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300:その間際

 世界最高の戦士として集められ、最終決戦における最大戦力として【決戦二十七士】の名を与えられた戦士たちではあるが、当然ながら一年以上に及ぶ戦いの中で脱落者がいなかったわけではない。


 特に昨今、攻略も終盤に差し掛かったあたりで【決戦二十七士】のメンバーが分断される事態になったことも相まって、単独行動を余儀なくされた戦士たちのなかで死傷者が続出。

 中には行方不明となってしまい死亡確認すらままならず、【神造物】の継承をはじめとするいくつかの根拠によってようやく死亡が推定されたような戦士というのも何人かいた。


(クソがッ、死体の再利用だと……。それができるってことは――、負傷で脱落した奴や死体が回収できた奴らはともかく、最悪行方の分からない奴らが全員手駒にされてる可能性もあるってことじゃねぇか……!!)


 背中から展開した錨付きの鎖、それを付近のパイプに引っ掛けて肉体をけん引して隣のビルへと逃れながら、ハイツは裂かれた胸元の出血を抑えつつ必死に記憶を掘り起こす。


 即座に追撃をかけてくる槍使い、【削渦】のゼリク・バルコーンは教会と繋がりの深いとある王国で騎士団長を務めていた人物だ。


 人体や武器の周囲で界法を渦巻かせるという本来ならば自分の体を傷つけかねない危険な戦法を使いこなし、自身の攻撃で相手の防御を、身にまとう渦で相手の攻撃を削り飛ばして無効化できてしまうというシンプルに厄介な戦闘能力の持ち主だった。


 もしその戦術を知らずにいれば、最初の一撃によって界法で展開できる鎖ではなく、ハイツの戦術の基本となっている武器そのものを破壊されていた。


 その点、相手が知った相手であったがゆえに対処できたのは幸いだったのだろうが、少なくとも今のハイツにそれを喜べるだけの余裕はない。


(このおっさんの防御は生半可な攻撃じゃ突破できない……。下手な攻撃は削り飛ばされるか、あるいは渦の風圧でそらされて体に届く前に対応される……)


 かといって、このまま防戦一方になるのもどう考えてもうまくない。


 ハイツを追って走りながら、ゼリクの【擬人】は両足に展開した渦によって地面を削って微小な粒子をその渦の中に巻き込みながら至近へと迫る。


 間合いに入る寸前、渦の界法をほんの一瞬解除し風圧を周囲にまき散らし、削って巻き込んでいた微粒子を目つぶしの代わりにハイツの方へと吹き付け、視界を奪いに来る。


(--っ、このおっさん、騎士のくせに生前からやることがせこいんだよ……!!)


 とっさに両腕で顔をかばいながら、ハイツは握ったままの分割した武器を、靴底で足元に刻んだ界法陣と鎖で連結、地面と武器をつなぐ鎖を交差させることでゼリクの追撃の槍を受け止め、絡めとって、どうにか目つぶしを防ぎつつその隙をつかれる事態を回避する。


 相手の手の内や常套手段を把握していたからこそできた対応だが、それでもそんな防御はこの男の前では数秒と持ちはしなかった。


 ガリガリと音と火花を散らして、槍の周囲で渦巻く力場が展開された鎖を削断し、槍が自由を取り戻す。


 ただし――。


「一度死んだせいかぁッ!? 【削渦】で削るのが生きてた頃より遅いぜェッ――!!」


 たとえ数秒にも満たずとも、それだけの時間があればハイツにとっては十分だ。


 たどり着いた背後の壁、その場所に振り返らぬまま全身の装備を用いて次々と界法陣を刻印し、追加の鎖をここまで逃れる際に刻み付けた足跡の界法陣とつなげる形で展開してゼリクの接近を阻む追加の壁として機能させる。


 さらに――。


「【刻明(インプリント)】--!!」


 一瞬でも動きを止める羽目になったゼリクへとむけて、ハイツは手のひらを突きつけると、先ほど使用した多面体の礫に刻まれているのと同じ術式を自力で起動させて光線を照射。

 手のひらに装備した界法陣をそのまま狙った場所に焼き付ける光の界法がゼリクのまとう渦に阻まれることなくその向こうのプロテクターへと刻印される。


 そして一か所でも刻印できてしまえば、そこから先はハイツの独壇場だ。


「【起点交鎖(アウル・ハウル・ロウディア)】--!!」


 すぐ足元の地面とプロテクターを鎖でつないでけん引することでゼリクの体を引き倒し、さらされたその背中に追加の【刻明(インプリント)】を刻んで更なる鎖の連結とけん引でゼリクの体を引きずり回す。


 触れるものを削る渦を身にまとっているため鎖はすぐに切断されるが、界法であるためいくらでもつなぎなおせるハイツの戦術の前では切断に数秒かかるゼリクの能力ではほとんど無力に等しかった。


 隙を見てはその体や装備に界法陣を刻み付けられ、その身に接続された鎖にけん引されて、ゼリクの死体を素体とした擬人が後続の擬人たちの群れにその削撃の渦をまとったまま放り込まれる。


(戦い方は生前のそれを再現しているようだが、実力まで完全に再現できてるってわけじゃぁないみたいだな……!!)


 生前の本人たちとの交戦経験がなかったために誠司たちとの戦いの中ではわからなかったが、恐らく死体を素体とした【擬人】というのは生前の技能をある程度再現できる反面、何らかの要因で実力が劣化してしまうものなのだろう。


 あるいは、技能は再現できてもそれ以外の要素は再現できないがゆえにこんな状態になっているとみるべきか。


(よく見りゃ使ってる装備も生前使ってたのとまったく同じって感じじゃねぇ……。当人たちが死んだときに破損したものなんかは当然あるだろうし、そもそも【神造物】は持ち主が死んだら継承者のもとへ転移する……)


 恐らくはそうした本人に最適化された装備の喪失が戦力の低下の大きな原因になっているのだろう。

 自身の戦闘能力が技能だけで成り立っているわけではないことを自覚しているがゆえに、ハイツは動く死体たちの弱体化の原因にある程度ではあるがあたりをつける。


 とはいえ、いかに弱体化しているとはいってもそれが脅威でないわけがない。

 何しろいくら技量が堕ちて戦術的要素が欠落していたとしても、相手の元となっているのはかつて人類最高峰と認められた戦士たちなのだ。

 加えて通常の【擬人】や『ぷれいやー』達の死体人形にしても、【跡に残る思い出】を用いて強化されたその戦力は決して侮れるものではない。


(見たところ連中、自我の方は人間に近い【擬人】達と比べて希薄……。いや、どちらかというとこいつらは、自我が希薄なまま強力な個体を生み出そうとした産物なのか……)


 物陰に隠れて跡を追ってきた他の擬人がこちらのビルに飛び移ってくるのを確認しながら、ハイツは改めて現在の状況と今後の方針を吟味する。


 とはいえ、劣勢に立たされて一時的にでも後退してしまった現状、ここから巻き返すというのは至難の業だ。

 味方の支援が受けられない状況で大量の敵に囲まれる事態となってしまったため、先ほどまで戦っていたビルの屋上を離れて別の建物に移ったその判断は間違っていたとは思わないが、一方で敵戦力の中でも確実に無力化しておきたい及川愛菜との間で距離が開いてしまったことも確かなのだ。


(こいつらの目を逃れて撤退するにしても、身を潜めたり罠を張ったりしてゲリラ戦を仕掛けるにしても、探知能力と狙撃が可能なあの嬢ちゃんがいたんじゃ間違いなく分が悪い……。

 ただでさえ今相手にしてる死体人形の部隊以外にもこの階層は擬人どもがわんさかうろついてるし、そいつらの相手で手一杯になってるところで遠距離からの攻撃まで加わったら、いくら【決戦二十七士(オレら)】でも対応しきれなくなる……)


 そもそもの話、ハイツがここに来る前に戦っていたサタヒコとカインスにしても、狙撃手がいては逃げられないと判断したから最低限その相手だけは撃破するべくあの場に詰め掛けていたはずなのだ。

 ここにいない、恐らくは他の伏兵の襲撃を受けているのだろうカインスと合流しなくては逃げるに逃げられないが、それ以前に彼女が残ったままでは逃げたとしても、他の【擬人】達に囲まれた状態で遠距離からも攻撃される事態にもなりかねない。


(クソ、どうする……。グズグズしてるとあの女が狙撃を再開してゲリラ戦すら難しくなる……。いや、それ以前に、戦力的に考えれば一人でいる学者先生がまず真っ先に狙われる……。っていうか、さっきから支援法撃がないことを考えれば、もう狙われて別の何かに襲撃を受けてるって状況も普通にありうる……!!

 合流――、陽動――、各個撃破――、頭狙い――、ダメだ、どれをやるにもこっちの戦力が足りねぇ……)


 せめて自分と(・・・)同じように(・・・・・)戦闘の気配を察知して合流してくる二十七士の戦士はいないかと周囲に視線を巡らせるが、そう都合よく味方が来てくれるわけもなく、そして現状を考えればいつまでもひとところにとどまること自体が明確な悪手だった。


 自身の背後、屋上を仕切るフェンスの金網が突如としてグニャリと曲がり、動き出したそれが止めてあったボルトを弾き飛ばしながらハイツの体に絡みつく。


「――ッ、体化スキルか――!!」


 否、ハイツをとらえようとするその力は絡みつくなどという生易しいものではない。


 細い網の何割かと、それを囲むフレーム部分に法力の神経を通し、そこからさらに放たれる法力によって疑似的な『掌』と化したその金網に宿るのは、とらえた相手を握りつぶそうという確固とした殺意とそれをなしうるだけの力だ。


「――ぐ、ぉォおおおおおおお――!!」


 とっさに分割した武器と周囲の壁や床に刻んだ界法陣をつなぎ、鎖の牽引で内側から押し広げるように抵抗の力を加えるハイツだったが、それでも防げたのは握りつぶされる事態だけで拘束そのものから逃れることは不可能だった。


 物体の内部に神経を通すだけではない。

 法力を用いて模造の筋肉をまとわせ、骨格で補強することで念入りに強化された金網が、鎖の力をもってしても逃げられぬようハイツの体をがっちりと拘束し、その場に押しとどめている。


「オイカワ、マナ……!!」


「やった……。やった、やったよ――、セイジ君、ヒトミィ……!!」


 声の下その方向で、擬人や死体人形の影に隠れていた愛菜がどこか歪な笑みを浮かべながらそう声を上げる。


「――あ、は、やったぁ……。これでみんなの仇を――。って、え、あれ……?

 なんで、仇……? だってセイジ君もヒトミもここにいるし、シオリや理香さんも――、大吾君だって(・・・・・・)そこにいるのに(・・・・・・・)……」


「--っ!!」


 金網にかけられる圧力から逃れようともがく中、付近へと現れた気配に視線をやって、ハイツはそこにもう一人、明らかに生きた人間という感じではない、魂を吹き込まれた少年の死体人形を否応なく視認させられる。


 共有された知識の中にもほとんど知識のない、けれど確かに彼女にとって重要な人間だったのだろう、沖田大吾という少年の死体人形が、その手に一振りの剣を携えて。


(――ち、く、しょう……!!)


 動けない自身に迫るとどめの一撃に、敵対する者たちの悪辣なやり口に、そしてそれらを前に何もできない自身に、ハイツがぶつけるすべのない感情をかみ殺して、そしてそんな彼のもとへと大吾の赤熱した刃が振り下ろされて――。






 目のまえで起きたその事態に、サタヒコたち三人はしばし次の行動に迷い、三人で一所に集結して対応の方針を話し合っていた。


 目のまえには、恐らく城司の記憶を封じ込められた鎧の擬人たちが展開したのだろう、防御界法によって規制されたドームのようなものが外界との接触を遮断するように形成されていて、その内部では先ほどまで戦っていた城司と、そしてその娘の華夜が二人で向き合っているのがかすかに見えている。


「端的に聞くが、どう思う……?」


「見た感じカヤ嬢の方から何かしてた感じだし、ここは無粋な横やりは入れずに静観一択ではないかな」


「不本意ながら同意見……。状況は注意した方がいいと思うが、それよりも今は今後の動きを考えた方がいい」


 指揮系統を担っていた城司が行動不能になったのをいいことに、今だ残って戦おうとしていた二体の鎧の擬人たちを始末して、そうしてやることのなくなった三人は頭を突き合わせて今後の方針のすり合わせを行うことにする。


「カヤ嬢たちの――、えっと、家族会議? それの結果いかんにもよるけど、なんにせよ他のお味方とは早めに合流しておきたいところだよね」


「ケンサ、そういえばお嬢の動向は?」


「トバリがこっちの追跡に向かった後僕と二人で残っていた擬人は全滅させたから、ひとまず自由に動ける状況にはなってるはずだよ」


「こちらに来る途中で目印は残してきたから、多分追跡もやろうと思えばできる」


 自身の懐からペイントボールのような効果を持った小さな玉を取り出し、示しながら、ケンサは一つの懸念を『ただ……』という言葉に続ける。


「お嬢なら、俺たちの方の戦力は足りてると見て、もう一方のカインス殿たちが戦ってる戦場に向かう可能性もありうる」


「ああ……、あるねぇ……。あっちもこっちと同じで三人になっているはずだけど、状況と戦力を考えるならそれだけではまだ不足――」


「――む? ちょっと待て」


 そうして分析を語るケンサに対して、ふとサタヒコが何かに気づいてどこか慌てた様子でそれを問いかける。


「――今三人(・・)といったか? カインス殿のところ、あの場に残る戦力を三人と?」


「――? そうだよ? ……あれ? そういえば君、こっちに来るのがずいぶん早かったね……。君のいたところと距離が開いてたから、二人の増援(・・・・・)が到着するのにはもう少しかかると思っていたんだけど――」


 そこまで話して、ようやく三人はここまでの自分たちの会話の中に重大な錯誤が潜んでいることに気づき、それぞれが心中で他の二人に対して『またこいつは……』とため息を吐く。


 思い返してみれば、三人の間で刀を移動させ、状況の把握に努めた際ケンサの順番は一番最後。

 しかもその際サタヒコとトバリの二人は戦闘中で唯一交戦中でなかったケンサの周囲の状況に気を配る余裕がなく、ケンサ自身もすぐに増援を送り出してしまったため、肝心のその増援が誰で何人いたのか(・・・・・・・・)を他の二人はきちんと把握できていなかった。


「あー……、そうなると、どういうことだ? だとしたらあの時増援に来たのは――」


「――待て」


 首をひねり疑問を解消しようとするサタヒコに対して、しかし直後に顔色を変えたトバリが呼びかけ、三人の間の空気が一気に張り詰めたものに切り替わる。


 ほどなくして、他の二人の耳にも届いたのは聞きなれてはいなくとも聞けばそうとわかる明確なエンジン音。


 そんな音の主が、緩いカーブを描いた高速道路の彼方から、その曲線の向こうからほどなくして姿を現して――。


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