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298:死者との対峙

 ハイツ・ビゾンという男は育ちが悪い。


 基本的に身分を考慮せず、世界存続の危機という状況を盾にしがらみも因縁も半ば踏み倒すような形で世界最高峰の戦士たちをかき集めた【決戦二十七士】だが、それでもふたを開けてみればやはりというべきなのか、その構成メンバーの大半は貴族階級や騎士階級、教会関係者や名家、高名な武家といった上位階級者がほとんどで、貧民街で育ったような人間は事実上ハイツくらいのものだった。


 とはいえ、これについては狙ってそうしたというよりも、世界最高峰の実力者を集めようとしたら、おのずと教育・人材育成の環境が整った、整えることのできた社会的地位を持った人間たちが集まってしまったという方が実情に近い。


 ハイツに並ぶ例外として、暗殺組織の頭目というもろに裏社会出身者であるフジンの存在などが実例としてあるが、こちらも幸か不幸かはともかく幼少のころから技術を叩き込まれる環境に身を置いていて、そこで磨いた実力によって表の世界に引きずり出されてしまったというのが実情だ。


 そして、こと環境に恵まれていたというその一点に限っては、【貧民街】で育ったハイツですらもその例外ではない。


 まだ十代前半のセインズを例外とすれば、ハイツはカゲツと並んで二十七士の中でも若い世代だ。


 生まれた年月こそかろうじて世界が分かたれる前の時代であるものの、物心つくころにはすでに【新世界】が存在していて、そしてそのころの混乱の何が影響してなのか、ハイツが物心つくころにはすでに親のいない子供として結界で守られた大都市の、そのはずれにある貧民街の片隅で生活していた。


 おりしも世界は二つに分かたれた後の、【真世界】に残された少数派の人間たちが争いあうようになってしまった混沌の時代。


 その時代の荒波にさらされる状況は当時幼かったハイツですらも例外ではなく、幼少期のハイツは年長の者たちに仕込まれた盗みの技術と、そして年の割には多少なりとも強かったその腕っぷしだけを頼りに何とか生きていかなければならなかった。


 そんなハイツに転機が訪れたのは、奇しくもハイツが仕事をしくじり、普段縄張りとしている貧民街を離れてどことも知れない裏道で力尽きようとしていたそんなときのことだった。


「おいガキ。そのままくたばる気がねぇならついてこい」


 通りがかってハイツを拾ったのは、名をランゴ・ビゾンという町の片隅で錬金術の工房を営む職人の男。


 妻子もなく、弟子や従業員もなくたった一人で小さな工房を細々と運営しているというそんな職人で、聞けば生まれこそ職人の家でそこで技術を叩き込まれたものの、その後なにがしかの理由で傭兵として活動し、やがて怪我で引退を余儀なくされて再び職人へと鞍替えしたという、複雑でありながらもあの世界においては決して珍しいとは言えない、そんな経歴の持ち主だった。


 そんなランゴがいかなる理由でハイツを自身の工房に連れ帰ったのか、実のところそのあたりの事情を本人に問うたことはない。


 単に死にかけの子どもを哀れんだだけだったのかもしれないし、世が混乱に満たされる中で一人で生きていた男が己の生き方を見直したのかもしれない。


 あるいはそれなり以上の技術を持ちながら妻も子もなく、それを伝える相手を持たなかったそんな男が、せめて自身が培った技術を誰かに継承させたかったのかもしれない。


 なんにせよ、ハイツはランゴに拾われる形でその工房の下働きとなり、同時に彼の弟子となって彼の技術を片っ端から叩き込まれることとなった。


 通常であれば、錬金術師の工房の弟子ともなれば習うのは界法を用いた金属の加工技術や物体に術式を刻み付ける法刻の技術など、主に武器や道具などを作る加工・生産技術と相場が決まっているのだが、ランゴが特殊だったのは彼が一時期傭兵として活動しており、その時期に戦うすべを求めて生家で叩き込まれた錬金術を用いた戦闘技術すらも確立していたという点だった。


 結果、ハイツは単純な法具の生産技術だけでなく、ランゴが傭兵時代に確立していた、架空金属系統などと呼ばれる法力によってかりそめの物質を生成する技術を用いた戦闘術をもその身に叩き込まれることとなった。


 幸運なことに、こと戦闘に関していえばハイツは師であるランゴ以上に素養があったらしい。

 独自に開発したといえば聞こえはいいが、ランゴの戦闘技術は言ってしまえば足りない戦闘技術を実家の錬金術の応用で補っていたといったほうが近く、戦闘技術としてはまだまだ粗削りで、結局ランゴ自身も戦士としての実力はそれほど突出しているとは言えないものだった。


 対して、ハイツはといえば教わった技術を持ち前のセンスからくる体術などと組み合わせることで発展。同時並行で習っていた職人としての技術と合わせて装備の開発などで実力を底上げし、途中からは師であるランゴと共同発展させていく形で現在の戦闘スタイルに至る独自の戦闘技法を確立していくこととなった。


 おりしも、当時は世界が二つに分かたれ、それによる混乱で大量の流民、難民が人口密集地である都へとなだれ込み、貧民街などを中心に急速に治安が悪化していたような時代である。


 年々悪化していく情勢の中、武器などの開発に携わるランゴの工房も騒乱の荒波からは逃れることができず、結果としてハイツは激化していく貧民街の抗争や騒動に否応なく巻き込まれ、それを確立した戦闘技法によって鎮圧し、平定したことで、ハイツたちは一職人でありながらやがてはその地域の顔役にまで上り詰めていた。

 それからほどなくして、うわさを聞き付けたブライグによって勧誘される形で、ハイツは後方支援部隊の一員となったランゴと共にこの戦いに参戦することとなる。


 町の治安どころか世界の命運すらかかった、この最終決戦の、その舞台に。






「【起点交鎖(アウル・ハウル・ロウディア)】--!!」


 身の内から周囲へとむけて、正確には事前に刻印していた界法陣へとむけて己が法力を投射する。


 術者であるハイツの周囲、地面や壁面、あるいはハイツ自身の装備に刻み付けられた界法陣がその法力を受けて起動して、(てん)(てん)を結ぶ形で鎖の線が結ばれる。


「アぅッ――!?」


 ハイツの正面、手にしたハルバートを振り上げ馬鹿正直に突っ込んできていた馬車道瞳が足元から付近の壁面を結ぶように現れた鎖に盛大につんのめり、それでも力任せに降りぬかれた斧による一撃をハイツが背中につながる鎖を陣の中に取り込み、それに引っ張られるような形で移動し、回避する。


 否、ハイツが回避したのは何も瞳の斧だけではない。

 瞳の背後、そこに広がる黒雲の中から飛んできた一矢もまた、ハイツがこの場で回避を選択した理由の一つだ。


「【結点錨鎖(アウル・グスタ・ロウディア)】--!!」


 すかさず付近の界法陣から先端に(アンカー)のついた鎖を飛ばしたハイツだったが、やはりというべきか黒雲を突き破ったその攻撃に何かをとらえた手ごたえは感じられない。


 否、それどころか、どうやら展開されていた黒雲、それ自体が、少なくない電気を帯びて飛び込んでくるものを感電させる罠だったらしい。


 撃ち込んだ鎖を伝って発射地点たる界法陣へと電気が流れ、そのうちの一か所である屋上に設置された室外機らしき機械に電気が流れて内部で何かが爆発したような音がする。


(ちッ……。前衛を前で暴れさせて、術師と射手が雲に紛れて姿を隠しつつ援護と狙撃、ってのは事前の情報通りか……)


 ハイツを含め、【決戦二十七士】の戦士たちは華夜の手によりプレイヤーの記憶を共有される形で残存するプレイヤーたちの手の内についても情報を共有されている。


 それによれば、現在この戦場で【黒雲】を習得している術者は中崎誠司のみだったが、及川愛菜もまた誠司の手によりその装備に術式を刻まれる形で【黒雲】を使用可能とのことだった。


(――えっと、あっちの死体の男が極小炎弾、重力、気象再現の三流派の界法を主戦力にしてるナカサキセイジ。ただし使ってる武器(つえ)は別物。

前衛の女が重力と筋力の界法に、斧を武器とするバシャドウヒトミ。こっちも壊れたのか失ったのか、記憶にあるのと武器が違う――。

そして唯一の生存者、さっきちらっと見えたあの女がオイカワマナだったか)


 情報によれば、及川愛菜は気象再現系統の界法を装備に刻まれ、与えられた弓使いで、【体化】の技法で周囲の地形や建物と一体化してのゲリラ戦や、【黒雲】を展開して同じ後衛である誠司の援護、そしてその黒雲に身を隠し、【体化】により相手の位置を特定しての狙撃など、どちらかといえば直接戦闘より援護や不意打ちといった戦術的な立ち回りを得意とする戦士とのことだった。


 本来ならば、この三人に加えてさらに高い攻撃力と制圧力を持つ渡瀬詩織、そして中衛として前線の補助や後衛の防御、式の補助などを幅広く行う先口里香といった二人も加えた五人組だったらしいのだが、今残っているこの三人だけでも戦力としては十分に脅威だ。


 無論、三人の内二人が死者となり、【擬人】化された死体人形に置き換わっている関係上さらに戦力が低下している可能性もあるが、そもそも『ぷれいやー』達を戦力化していた【神造人】達とのつながりがある以上、何らかの強化がされていてもおかしくはない。


 とはいえ、だ。

 いかに戦力的変化があったとしても、基本戦術が同じであるならば、少なくともその部分への対処手段は変わらない。


「――!!」


「来たか」


 短く呟いた次の瞬間、ハイツの後方上空から大きく弧を描くような軌道で大量の法弾が降り注ぎ、そこに込められていた暴風の法力を炸裂させて屋上に立ち込めていた黒雲の壁を吹き飛ばす。


 恐ろしい精密さでハイツのいる場所だけを巧妙に避けて、それ以外の周囲にいる敵を吹き飛ばすように。


(――はッ、本来学者だって言い張ってるくせに、相変わらずいい腕だよこの人は……!!)


 ハイツがこの場所に乱入したその時、それと入れ替わるような形で、ハイツはこの場所にいたカインスを鎖の牽引によって屋上から退避させていた。


 もとより、カインスは敵と相対して直接やりあうよりも、遠距離からの支援を得意とする界法術師だ。

 サタヒコと組み、彼がこの場にいられるうちに包囲から脱出する必要があった先ほどまでなら共に行動する必要もあっただろうが、組む相手がハイツに代わった今であればカインスには姿をくらまし、遠くからの狙撃に徹してもらったほうがよほどいい。


「そこか……!!」


 降り注ぐ法弾、その炸裂によって吹き散らされる黒雲の内部でシールドが展開されるのを確かに感じ取り、すかさずハイツはその相手を叩くべく自身の界法陣を起動させる。


「【起点交鎖(アウル・ハウル・ロウディア)】--!!」


 直後、付近の壁と、もう一か所展開された球体防御障壁(シールド)が鎖によって接続されて、界法陣の中へと吸い込まれるそのけん引力によって雲の中から二人の姿が障壁ごと外の壁面へと叩きつけられる。


 シールド表面にハイツが術式を刻んだから、ではない。

 術式を刻んだのは先ほどから降り注いでいるカインスの砲撃、そこに織り交ぜられたハイツ自身も開発したての投射術式だ。


(……はっ、さすが学者先生……!! 作りたての術式を遠距離狙撃仕様にいじって使いこなしてるとか、開発者泣かせにもほどがある……!!)


 もとより戦闘能力だけでなくその独特の錬金技術を買われ、【神杖塔】内部の階層間扉を固定するために鎖の界法技術を提供していたハイツ達だ。

 研究・開発のために師であるランゴだけでなくカインスにも術式の情報は共有していたため、彼が同じ術式を使えること自体不思議ではないが、それでも投射術式に限って言えば開発者であるハイツ達より使いこなしているというのはさすがに笑うしかない技量だ。


 なにしろハイツ自身は、装備での直接接触での刻印だけでは不十分と見て、多方向に術式を投射する多面体型の法具を開発してもらったものの、法具に頼らない生身での使用は効率が悪いとみて断念しているほどである。


 いくら思考補助用の装備を多数使用しているとはいえ、同じ術式を別の界法に織り交ぜる形で、こうして雨あられと撃ち込んでくるというのはさすがにハイツにとっても理解の域を超えている。


 とはいえ、そんな理解の外にある支援法撃が、この場で戦うハイツにとってありがたい支援であることもまた事実。


「【結点錨鎖(アウル・グスタ・ロウディア)】--!!」


 雲の中から引きずり出し、鎖の牽引によって壁面に叩きつけることでその障壁を叩き割って、さらにハイツは防壁を失った二人をめがけて錨付きの鎖を攻撃として叩き込む。


 愛菜と誠司、二人というより、厳密には一人と一体とでもいうべき人間と死体人形の擬人のうち、まずはすでに死んでいる擬人の方を撃破しようとその矛先を向けて、しかしその寸前に真横から別の横やりが入ることとなった。


「【加重域(ヘビーゾーン)】――」


「ちィッ――!!」


 突き出された右手、そこから発生した重力の界法が打ち出された錨付きの鎖をその到達前に叩き落とし、それを成した瞳が続けてハイツの方へとむけてその右腕を振り払う。


 腕の動きに合わせて重圧の範囲が移動して、走り逃れようとしたハイツを容易にとらえてその体を屋上の床上へと抑え込む。


 ただし――。


(俺を捕まえて、それで勝った気になるのは早いだろ……!!)


 思った次の瞬間、上空から飛来した魔弾の雨が、しかし地上への着弾寸前に次々とその軌道を変えて、瞳の展開する重圧領域を避け、すり抜けるように四方八方から彼女一人へと襲い掛かる。


「――ッ、がぁあッ――!!」


 寸前でいらだったような声を上げ、腕を振り回して法弾の一部を重圧で叩き落とした瞳だったが、ほとんど全方位から襲い掛かった法弾はそれだけで迎撃しきれるものではない。


 背中側を中心に、筋肉の鎧で膨れ上がった巨体に次々と法弾が着弾して爆発を起こし、そしてそうして撃ち込まれた法弾の中には少なからず法刻の弾丸が混入されている。


「【起点交鎖(アウル・ハウル・ロウディア)】--!!」


 当然のように、重力の領域がずれたことで自由を取り戻していたハイツが背中に刻まれた界法陣を起動させて、付近の地面と瞳の背中をつないで、爆発の衝撃によって体勢を崩していた彼女を引っ張り、仰向けにその地面へと引き倒す。


 そして当然、そんな処刑台にのったような隙を【決戦二十七士】の二人が見逃すはずもない。

 重力で叩き落としても意味がない、それどころか弾速を加速させることになる真上からの起動で一斉に砲弾が降り注ぎ、同時にハイツもまた自身の武器である多節棍の一つを分割。

 先端についた分銅を鎖でつないでフレイルへと変えて振り回して、分銅を投げつけると同時に鎖を伸ばして同じく上から落下する軌道で振り下ろす。


 一体の擬人を二人がかりで叩き潰す、そんな攻撃に対して、しかし――。


「【昇樹雷(ライトニングツリーライジング)】……」


 付近の地上から上空に向けて、あるいは黒雲から空へとむけてまるで大樹のように広がる雷が撃ちだされ、上空から降り注ぐ集中豪雨のような法弾とぶつかって一斉にそれらが相殺される。


 同時に、瞳の方も自身の肉体を包んでいた筋肉の鎧を解除して、界法陣が刻まれていない本体が地面を転がり振り下ろされた分銅を回避する。


(――ちッ――、あの筋肉の鎧、【着装筋繊(ドレッシングサルコレマ)】とか言うやつを脱いだのか――、……!!)


 瞳一人に攻撃が集中していた、そんな隙をつくように、いつの間にか再び立ち込めていた黒雲のその中から、再び短いクロスボウ用の矢が放たれて、それらが不規則な軌道を描いてハイツに襲い掛かってくる。


「ちィッ――!!」


 単純に矢を飛ばしている、というだけではない。

 矢の後ろに鋼糸(ワイヤー)を結んで、それをさらに【体化スキル】で肉体の延長上のものとすることで操作する、相手の迂闊なガードをすり抜けて命中する不意打ちの矢。


 事前情報があったためにカラクリこそわかっていたが、下手に受ければさらに矢に込められた【初雷】の追撃すらあり得た危険な攻撃をバックステップで回避して、ようやく勢いを失った矢が今度はその鋼糸(ワイヤー)にひかれて雲の中へと戻っていく。


(やたらと『すきる』ってやつを習得していたとは聞いていたが、思っていた以上に厄介な連携だな……。メンバーが二人抜けてるってのに隙も無い……。いや、そもそもこいつらって、全員そろって戦える局面ばかりじゃなかったんだったか?)


 あまり重要な情報ではなかったためうろ覚えだが、それでも思い出せた記憶によれば彼女たちは本来五人組であったものの、一時期はそのうちから一人が離れて四人になっていたということだった。


 その一人が抜ける前にしたって、一人がまともに戦えない状態だったり、あるいは戦力にならず足手まといだったりと決して全員が万全の状態で戦えた局面ばかりではなかったわけで、そう考えると多少の条件が違ったところで変わらず連携が取れているというのは、この三人についてはある程度納得できるものだった。


 そこまで考えて、しかし直後に解凍された(よみがえった)記憶にふとハイツは眉を顰める。


(――、いや、待て。そういやこいつら、本当はさらにもう一人いたんじゃなかったか……?

 確か最初にそいつが死んで――。でもこいつらのうち二体だってすでに死体で――。けど死体の活用ができるなら――)


 記憶の底から引き出されるその知識に、ふとハイツが違和感を覚えて、それが明確に嫌な予感へと変わってハイツの背筋に悪寒が走った、次の瞬間――。


「――ッ」


 背後の壁面、正確にはここに来た直後に鎖で封鎖しておいた、屋上へとつながる階段のある場所に気配を感じて、とっさに身を沈めたハイツの頭上を勢い良く振るわれた光の斬撃が通過する。


「ちィッ――!!」


 転がり飛び退くハイツをよそに、二度、三度と光の斬撃が壁を切り裂き、それによって壁面が崩れてその向こうにいた、隠れていた四人目の敵が現れる。


 顔色の悪いその容貌を目の当たりにして、ハイツの脳裏に浮かび上がるのは【跡に残る思い出】によってかろうじて受け取っていた、今まで相手にしていた三人のうちの二人と同様、すでに死亡しているはずの人間の記憶。


「オキタダイゴか……!! が――!?」


 思った次の瞬間、ハイツの身に重圧が、それも先ほど食らったものよりもさらに強い、膝をつかせるどころかねじ伏せるようなレベルの圧力が襲い掛かる。


「――ぐ、おぉ……」


 どうにか視線を向ければ、こちらに右手を向けた瞳と雲から姿を現した誠司が、同じように青い顔と無表情のまま同じ【加重域】の界法を発動させて、その効果範囲を重ねてハイツ一人をねじ伏せていた。


「ぐ……、く、ぅ――」


 そうして二人がかりで動きを封じたさなか、目の前にいる大吾が剣に光をまとわせて、その法力の刀身を伸ばしながら、光の剣を勢いよく上段から振り下ろして――。


「【起点交鎖(アウル・ハウル・ロウディア)】--!!」


 その寸前、ハイツが付近の陣と装備に刻んだ陣を鎖でつないで、重圧の中強引に鎖でけん引することで、かろうじてその身を引きずられる形で斬撃を躱して、重圧の領域内からの脱出を果たしていた。


 重圧に押さえつけられた状態だったため文字通り身を削る、あるいは摺り下ろすような負担は免れなかったが、それでもどうにか敵の攻撃をやり過ごして、ハイツは身を起こしながら胸の内で盛大な舌打ちを繰り返す。


(クソッ、あの三人以外にもまだこの近くに伏兵を潜ませてやがったのか……!!)


 聴力や法力違和を中心とした感覚で周囲の索敵ができるカインスだが、その索敵能力とて決して絶対というわけではない。


 足音や心音が聞こえれば人間大の生物の位置は高い精度で感知できるが、逆にそれらの音を全く発しない物品については探知できず、音の反響を聞き取っての探査も壁一つ隔ててしまうと探知は不可能になってしまう。


 それでも、逆に言えば足音をはじめとした物音や心音が僅かにでも聞こえれば探知できてしまうあたり、彼の探査能力は人類全体を見ても破格といえるものだったわけだが、活動せずに動かない、完全に物品の状態に徹した【擬人】や、それこそ心臓すら動いていない死体などは室内に隠された時点で探知不可能になってしまう。


 現にカインスも、この場に愛菜という射手がいること、それ自体は事前に察知できていたわけだが、それ以外にどれだけの人数の擬人が護衛がいるのかについては正確に察知できていなかった。


 ハイツ自身は後からこの場所に来たためそうした事情まで走る由もなかったが、それでも共闘する関係上事前に手の内やその特性については伝達されていたため察知できなかった理由くらいならば推測できる。


 問題があるとすればむしろ今は――。


(――いや待て、っていうかその学者先生はどうしたんだよ……!! 死体として動かずにいる間はともかく、動き出したんならあの先生、間違いなく気づいて知らせてくるはず――)


 思うさなか、ふとハイツは大吾が明けた大穴、その向こうに視線をやって、そこから姿を現すもう一人の姿を視認する。


「--お前、【削渦】の――」


 それは一本の槍を携えた、ハイツ自身も一応の面識がある男。

 同じ【決戦二十七士】としてこの戦いに参戦し、けれど分断されたその段階で行方知れずになり、そのまま死亡したものと推測されていたそんな戦士の一人。


 そんな相手が、今まさにハイツの目の前で、青白い顔と無表情な変わり果てた姿で、そして何より背後に多数の死体人形たちと共にこの戦場へと入り込んできている。


(オイカワマナとその仲間の死体だけじゃない……。この塔内で死んだ人間の死体を、軒並み【擬人】に変えて投入してやがるのか……!!)


だとすれば、先ほど伏兵の存在をカインスが知らせてこなかったことや、彼の手による狙撃支援が途絶えている理由もおのずとわかる。


 もしも敵方がこの【神杖塔】内に残されたすべての死体を活用でき、その対象に【決戦二十七士】の戦士たちのものさえ含められるというなら、それは――。






(――迂闊、迂闊ッ……!! 敵が死体の擬人という形で死者の再利用が可能とわかった時点で、こういう可能性もある程度予想しておくべきだった……!!)


 それは自身が倫理にとらわれすぎてアマンダのような天才の後塵を拝していると考えているカインスにとって、余りにも予想外で屈辱的な一手。


(死体があればいいというのなら、候補としてありうるのは誰だ……? 遺体を回収できていない者――。ある程度原型を留めている必要はあるのか……? 他に条件がある可能性は……!?)


 苛立ちで暴走する思考を教典による補助でとりまとめ、頭の片隅で走らせながら、カインスは自身の肩に突き刺さった相手の武器を引き抜き、検める。


 やはりというべきか、本来使っていた【神造物】ではない。

 それは法具の類ですらない、本当にただの鉄の塊で、けれどその形状だけで一人の使い手を思い起こさせる一本の、苦無。

 ましてや、そんなものを使う戦士で、かつカインスの探知を搔い潜れる存在がいるとすれば、それは死者を含めてもたった一人しかいない。


「まさかこんな形で再会することになるとは……。いやな因縁だなぁ、フジン君……!!」


 そうして、カインスは自身の【探査波動】によって姿を現した相手へと向けて、苛立ちに眉を顰めながらもそう語りかける。


 すでに命の失われた、全身に縫い痕のある、ひどく顔色の悪くなった同僚へとむけて。

 聞き知っていた無残な最後とその後の現状に、生まれる感情をかみ殺すように。

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