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295:立ちふさがる一刀

 空へと向けて一振りの刀が放たれる。


 鞘にも納められていない抜身の刀が、その刀身を回転させて、ともすれば真下で繰り広げられる戦いの中から、不測の事態によって持ち主の手を離れ、飛ばされてきたかのように。


 けれど、高々と宙を舞ってビルよりも高い位置まで飛び出してきたそんな刀は、運動エネルギーを使い果たして、あとはどことも知れぬ街中のどこかに堕ちるのみとなったそんなところで――。


「――ああ、見つけた」


 まるでその瞬間を狙いすましたかのように、いつの間にか刀のそばへと現れていた小柄な男の手に握られることとなっていた。


「例の馬なし馬車で逃げている。聞いてはいたがやはりずいぶんと速いな……。

 追跡を開始する」


 ブツブツと、黒い前髪を長く伸ばし、顔の半分を隠したその男が、空中で誰にともなく、しいて言うなら今まさにその手に掴んでいる、先ほどまでカゲツの腰に切り札として差してあったその刀へと語り掛け、同時に逆の手で腰の後ろのもう一振りの刀へと手を伸ばす。


 引き抜いたそれは柄と鍔、刀身の背の側に二か所、まるで何か棒状のものを通すような(リング)が取り付けられた奇妙な刀。


「――ああ、面倒だが――、さっさと追いつくとするか」


 次の瞬間、引き抜いたばかりの刀の二か所のリングにピタリとはまるように、まるで最初からそこにあったかのように右手で持っていたはずのもう一方の刀が現れて、二本の刀がそれぞれ刀身を逆に向ける形で柄の部分で連結される。


 同時に男、【決戦二十七士】が一人、トバリ・フウラが見せるのは、遠く離れ行くトラックを狙った、明らかなまでの投擲の構え。


「さぁ――、飛び抜き、追いつけ『双羽刃』……!!」


 トバリ自身が界法を用いて発動させた風をその刀身に纏い、互い違いに組み合わされた二本の刀がまるでプロペラのように、あるいは手裏剣のように回転しながら、彼方を走る城司たちのトラックめがけて投げ放たれて飛んでいく。






「――来るぞ、迎え撃つ準備をしろ……!!」


 対して、トラックの荷台では即座にその追撃を察知した城司がそう叫び、どの声に応じてトラックの積み荷と化していた、華夜を封じ込めたものとは別の鎧のパーツたちが動き出す。


 鎧を構成するパーツ群が宙を舞って組みあがり、二体はトラックの屋根上で、一体はトラックの荷台で、そして最後の一体は城司の新たな鎧として彼に装備される形で鎧武者の姿を形成していく。


そんなトラック上の様子をしり目に回転する双羽刃が付近の上空を通り過ぎ、直後にその側へと現れるのは先ほどその双羽刃を遠方から投じたトバリの姿。


「--あぁ、やっぱり――」


「--知ってんだよ」


 その瞬間、空中へと現れたトバリへと向けて、まるでその出現を予想していたように二体の鎧武者が突き出した手に竜鱗盾を展開。即座にそれを撃ち出して弾幕としてトバリめがけて撃ち込んでくる。


「--いやな相手だ」


 対して、トバリの方は回転しながら飛ぶ双羽刃、その唯一安全につかめる中央の柄部分に自身の頭上で軽く触れると、回転しながら飛ぶ双羽刃の軌道をわずかにそらしてトラックの前方に曲がりこむように変化させる。


 続けて、足裏で法力を炸裂させる【空中跳躍(エアリアルジャンプ)】を発動させて盾の弾幕を回避。

 静ですらできないような【空中跳躍】の連続起動で続けざまに撃ち込まれる竜鱗盾の連続射撃を回避して、次の瞬間にその姿を完全にその場から消失させる。


「刀の方だ――!!」


 城司が叫んだその時には、トバリは再びトラックの前方へと回り込んだ、双羽刃のその真下へと移動していた。


 風の界法によって回転しながら飛び回る、自身の得物たる双羽刃を空中でつかみ取り、飛来するその勢いを殺さぬまま軌道を変えてトラックの運転席めがけて叩き込む。


「――【散斬爆破(さんざんばっぱ)】」


 直後、トラックのフロントガラスを突き破った双羽刃が運転席内部でそのうちに込められた法力を炸裂させて、暴風と共に多数の斬撃をばらまいて運転席内部にある物をズタズタに切り刻む。


 トラックを運転していたトラック自身の擬人、その体と赤い核がバラバラになって消滅し、同時にトラックを運転する操作機器もめちゃくちゃに破壊されて、制御を失ったトラックが大きく横にそれて高速道路の防音壁へと激突する。


「――グ、ゥ、ォおおおッッ――!!」


 直後に起きた惨状は、ここが後続車のない仮想の町でなければ間違いなく大事故につながっていたような激しいものだった。


 壁面に激突したトラックが反動で横転し、火花をまき散らしながら路面を滑ってカーブに差し掛かったところで反対の壁にぶつかりようやくその動きを停止させる。


 そうしてようやく動きを止めたトラックの横に降り立つのは、先ほど投げた双羽刃を自身の手元に一瞬のうちに移動させて、つかみ取ったそれを分解して再び二振りの刀に戻したトバリの姿。


「つくづく……!! 【神造物】ってやつの力はでたらめだな……。

 刀のある場所への自身の移動に自身の元への刀の移動……。それも刀の移動については合体させていた別の刀もワンセットと来てやがる……」


 横転したトラックの荷台で防御界法を発動させて、他の鎧武者共々身を守っていた城司が苛立ちの声を漏らしながら姿を現す。


 事前に情報も得ていたが、今の交戦の様子を見ていてもトバリが用いていた【神造物】とその権能は明らかだ。


 刀か自身、どちらかをどちらかに向けて、空間を無視して一瞬のうちに飛ばす瞬間移動、あるいは空間転移。

 だからこそこの男は、恐らくは【神造物】なのだろうあの刀を投擲武器として投げ放ち、自身はその刀の近くに転移する形でこちらを追跡し、追いすがってきた。


 そして厄介なことに、事前に入手した情報という形で、あの刀が持つ権能がそれだけではない(・・・・・・・・)ことも城司はすでに知っている。


「華夜の奴も乗ってるってのに随分と乱暴なやり口じゃねぇかよ。それとも身柄を奪われるくらいなら殺せ、っていう物騒な掟でもあるのか?」


「――いや、単に父親の防御が固いってのを知ってただけなんだが……」


 半ば難癖に近い城司の物言いにボソボソとそんな呟きを返しながら、自身の周囲で立ち上がる鎧、先ほどトラックが横転した際に屋根上から放り出され、けれど防御界法を駆使することで生き残っていた二体をも見据えて二刀を構える。


「――それと【神造物】がでたらめってのは、そっちには言われたくない」


「――はっ、同感だよ……」


 擬人という大量の戦力とスキルシステムという強化手段、そしてスペースコロニーという圧倒的スケールの戦場を用意したでたらめな神造物の数々。

 それを駆使する者たちと、お前は同じ勢力だろうと暗に突きつけられて、城司は苦笑しながらもそれに同意する。


 そうして内心で苦い思いをかみしめながら、頭で考えるのは相手の言動から推し量れる別の情報について。


(――やっぱり、こいつさっきまであの場にいなかったはずなのに、この場の状況やら鎧の中身(おれのこと)やらきっちり把握してやがる……)


 トバリが持つ刀、転移の【権能】を使う際に用いられ、つい先ほどまでカゲツがその腰に差していたはずのそれは、【新世界】誕生後に選定が行われたのか、この塔のアーカイブにも存在していない【神造物】という話だった。


 とはいえ、塔の監視システムで何度かその権能を行使したことである程度まではその性能についても推測は立っている。


 それを踏まえたうえで、次に敵が仕掛けてくるだろう一手を予想するとすれば、それは――。


「後ろだ――!!」


「――おっと、勘がいいじゃない、かッ――!!」


 寸前で気配に気づいて振り返った次の瞬間、とっさに展開した盾の表面に奇妙な形状の刃が突き刺さり、同時にその刃が纏っていたらしい流水がはじけてあたりに水しぶきをまき散らす。


 直後に炸裂するのは、シールドに突き刺さった、まるで魚の骨のような奇妙な形状の刀身、否、それらの中央を通されたワイヤーを通じて流し込まれる加護(オーラ)破りの電撃。


「【招雷】――!!」


「――ッ、てぇなぁッ――!!」


 鎧たちの展開する加護(オーラ)の上から浴びせられた電流に、城司は怒りの声を上げながらも盾そのものを発射して、突き立った魚の骨のような刀身を弾き飛ばすことでその攻撃を中断させる。


 対して、仕掛けてきた方も不意打ちが失敗した以上それ以上攻撃を続けるつもりはないようだった。


 まるで魚の骨のような奇妙な刀身、関節部分でバラバラになったそれらが、中央に通されたワイヤーが巻き取られたことで一気に所有者のもとへと引き寄せられて、最終的には柄へと接続されてどこか鋸のような一本の刀剣の形状に変化する。


 それは現実ではちょっとお目にかかったことのない、ほとんどフィクションの中でしか語られてこなかった特異な武装。


「その武装、確か蛇腹剣とかって言ったか? ってことは、それを使ってるお前は――」


「左様、ケンサ・ミナギリだ。あまり同性に名前を憶えられていても嬉しくないのだがね……。ふっふ……、その様子……!! やはり僕ほどの傑物ともなると自然と名前が知れ渡ってしまうのか……!!」


「単にこっちの情報を掴まれてるってだけだろう……」


「--ああ、やはり目立つ男と言うのは罪なものだな……!! 思わず目を引く戦い方をしてしまう人間と言うのは、どうしても他者の目にこの手の内を焼き付けてしまう……!!」


「いや単にこの塔の構造が俺達の手の内を暴くためのモノだっただけだから……。お前に限らず、大半の奴らはだいたい手の内探られているから」


 自己陶酔のようなケンサの物言いに対して、トバリの口にした推測は実に正しい。

 現在城司が知るこの二人についての情報は、主に【神造人】達への協力を決めたその後に、彼らから情報を共有される形で得ていたものが中心だ。


 すべての手の内がつまびらかにされているとは言い難い、恐らくは穴も隠し玉も存在しているだろう不完全な情報だったが、それでもトバリが握る刀の、少々基本原則を逸脱した効果については知っている。


 否、トバリの握る刀、というよりも。

 より正確に言い表すなら、ここは三人が有する刀(・・・・・・・)、と言うべきか。


「二人とも、待たせた」


 城司と相対する二人、トバリとケンサのその間に、一瞬にして先ほどまではいなかった最後の男が現れる。

 それは金棒と大ナタを融合させたような武器を担いだ、恐らくはつい今しがたまで別の場所で戦っていたはずの人物。


「サタヒコ・コンゴウ……」


「名乗りは不要、のようであるな……。ならば代わりに、こちらの有する神刀の名をお伝えしよう」




「其は、誓いに交えし一刀――」


 口にした次の瞬間、トバリの手から刀が消えてケンサの手の中へと現れる。


「馳せるに限らず――」


「――参ずると決めた」


「「「――忠節の、証……!!」」」


 続く言葉と共に刀がケンサからサタヒコの手へと移動して、否応なく知らされるのは、その一刀がたった一人に所有されているのではないのだというその事実。


(一人が所有するんじゃない……、一つの【神造物】を三人で所有する、三者共有の【神造武装】……!!)


「「「――【参誓の助太刀(トライバルエンゲージ)】」」」


 その瞬間、それが神の作りし特別なのだと知らしめる、ある種の実感が城司の心中を満たして、それを証明として前例のない【神造物】とその所有者たちが城司の道を阻むべく立ちふさがる。


 まるでこの地獄のような戦場から逃がさぬとでもいうように。

 娘と共に戻ろうとする日常を、父の手から無慈悲に取り上げるかのように。


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