293:対峙の決断
西洋甲冑のヘルムの中に城司の顔が現れたその瞬間、華夜はその表情に驚きの感情を浮かべつつも、遂には落ち着くまで一度たりとも父に対して『なぜ』とは問わなかった。
まるで父の敵対と言う事実を前にして、わずかな時間でそう言うこともありうるのだと受け入れてしまったかのように。
その点、むしろ動揺したのは娘である華夜よりも赤の他人であるカゲツのほうだった。
(迂闊……。相手に精神への干渉が可能で、プレイヤーの中にその精神干渉への耐性を持たぬ者がいるのなら、敵方がそうした例外のプレイヤーを操り差し向けてくることくらい予想してしかるべきだった……!!)
もとよりカゲツたちは華夜の【神造界法】を用いることで、接触した『ぷれいやー』達から行方の分からない他のプレイヤーについて一定の情報提供を受けていた。
特にこの入淵城司という男は、華夜の父ということもあって優先的に確保すべき対象として知らされていたほか、もう一人の及川愛菜という少女と合わせ、一つの例外として、他のプレイヤーのような精神干渉への耐性を持たない、ある種一般的な人間として伝えられていた存在でもある。
ただし、ここでいう耐性のなさは、たとえ一般的であったとしてもカゲツたちにとってプラスに働くとは限らない。
なにしろ精神干渉への耐性を持たないということは、記憶や認識に干渉しての洗脳も、スキルシステムと呼ばれる【思い出の品】を用いた技能習得法もそうした人間たちには最大の効果を発揮してしまうということなのだ。
【神造人】たちの目的に耐性保持者の排除が含まれていたから、今までカゲツたちはそうしたメリットを放棄したプレイヤーたちとぶつかる形となっていたが、単純に戦力を確保する目的であれば精神干渉が利く人間を洗脳してそうしたスキルを詰め込めるだけ詰め込んだ存在の方がはるかに強力で脅威度が高い。
それこそ、今目の前にいる城司が恐らくそうなっているように。
(――どうする……? いくら敵として現れたとしても、カヤ君の目の前でまさか実の父親を切り捨てるわけにもいかない……)
単純にそんな真似をしたくないという心情的な面を排除したとしても、仮に父親を殺してしまったとあっては華夜との共闘関係は高確率で破綻する。
此処まで共闘してきた感じ、入淵華夜は聡い少女ではあるが、それでもこの協力関係を築けた彼女自身の動機には、行方知れずの父の安全確保という目的が少なからず影響しているはずなのだ。
ゆえに、カゲツは頭の中でいくつもの戦術を組み立てながら、同時に精神干渉によって傀儡となった人物の、その手法の弱点というべきものをまずは突きにかかる。
「ジョウジ・イリブチ殿とお見受けする……!!」
声を張り上げ、言葉にするのはこの状況においてはある種当たり前ともいえる問いかけ。
「あなたは今、ご自身のことをどのように認識している? こちらに立つ彼女が、あなたの娘御であることはまず理解しているのか……!?」
とかく厄介な性質を持つ精神干渉系の界法ではあるが、実のところその効力は解除不可能な絶対的なものというわけではない。
むしろ、植え付けられた記憶や認識と、実際に目にする現実や本来の自分との間で齟齬を認識してしまうと急速に綻びていく傾向があり、そのため高位の術者になってくるとそうした事態を防ぐために思考誘導や認識操作を併用したり、本来の記憶との間で整合性を整えるなどして解除されにくくする傾向がある。
だがその一方で、どれだけ術者が巧妙にその人物の記憶や認識を嘘で塗り固めようとも、突きつけられた現実は間違いなく矛盾を浮かび上がらせていくし、なによりも【思い出の品】による記憶流入などによって本来の自分を強制的に思い出させれば、否応なく現在の自分との齟齬に気づかされることとなる。
恐らくは華夜なども同じことを考えたのだろう。
カゲツが呼びかけるそのさなか、娘たる彼女の方は体の影に隠した手に何らかの記憶の品を生成して――。
「――!!」
だが二人が次の行動を起こすその直前、城司がカゲツ目がけて右手の斧を投擲し、とっさにそれを回避したその隙を突いて一気に間合いの内へと踏み込んで来ていた。
続く攻撃は左手の斧、ではない。
振りかぶられるのは右腕、それも加護と極小の障壁群に包まれ、生身の拳よりも巨大化した一撃必殺の拳撃だ。
(――受けるのは、まずい……!!)
「【迫撃】……!!」
迫る拳にとっさにカゲツが腰の後ろに差していた刀を鞘ごと引き抜き、その柄頭部分を拳の装甲、側面部分に叩きつけることで強引にその軌道を逸らして回避する。
仮に今の拳を正面から受け止めてしまっていたらば、間違いなくカゲツは今頃自身の体か、あるいは受け止めるのに使った武器そのものを砕かれ、破壊されていたことだろう。
そう思えるほどの衝撃が拳からカゲツの真横を駆け抜けて、そしてこの相手の攻撃はその程度では終わらない。
「だめ、離れてッ!!」
「ッ――!!」
「【防盾砲弾――散弾】……!!」
カゲツがとっさに飛び退き鎧代わりの加護を纏ったその瞬間、構えた手足に向けて城司の腕の周囲に展開されていた多数の極小障壁が発射されて着弾し、少なくない衝撃とわずかな裂傷をカゲツの体に容赦なく刻み付けてくる。
否、それどころか。
城司の腕から発射された装甲は、なにも法力によって展開されたモノだけではない。
「ッ、この……!!」
空中に飛び散った装甲、その中でも鎧のパーツと思しきものが二つ、同時に黒い霧でその体を形成し、それぞれ拳を構えてカゲツの元へと突っ込んで来る。
その構えには覚えがある。他ならぬ、先ほど城司が見せたのと同じ【迫撃】の構え。
「足元に、注意ッ……!!」
そんな立て続けの窮地を前に、横から飛び込んでくるのは護衛対象の少女の声と、水泡。
「【油膜泡弾】--!!」
飛び込んで来る影たちではなくその足元を目がけ、黄色味がかった水泡が三発連続で着弾し、直後にその場所を踏みしめた擬人二体が同時に足を滑らせ、つんのめる。
「--、フゥッ--!!」
吐息一つで意識を切り替え、前のめりに倒れ込む【擬人】の顔面に刺突を見舞ってその一体を消滅させる。
さらに、倒れるのを防ごうと両腕を付いたもう一体の顔面を右足で一蹴。先ほど抜いた刀を両手で握り、法力を注ぎ込んでのけぞる擬人の顔面へと向けて刀を振るう。
「【烈風斬】--!!」
刀身が描いた軌道から名前の通り烈風の斬撃が放たれて、顔面の核が両断されて、二体目の【擬人】もまたただの籠手のパーツへと戻される。
とは言え、たかだか二体を屠った程度ではまだ安心もできない。
なにしろ消滅した二体の背後からは、鎧の腕の部分だけを失った城司が、それでも躊躇することなく追撃のために迫っているのだ。
「【迫撃震】--!!」
(……!!)
全霊の力を込めて大地を踏み鳴らし、震脚で足元の路面を砕いたことで広がっていた油溜まりがその亀裂の内へと流れ込む。
自身の娘、そして何よりかつて行動を共にしたパーティーメンバーであるが故に把握していた攻略法が躊躇なく行使され、迫る城司に対してとっさにカゲツも染みついた動きで刀を構えて--。
(いや待て--、この重装甲を纏った相手--。かと言って加減なくやれば最悪中の父君が--!!)
「【水泡炸弾】――!!」
攻撃を躊躇するカゲツに対し、しかしそれとは別に横から躊躇なき横槍、否、液体を固めた法弾が撃ち込まれてくる。
実の父に対して容赦なく、殺傷しうる威力とまでは言わずとも、当たれば屈強な男でも昏倒させる威力のある水塊が次々と撃ち込まれ、砲弾の連打に晒された城司がとっさに障壁を展開し、その場を飛び退いていったんカゲツからも距離をとる。
「カヤく――」
「躊躇も遠慮も、だめ」
自身も距離をとるように下がったカゲツに対して、背後から駆け寄ってきた華夜が躊躇することなくそう言い切る。
「一緒に戦ってたから、父さんが強いのはよく知ってる。【神造人】が味方に付いているなら、今の父さんは多分もっと手ごわい」
カゲツ自身記憶を共有する形で知らされているが、華夜の父である城司の強さは確かに【決戦二十七士】たるカゲツから見ても充分に脅威になる実力だ。
現に、【決戦二十七士】の一人であるハイツ・ビゾンと戦った時はカヤの援護があったとはいえほとんど互角に戦えていたという話であったし、ハイツ本人の評価を聞いても、華夜を先に狙ったが故に崩せたというだけで、仮に一対一で戦っていたら相性の問題もあって負けていたかもしれないとのことだった。
カゲツ自身の見立てでも、城司の近接戦闘の力量は【決戦二十七士】と同等かそれにわずかに劣るレベル。
才能と言う意味では同じ『ぷれいやー』のあのオハラの少女には劣るのかもしれないが、彼女と違い精神干渉への耐性をもたず、【跡に残る思い出】による技術継承を完全な形で受けられるという特性も相まって、実際に相対しての実力は生身ひとつでも十分に世界トップクラスの戦士達に比肩しうるものとなっている。
そのうえで、そんな人間がさらに擬人化したパーツで構成された全身鎧をまとった状態で襲ってきているのだ。
さきほどまでは正体を隠す目的もあってか、手の内を晒さぬ形で戦っていた節のある城司だったが、こうして正体が割れた今となってはそんな制限をかける理由もない。
こんな相手に手心を加えて勝とうなど、いくらなんでも相手を侮りすぎているというものだろう。
「怪我、させることになっても、命さえあれば何とかする。だから――」
「--いいのかい?」
相手が精神干渉によって正気を失っているというなら、その解除を狙う手もあると言外にそう伝えたカゲツだったが、しかし華夜の方は自身の父に視線を向けたまま、どこか確信があるような表情で頷き返す。
そして華夜がそういう以上、もはやカゲツの側には何も言うことはない。
もとより、戦いの中で精神干渉を解くよりも、一度行動不能にしてから解く方が楽なことも確かなのだ。
ましてや手加減の度合いについても、相手に怪我をさせても構わないというなら正直カゲツにとってもやりやすくはある。
と、そうしてカゲツが方針を決めたのとほぼ同時、当の城司がオーラを纏い、二人の元へと素早い動きで一気に距離を詰めてくる。
対して、それを迎え撃つ二人の方も無策で話していたわけではない。
特に華夜の方は、実の父に対して行うとは思えないほど思い切りよく、人の頭ほどある水球を、内部にいくつもの輝く破片を混ぜる形ですでに掌の上に生成し終わっている。
「【水泡炸弾】――!!」
掌から水球が放たれて、向かって来る城司がそれを腕に装着する形で展開した円形盾で受け止める。
目標に着弾し、炸裂する水球の圧力は相当なものになるはずだが、駆け寄る城司の勢いはほとんど減じない。
盾を斜めに構え、激突して爆ぜる水球の威力を的確に受け流して、最低限の減速だけで一気にこちらへと突っ込んで来る。
とはいえ、だ。
その程度のこと、攻撃を加えた華夜の方とて十分に予想している。
故に、彼女にとっての本命は水球ではなく、その水球の中に込められ、その炸裂と共に飛び散る小さな破片の方だ。
「――ッ、ォオッ――!!」
水球の中に紛れていた小さなガラス片が飛び散ると共に砕け散り、盾で受け止めた城司の周囲で光の粒子が次々と生まれ、舞い上がる。
そのほとんどは水球でガラス片をまき散らした華夜のもとへと帰ってくるが、それとて舞い上がった粒子のすべてではない。
【思い出の品】が破壊された際、破壊したという認識に引き寄せられて押し寄せる光の粒子は、水球を盾で受け止め、飛び散った破片を鎧の装甲で受け止めた城司のもとへもしっかりと同時に流れ込んでいる。
(今――!!)
意識に大量の記憶が流れ込み、脳内でそれらが再生されて、思考のすべてが埋め尽くされて棒立ちとなったその一瞬のスキを突くように、カゲツが【決戦二十七士】最速とまで言われた動きで城司の背後へと回りこむ。
無論不意を討っても鎧のパーツ、そこに宿る擬人たちが防御するだろうが【跡に残る思い出】による記憶流入はその擬人たちにも有効だ。
さすがに全身の鎧、そのすべてを洗脳することはできなかったとしても、身にまとう鎧の一定数が寝返るだけでこちらの攻撃は幾分通りやすくなるし、それ以前に今の記憶の流入で鎧を着る城司自身が正気に戻っている可能性もある。
それらを踏まえたうえで、それでも容赦することなくカゲツは城司に対して手にした刀を振り下ろす。
命こそ奪うつもりはないものの、それでも腕の一本くらいは切り落とすつもりで、幾重にも界法を付与した刀で娘を前にした父親を斬りつけて――。
「--!?」
切れ味に特化させたその一撃は、しかし寸前で展開された多重障壁と、そして即座に振り返った城司自身の拳によって先ほどまでと同様に弾き返されることとなった。
(どういうことだ――? この人、記憶の流入の影響を――)
「--やっぱり……!!」
と、カゲツと違って華夜が何かに気付いたその瞬間、風切り音を響かせながら、先ほど城司が投げつけ、どこかに飛んでいった手斧がカゲツを背後から襲う形で飛来してくる。
時間が経ちすぎているが故に真っ当に旋回して戻ってきたとも思えない、恐らくは擬人としての特性を利用してどこかに隠れ潜み、機会を窺い、挟み撃ちにできる瞬間を狙って襲ってきたのだろうそんな襲撃。
「ッ、父さん――!!」
挟撃に合うカゲツに対して、華夜の方も己が父を挟み討つ形にしようと考えたのか、記憶の品のガラス片を仕込んだ水球を大量に生み出し、父の背中へと向けて立て続けに撃ち込んでいく。
だが、背後への防御を鎧に頼ることができる城司は動きを変えず、それどころか鎧が展開した多数の盾が華夜の水球を完全に阻んで、城司と手斧が変わらずカゲツを前後から挟み撃ちにして――。
「――あまり舐めてかかるのも感心しないな」
呟いた次の瞬間、カゲツの前後でほぼ同時に丸ノコでも押し当てたように激しい火花が散って、背後から襲うはずだった手斧が弾き飛ばされ、そして正面から向かってきていた城司の鎧に深い斬撃痕を刻んでその動きを押しとどめる。
それはほかならぬ城司自身も目の当たりにしたことがある、とあるオハラの少女も使用していた嵐剣の一技、その源流。
「【風車】……!!」
カゲツがその名を告げた次の瞬間、空中に仕掛けられていた気流の刃に弾かれる形で、城司がその態勢を大きく崩して隙をさらす。
華夜の手前彼女の父に深手を負わせかねない術技の使用を避けていたカゲツだったが、多少なりとも傷つけてもいいというのなら、それこそ使える手段は格段に増えてくる。
目のまえに迫る敵を迎え撃つ罠、そして何より物品に扮することでどこにでも潜伏できる【擬人】への備えとして、振るう刃の切っ先で空中に気流による不可視の刃を描くことなど造作もない。
通常の戦士が敵の近づく一瞬を狙って行う技を立ち回りを戦闘の合間の片手間に行い、そうして築いた罠に相手を誘って、そしてそれだけのことをやってなおカゲツの動きは止まらない。
むしろカゲツの、そして彼女の修める【四元万道流】の真価は、あらゆる局面で強さを発揮できるその技の数と多彩さにある。
「【突破雷】--!!」
鎧の肩部分に気流の斬撃を受けて足を止めていた城司の、その隙を文字通りの意味で突く形で、高い貫通性能を有した一撃が電撃の追加効果を帯びて襲い掛かる。
とっさに両腕に盾の界法を発動した城司だったが、刀身を伸ばすように放たれたその刺突はやすやすとその障壁を貫いて、身にまとった鎧をかすめ、帯びた電撃でその身にまとった防御のオーラを大幅に減衰させる。
【真世界】において全方位防御型の障壁が一般化し、それに対抗するように障壁破りの技がいくつも編み出されたように、加護を破る、あるいは効率的に削り、無効化する方法と言うモノもある程度開発されている。
無論、防御性能や形がどのような流派でもある程度一致してしまう球体障壁と違い、加護系統の性質は多岐にわたるため絶対的な攻略法と言うモノは存在しないが、それでも大半の加護使用者に共通する弱点と言うのはあるのだ。
「【斬刃雷】--、【烈風斬】--、【突風弾】……!!」
「--ッ、グっ――、ォオッ――!?」
接触によって全身に伝播する雷系統の法技で加護を削り、薄くなった守りにすかさず遠隔斬撃を叩き込んで、体勢を崩したその隙を狙うように左手に生成していた風系統の下級術を撃ち込み、炸裂させる。
よどみない動きでまるで違う技を次々と城司に対してたたき込み、その過程で鎧の一部を損傷、そこに宿る魂を両断・死亡させて、城司の身を守るその装甲を一枚一枚剥ぎ取っていく。
とは言え、そんな容赦のない連続攻撃も、いつまでも続けられるほどカゲツたちのいる状況は甘いものではない。
『シュルルルル――、カァァァァッ――!!』
先ほど風車に阻まれ、弾き飛ばされた手斧が再び旋回して飛来して、その途中で風切り音なのか雄叫びなのかわからない声を放ちながら黒い霧で人型の体を生成して飛び掛かって来る。
「【旋風車輪】--!!」
本体である手斧を振り下ろそうとするそんな相手に、カゲツは身にまとった風の勢いを借りて己の体を高速回転。
振るう刀の切っ先から次々と【風車】の気流による設置型斬撃をばら撒いて、動きを止めると同時に自身の周囲に配置したそれらを暴風の法力と共に解き放つ。
「ぐばぅ――!!」
周囲一帯に気流の刃がばらまかれ、上から襲い掛かってきた斧の擬人がその五体をバラバラにされ、同時に顔面の核を上下に分かたれて今度こそその身を消滅させる。
あわゆくば、全方位にバラまく斬撃で城司の方にもダメージを与えておきたかったが、流石に別方向の敵に同時に有効打を入れられるほど都合よくはいかなかったらしい。
「やれやれ……。つくづく【擬人】の群体を装備しているというのは厄介なモノだ。加えてそんな存在ならどこかで連携のほころびが出るだろうと思っていたのに、思いのほかしっかりと連携して来る……」
「――たぶん、父さんと鎧とで同じ記憶を共有してる……。だからこっちの記憶を流し込んでも効かないし、鎧と父さんがしっかり連携できてる」
「――ああ、なるほど。共通の記憶を父君と鎧の擬人全体が共有してるから……。目的や判断基準を統一することで、それを軸に全体の連携が成立しているのか……」
通常連携するとなれば言葉による意思疎通か、あるいは長年の付き合いと経験による相手への理解が必要になるものだが、恐らくこの相手はその理解の部分を記憶共有によって強引に成立させているのだろう。
加えてこの方法ならば、ある意味すでに洗脳済みであるわけだから、あとから記憶を流し込まれたとしてもある程度それに抵抗することができてしまう。
なにしろ、記憶流入による【擬人】の洗脳が成立する理由はその自我と行動原理の薄弱さ故なのだ。
すでに別の人間の強い行動原理を与えられていれば、あとから与えられる行動原理の影響は皆無とまではいわずともある程度薄めることも可能になってくる。
「だが、この方法――」
「……ん。いくら判断基準を共有できても、このやり方は軸になる、鎧を着る一人に合わせなきゃ意味がない……」
いくら同じ記憶を共有することで連携が取れるようになるといっても、鎧とそれを着込む人間という関係上、軸になるのは鎧ではなくどうしてもそれを斬る人間の側でなくてはならない。
加えて、連携と戦術の中心に人間を据える以上、その人間が精神的にぶれる様ではこの戦術は成り立たないのだ。
仮に洗脳した人間に鎧を着こませたとしても、その洗脳が解ける、ないしは揺らぎが生じれば、それだけで鎧との連携は崩壊し、成り立たないものになってしまう。
それが意味しているものは、すなわち――。
「――父さんは今、精神干渉も記憶操作もされてない。
【神造人】に操られてるんじゃなく、父さん自身の意思で私たちの前に立ってる……」
「――ああ、そうだよ」
そうして、娘の言葉に、ようやく表情を消していた父親がぎこちない動きで笑みを浮かべる。
バツが悪そうで、気づかれたくなかったと顔に書いてあるようなそんな表情で、けれど決定的なところで己の決断を譲る気がない、そんな決意と懊悩に満ちたそんな表情で。
かつて娘に向けていた笑みを、この状況でもなんとか形作るように。




