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299:練達の武人

 東方のとある国で絶大な影響力を誇り、名を連ねる武人達の高い実力によって国外までその名を轟かせる一大流派。

 それこそがエンジョウの一族を宗家として他の三人の生家を含むいくつかの家が中心となって運営する一門、【四元萬道流】という武術流派だ。


 戦乱の時代における軍事力という性質上、その流派に所属する使い手達こそ一国の内に集中しているものの、その知名度は西方のオハラの血族と並び評されるほどの高さを誇り、彼らが編み出した技を他国の者達が模倣して、そうして広まり、普及していった技術と言うモノも【真世界】においては多数存在している。


 とは言え、だ。

 実のところこの流派、そこに所属する武人たちが、そこまで共通して強力で特徴的な技を使うのかと言えばそう言う訳でもない。


 無論所属する武人たちは皆強力な使い手ではあるのだが、駆使する技や扱う武器の性質、それらの特徴は一人一人バラバラで、ある程度見る目のある使い手が観察してようやくその根底にある技術に共通点を見出せるという、それほどまでに扱う技術や技に個人差があるというのがこの流派に所属する武人たちの最大の特徴だった。


 そしてこの特徴は、上級者になるほど顕著になっていく傾向が強い。


 というのもこの流派、修練の最初に必ず習う基礎、学ぶ技術や知識と言うモノは確かにあるのだが、ある程度習熟して来ると個人の適性、体質や得意不得意、果ては扱う【神造武装】と言った諸条件に合わせて自身にあった戦闘スタイルを研究していくことを求められるようになるのである。


 そんな彼らの思想、その根底にある教育理念は、【四元萬道流】という流派の名前にも明確に表れている。

 彼らの流派において基礎に当たる四つの術理を元にしながら、(まん)の道を進むことを門弟に求める、界法や【神造物】と言った要素の存在故に個人の適性の幅が大きいとはいえ、【新世界】のそれと比較してもなお先進的と言える、そんな姿勢。


 【四元萬道流】の強さというのは実のところ扱う術理の強さというだけではない。

 結局のところこの流派の最大の特徴は武術の研究・開発と、そうして生まれた技術を共有、継承する教育機関としての優秀さなのだ。


 だからこそ、サタヒコ、ケンサ、トバリにカゲツを加えた四人は【決戦二十七士】に選ばれるに相応しい力量を身に着けることができたし、それ以前に四人が四人とも全く違う戦闘スタイルを確立することができていた。


 膂力に優れたサタヒコは、その有り余るパワーを存分に生かせる金棒と大鉈を合わせた鬼鉈という答えへとたどり着き、機動力の高さと投擲の技量に優れたトバリは二刀と投擲武器、二つの運用が可能な双羽刃という結論に行き着いた。


 それは壮絶で醜い一刀の奪い合いの末に至った、特別で強力な力を宿した神造の刀を、あえて誰かひとりの主武装(メインウェポン)とするのではなく全員の副武装(サブウェポン)として運用するという最適解。


 そしてもう一人、法力の制御と精密運用において他にない才覚を示していたケンサが至った答え、それは――。






「【滂沱(ぼうだ)刃船(はふね)】……!!」


 界法によって生み出された水流が空中に宙を泳ぐ龍を描き出す。

 縦横無尽に泳ぎ回る龍身、その流れの中に一歩遅れてケンサの操る蛇腹剣が、本人が【龍骨刀】と呼ぶそれの、その分割された刀身部分だけが高速で流れて宙を駆け抜け、その先にいる全身鎧の、その体表を覆う竜の鱗をはがしとる。


 さらに――。


「――ッ、うぉっ――!?」


 左手で握る刀から水流を放って操り、城司の注意を水流と分割刀身の奔流にそらしたその隙をついて、ケンサが刀身を失った蛇腹剣中央のワイヤーを鞭のように操り、城司の足へと巻き付ける。


「さあっ、【招雷】……!!」


「ぐ、ぉ――」


 電流を流しながらワイヤーを引いて転倒を誘い、城司が鎧たちにかけさせている防御用のオーラを的確に減衰させて、同時にケンサは次の一手へ向けて空中の水流を解除する。


 直後、案の定城司が足に絡みつくワイヤーをつかもうと手を伸ばし、しかしその直前にケンサ自身がワイヤーを操作してその拘束を解除し、空中にばらまかれた分割刀身めがけて再びその鞭を振り上げる。


「【磁引】……!!」


 法力を流すことでワイヤーそれ自体に刻み込んだ磁力の術式を発動させて刀身パーツを吸引、鞭のごとき一振りですべての分割刀身を回収し、続く更なる一振りで回収した刀身を一斉に城司のもとへと投げつける。


「――グ、ぉおオッ――!!」


(――くっそ……、武器の一つ一つがドローンみたいに操作されて飛んでるってわけじゃないはずなのに……!!)


 回転しながら飛んできた刀身パーツを盾で防いで弾き飛ばしながらそう思い、直後にケンサの姿が消えたのを見てとっさに自身の背後に振り向きざま盾を発生させる。


「【横行龍尾】……!!」


 案の定、刀身パーツに紛れる形で投擲されていた神造の刀、その側へと転移する形で背後に現れたケンサが水圧をジェット噴射のように噴き出す形で加速させた鞭の一撃を城司の背中に叩きつける。


 魂と城司の記憶を得て生まれた鎧の擬人、主に背中側を守る各パーツが展開する障壁を次々と叩き割り、城司がとっさに展開した盾に受け止められてようやくその勢いが止められる。


 鞭として振るわれたワイヤーをはじき返すのではなく食い込ませて受け止める、そんな粘土の塊のような盾によって。


(捕らえた――!!)


 振り向くと同時にすぐさま【周回盾陣(ファランクス)】を発動。

 粘土の盾を操りワイヤーが抜けないように包みながらひねり上げ、相手の武器の動きを封じながらの反撃を試みる。


 だが――。


(なんだ――、手ごたえが――!?)


 盾でとらえたワイヤーの手ごたえが消失したことに驚き目を向ければ、捕らえたワイヤーが途中でちぎれてケンサが己が武器の自由を取り戻している。


 否、よく見ればそのワイヤーはちぎれたのではない。

 ワイヤーとワイヤーをつなぐ接続部分、金属の金具が外れたことで捕らわれた先端部部分が切り離されて、そして当のケンサの方は短くなった分のワイヤーを自身の背後、腰の後ろに【決戦二十七士】の共通装備たるマントで隠した巻き取り機のようなものから新たに引き出す形で補充し終えている。


(――こ、こいつの、武器は――)


 ケンサの握る剣の柄、その実態が中央に通したワイヤーを手元のボタン操作で操る機械に近いものであると理解して、城司の表情が否応なく驚愕に歪む。


 ケンサの使う蛇腹剣、本人の呼ぶところによる【龍骨刀】は、ケンサ自身が自身にあった戦い方を求めて多数の武器を試し、【四元萬道流】に残された資料を漁って見出した複数の技術を組み合わせて作り上げた独自の武装だ。


 剣術のみならず鞭の技術や、果ては法力に頼らない機械(からくり)の技術まで駆使して作り上げたこの武器は、同門の他の戦士たちと比べても特に手の内が読みにくく、対応が難しい攻め方を可能とするに至っている。


 無論複雑な構造の武器ゆえの脆弱さや、特異な戦闘術であるが故の弱点などもないわけではないが、ケンサは同門の戦士たちとの研鑽の中でそうした弱点とは向き合いつくしているのだ。


 少なくとも、腕を競い張りあってきた他の(バカ)二人がすぐに思いつくような弱点であれば、それを突こうとする相手を逆に罠にはめられる程度にはすでに対策を打っている。


 そして――。


「【発破雷】――!!」


「ッ――、【迫撃】……!!」


 距離をとったままでは分が悪いと距離を詰めたその瞬間、付近で二体の鎧の擬人が抑えていたはずのサタヒコが目前へと現れ、相手に叩き込むべく用意していた一撃をぶつけられる攻撃の相殺に使わされる羽目になる。


 当然、サタヒコがこちらに参戦すればそれを抑えていた鎧の一体が自由になって動けるようになるが、城司とトバリを抑えるもう一体の鎧、どちらの加勢に回るか、その判断をつけるより先に、今度はケンサがワイヤーの鞭を振るって動きを封じ、他の鎧の動きから脱落した鎧の部品を地面に叩きつけることでそこに宿る魂の核を破壊し、数を減らす。


(――ッ、そ――、連携がよすぎる……!!)


 擬人たちを自身の記憶によって洗脳し、思考パターンを共有している城司が集団戦での連携で後手に回る。


 単独での戦闘能力の高さだけでも城司よりも上のこの三人だが、その真骨頂は三人で複数の敵を相手にする集団戦だ。

 神造の刀によって互いの位置を行き来することができ、足止めの敵戦力すら置き去りにして味方の援護に回れるこの三人は、性格こそ合わないながらも長き付き合いと修練によって些細な符丁で的確な連携が行えるほど互いの思考パターンというものを知り尽くしている。


「――【突風斬】」


 ケンサがワイヤーの鞭で拘束した鎧武者をもう一体へと叩きつけ、二体の動きが止まったその瞬間を寸分たがわず同時に狙って、一足先に投じられた刀のそばへと転移したトバリが自身の刀と合体させて設けた双羽刃を暴風の魔力と共に投げつける。


 目のまえまで迫り、その視界をふさいでいたサタヒコが突如として体勢を落として双羽刃の進む軌道を開けて、頭上を通り過ぎた互い違いの刃が構えられた盾とぶつかり、その表面に猛烈な風圧を容赦なく叩きつけてくる。


「――ぐ、ぅぅう……」


 静の使っていた【突風斬】より明らかに威力の大きい暴風の炸裂に、それをもろに受け止めてしまったがゆえに大きく吹き飛ばされながら、それでも両足でだけはかろうじて地面を捉えて、城司は歯を食いしばりながら後退して体勢を崩すことだけは耐え忍ぶ。


 とはいえ、状況は明らかに城司の側の劣勢だ。

 一応の味方として自分以外に、擬人の集合体たる鎧武者がまだ二体残っているが、それらの鎧も城司が纏う鎧にしても、戦闘のさなかにいくつものパーツが込められた魂を砕かれて、着実にこちら側の戦力を削られ続けている。


 しいて言うなら、城司の背後にはもう一体分、鎧武者を形成できるだけのパーツの塊があるが、こちらは華夜の封じるのに使われていて参戦などそもそも望むべきではないものだ。


 あとはこの階層各所を徘徊している擬人が存在している程度だが、純粋な味方ともいえず、どこに配置されているかもわからないそんな者たちに頼れる余地など初めから無い。


(――だから、どうした……。

 状況が悪いからなんだ……!! 連れて帰るんだ俺は、他でもない、あいつのただ一人の父親として……!!

 子供の未来を想うなら、絶対にあんな世界には戻させるわけにはいかねぇ……!!)


 かくなる上は、相手がまだこちらの生け捕りを望んでいる、その部分を隙として突く形で捨て身の攻撃に打って出るか。


 そんな考えを頭によぎらせなら、城司がここで負けるわけにいかないと、必死になって思考を巡らせていた、まさにその時――。


「――あ?」


 いつの間にか。

 城司は背後に忍び寄っていた、こちらの援護として残っていた二体のどちらとも違う三体目の鎧武者によって、背後から掴まれる形でその動きを封じ込められていた。


(なんで――、こいつ……!!)


「捕まえ、た……」


 疑問に思った次の瞬間、鎧の胸部から顔をのぞかせていた、余りにも聞きなれた愛娘の声が耳へと届いて、同時に城司の背中へと何かが押し付けられて壊れるかすかな感覚が伝わってくる。


「お、まえ――」


 舞い上がる光、二人の中に流れ込む光の粒子に、とっさに城司が声を上げようとして――。


「家族会議、しよ」


 雪崩れ込む記憶に、否、自身の思考を直接取り出したかのような意思の奔流が、城司にそれ以外のすべてを忘れさせる勢いで、その意識下へと流れ込んできた。

ごめんなさい。

修正箇所が多くて近々いったん更新が止まりそうです……。

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[一言] 300話達成おめでとうございます! いつの間にかここまで長い物語となっていようとは……。 読み始めた時には今のような展開は想像もしていませんでした。 紆余曲折とありましたが、竜昇と静の関係…
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