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307:火花散らす決断

 及川愛菜は死を望んでこの戦いに参加している。


 その結論は、理香の中で驚くほどにしっくり来て、納得できてしまうところがあった。


「理香さん――!!」


 すぐ隣のビルで、攻撃を受けた理香をフォローすべく瞳と愛菜の二人を同時に相手取る詩織の姿を遠くもののように感じながら、一方で当の理香自身は己の中に生まれた推測にますます確信を深めていた。


 正直、これについては問わずとも答えに至れる根拠(ヒント)はいくつもあった。


 愛菜の引き連れる死体人形の【擬人】達、その性能は球体防御障壁(シールド)こそ追加習得しているものの、それ以外は生前の誠司たちの戦術をなぞるばかりで勝利や生存を目指すうえでは適切とは言い難いものだ。


 これについては愛菜自身についても同じだ。

自ら思い出の品を取り込み、自身に【擬人】を取りつかせるわが身を顧みない戦い方は、そもそもまともな現状認識ができていない時点で、戦いに勝って生き残ることからは遠ざかって、余計な危険を背負い込んでいるとすらいえる。


 だが仮に、そもそも愛菜がこの戦いに勝利も生存も望んでいないのだとすれば。


 望まぬ生存ではなく、望ましい形の死を目指しているのだとすれば、愛菜自身の装備や死体人形の性能などにも一定の合理性が見えてくる。


「あなたは――、愛菜さん……。誠司さんたちが死んだことを忘れたまま死にたいのですか……!?」


 要するに及川愛菜は、誠司たちが生きていると信じながら、彼らに看取られる形で死にたいのだ。


 愛する者たちが死したことを忘れたまま行う後追い自殺。


 単純に後を追って死にたいというのともまた違う。

先立ち、死んでいった者たちに、その悲しみを忘れてなかったことにしたうえで逆に見送られる形で死んでいきたいというその感情。


 置いて逝かれる側になるくらいなら、むしろ自分が置いて逝く側になりたいというその思い。


こうなってくると愛菜が【神造人】に与して【決戦二十七士】に敵対していたことについても、どれほどの理由があったのかは相当に怪しい。


 無論誠司と瞳を殺したのが【決戦二十七士】であることを考えれば、彼らとの敵対にはある種の仇討ちのような意味合いもあったのかもしれないが、それを言うなら大吾を殺害したのは【擬人】であり、それを生み出した【神造人】達の側なのだ。


 結局のところ、愛菜が【神造人】側についたのは、彼らが自身の願望を叶える力を持っていたからであり、仇討ちや復讐という要素はないとは言わないまでもあくまでついで程度のものでしかなかったのだろう。


 重要なのはただ一つ、大吾や瞳、そして誠司といった大切な人たちとの別れを、今度は愛菜自身が先立つ形でやり直すこと。


 そのためだけに、及川愛菜は結婚衣装(・・・・)であると同時に死に装束(・・・・)でもある白無垢まで持ち出して、己にとっての死地になるだろうこの戦いに仲間の死体人形共々乗り込んできた。


「けど、そんなもの……!!  そんな、結末なんて……!!」


 内から湧き上がる激情の強さに内心驚きながら、けれどその感情に身を任せるように理香はふらつく足で地面を踏みしめる。


 現在愛菜が抱いている感情、その根底にあるものは実のところ理香自身にもいやというほどに理解できてしまうものだ。


 ほかならぬ理香自身も、つい先日まで愛菜と同じように、誠司たちを失ったそのショックで自暴自棄に陥り、共に行動する竜昇たちが自身を生かそうとしているにもかかわらず自身は死を望んでいた。


 今こうして愛菜の願望に気づけたのも、言ってしまえばほかならぬ理香自身が同じ願望を抱いたことがあった故だ。


 理詰めの推測という以上に、かつて同じ思いを抱いたという共感(シンパシー)によって正解へとたどり着いて、けれどだからこそ今の理香には、愛菜の求めるその結末が受け入れられない。


「【羽軽化(フェザーウェイト)】……」


 ダメージを受けた体の復調の到来と同時、理香は即座に自身の体重を消して元居たビルの方へと飛び移る。


 ただし自身の背後へ、左手のソードブレイカーからばらまいた、多数の火花をバラまき残して――。


「――【火花吹雪】」


 次の瞬間、理香自身から一定の距離が離れたことで背後でばらまかれた火花が一斉に起爆して、まき散らされる爆風に乗って羽のように軽くなった理香の体を吹き飛ばす。


(――ッ、ぅ――!!)


 【羽軽化】のオン・オフを繰り返し、回転しそうになる体をどうにか制御しながら、理香が狙うのは詩織を相手に立ち回る愛菜と瞳のその向こう、背後に控えて援護の機会をうかがう中崎誠司、その死体人形の元だ。


「――ッ、誠司君――!!」


「【月光斬】――!!」


 振り下ろす長剣、そこにまとわせた斬光の刃を切り離し、その名の通り三日月の形をした斬撃が回転しながら誠司の元へと襲い掛かる。


 迫る危険に、あるいは愛菜の声を受けたことで誠司は自身の体重を消した軽やかさで背後へと跳躍。

 代わりに、彼の護衛として側に控えていた大吾が前に出て、残る片腕で刀身の切り落とされた剣を振るって、そこに宿した残光の刃で迫る三日月を打ち払う。


「――ヒーちゃん(・・・・・)……!!」


 とはいえ、片腕を失い、かつ剣も折れた大吾ひとりでは愛菜の方も戦況不利と見たのだろう。


 本人からはやめてくれと言われていた、若干幼い呼び方で瞳を救援に向かわせて、死体人形の三人がかりで理香一人を潰しにかかる。


「理香さ――」


「そのまま愛菜さんを抑えていてください……!!」


 迫る瞳の救援を横目に見ながら、理香は詩織に対してそう叫び返すと、目の前の大吾へと切りかかって【斬光】を発動。


 重量の消えた長剣と小ぶりなソードブレイカーを縦横無尽に振るって、折れた両手剣一本でしのぐ大吾を手数と早さによって圧倒する。

 当然、そんな不利な状況を敵方が看過するはずもなく――。


「【初雷(ファーストブリッツ)】――!!」


 大吾の背後、そこに控えた誠司が杖先から発射した電撃が理香のもとへと襲い掛かる。

 それは緊急で援護が必要になった際、誠司がよく用いていた常套手段。

 そしてそれゆえに、他でもない理香は今このときそれが来るのを待っていた。


「応報――」


 右手の剣だけ【斬光】を解除して、別の光を宿した【応報の断罪剣】で電撃を吸収。


 即座にその剣を翻し、眼前で斬光をしのぐ大吾へと奪った電撃を撃ち返す。


「【初雷(ファーストブリッツ)】――!!」


「ぅごぁッ――!!」


 ソードブレイカーによる【斬光】にかろうじて対処していた大吾が、続けて浴びせられる電撃に対応できずに攻撃をまともに浴びて崩れ落ちる。


 無論威力の低い【初雷】では致命傷には程遠く、行動を阻害できるのもほんのわずかな時間が限界だろう。


 だがそれでいい。

 今のこの三人を相手にするなら、必要な時間はそのわずかで十分だ。


「――なん、で、よぉ――。理香さんだって、結局一番は誠司君だったはずなのに――」


「「【加重域(ヘビーゾーン)】」」


 詩織の足止めによってこちらへとたどり着けない愛菜の声が響くそのさなか、矛先を移す理香とそれに迫る瞳を中心に、互いに相手を押しつぶすためのドーナツ型の重圧がほとんど同じタイミングで発動する。


 上から押しつぶすような重圧に、すでに筋肉の鎧でその身を包み込んでいた理香が体勢を崩しながらもその手のハルバートを振り下ろし、けれど重圧によって抑え込まれ、動きを止めるはずのその標的は、軽やかな動きで斧の一撃を交わして瞳の真横へと回り込む。


(【羽軽化】による【加重域】の無効化……。装備に法力を流すだけで発動できるこちらと違って、自力で発動しなければならないそちらは同時発動できなかったようですね)


 そうして分析する間にも、重力にねじ伏せられた瞳が状況を打開すべく、発動させていた【加重域】を解除し、代わりに【羽軽化】を発動させる。


 それは状況を考えれば極めて合理的な判断で、だからこそその手の内を知る理香にはたやすく予想できるものだった。


「【火花吹雪】――!!」


「――!?」


 重圧に対抗するべく、瞳が自身の体重を消し去るその瞬間を正確に狙って、理香が己の展開する【加重域】を解除し、代わりとばかりに大量の極小炎弾を浴びせかける。

 直後に起こるのは、理香が飛び退き距離をとることを合図とした連続爆発。


 案の定、筋肉の鎧をまとう理香はその鎧を犠牲にすることでかろうじて木っ端みじんになる事態を免れたが、それでも直前に体重を消してしまっていたことで爆風に派手にあおられ吹き飛ばされる。


 理香が意図して狙った方向、すなわち、動きを止めた大吾がいる、その方向へと。


「私たちのことなんて、結局は誠司君のオマケとしか見てなかったくせにッ……!!」


(――ええ、そうです。その言葉を、私という人間は決して否定できない……)


 怨嗟のような言葉を受け止めながら、理香はそれを心中で肯定しつつ着地と同時に地を蹴り追撃に移る。


 別に理香とて、誠司以外の三人のことを心底どうでもいいと思っていたわけではない。


 理香の中にも、誠司以外の愛菜たち三人への親愛の情は確かにあって、いつの間にか理香自身も彼女たちのことを生存のための手段ではなく、共に生き残りたい仲間として見るようになっていた。


 その点でいえば、誠司と死別した後も理香は間違いなく愛菜の生存を願っていたし、誠司という一番がいなくなったことで彼女のことまでどうでも良くなってしまうほど、理香の中で愛菜の命が軽いものであったわけではない。


 けれど、その一方で。


 ではその愛菜のために、一度は解放された戦いにもう一度飛び込めるかと聞かれれば、これについては残念ながら答えは否だ。


 そう、如何に親愛の情や仲間意識を抱いていたとしても、ほかならぬ理香自身、命懸けの戦いというものをそれほど軽くは考えていない。

 ましてやそれが、一度は戦いから解放された後だというならなおさらだ。


 たどり着いた安全圏で、愛菜が自分たちのもとへ到達するのを待つというのであればいざ知らず、自分から救出に向かうともなれば、残念ながら愛菜一人のためには理香自身ここに来る決断に踏み切れなかったことだろう。


 ではそんな理香が、今この時、なぜ愛菜のいるこの場所まで踏み込んできたのか。


 ――その答えは、結局のところただ一つ。


「――ええ、そうですッ――!! 私は愛菜さん、あなたのためではなく、あなたを守ろうとした誠司さんのためにここに来たんです……!!」


 大吾が、瞳が、そして誠司が。

 その最後の瞬間に、残される者たちの生存を望んでくれたのではないかという都合のいい願望を、もはや確かめようのないその思いを、それでも理香は己が生き続ける理由として信じることにしたのだ。


 生前の彼らの言動からかんがみて、死した今でも同じことを望んでいてくれるという、よく語られる根拠不十分なその思想を、それでも理香は彼ら自身と同じように信じることにした。


 そしてそうと信じている以上、今の理香には愛菜のやろうとしていることが到底許容できない。


 自分たちの生存を願ってくれているはずと、そう信じる誠司達の遺体を使って、寄りにもよって後追い自殺を成そうなどというそんなこと。


(――それを阻む、ためなら……!!)


 己の中で決意を固めなおし、そうして理香は射程の内へと納めた、大吾が瞳を受け止めたことで折り重なるようにして倒れる二人へ向けて、己の武器を振り上げる。


「【火花吹雪】――!!」


 かつての仲間の、その亡骸へとむけ、容赦なく。

 炸裂する大量の火花を、己の迷いごとすべて焼き尽くすように。






「二人ともぉッ――!!」


 瞳と大吾、二人がまき散らされる火花の、その爆発に飲み込まれる様を目の当たりにして、足止めを受ける愛菜は思わず悲鳴のような声を上げる。


 もはや今の愛菜の記憶、その脳内の認識はあまりにも矛盾だらけでぐちゃぐちゃだ。


 もとより沖田大吾という一人の少年に、この場にいなかった先口里香と渡瀬詩織という二人分の役割まで背負わせ、全員がそろっていると誤解させていたようなあやふやな認識である。


 その味方のはずの二人が敵として現れたことでもはや幸せな認識は崩壊し、今は愛菜に着られる形で憑りついた【白虎の無垢衣】が、かろうじて三人の死という現実から愛菜の目をそらしているような状態だった。


 そんな状態で、仮に三人、その誰かが殺されてしまう事態になれば、もはや愛菜の中の認識の破綻は決定的なものになる、はずだったのだが――。


「誠司君……!?」


 炸裂した火花の群れによって立ち込める煙の向こう、かろうじて起爆の寸前に二人と合流した誠司が、展開した球体防御(シールド)によって二人の存在を守り切っていたその事実に、愛菜(白虎)は思わず安堵の吐息を漏らす。


「――は、はは、あはは――、さすが、誠司君……」


 同時に、愛菜の中で綻びの生じていた認識が急速に修復されていく。

 そうだ、どんな状況でも誠司たちが死ぬはずがないのだと、仮に危機に瀕したとしても球体防御(シールド)を習得している三人なら生存の余地はあるのだと、そんな信頼が愛菜の胸の内で再び形を取り戻して――。


「突き破り――、葬れ――」


 直後、立ち込める煙のその中から、まるでその幻想に異を唱えるように、先口里香が誠司たちの前へと現れる。


 ソードブレイカーと長剣を交差させるような独特の構えをとり、生ずる大量の火花を斬光の渦の中へと取り込んで。


 まるで花束のような火と光の刺突を、その手の剣を軸に確かに携えながら。

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