297:刀奔誓走
三者共有という特異な性質を有した【参誓の助太刀】の持ち主として選定され、それ以外にも同じ武術流派に属し、幼少の頃より何かと縁があるなど、何かと縁が深いサタヒコ、ケンサ、トバリの三人ではあるが、ではそんな三人の仲が良好なものであったかといえば正直微妙だ。
別に不仲というわけではないのだが、幼少のころから同じ道場に通って腕を磨き、年齢も近かった三人は腕を比べあうことも多く、仲が良いというよりも日常的にくだらない争いに興じ、足の引っ張り合いなど醜いやり取りも頻繁にかわす、せいぜいよく言っても悪友のような関係性といったほうが適切な関係だった。
そんな関係性に変化が生じたのが、他でもない、【新世界】の創生がなされた二十年前。
多くの人々が未知の世界へと取り込まれ、それを奪還するべく行われた第一次攻略戦の結果が敗北に終わって、そしてほかでもない、彼らの流派の一門、その党首ともいえるその位置に、戦死した先代に代わって幼き日のカゲツが据えられた、その時のことだった。
もとより、カゲツと他の三人、あるいはそれぞれの属する家柄同士の関係はある種の主従関係に近いものがある。
一応、国家の君主、カゲツや三人にとっての主君に当たる人物は他にいるのだが、国内有数、下手をすれば国外にまで名が轟く一大剣術流派の宗家と言う立場にあったカゲツのエンジョウ家に対し、コンゴウ、ミナギリ、フウラの三家は代々その道場の高弟として名をとどろかせ、血縁的にも何度か婚姻が結ばれていたこともあり親戚関係や分家に近い関係性があった。
そうした事情もあり、三人にとってカゲツのエンジョウ家は正式な国家君主よりも主君に近く、三人もいずれは道場の高弟として名をはせ、流派そのものを支えながら国に対しては指南役を務める形で貢献するなど、どちらかと言えば流派や道場に帰属しているつもりで過ごしてきたのである。
だが二十年前、三人がまだ十代前半だったその時分に、世界は変転し、そしてその後の戦いで彼らの流派は大きな被害を出した。
先代のエンジョウ家当主、カゲツの父に当たる人物は当時【神造物】の所有者であったこともあり、国内の有力な武人たちと共に道場でも名をはせた高弟たち、三人の父や兄たちと共に第一次神杖塔攻略戦に参加。
結果全滅に近い被害に遭ったことでその多くが帰らず、帰ってきた者達も戦士としては再起不能の重傷を負うなど三人よりも年上の世代が丸ごと抜け落ちてしまったのである。
結果残されたのは、当時元服だった三人のような門弟たちと、すでに一線を退いていた老人世代、そして幼くして先代当主である父を失い、次代のエンジョウ家当主と言う立場になってしまったカゲツの存在だった。
「カゲツ様はまだ五つ……。だが先代が無くなる際に継承者として指名していたのか、【超限の三連鞘】はしっかりとあの方に継承されている」
父たちを含む道場関係者の葬儀を終えた後、三人はともにその父たちを葬った墓が見える寺の裏手で、珍しくいがみ合うでもなくそんな会話を交わす。
「それが問題だよねぇ……。次の戦いが具体的にいつになるかはわからないけど、うちの当主で【神造物】の継承者ともなれば間違いなく戦力として徴兵される」
「流石に成人前の子供を連れていくことはないと思うが……。いや、【超限の三連鞘】の性質を考えればそうとも言い切れないな……。最悪本人がどれだけ弱くてもあの【神造物】なら界法使用の際の法力供給源にもなるし、それどころか最悪の場合――」
【神造物】の継承が持ち主の死によって行われる関係上、無力な所有者を死に追いやり、あらかじめ決めておいた実力者に継承させるという荒業は戦乱の世においては普通に行われてきたことだ。
そしてこの場合、命じる側にそれをためらう理由など無いに等しい。
なにしろことは世の命運がかかった大戦なのだ。
無力な小娘の命一つで勝ちを拾えるなら、国家を担う君主たちは当然のようにその手段を選ぶ可能性がある。
もしもこのまま、あの幼い娘が無力なままであれば。
「ならば我らにできることはただの二つしかあるまい。カゲツ様をお父上に劣らぬほどの、党首にふさわしき実力者へと育て上げ、我らもまたそれに劣らぬ力をつけて、やがて来る戦いに供として参列する」
「こうなって来ると次の攻略戦を二十年後の限界直前まで見送るっていうのは唯一希望的と言える要因だよねぇ……。幸いにしてお嬢を育てる時間も、俺達が力をつける時間も充分にある」
「まあ、他に指導できる大人連中がほとんどやられちまったんだからそれしかないか……。戻ってきた大人たちや引退してる爺共の力を借りるにしても、やっぱり実際に動ける俺らが中心に立たないと……」
普段碌に話が合わない、結託するよりも競い争っていることの方が多いそんな三人が、しかしこの時ばかりは一切対立することなく意見を合わせる。
そうして交わされるのは、共に同じ少女を主と仰ぐ若武者たちの道合わす誓い。
「我ら三人、共にお嬢を主君と仰ぐ者同士……」
「この先に予期される困難を、主君と共に歩み、それを支えることで乗り越えるとしよう」
「たとえ馬の合わぬ俺達であろうとも、いかなる艱難辛苦が待ち受けていようとも、だ」
そうして三人は言葉を交わし、差し出した手を重ねて誓いを交わす。
それこそが、反目していた三人が唯一道を合わせると決めた最初の瞬間。
そして――。
「――ふぎょッ、おっふ――、うぶわっ――!!」
いつの間にか。
隠れて覗き見ていたらしい【神問官】によって選定され、どういう訳か感極まったような奇声と共に、試練もないまま重ねた手の下に現れる形で神造の刀を授けられた、そんな瞬間だった。
この時ばかりは、気の合わぬ三人も珍しくそろって同じことを思った。
もっと他に、荘厳でそれらしい授け方はなかったのか、と。
「カゲツより三人を招集ッ、--サタヒコ、--ケンサ、--トバリ……!!」
時間はわずかにさかのぼり。
城司の手により華夜の身柄を奪われ、彼らがこの場を去ったその直後。
その場に残され、擬人たちに包囲されていたカゲツはすぐさま腰の後ろに差していた刀、借り物である【参誓の助太刀】を引き抜き、そう呼びかけ叫んでいた。
得られた情報をもとに城司も予想していたことだが、【参誓の助太刀】の所有者たる三人はその権限によって刀の周囲の様子をリアルタイムで観測することが可能だ。
それゆえに、三人は主君筋であるカゲツにその刀を預け、【決戦二十七士】のメンバーが分断された後は刀越しに二人の状況を見守りつつ、分断されたほかの戦士たちを探して合流の助けとなるべくバラバラに動いていたわけだが、そうして三人がある意味で自由に動けていたのもこの時までが限界だった。
事前の打ち合わせによってカゲツ自身も三人がどう動くかは把握していたため、ここまで他の三人に頼らず華夜と二人で切り抜けてきていたわけだが、こと状況がこのようなものになってしまってはもはや選択の余地はない。
かくして、刀に向けて主たるカゲツが順番に三人へと呼びかけて、まずは最後に呼ばれたトバリがカゲツの背後を守る形で現れる。
「――トバリ、参上っす。お嬢、刀を――」
「ああ――」
主の前でも抑揚のない声で刀を求め、手渡されたその瞬間神造の刀がその手の内から転移する。
三者で共有する刀がその転移能力によってトバリから、サタヒコ、そしてケンサのもとへと順番に転移して、そうして刀がそれぞれのもとへと渡ったことで、刀の周囲を観測する権能によって他の場所にいる二人がそれぞれの状況を理解する。
「――状況は把握できた。ひとまず僕が合流していた戦力をサタのもとへと向かわせたよ」
ほどなくして、トバリのそばに刀を携えたケンサが転移によって合流して来て、すでに足止めの擬人たちと切り結んでいたカゲツとトバリに加勢する形で周囲の敵へと斬りかかる。
分割された刀身がそれらをつなぐワイヤーによって蛇のようにうねり、周囲を包囲する擬人たちを打ち据え、斬りつけ、そして跳ね飛ばして、生じたその隙に手の中の刀をトバリの方へと投げ渡す。
「こちらの戦場、お嬢への加勢は僕の方で行おう。君はとっととカヤ嬢とその父君の跡を追いたまえ」
「――ああ、まったく、隙あらば命令しようとしやがって……」
キザな態度で告げるケンサにトバリが陰鬱な表情でそう呟いて、直後にカゲツが起こした爆発の技に合わせて刀が投げられ、トバリは親子二人を負うべく空へとむけて飛び立った。
残されたケンサも、足止めに残された戦力をあらかた屠ってカゲツが動けるようになってからケンサのもとへと転移して、そして――。
「――よォ、ずいぶんと派手にやってるみたいじゃねぇか。おかげでこの場所は遠くからでもわかったぜ」
かくして、同時に三か所、全く別の場所で窮地に陥る味方全ての助太刀をやり遂げて、そしてその最初にして最後の二人のもとへ、状況を変える新たな一人がたどり着く。
「助かったよ。今ちょうどあちこち立て込んでいてね。サタヒコ殿には至急別の戦場に向かってもらわなくてはならなかったんだ」
「――んだよ。それじゃ結局この場は二人で何とかしなきゃなんねぇのか。
……まあいい。そっちだってお役目はあるんだろうし、俺の愚痴には付き合わずに行ってくれ」
「かたじけない」
わずかに言葉を交わし、それを最後にサタヒコの姿が瞬時に消えて、代わりにその場に現れるのは点と点、あるいは陣と陣をつなぐ界法の鎖。
「さて――、それじゃそっちの学者先生と二人、改めてテメェらの相手をさせてもらおうか?」
槍とデスサイズと錨を足し合わせたような武器を携え、到着と同時に無数の魔法陣を周囲に刻み付けたその男が。
「【決戦二十七士】が一人、ハイツ・ビゾンだ。あのおっさんに代わって、ここからは俺が助太刀する……!!」




