304:勝手知ったる
模造の街並みの屋上で六つの人影が対峙する。
数の上では四対二、戦力的にも侮れない相手であることを十分に知りながら、それでも理香は冷徹に、この場で相対するたった一人の生者へとむけて淡々と現実を事実を突きつける。
「――く、ぅ――、――瞳? 大吾君――!!」
蹲る愛菜の状況か、あるいは交わされる会話に危機感を抱いたのか、二人の会話に割り込むように、近接型の瞳と大吾がそれぞれ武器を構えて突っ込んでくる。
理香を瞳が、詩織を大吾がそれぞれ狙い、正面からぶつかるその布陣に、しかし理香は――。
「詩織さんは瞳を……!!」
「――ッ、うん……!!」
――手の内を理解するがゆえに即座に狙いを看破して、即座に告げる一言で危険なマッチングを回避する。
「【月光斬】――!!」
斬光の輝きで空中に三日月を描きだし、それを足元へと飛ばして大吾の足を無理やりに止めて、それと同時に空を蹴って理香の背後を横切った詩織が、理香の左側へと回り込んで飛び出し、ぶつかる相手を入れ替えるように瞳めがけて斬りかかる。
「大吾さんの役割は私とあなたの代わりです……!! 【音剣スキル】に、恐らくは【斬光スキル】も習得している……!! なんの備えもなく武器で撃ち合えば武器ごと持っていかれます……」
駆ける短い時間の中で読み取った敵の手の内について簡潔にそう伝えながら、理香の方は本来詩織を狙っていたのだろう大吾のもとへと距離を詰める。
先ほど理香のもとへと大吾が斬りかかってきたとき、彼の剣からかすかに聞こえていたのは、理香自身聞き覚えのある【絶叫斬】の音響拡大効果の片鱗だ。
詩織との戦闘を経験し、その予兆を聞き知っていた理香だからこそ対処できたが、本来のそれは近接戦闘に持ち込んだ相手を一撃のもと戦闘不能に陥れる、初見殺しかつ防御不能の攻撃手段であったはずだ。
今この時、対する相手がそうした技の詳細はもちろんのこと、対処法まで知り尽くした先口里香でなかったならば。
「応、法――!!」
飛んできた防御不能の斬光にたたらを踏んで態勢を立て直す、そんな余計な動きを強制された大吾のスキを突くように、理香が素早く距離を詰め、右手に握る【応法の断罪剣】の効果を発動させながら斬りかかる。
とっさに大吾がその手の剣を構えて防御態勢をとるが、それこそ理香の思うつぼだった。
なにしろ今理香が握る長剣には、先ほど大吾の剣に宿り、そして【応法の断罪剣】の効果によって吸収された、武器同士の激突音を指向性の爆音波として拡大、叩きつける界法がそのまま解放されて宿っている。
「――【絶叫斬】……!!」
「――ぅ、ギ、ィ――」
まるで意趣返しのように、とっさに防御のため構えてしまって剣との激突によって至近距離で爆音波が炸裂し、大吾の体で動く死体の擬人がたまらず黒い霧を散らしながらうめき声を漏らす。
「さら、にぃッ――!!」
効果範囲から外れていてもしびれるように感じる空気の振動のそのさなか、理香は今度は左のソードブレイカーで【斬光】を発動。
伸びた刀身、振り下ろされた斬撃が構えられた大吾の剣を半ばから断ち切って、胸にある核を守るように動いた左腕を肘の先の位置で切断して高々と宙へと跳ね上げる。
「大吾君ッ――!!」
死体人形の特性ゆえか血はさほど出なかったが、それでも大吾の左腕が斬り飛ばされるその事態が相手陣営に、その中核をなす愛菜に与えた衝撃は無視できない程度には大きなものだった。
展開した神経網に爆音波を叩きつけられた衝撃、それからいまだ立ち直り切れていない愛菜が、それでも目の前の光景に悲鳴を上げる。
そして愛菜が悲鳴を上げるその理由は、なにも理香と大吾の擬人だけには留まらない。
「【絶叫斬】――!!」
一瞬遅れて、隣で展開していた詩織と瞳の戦闘においても、青龍刀を振るう詩織が瞳の攻撃を掻い潜り、その果てに同じ爆音波を叩き込む形で圧倒する展開へともつれ込む。
もとより、詩織は過去に生前の瞳と戦った経験を持つ人間だ。
加えて今の瞳は、生前装備に法力を流すだけで使っていた界法を自力発動させねばならないなど、力を振る上での微細な条件が増えて明らかにその能力に制限がかかっている。
そんな状態で、さらに技量すらも本来の瞳のものから劣化しているとあっては、もはや正面からの戦闘で詩織を打倒するなどできようはずもない。
一応生前の瞳同様、詩織相手の対策として【潜水スキル】収録の【耳栓】こそ使用しているようだったが、詩織相手の対策がそれだけでは不十分であることは生前の瞳自身が証明している。
「――【剣角天馬】」
死体人形の擬人でも戦況の不利は理解できていたのだろう。
いまだダメージを引きずる愛菜の体を体温のない体で支えながら誠司が自作のナイフを投じてそれを軸に巨大な剣角を持つ天馬の召喚獣を作り上げる。
触媒を軸に疑似生物の肉体を作り出して遠隔操作する【召喚スキル】の技法。
それによって作り出された、誠司の第二の肉体ともいえる天馬がその剣角によって詩織たちの戦闘に横やりを入れて、同時に近づかれたその一瞬のうちに手にしたハルバートを天馬の鉄の体に引っ掛けた瞳がその背に飛び乗り、飛翔する背の上で武器を構えて瞬時に戦闘スタイルを切り替える。
「【乗馬スキル】を使った【剣角天馬】との騎馬戦術。確かのそれはこれ以上なく強力な戦術でした……。でも――!!」
【召喚スキル・剣獣】と【乗馬スキル】の合わせ技。
ある程度飛び回れる広い空間でなければ使用できず、誠司が自身の安全を確保したうえでしか使えないため実際に使用された機会こそ少なかったこの戦術だが、もとよりエースアタッカーとして高い打撃力を持っていた馬車道瞳に、高い機動力を追加しているだけあってその戦力は絶大だ。
もとより生物としての馬ではなく【召喚スキル】によって生み出された天馬という性質上、人間に都合のいい動きばかりをとらせることができるこの天馬は、通常の騎兵が持つ強さに加えて飛行能力や鋼鉄の体といった特性すらも乗り手である瞳へともたらしてくれる。
無論馬に乗っての戦闘ともなれば自身の足を地につけて行うのとは別種の技術が必要になるが、瞳の場合取り込んだ【乗馬スキル】によってその手の技術は習得済みだ。
なにより、ほかならぬ理香たちと共に戦ったビルの中での戦闘の中で、瞳たちはこの戦術をある程度完成したといえるレベルにまで磨き上げている。
ただし、それは逆に言えば。
共に戦っていた理香たちにしてみれば、戦術の詳細はもちろん、弱点や対処法についても共に考えていた故に知り尽くしているという話である訳で――。
「【曲光斬】――!!」
詩織のもとへとむけて突撃を仕掛ける天馬に対し、横から理香が斬光の輝きを伸ばし、まるで鞭のような動きで迫る天馬へとむけて斬りつける。
高い機動力と飛行能力を併せ持ち、装甲も堅い天馬は確かに脅威だが、しかしそんな天馬にとって広いリーチと高い攻撃速度、何より鉄をも切り裂く防御破りの性能を持った【斬光スキル】は天敵中の天敵だ。
実際、この【斬光スキル】を持っていた監獄の階層のフロアボスと当たった際には、予想外のこの技によって天馬が瞳もろとも撃墜されて、理香たちは一度明確な窮地へと陥っている。
さらに――。
「そこ--!!」
一方で、理香が瞳たちに対して横やりを入れて動きを封じたその隙に、詩織の方はその矛先を瞳から別の人物へと切り替える。
【剣角天馬】の召喚と同時に煙幕代わりに黒雲を展開していたようだが関係ない。
【音響探査】と【魔聴】を駆使して即座に位置を割り出して、ほとんど迷わず、足を止めることもなく雲の中へと飛び込み、その先にいる誠司の元へと躊躇なく斬りかかる。
一人の人間が二つ以上の体を同時操作しなくてはならなくなる関係上、【召喚スキル】は本体の安全確保が非常に重要になる界法技術だ。
一応魔本(教典)などの思考補助具によって補う術もあるにはあるが、仮に生身の肉体と召喚獣が戦場に同時存在していた場合、術者は複数の肉体を同時操作しなくてはならなくなり、必然それぞれの動きが雑なものとなって各個撃破されてしまう危険が非常に大きくなってしまう。
それゆえに、今回誠司は自分たちで展開した黒雲の中へと身を潜めて本体の安全確保を図ったわけだが、視覚に頼らず音で周囲の状況を把握することができ、さらには魔聴という法力を音として聞き取る能力を持った詩織に対してその手法は苦し紛れというにもはっきりと悪手だ。
現に、詩織はほとんど迷うことなく黒雲の中に身を潜める誠司の死体人形を襲撃することに成功し、そうして近づかれてしまうと当の誠司は詩織との接近戦に全くと言っていいほど対応できていない。
「【鳴響剣】――」
自身の握る青龍刀を【音剣スキル】によって振動させて高周波ブレードへと変え、詩織は距離を詰めた誠司の胸、その心臓部にある核を狙ってその防御不能の刃を振り下ろす。
【加重域】による妨害も計算に入れてむしろそれを振り下ろす力に変える動き。
当然のように誠司の杖で受け止めても杖ごと両断する腹積もりで、確実に一体を仕留めるつもりで放たれた攻撃は、しかし――。
(――ッ、シールド……!?)
誠司を中心に、球体状に展開された防壁によって振り下ろした刃が阻まれる。
【鳴響剣】の性質ゆえに、即座に防壁を切り裂いて斬撃が突き進むがそれでも阻まれた一瞬の時間の影響は無視できない。
案の定、詩織の斬撃は展開されたシールドに加え、防御のために差し出された誠司の杖こそ両断することに成功したものの、誠司自身については胸元をかすめて切り裂いただけでその核を両断するには至らなかった。
「詩織さん――!!」
同時に、黒雲が晴れて開けた視界を片腕を失った大吾が突っ込んできて、やむなく詩織は誠司を狙ったその追撃をあきらめる。
飛び退く先でこちらも一時立て直しを図る理香と合流し、自分たちが退けたその裂いての現在の状況をその目によって確かめる。
「理香さん、誠司君がシールドを習得してる」
「すいません。情報共有をし損ねました。現状では瞳さんもシールドの習得を確認済みです。恐らくはその全員が、同じような技術を身に着けているとみていいでしょう」
とはいえ、多少の補強はされていても、それだけでは埋めきれないほどに理香たちの優位は明らかだ。
すでに死体人形三体にしても、大吾は片腕を失い剣も半壊、誠司も杖を破壊されたうえで負傷し、瞳については負傷こそしていないものの、手にしたハルバートの柄が若干短くなっている。
無論、有するスキルや死体人形の性質を考えればその程度の損傷で無力化したと考えることはできないが、一方でそうした損傷を被る前から、死体人形たちが理香たち二人に圧倒されているのもまた事実なのだ。
そしてこうして戦った限り。
そうした不利を覆せるほどに、この死体人形の擬人たち、その能力はお世辞にも高くない。
否、そもそも能力の多寡さ以前に、この死体人形たちの存在はそもそも強敵を打倒することを目的としていないのだ。
もしもこの死体人形たちに、その存在に製造目的のようなものがあるとすれば、それは――。
「もうやめましょう、愛菜さん。どれだけ思い出の中の誠司さんたちの姿をなぞらせたところで、その三人が生きていることにならないのはもうあなただってわかっているはずです」
「――理香さん? ……待って、その言い方、まるで愛菜が――」
及川愛菜が入淵城司と共に敵勢力として活動していると聞かされて、詩織などは真っ先に彼女が精神干渉によって操作され、【神造人】達の都合のいい手駒として使われているのだろうとそう思っていた。
なにしろ敵に与しているという城司と愛菜の二人は、塔の戦いに巻き込まれてこそいるものの、本来プレイヤーに共通する精神干渉への耐性を持たない二人なのだ。
精神への干渉が可能な以上自分たちの味方として戦わせることも簡単で、だから死体人形たちと組ませて戦力として組み込まれているのだろうと、ほとんど疑うことなくそう考えてしまっていた。
けれど一方で、理香などは最初の段階から多少なりとも疑問に思っていたのだ。
これだけ大量の擬人を用意でき、スキルシステムで戦闘技能をインストールして戦力化できる【神造人】達が、わざわざ人間に精神干渉を行ってまで戦力に組み込む理由は何なのだろうと。
二人の内、城司についてならまだわかる。
竜昇に聞いた、彼が観測した城司の対戦相手は、彼の娘である入淵華夜だ。
親子で敵対するというその時点で、戦う相手は迂闊に殺せないハンデがどうしてもついて回ることになるし、活用の仕方によっては娘に対する切り札として使うこともできるだろう。
けれど一方で、では愛菜の方が戦力としてここにいる理由は何なのか?
彼女の存在によって有利に運べる明確な相手がいるわけでもなく、精神干渉によって意に添わぬ戦いを強制するなどという、一歩間違えば裏切られる危険すらあったはずなのに、それでもなお彼女を戦力として組み込んだ理由があるとすれば、それは――。
「そもそもこの参戦自体が、愛菜さん本人が望んだものだったから……。
仲間たちが生きていると思い込んだまま、思い出の姿をなぞる人形たちと共に戦う。死別の現実から目をそらして、生きた仲間との幻想に浸る……。
それこそが、【神造人】達ではない、あなた自身の望みだったのではありませんか?
こんな戦いに身を投じてまでかなえたかった、決してかなうことのない、それこそが……」
告げる言葉と視線の先で、感情でぐちゃぐちゃになっていた愛菜の顔から表情が消える。
言葉などより雄弁に、図星を突かれたその反応がこの場のすべてを物語る。




