302:残酷との対峙
お待たせいたしました。
完結まで頑張ります。
「――あれ、ええ……。なんで君たちここにいるんだい?」
渡瀬詩織と先口里香、本来ならこの階層にはいないはずの二人がケンサと遭遇したのは、竜昇が【不問ビル】の機能を用いて行う転移能力によって移動して来てそれほど立っていないタイミングでのことだった。
竜昇がビルのシステムを用いてこの階層で愛菜たちが戦っているその状況を観測し、 同様にビルの所有権を持つというルーシェウスによって転移を妨害され続けながら、それでも自らの足で上を目指しつつ、同時進行で転移を試み続けて、十何回目かにそれが成功し二人だけこの階層へと到達したのである。
とはいえ、転移の際に出現座標がずらされてしまったのか、二人の出現場所に目当ての相手はおらず、状況的にも竜昇の手による再転移は望めないため自分たちの足でその相手を探していた、そのさなかの出来事だった。
遭遇した相手、軽い軟派な口調ながらもきっちり蛇腹剣を構えたケンサにどうにか自分たちの目的を打ち明けて、その目的の相手の居場所を知らせる刀の転移が行われたのがそのあとすぐ。
意を決したらしいケンサの指示に従い、彼の指し示したその方角へと急ぎ走って、その果てに二人の少女は探し求めた相手、及川愛菜が身を置くその戦場へと満を持して駆けつけた。
自身の目の前で相対した敵、その姿が完全に消失する。
界法による光学迷彩で姿を隠し、薬物で臭いを、歩法や体術で音すら消して、そして生まれるはずの法力違和すら加護系の法技を重ねることで隠ぺいした暗殺者の慣れの果てが。
索敵に特化したカインスですら察知できない極まった隠形の使い手が、その技量だけはきっちりと発揮し、姿を消して敵対するものへと襲い掛かる。
通常であれば何もできぬまま、カインスと言えど居場所を暴くために一手を用い、隙をさらすことになるそんな隠形に対して、しかし――。
「耳を、塞いで――!!」
つい先ほど乱入してきたその少女、渡瀬詩織は一瞬たりとも迷うことなく、常人では存在そのものを感じられないその相手へとめがけて手にした青龍刀で斬りかかっていた。
鳴り響くのは、聴覚を調整していなければカインスの方もダメージを受けかねない激烈なる轟音。
「【絶叫斬】--!!」
武器と武器、金属同士の激突音を増幅し、指向性を持たせて相手に叩きつけるそんな技が何者の存在も感じられない虚空で炸裂し、直後にその場所にいたらしい死体人形が全身の縫い跡から黒い霧を吹き出しながら姿を現す。
もとよりフジンの隠形は、優秀ながらも発動中は自身も周囲が見えないという欠点付きだ。
フジンの場合、周囲の様子が見えぬ間は自身の記憶と、カインスが用いているのと同じ【音響探査】を用いることでそれを補っていたわけだが、そんな存在がよりにもよって指向性を伴った爆音波を叩きつけられてしまったのだからそのダメージは甚大だろう。
相性が悪い、などという言葉すらも生ぬるい。
ましてやそれを成した相手が、姿を消そうと法力違和を消そうと、常人にはない感覚によってその存在を察知できる特異な能力の持ち主とあってはなおさらに。
「これが【魔聴】……。これが、ワタセシオリか……!!」
「【仇花】……!!」
よろめくフジンへと距離を詰め、詩織が【華剣スキル】の連続斬撃をその全身に叩き込む。
もとより詩織は相性の悪い相手ではあるが、今の状況はフジンにとってそれに輪をかけたように最悪だ。
なにしろ、今のフジンは本人ではなくその死体に偽造の命を吹き込んだ死体人形。
能力や技量は模倣できてもやはりどうしても本人のそれと比べれば一段劣るし、何よりも今の彼の手には主武装だった苦無が、【神造物】特有の不壊性能を備えた【苦もなき繫栄】が存在していない。
「【鳴響剣】……!!」
ゆえに、斬撃の合間に刀身を振動させ発動させた高周波ブレード、防御した武器や防具をそのまま両断するその斬撃を前にして、ただの苦無しか持ち合わせていない死体人形では続く攻撃を防御しきれない。
「【鳴響――仇花】……!!」
振動させた刀身による三連斬、目にもとまらぬ速さで繰り出されたその斬撃が苦無諸共心臓代わりに込められた赤い核を叩き切り、それによって血の代わりに黒い煙を吹き出した死体人形が天敵の足元へと倒れ伏す。
かつて乱戦の中で詩織たちを襲撃し、その場にいた三人がかりでようやく打倒で来たその相手は、しかし今となってはもはや見る影もなかった。
一度は死亡し、他者が使うためによみがえることとなったその死体人形は、けれど結局のところ生前の本人には届かなかったがゆえに物言わぬ死体へと還って動きを止めた。
「--ふぅ。……こちら、終わりました。次の敵が迫ってるみたいなので、移動した方がいいと思います」
「--確かにそのようだ。
……ところで君は――。君たちは、味方と考えていいのかね」
同じように聴覚による索敵手段を持つゆえに、瞬時に後続の【擬人】たちが迫っていることを知覚しながら、それでもカインスは詩織に対してそう問いかける。
実際問題今この場に詩織がいるというその事態は【決戦二十七士】の者たちにとって明らかに想定外の異常事態だ。
なぜいま彼女達がここにいるのか、あるいは何のためなのかという点は、今のカインス達は真っ先に確認しておく必要がある。
「――味方、ということになると思います」
そう考え問うカインスに対して、詩織は緊張にこわばった面持ちながらも、けれどはっきりとそううなずき返答する。
「少なくとも、利害は一致している、はずです……。なぜなら、私たちがここに来た目的は――」
「――私たちに、愛菜さんの相手をさせてください。それがこの場で、あなた達に味方する条件です」
「――ハッ、ああ、なるほど、そういうことかよ……」
自身の窮地を救った後、あえて敵である愛菜と、そしてハイツ自身の間に割り込み、そう告げた理香の言葉に、ハイツは大まかにではあるが彼女の目的を推察して得心する。
ハイツ自身、及川愛菜と先口理香がかつての仲間同士だったことは知っている。
というよりも、そもそも愛菜をはじめとした一部のプレイヤーの情報、その記憶の提供者の一人がほかならぬ理香なのだ。
そしてそんな人物が、こんな戦場のど真ん中に飛び込んできてかつての仲間の相手を任せろと言ってきたのだ。
その目的や狙いなど、さほど理香の人となりを知らないハイツであってもおのずと想像がつく。
「まあこっちとしても好都合ではあるがな……。けどいいのか? テメェらにこの場を任せて離れていいってんならこっちにとっても都合がいいが、その場合お前らの手助けは一切できねぇぞ?」
「構いません……。私たちの方も、用が済んだらそれ以上のお手伝いはできませんから」
「――は、あくまで自分たちの目的を果たすためだけに来たってわけか……。いいぜ。逃げる途中で俺らを狙ってくる連中についてはそのまま引き受けてやる」
「……感謝いたします」
周囲の敵から目を離さず、互いに視線も交わさぬままかろうじて方針だけをすり合わせ、次の瞬間ハイツは屋上を走り出し、その動きを止めるべく襲ってくる擬人や死体人形とその刃を交えつつ、それらを巻き込むように屋上から跳び立っていく。
恐らくは、この付近にいるというカインスの方も、そんなハイツの行動に合わせてこの場からの撤退に向かうだろう。
無論、索敵と狙撃が可能な愛菜がこの場にいる以上、普通であればそれに背を向けて逃げるなど自殺行為もいいところだが、それについてはこの場に残る理香たちが対処すればいい話だ。
「――あれ、理香、さん……? どうして、そっちに――。さっきまでこっちに、あれ? ――けど、あれ……?」
「どなたと間違えているのかわかりませんが、私は今ここに来たばかりですよ」
記憶や認識にどんな齟齬が生じているのか、混乱したようにぶつぶつと言葉を紡ぎ、首をひねる愛菜の姿に、理香は自身の武器である長剣とソードブレイカーを構えながら務めて冷静にそう語りかける。
「――今しがた、ここに――。あなたのことを迎えに来ました」




