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296:集結の三武人

 投じられた刀の前に自らの握る刀を振りかぶったトバリが転移によって出現する。

 自身の刀、柄頭と鍔の部分に接続された金具が神造の刀の鍔と柄にがっちりとはまって連結し、巨大なプロペラ、あるいは二枚刃の巨大手裏剣のようになった双羽刃を投げつける。


 それもご丁寧に、城司の背後に華夜を封じた鎧武者を置くような軌道で、城司が攻撃を躱したら、それこそ鎧武者のところに神造の刀が向かってしまうように。


「【粘土防盾(クレイシールド)】--!!」


 刀の元に転移できるならその刀すら華夜達の元へ行かせるわけにはいかないと、城司は即座に粘土質の刀剣殺しの盾を形成して回転しながら迫る双刃羽を迎え撃つ。


 とは言えこの三人を相手取るには、そんな的確なだけの防御ではどうやら不十分だったらしい。


「--ふむ、対応としては悪くない、のだがな……!!」


 双刃羽の刃が粘土質の盾に食い込んだその瞬間、刀の真上に鬼鉈を振りかぶったサタヒコが現れる。


 刀の持つ権能を利用した所有者の転移、そしてそれを用いて放たれる、防御破りの一撃。


「【発破雷(はっぱらい)】--!!」


 とっさに盾の角度を変え、さらに鎧の擬人たちが追加で障壁を展開した次の瞬間、鬼鉈の金棒部分の激突と共に衝撃が折り重なった盾の内部にまで浸透し、金棒に付与された雷と共に追撃の衝撃が叩き込まれて、それによって展開していた盾が粉々に砕けて爆散する。


「――グ、ぉおぉおお――!!」


 浴びせかけられた障壁の破片は鎧によって防がれた。

 ともに浴びせられた雷撃は纏った加護(オーラ)によって相殺した。


 だがそれでも衝撃の炸裂そのものは打ち消しきれず、城司の体が大きく突き飛ばされてたたらを踏む。

 そして態勢を崩した城司に対して襲い掛かるのは、中央に通したワイヤーで魚の骨のような刃を繋いだ蛇腹剣。


「ッ――、【竜鱗(スケイル)――!!」


 蛇のように巻きつき、内部に向けて生えた刃を突き立てるように襲い掛かる蛇腹剣に、とっさに城司は鎧に命じて自身の周囲に多数の極小障壁を展開。

 一枚一枚は薄弱ながらも積み重なることで防御性能を発揮する、そんな障壁によってかろうじて四方から襲い来る刃を防御して、しかしワイヤーに巻き付かれる形で拘束された城司は、続く別の攻撃については防げなかった。


「【招雷】--」


「――グァッ!?」


 剣の大元を握るケンサが用いる、ただ単純に法力を電気変換するだけのそんな攻撃が蛇腹剣のワイヤー越しに炸裂し、オーラを纏った城司が撃ち込まれる電流のその衝撃に思わずうめき声を漏らす。


 幸いにして電撃の大半は身に纏うオーラによって相殺されてダメージと言えるものはほとんどなかったが、それでも拘束された状態で二度三度と電流を流されれば十分に脅威だ。


 特にケンサの用いる【招雷】はただ電気を生むだけの効果である代償に発電する電力量に上限がない。

放出などの攻撃に転用するための機能が一切ないため武器と併用でもしなければ使えない技だが、その分武器と組み合わせれば放出する法力の量だけ発電が可能なのがこの技の特性だ。


 流石に一発で法力が枯渇するほどの莫大な量を叩き込むような真似はしないにしても、法力を息継ぎのように補給しながら竜昇の【迅雷撃】にも届こうかと言う電撃を連続で浴びせるくらいのこと、この男には容易にできてしまう。


「――ッ、【散弾(スプラッシュ)】--!!」


 どうやら拘束された状態に危機感を覚えたらしく、城司がとっさに我が身を守る多数の竜鱗障壁と、そして身にまとった鎧を一斉に射出して自身に巻き付いた蛇腹剣のワイヤーを強引に弾き飛ばす。


 鎧を構成する多数の装甲板、それ自体が意志を持つが故に可能となる、鎧のパーツ全てを四方八方にまき散らしての強引な離脱。


 一人であるように見えて群体であるが故に可能なその戦術は、確かに初見であれば脅威となるものではあったが、しかし逆に言えばすでに露呈している以上その脅威は三人にとって予想できた脅威でしかなかった。


「【殺風刑】--!!」


 宙に舞い上がった鎧のパーツを目がけ、双刃羽を手元に呼び戻したトバリがそれを回転させて巨大な竜巻を発生させる。


 パーツの大半が薄く平らで、ある意味風の影響を受けやすい金属板であることを利用して、城司の体から離れたそれらを一斉に暴風の界法で巻き上げて、さらに暴風の中に紛れ込ませた多数の斬撃によって装甲板を、現出した擬人体を、そしてその命ともいえる顔面の核を、大量の斬撃を浴びせることで次々と切り刻んで、決して少なくない数の擬人たちを次々と切り刻んで屠っていく。


「【発破雷(はっぱらい)】--!!」


 危険と感じて救援に出て来た二体の鎧武者目がけ、その行く手に立ちはだかったサタヒコがこちらは遠慮容赦なしの、中にいる訳でもない人間への配慮を除いた全力の一撃を連続で両者に叩きつけていく。


 城司と同じく堅い守りを備えたはずの鎧武者たちが、しかし多重に駆けられた防御破りの加護と法技であっさりと障壁を破られて吹き飛ばされ、城司たちの元へたどり着くことすらできずに一部の核を砕かれてその数を減らしていく。


(ち、くしょう……、連携がうますぎる……!!)


 状況に応じて攻め手を変え、担当する敵すら入れ替えて的確に対応して来る三人の武者の立ち回りに、否応なく城司は相手と自身の、その練度の決定的な差を思い知る。

 そんな三人の武者が戦術の起点として使う一本の刀、その特性の、思っていた以上の厄介さについても。


 【神造武装・参誓の助太刀(トライバルエンゲージ)】。

 一見すると何の変哲もない、少なくとも三人の武者が携えているもう一方の武器と比べるとあまりにも特筆すべき点のないその刀が【神造物】である可能性については、実のところ【神造人】側でもある程度早い段階で推測されていた。


 それはそうだろう。何しろ転移、あるいは瞬間移動などと呼ばれるような、空間の隔たりを無視して一瞬で別の場所に移動する力など【神造物】以外にあり得ない。

 当然、それを成した人間がいるとなれば【神造物】の所有を疑われるし、同じ流れでその人間の持ち物や装備、そのどれかが【神造物】なのだろうと考えるのもまた自然な流れだ。


 そして恐らくは、この決戦に至るまでの間、サタヒコたち三人は分断された【決戦二十七士】のメンバーを集めるための連絡要員を担っていたのだろう。


 【神杖塔】内のデータベースに該当する【神造物】の情報はなかったものの、彼ら三人はあちこちの階層で頻繁にその転移の権能を行使していて、そのどの場面にも一本の刀が存在していたことから、その刀こそが転移の権能を持つ【神造物】なのではというところまでは比較的スムーズに推測ができていた。


 だが逆に言えば、【神造人】達が推測できていた【神造物】の情報はそこまでが限界だった。


 転移という現象が【神造物】の権能であろうことは予想できても、関わる人間が三人のほか複数人いるため誰が真の所有者なのか断定できない。

 そもそもにおいて【神造物】の所有者は一つにつき一人であり、自身で保有し使うというのが【真世界】における常識で、基本原則だ。

 いくら任意のタイミングで手元に呼び出せるとはいえ、他人に持たせるという運用からしてまず非常識な部類だし、ましてや所有者とされる人間が三人もいるなど少なくともこの世界では前代未聞で、そして十分すぎるほどに掟破りなものだった。


(とはいえ、三者共有ってのは珍しい特性だが厄介なのはそれじゃねぇ……。

 むしろ重要なのは、その刀を起点とした転移の権能の方……。見たところできるのは、三人の誰かのもとに刀を転移させることと、あとは刀のもとに自分たちが転移すること、か……?」


 先ほどまで現場にいなかったにもかかわらずこちらの状況を把握していたことを考えると刀の周囲の状況を遠方から観測できる権能もあるのかもしれないが、なんにせよ厄介なのはこの転移の刀がある以上城司たちがこの場から逃げるのは容易ではないということだ。


 最低でも、刀の投擲によって高速での追跡が可能なあのトバリという男だけでも行動不能にできなければ、どれだけ逃げても同じような方法でこの三人にはどこまでも付きまとわれることになる。


 あるいは、事前にやっていたように三人の追跡を封じる、もっと言うなら城司たちを追いかけるわけにいかない、そんな状況を作り出せれば逃げ切れる目もあるのかもしれないが――。


 それこそ、そう、例えば――。


「――ッ、【迫撃】――!!」


「【発破雷】――!!」


 拳を鎧と盾でコーティングした全力の拳と、打撃に欲しい効果をすべて乗せて雷撃を追加した鬼鉈の金棒部分での一撃が正面から激突し、展開された盾の一部が吹き飛び、衝撃がまき散らされて地面を陥没させるそんな中で、城司とサタヒコが互いに一歩も引かぬままにらみ合う。

 一瞬でも気を抜けば押し切られて追撃を受けかねないそんな状況で、城司が口にするのは我ながら反吐が出そうな悪意に満ちた言葉。


「――ハッ、ホンッ、とに厄介な三人だが――、テメェら三人ともここに集まって大丈夫だったのかよ……!?

 特にとりわけデカいあんた、お前なんて確かここに来る前もう一人の連れと一緒にいたはずだろう……?」


 城司はここに来る前、付近にいたサタヒコと、そしてもう一人のカインスという【決戦二十七士】の二人へ向けて、及川愛菜率いる擬人と死体人形の部隊が襲撃に向かっていたことを知っている。

 それはそうだろう。何しろ彼女たちが担っていた役割はそもそも城司が動く際の他の【決戦二十七士】の足止めなのだ。


 特にこのサタヒコという男の場合、事前に刀の【神造物】の力によって転移できるらしいことは判明していたため、逃げられないようあえて複数人でいるところに襲撃をかけ、可能であるならそちらに人を集めることすら視野に入れて、その隙に城司が華夜を奪取するというのが本来の望ましい展開だった。


 にもかかわらず、今この場にサタヒコまでもが集結しているということは、あるいはあのカインスという男を見捨ててきたのかと、そう突きつけるはずの問いかけだったのだが。


「――ほう、気になりますかな? 我らに襲撃をかけてきた、あの娘とそれを取り巻く者たちの行く末が――!!」


「な――」


「気になりますかな……!? あるいはこの身があの娘を打ち殺し、その死体をまたいでこの場にたどり着いたのではないかと……!!」


「――ッ、ぉ――!!」


 悪意を持ってぶつけた言葉への思わぬ返しに、それによって生じた隙にサタヒコが勢いよく鬼鉈を振りぬいて、その圧力にあらがいきれなかった城司がとっさに背後へ飛んで、同時に体の周囲に展開されていた盾を撃ち出し、足止めをかける。


 だがそれによって足止めできたのはサタヒコだけで、別方向からは刀が投げ込まれ、そしてその刀をつかみ取るように転移してきたケンサがそのまま刀を振り下ろしてくる。


「――ッ」


「紳士的に心配しているというのならひとまず安心していいよ。別に僕たちだって、あっちの彼女たちを殲滅してこちらに来ているわけじゃない」


「ハッ、心配なんざ……、そんな資格ねぇのなんざこっちは百も承知なんだ、よッ――!!」


 サタヒコのそれよりも明らかに軽いその斬撃を跳ね返しながら、同時に城司はかつて華夜を連れ帰るために割り切った、その時の葛藤をなぞるようにそう言い返して追撃とばかりに鎧が展開していた竜鱗盾を弾幕としてトバリの五体に叩き込む。


 だがそれらの盾が弾丸として狙った個所を穿つ頃には、すでに神造の刀も、その持ち主の一人もその姿を消している。


 続く言葉を紡ぐのは、案の定そんな城司の右後方のもう一人。


「別に敵を殺しつくしてきたわけじゃない。かといって味方を見捨てたわけでもない」


 ボソボソと、斬り結んでいた鎧の擬人を蹴り飛ばしたケンサがそう言って――。


「我らがここに集結できたのはほかでもない、心強きお味方が駆け付け、そちらにあの場を任せてきた、それだけの事」


 同じく足止めに動いていた鎧武者を殴り飛ばしたサタヒコがそう続けて――。


「あなたもよく知っている、とても心強い戦力が、ね」


 最後にケンサがそう結んで、そしてその手の剣を、否、ただの剣とは呼べないその武装を、高々と掲げて、まるで蛇のようにそれを宙にうねらせる。


 空中で蛇腹剣がバラバラに分解される。

 小さなナイフのような切っ先部分が外れ、複数のパーツからなっていた刀身が中央を通るワイヤーから抜け落ちて、にもかかわらずまるで統制されたような動きで落下した刀身パーツがケンサの掲げた神造の刀へと刺さっていく。


 否、それは刺さっているのとも違う。

 先ほどまで蛇腹剣の中央を通っていたワイヤー、それが通っていた刀身パーツ中央の穴がそのまま神造の刀を通せる形となっていて、その穴に正確に通す形でケンサ自身が蛇腹剣のパーツを組み替えているのだ。


(風系の界法……? 念力? それとも何かの権能――、なんにせよ尋常な制御能力じゃない……!!)


「他と違い試練を経ずして神の恩寵を得た僕らと言えど、この一刀を得るに相応しい実力は持っているつもりだ」


 蛇腹剣の刀身を通した刀を城司の方へと突き付けて、ケンサは先ほどまでの余裕の消えた無表情で城司に告げる。


「悪いけど娘さんは味方として救出させてもらうよ。――【竜牙砲】」


「――!!」


 次の瞬間。

 突きつけられた刀から、それに突き刺さっていた蛇腹剣の刀身パーツが次々と発射され、まるで砲弾のように放たれたそれらが一斉に城司の防御へと突き刺さる。


 予測のできない、塔の情報にない手札でもってして。

 新世代の戦士たちが、それでも確かな実力でもって。







「――今こいつ、なんて言った?」


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