそうしていたように肩に接続して第三の腕としながら、しかし個別に動かすことはせずに自身の右腕に這わせるように装備する。
人体に置換する【神造義肢】は、その性質上所有者に合わせてサイズを変える【自動補正】によって任意のサイズへの設定が可能だが、今静が装備しているのはあくまでもかつて歴代の石刃貸与者が何らかの手段で義腕をコピーしたものだ。
本来であれば腕のサイズはもちろん、左右どちらの腕にするかさえ選べるという【神造義腕】だが、しかしここに在るのはコピーであるがゆえにそうした調整が効かず、静の腕よりも一回り大きい細く引き締まった腕に形状が固定されている。
とはいえ、実際に人体に置換するのであれば不都合なこの性質も、この場で静が使う分にはさして大きな問題にはなりえない。
むしろ静の腕より一回り大きいそのサイズも、自身の腕の外側からかぶせるように装備する分には好都合なサイズといえるし、そして何より有するその権能自体が、この敵を相手どる上では絶好のものであるといえる。
「……なるほどな。破壊を引き金に記憶流入を起こす【思い出の品】の対策として、そもそもその【思い出の品】をすり抜けて攻撃できる幽体化の義腕を用いるか……」
防御に使われた盾の破壊を引き金に致命の隙を生む記憶流入が起きるなら、盾をすり抜ける攻撃で生者たる本体だけを狙えばいい。
もとよりルーシェウスが戦闘に【跡に残る思い出】を用いるのは判明していたことなのだ。
当然、能力が判明しているなら対策くらいは協議しているし、有用な対抗策があるなら当然それも用意してきている。
「さて、ルーシェウスさん。あなたも【思い出の品】として様々な武器を作れるようですが、生み出せる武器の数と性能、バリエーションについてはこちらとて負けていません。
ところであなたはどの程度把握していますか? かつてのセリザさんが、そして今の私が、あなたという【神問官】に対して有効な手札をどれほど持っているのかを」
「--なるほどよく考えている」
セリザがその陰の中に蓄えていた莫大な手札、およそ戦争の歴史そのものといってもいいその存在をにおわせる発言に、対するルーシェウスはそれがハッタリであることも見抜いたうえでそう感心したような声を漏らす。
どんな武器が飛び出してくるかわかったものではない、けれど一方で、セリザほどそれを使いこなせるわけでもない、そんな実情を見抜いたうえで、その手に新たな武具を生成しながら。
「――厄介だ。そちらの武器は無尽蔵、しかも二人それぞれがこちらを殺しうる決定打を持っている。
対してこちらの武器は作れても脆い劣化品、それも形状だけで機能するごくごく初歩的なものに限られる。こと装備という点においては完全にそちらに上をいかれていると考えて間違いない。
――だが忘れたか?」
言った瞬間、ルーシェウスが手首の動きだけで生成したばかりのナイフを投じて、寸分たがわず顔面に迫るそれをとっさに静が首をそらして回避する。
(――ッ!!)
だが回避という一動作によって生じた隙を、この長き時を生きた【神造人】は決して逃さない。
【歩法スキル】の【爆道】によって一瞬のうちに距離を詰め、続く加護をまとった拳によって一撃で静の肋骨を砕きにかかる。
「――シールド……!!」
あまりの素早さによけきれないと判断し、静はとっさに球体防壁を展開。
同時に槌杖を握る二本の右腕を振るって展開した防壁をすり抜ける形で相手に対するカウンターを狙う。
「さすがだ、が――!!」
だが突き出す拳そのものがフェイントだったのか、ルーシェウスはあっさりと拳撃を外すと自身は身を沈めて槌杖による一撃を回避。
あまりにも軽い足音共に斜め前へと飛び込んで、直後に背中から静のシールドにぶつかる体当たりによって、その障壁を粉々に砕いて吹き飛ばす。
(――なっ、【鉄山靠】……!? そんな技まで使えるのかよ……!?)
「生憎とこちらは長き時を生き、お前たちが習得していたスキル、その材料となる記憶情報の全てを身の内に取り込んでいた【神造人】だ」
衝撃によって宙に浮く静と、その様子を離れた位置から観察していた竜昇が目をむくそのさなか、即座に向き直ったルーシェウスがあまりにも無駄のない動きでその腕を静へと差し向ける。
とっさに竜昇が割って入る中放たれるのは、ある意味では格闘技能などよりはるかに予想がつかない、この世界に無数に存在する界法の一つ。
「【滅閃光】――!!」
「ッ、【雷撃槍】――!!」
ルーシェウスの掌から放たれた閃光がギリギリで割り込んだ竜昇の向上と激突する。
電撃を上乗せし、威力を上げていた光条がかろうじてルーシェウスの閃光を打ち破り、しかしそのころにはすでにルーシェウスは半身をそらし、逃れた射線に代わりとでもいうように【思い出の品】のカードを晒している。
「しまっ――」
「たとえ武装の面で劣っていても、それを覆すだけの術理や技法、武術や界法などそれこそ数えきれないほどに身に着けている」
直後、竜昇の放った光条によって【思い出の品】のカードが撃ち抜かれ、直後に飛び散った光の粒子が記憶の流入として竜昇の意識へとなだれ込む。
カードに封入されていた莫大な情報がまるで走馬灯のように竜昇の脳裏を駆け巡り、直後に竜昇がそれを精神干渉への耐性で振り払って、けれどそのころにはすでに状況は十分に命を脅かすものへと移り変わっていた。
戻った視界に、【光芒雷撃】と同様、八つもの光球を展開したルーシェウスの姿が映り込み、同時に塔のシステム内には一つ一つが必殺の効果を持つ多数の命令が投げつけられている。
「――ッ」
「――【殲滅閃光】」
光球から次々とビームが発射され、同時に竜昇の方も杖に法力を流し込んで、飛行界法を発動させてどうにか攻撃から空中へと逃れ出る。
同時に――。
「【加重域】――!!」
槌杖の飛行に地弓の落下を掛け合わせ、さらに発生させた重圧をシールドによって受け止めるという三重加速を己に課した静が竜昇とルーシェウスの間へと割って入ってくる。
撃ち込まれる閃光によってシールドを砕かれながら、三重加速の勢いそのままに静がルーシェウスのもとへと肉薄し、その手の槌杖の一撃をその胸の中心へと叩き込もうとして――。
「―-っぁッ――!!」
「――なんだと……!?」
だが次の瞬間、正面から突っ込んでいたはずの静の体が、ルーシェウスに接触しようとしたその瞬間あらぬ方向へと吹っ飛んだ。
(【鉄山靠】の次は――、今度は投げ技か……!!)
脳裏で塔へと向けられた必殺の命令を妨害しながら、距離をとりつつその光景を目にした竜昇が再び空中で瞠目させられる。
「用意できる武装は貴様たちが上、それは認めよう。――だが生憎と、こちらはあの世界に存在していたあらゆる技術を内に取り込んだ身の上だ。
【神問官】セリザが武器の歴史を体現するものなら、この【神造人】ルーシェウスはあの世界の戦闘技術の歴史を体現するものに他ならない」
宣告と共に、ルーシェウスの粒子があふれ、直後にそれらがルーシェウスの全身を覆い、体の動きを阻害しない軽装の装甲を形成する。
身を守るための防具に見えて、その実、己の不壊性能をいいことに攻撃を受け止め、その破壊によって隙を作って殺害するための攻勢防御。
そんな装備に二本の刀を追加して、ルーシェウスはその切っ先をそれぞれ距離をとる二人の敵へと突き付ける。
勝ち目などないと、負けるつもりはないのだと、そうここにいない誰かに告げるように。




