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308:生者のために花束を

『たぶんだけど、魔法、魔力って良くも悪くもイメージで操れるものだから、じゃないかな? 言葉(なまえ)認識(イメージ)を結び付け、言葉(なまえ)を口にすることで認識(イメージ)を呼び起こして魔法の発動を安定させる、みたいな理屈なんだと思う』


 かつて交わした会話が頭の中で甦る。

 それは誠司が考案した新技、その制御と操作に理香が苦戦していたその時に、恐らくは『なぜ魔法発動時に術名を唱えるのか』といった、そんな些細な疑問から生じた取り留めのない会話。


 否、その会話を取り留めのない、と表現してしまうのはまた違うのかもしれない。

 なにしろこの会話が元になって、理香たちは当時開発していた新技を完成に導く道筋が見いだせたのだから。


『――ああ、だったら導きたいイメージを連想させる言葉を事前に設定しておくって手もあるのか……。――詠唱、って言ってしまうと様式美に寄りすぎている気もするけど、ある種のルーティーンみたいなものと考えれば――』


 どこまでまじめに言っていたのか、当時技の開発につまずいていた理香を励ます冗談だったのか、あるいは本気の、あるいは成功したら儲けもの程度の、あくまでもアプローチの一つとしての提案だったのか。

なんにせよ軽い口調で誠司は理香に対してそう言って、試しにと彼自身が設定したいくつかの言葉で、結果的に開発していたその技は一応の成功を見た。


「渦巻いて――」


 イメージの補助に用いる、主に【斬光】の特定の操作パターンと連動させる形で誠司が設定したいくつかの言葉。


「突き破り――、葬れ――」


 だから、なのだろうか。


 言葉を口にするそのたびに、目指す技のイメージそれ以上に、誠司と共にその技を練習した、その時の光景ばかりが脳裏に浮かんでくる。

 否、練習の時のものだけではない。

 誠司と幾度となく言葉を交わしあい、彼と共にいかにして全員で生存するかを模索した、決して楽しいだけだったとは言えない、けれど理香の中で間違いなく強い輝きを放つ、そんな記憶が。

どこまでも愛おしい、けれどもう決して戻ることのできない過去の思い出が、次々と胸の内に去来する。


「その、棺の内を――」


 けれど、否、だからこそ。

 たとえどれだけ愛おしいものたちの、その名残や面影を感じられるモノが相手だったとしても。

 それが彼らの願った愛菜の生存を脅かすために使われるというなら、今の理香はその存在を決して容認するわけにはいかない。


「火のっ、花で――、満たしてッ……!!」


 だからこれは死者へ手向けるためでなく、生者の決別のためにささげる火葬の花束。

 今は亡き愛しい人たちへと捧げる、生き残った自分の離別の形。


「【火葬献花(クリメイションブーケ)】ェッ……!!」


「やめてェぇえええええええッ――!!」


 悲鳴が聞こえた次の瞬間、涙交じりの言葉と共にささげられた花束のような刺突が誠司の展開する球体防御(シールド)を突き破り、その内側で花開くように多数の極小炎弾をばらまいて――。


――そしてそれを成した理香が飛び退くと同時に、その全てが一斉に起爆する。


 本来ならば広範囲にばらまかれて炸裂する無数の火花が球体防御(シールド)内部という狭い空間の中で炸裂して、一か所に集中した熱と衝撃が内部にいた三つの人影を一切の容赦なく焼き尽くす。


「――ぁ、あっ、ああ――、ああああアアア……!!」


 当然、内部にあった人体など、そんな攻撃を喰らってただで済むはずがない。

 人の形をしていたそれらが体内の核ごとシールド内部でバラバラに砕かれて、耐えかねたシールドが砕け散ると同時に炎を纏い焼け落ちる。


 それこそ、生きているなどとは欠片も思い込めないほどに。


「「ぁああああああああああッッッ―――!!」」


 炎に赤く照らされた屋上の両極で、愛するものを失った二人の少女の慟哭が木霊する。


 耐えがたき別れにさらされて、全く別の選択をした二人の、けれど全く同じ悲しみの叫びが。






「あ、ああ――、なん、で――。ああ、あああ――、なんでぇ――、なんでェッ……!!」


 バラバラになって燃える三人の遺体を前にして、頭を抱える愛菜の脳裏で絶望の認識が去来する。


 もはや偽りの記憶や認識など維持できようはずもない。

 どうしようもないほど完璧に、殺され突きつけられたその事実が、もはや目をそらすことなど不可能なほどに、愛菜がすがる幸せな幻想を粉々に砕いて奪い去る。


「理香、さん――。理、か――、サキ、グチ、リカァアアアア――!! なんで、なんでェッ――!!」


「愛菜が死んで終わる結末なんて私も理香さんも嫌だったからだよ」


 認識という意味では正気に戻りながら、むしろ戻ってしまったがゆえに半狂乱になって叫ぶ愛菜へとむけて、膝から崩れ落ちた理香を守るように踏み込んだ詩織がただ一人冷静にそう告げる。


「中崎君も、瞳も、大吾君も――。愛菜が後を追って死ぬのなんて望んでない。

 そう信じてるから、理香さんは――、――私も、そんな結末を許さない……!!」


 強化した聴覚によって理香の言葉を耳にして、愛菜の動機にたどり着くこととなった詩織が、恐らくはこの場で一番客観的な視点で愛菜に自分たちの意思を突きつける。


 そんな自分を顧みて、やはり自分はここにいる者たちときちんと仲間や友人にはなれていなかったのだなと、そんな感傷を自覚する。

 なにしろ今の自分は他の二人のように取り乱すまでもなく冷静だ。


 動揺がないとは言えないが、それでも他の者たちの行動の意味を考えるだけの余裕があって、これ以上状況が悪化しないよう、愛菜の前に立ちはだかるだけの平静を保っている。


 そしてそんな詩織自身の心情を、対する愛菜の側も容易に読み取ることができたのだろう。


「――な、によ……、詩織なんて――、私たちのこと、仲間だなんて思ってなかったくせに……」


「――うん」


「――私たちのことなんて、本当はッ、友達とすら思ってなかったくせに……!!」


「――うん。だから、これからなんだよ」


 奇しくもこのビルの中の戦いに巻き込まれたことで、詩織はようやく自身の抱えてきた【魔聴】という特性の正体を知った。

 実態が判明しようやく語れるようになったことで、隠すしかないと思っていた自身について、詩織の中に初めて本音で話すという選択肢ができたのだ。


 そしてそれを自覚しているからこそ、今の詩織はもうその『これから』をあきらめない。


 迷惑も勝手も承知の上で、もはやためらうことなく己の意思(エゴ)を通しに行ける。


「だからごめん、死ぬのはあきらめて、愛菜……!! あなたがどれだけ望んでいても、誰もあなたに死んでほしいなんて思ってないんだから……!!」


「――は、ハ――、ハハハ――。なに、よ、それ……。みんな、みんなァッ、勝手なことばっかり……!!」


 もはやなにもかも無くしたそんななかで、ただ一つ己の中に残った衝動に任せて、獣のように。

 自身に取り付くはずの擬人を衝動一つでねじ伏せて、己の一部として操り、ただ目のまえの相手を殺すために。


「ッ、ァああああアアアッッ――!!」


 正面から襲い来る愛菜に対して、対する詩織もまた正面から向かっていく形でそれに応じていた。


 獣の四肢の代わりをしていた布の腕が攻撃に転じるその瞬間、横薙ぎの一撃を空中を踏む跳躍によって飛び越えて、続く攻撃を小刻みな空中での跳躍で回避しながら愛菜の頭上を飛び越える。


「逃げる、な、ぁ――!?」


 身をひるがえして追撃をかけようとして、しかしその瞬間に愛菜は布の腕に感じる何かに引っかかったような感覚に動きを阻まれ、結果的に千載一遇の機会を逃して詩織の身柄を取り逃がす。


(――ッ、けど――!!)


 再び距離を詰めながら、ひとまず愛菜は背中から伸びる布の腕を大きく広げて単純にぶつけるよりも詩織の捕獲に狙いを絞る。


 【瞑想神経】を軸に【内在筋力(インナーマッスル)】を展開する動かす術を獲得し、【外装骨格(アウタースカル)】によって白く染まることで骨の強度すら付与された布の腕だが、その素体となっているのは折りたたまれた形状のカーテンだ。


 背中との接続部は一転に縫い付けられているため広がらないが、カーテンフック代わりにカギ爪を取り付けた先端は大きく開いての運用が可能で、扇形に開いて振るう腕はその攻撃範囲によって容易に飛び回る詩織をとらえられる。


 そして一度とらえて動きを封じてしまえば、もはや詩織などそれこそどうとでもできてしまうのだ。


 それこそ地面に叩きつけるでも動きを封じた状態で矢を射かけるでもいい。

 もとより防御力よりも回避に重点を置いている詩織が相手なら、捕らえることに特化した布の腕はいっそ相性がいいとさえ言えてしまう。


 そう思っていた。


 広げた布の腕が詩織をとらえようとして、しかしふたたび何かにその動きを阻まれて相手を取り逃がすまでは。


(――なに……!?)


 有する聴覚、【音響探査】と【魔聴】によってか、こちらの攻撃を的確に察知し、空中を飛び回ることで詩織が愛菜の布の腕から逃れ続ける。


 それでも、いくら詩織が他の人間にはない独自の察知能力を持ち、空中を移動する以前にはなかった技能を獲得していたとしても、大きく広げられた布の腕の攻撃範囲であればその身をとらえることは簡単だったはずなのだ。


 なのにつかまらない。

 どれだけ布の腕を振り回し、詩織の行く先に攻撃を先回りさせたとしても、飛びのく彼女を追おう腕が必ずと言っていいほど何かに阻まれて、その一瞬の遅れの内に範囲の外へと逃げられてしまう。


(――詩織のあの跳び方、まるで空中に足場があるみたいに――、まさか……!!)


 と、そこまで考え、逃げる詩織を観察していて気が付いた。


「飛び回るための足場を、布腕の動きを邪魔するために使って……!?」


 詩織が使用している空中移動技は、正確には、愛菜が技だと思っているだけで実際には【天舞足】と呼ばれる詩織が装備するグラディエーターサンダルの機能であり、その効果は単純に足裏に足場となる法力の板を形成するというものだ。


 この法力の板自体は決して長続きするものではなく、むしろ【天舞足】本体が離れればほどなく消えてしまうものではあるのだが、重要なのはこの消失までの間にわずかな猶予があるということだ。


 結果、回避のタイミングがギリギリであればあるほど、詩織をとらえようとする布の腕は消失寸前の足場の板に引っかかる(・・・・・)。


 特に布の腕のように、広い範囲に広がるような攻撃ならばなおさらだ。

 加えて、人一人の体重、それも動き回っている使用者の運動エネルギーを受け止められるだけあって、たとえ消失寸前であってもこの法力の板は半端な力で動かせるようなものではないのだ。

 すぐに消失してしまうため動きを阻害する効果はほんの一瞬だが、逆に言えばその一瞬は確実に布の動きを阻んで詩織の逃走を手助けすることになる。


(広範囲の攻撃じゃ、ダメ……!!)


 動きを阻むものの正体を察知して、やむを得ず愛菜は布の腕をたたんで攻撃の性質を布による殴打と先端のカギ爪による斬撃へと切り替える。


 だがそんな対応こそ、まさしく詩織が逃げ回りながら待ち望んでいたものだ。


 広げられた布が一本に束ねられたと見たその瞬間、即座に詩織は空中で反転し、まるで布の腕の上を走るように愛菜のもとへと駆け下る。


(腕の上を走ってる――、わけじゃない……。布の腕の上に足場を残して、上に動かそうとするとぶつかるように走ってる……!!)


 もはや疑うまでもない。

 自身の足裏に展開される足場を、狙ってこちらの布の腕の動きの阻害に使ってくる詩織の立ち回りに、とっさに愛菜はその接近を阻むべく残る四本の腕で詩織を包囲するように打ちかかる。


 ただし――。


「【鳴響――」


「しまっ――」


 布の腕を動かし、そして直後に気が付いた。


 扇状に広げていた布を一本に束ね、四方から同時に攻撃を仕掛けるその状況が、しかしこと詩織を相手にするうえでは最悪の悪手であるというその事実を。


「――大輪華】」


 直後、空中でこちらへと飛び込む詩織が身を回し、体ごとの回転で四本ある腕を一息にすべて伐採する。


 四メートルほどあった布の腕の三分の二近くが切り落とされて、目をむく愛菜のすぐそばへとそれを成した詩織が舞い降りる。


 即座に振り返る愛菜に対して、回転の勢いを殺しながら低い体勢から反転して跳び出した詩織が距離を詰めて、叩きつけられる布の腕の残骸と詩織の青龍刀が激突して、金属と骨がぶつかる音が轟音となってあたり一帯へと木霊する。


「――ぐッ……」


「――【絶叫斬】」


「――ぁアッ――!!」


 防御してはいけない、するにしても堅いもので受け止めてはいけないその攻撃を受けとめてしまったその直後、けれど詩織は痺れるような振動を感じながら声を上げて右手のクロスボウを発射する。


「――!!」


 見れば、三分の一程度にまで短くなった布の腕を使い、愛菜は詩織の爆音波から守るべくその耳をふさいでいた。


 布の腕自体に【瞑想神経】が通っているため、受け止めてしまったことによるダメージは皆無という訳にはいかなかったようだが、それでも音撃を浴びた少女は倒れることなく詩織に対して残された布の腕を振り回す。


(――ッ、剣を……!!)


 クロスボウから身をかわしたその隙に手にした剣を布の腕によってからめとられ、とっさに詩織は主武装たる青龍刀を手放し、撃ち込まれる布の拳撃を回避する。


 シールドや相手の武装など、硬いものであればどんなものでも切れる【音剣スキル】の技の数々だが、実のところ柔らかい布などが相手だと斬るにしても音を発するにしても効果が薄い。


 【白虎の無垢衣】本来の運用に従って、骨のオーラで布の腕の強度を底上げしてしまっていた愛菜だったが、実のところ詩織を相手にするならただの布でからめとった方がよっぽど封殺しやすいのだ。


 とはいえ、武器を封じて奪われたとしても、ただそれだけでは詩織の方も終わらない。


「――ッ、ぁアッ――、シオ、リィィィィッッ――!!」


 切断されて短くなりながらも、先端を丸めて【外装骨格(アウタースカル)】によって補強することで拳の代わりとした四本の布の腕。

 もはや人間の腕と大差のない長さになったそれを、愛菜は至近距離まで近づいた詩織めがけて力の限りに叩き込む。

 けれど――。


「――ハァァッ――!!」


 もとより詩織は【功夫スキル】の習得者。

 たとえ剣がその手になくとも、こと近接戦闘においてはそれ用のスキルを習得していない愛菜よりも技量においてははるかに上だ。


 撃ち込まれる四つの拳を躱し、捌き、受け流し、最後の一本を掴み取ってその先にある愛菜の体を己のもとへと引き寄せる。


(――やられる――、死――、誠司君――)


 差し出した掌で触れるのは、死の気配を前に激情で顔をゆがめる愛菜の、胸の中央。


「【八卦掌】――!!」


 防御も回避も間に合わない状況に愛菜が死の気配を感じた次の瞬間、押し当てられた掌から物体内部、体内の臓器を破壊する浸透打撃の一撃が放たれる。

 ただし、狙うのはその胸の内の心臓(いのち)ではなく、その向こうに隠れるもう一つの(しんぞう)


「――ぁ」


 【白虎の無垢衣】を【擬人】化し、完成された装備足らしめていた赤い核が愛菜の背中と衣服の間で破壊され、漏れ出た黒い煙が空気へと溶けて、精神への干渉(ささえ)を失った愛菜が膝からその場へと崩れ落ちる。


「――ハァ……、ハァ……、――ぁ……、く……」


 擬人の補助を失ったことで布の腕を満足に動かせない、それどころか無理やり戦意を底上げしていた擬人がいなくなったことで満足に立ち上がることすらおぼつかない。


 そんな状況を一つづつ否応もなく確認して、その果てに愛菜はどうしようもなく己の敗北を自覚する。

 唯一、今の愛菜にできるのは、それこそ絞り出すような目の前の相手への恨み言くらいのものか。


「勝手だよ……。みんな……。みんな……!!」


「うん……」


「勝手に生かして――。勝手に死んで……。なのに今でも、嫌いにもなれない……」


「――ええ、そうですね」


 恐らくは無理な精神干渉を重ねていた反動なのだろう。

 糸が切れた人形のようにへたり込み、それでもかすかに漏らした嘆きの言葉を、いつの間にか近づいていた、同じ喪失を抱えた理香が抱擁と共に受け止める。


 そんな二人の様子を目のまえに、かすかに漏れる嗚咽をその聞こえすぎる耳で聞きながら、詩織がその胸に抱くのは自分たちの戦いの終焉、その実感だ。


(竜昇君、静さん……。私たちの、こっちの戦いはこれで一足先におしまいです)


 かくして、いまだこの階層、あるいはこのビルの中で戦いが続いているのを察しながら、それでも詩織は二人と共に、己が戦いを終えて舞台を降りる。


「あとは二人で、がんばって……」


 最後だけは、敗北でも死でもない別の形で。

 自分たちの戦いに決着をつけて、堂々と。

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