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292:人道外れた

 紅蓮の斬撃が壁となって目の前の空間を駆け抜ける。

 術式を使用しない代わりに瞬間的に発動できる法技としては破格の大きさと威力を誇る炎の斬撃が、横から見れば壁が立ちはだかるように一瞬で左から右へと駆け抜け、そびえ立ち。


 明らかに上位の界法を防ぐことを想定された巨大な円形盾を正面から両断し、その先にいた鎧武者へと直撃して爆発し、広いとはいえ一本の通路の中に熱を帯びた爆風が広がり、吹き抜けていく。


(【那由多】を使った……)


 カゲツが使った【那由多】と呼ばれる鞘、正確にはそれに二本の鞘を加えた三連鞘は、カゲツが有する【超限の三連鞘(トライエクシース)】の名を持つ三本一体の【神造武装】だ。


 有する権能は、法力の蓄積と上乗せ。


 すなわち、鞘の周囲で界法を使用することにより、ばら撒かれた余剰法力を鞘が吸収・蓄積していき、所有者の任意のタイミングで使用する界法に上乗せしてその性能を強化できるという【神造物】で、蓄積量に応じて鞘の色が端から徐々に変化していく性質も相まって、【新世界】の存在を知る華夜などは密かに必殺技ゲージ(・・・・・・)のような印象を持っている。


(鞘の色は青……。蓄積としては多いわけじゃないのに、それでもこの威力……)


 【神造物】の権能という性質ゆえか無尽蔵に法力をため込める【超限の三連鞘(トライエクシース)】だが、蓄積された法力量については鞘の色の変化を見ることである程度の推察が可能だ。


 まるで必殺技ゲージのように、法力をため込むほどに鯉口の部分から徐々に色が変わっていくこの鞘は、最初は白だった色が端から徐々に青色へと染まっていき、全体が青に染まると同じ要領で次は緑に、その次は黄色、橙、赤、茶、黒といった順に、法力の蓄積量によって段階的に色が変化していく性質がある。


 そしてたった今、鎧武者の守りを突破するため、カゲツが使用した鞘は青色の【那由多】。


 最初にビルの壁を破るために一度使用していたため、他二つの【不可思議】、【無量大数】に比べればまだまだ法力の蓄積は初期段階だが、それでも多数の敵が入り混じって法力を使用する戦場を駆け抜けてきたが故か、その蓄積量は瞬間発動できる法技を上位界法の威力にまで引き上げるには十分なものだった。


 そうして、放たれた高熱の斬撃によって防御の界法が断ち割られ、その向こうにいた鎧武者へとその一撃が直撃して――。


「――この、手応え」


「……!!」


 --その寸前。

 鎧武者の手前、宙に浮かぶ多数の金属板を中心に発動された多重障壁によって、かろうじてカゲツの放ったその一撃は阻まれ、鎧武者は健在なまま生き残っていた。


 とは言え、それでも相当に危険な状況ではあったのか、かろうじて残っていた多重防壁はその全てが中央に穴をあけられて、そしてそれを展開していた【擬人】達もただでは済まなかったようだった。


 障壁の消失と同時に、宙に浮いていた金属板の数々が次々と落下し、そこに吹き込まれていた魂たる核が消失して模造の命が死に絶えていく。


(あれは――、着こんでいる鎧の一部……?)


 恐らくは鎧を構成するパーツの内、重要度の低い装甲パーツが自主的にはなれて前面に展開、障壁を展開することで味方たる鎧武者本体を守り切ったのだろう。


 見れば、消失した障壁の向こうにいる鎧武者は、先ほど全身を覆っていた金属パーツのいくつかが無くなって、その下にある本体が華夜達にも見えるほどはっきりと露わになっている。


「--ェ」


 そこで気が付く。

 目の前にいる敵、先ほどから戦っていた鎧武者の、その鎧の内部に、明らかに擬人の黒い霧でできた肉体ではない、人間のそれが存在しているというその事実に。


「あなたは――」


 カゲツの言葉と共に、鎧武者の本体の前に浮かんでいた鎧のパーツが一つ二つと力尽きたように地面に落ちて、各所の装甲板があたりに散らばり、最後に顔を覆っていた面頬(バイザー)の部分までもが命尽きてその相手の足元へと転がって――。






「【発ァッ破雷】――!!」


 気合いの一声と共に鬼鉈を飛来する矢へと叩き付ける。


 激突と同時に夜に込められていた法力が炸裂し、発生した衝撃波が鬼鉈に込められていた法力とぶつかり合ってサタヒコとカインスのいるビルの床や壁をその余波によって砕いて宙へと散らす。


 矢を本体とする擬人の全力と一人の武人の技の激突。

 実際には、それ以前に矢を放った射手の手により付与された界法をカインスの精密誘導狙撃で無力化する工程もあったわけだが、なんにせよそうした極限同士の激突、その結末は、サタヒコが【擬人】化した矢を弾き飛ばし、周囲の瓦礫もろとも粉々に粉砕したことでひとまずの決着となった。


「――フシュゥゥゥゥゥゥ……!!」


「無事ですか、サタヒコさん……」


「――問題、ありません。それよりも急ぎましょうぞ。どうやら向こうでも(・・・・・)すでに始まっている様子……」


 全力を振り絞った直後であるにもかかわらず、サタヒコは身を案じるカインスにそう返して、即座に息を整え、動き出す。


 その判断、そして彼の口にした情報について、カインスは口を挟まない。

 現状素早い動きが求められるのは確かなことであるし、基本的に周辺探査能力を持たないサタヒコが、一方で限られた条件下でのみ使える情報収集能力を有していることを、事前に伝えられた関係からすでにカインスは把握している。


 周囲を敵に包囲され、遠方の敵からも弓術による法撃を受けるそんな状況下で、カインス達がとった行動は単純明快、襲い来る敵をなぎ倒し、罠や仕掛けを看破して、遠距離からの砲撃を迎え撃ちながら突き進むという、世界最高峰の戦士であるサタヒコと、同じく最高峰の界法技術を持つカインスの技量に任せたあまりにも単純な強行突破だった。


 厳密には、遠方にいる敵への狙撃なども駆使して足止め等の策も用いているのだが、状況と敵の性質や立ち回りもあってそれらが脱出の決定打とはならず、結局は目前の障害を技量と力に任せて突破するしかなかったというのが現在の実情だった。


 無論そうなった背景には、敵の狙いが入淵華夜であると判明して、カインス達がこの状況の突破に時間をかけていられなくなったという事情が存在している。


(敵の攻撃の狙いが足止め重視で抹殺を二の次に考えている様子であることから考えて、連中が他の【決戦二十七士】の戦士たち以上にあの少女のことを重要視しているのはほぼ間違いない……。

 あるいは、同格の優先抹殺対象がいる中でほかにも狙われている戦士がいるのかもしれないが……)


 脳裏に浮かぶ特別性の極みのような少年と最大戦力の戦士長の存在を考慮しながら、しかしカインスはこの二人については考えても意味がないと割り切り、思考を先へと進めていく。


 もとより入淵華夜の重要性についてはカインス達二十七士の戦士たちも認識はしていたことだ。


 ハンナ・オーリックから予想外の形で【跡に残る思い出】を継承し、さらには敵の正体や手の内が判明したことで、重要な意味を持つ【神造界法】の継承者となってしまった一人の少女。


 精神干渉や装備品の擬人化という敵の厄介な戦術に対抗できる【思い出の品】を生成することが可能で、途中で遭遇するプレイヤーの説得や擬人戦力の洗脳、果ては【神問官】の試練内容の解明や記憶流入による試練達成の可能性など、この戦いにおける重要な役割をこなせると見込まれていた、そんな少女。


 もっとも、敵の一人であるルーシェウスがほかならぬ【跡に残る思い出】の試練を行う【神問官】であると判明し、【神造人】を名乗る敵の正体がある種試練を超越してしまった【神問官】である可能性が出てきた段階で、単純に試練を突破できても敵が消滅しない可能性は囁かれていたわけだが、それでも揺るがない程度には、カインス達は入淵華夜という少女を重要人物として認識していたし、それゆえ彼女にはカゲツ・エンジョウという一人の戦力に(・・・・・・)留まらない(・・・・・)護衛もつけていた。


 ゆえに、実のところ。

 カインスが今懸念しているのは、あの華夜という少女が狙われたこと、それそのものではない。


「――サタヒコさん。わかっているとは思いますが、最悪の場合に優先すべきは私よりあの娘です。

ことこの決戦の舞台に至った今、この場における重要性についてはあの娘の方がわずかでも明らかに勝っている」


「――、……わかっとります」


 カインスの指示に対して、サタヒコは若干の迷いこそ見せたものの結局はその指令を是とし、返答する。

 華夜とそれを守るカゲツから離れた位置で敵に包囲されているカインス達だが、実のところサタヒコだけなら彼女たちのもとに助太刀に行く手段があるのだ。

 そしてだからこそ、いま二人はそうなった際に取り残されるカインスの、その生存のためにひとまず包囲を突破しておく必要に迫られている。


 そしてそのために、避けては通れない条件、それこそが――。


「――見えましたぞッ、カインス殿――!!」


 階段を上って扉を蹴り破り、屋上へと出たその瞬間、先んじて鬼鉈を構えて飛び出したサタヒコがその視線の先に目標としていた相手を捉える。


 それは侍女の服の上から外套を羽織り、こちらに向けて弓を構えた、ほとんど人と見紛うばかりの女性型の擬人。


「援護します。ひとまずその個体に全力の(・・・)一撃を――!!」


「応さぁッ――!!」


 カインスの指示を背中に受けて、ビルの淵から跳び発ちながらサタヒコが法力を漲らせて上段へ鬼鉈を振りかぶる。

 すぐさま弓を構えて撃ち落そうとする射手の擬人だが、生憎と無防備なサタヒコへの攻撃など許すつもりもない。


 滞空するサタヒコの体を迂回するように、カインスが放った光線が次々と射手の擬人の体に突き刺さり、弓の破壊によって射撃を封じてその動きを縫い留める。


 直後に振り下ろされるのは、粉砕と共に爆風が襲い、ばらまかれた斬撃が周囲を切り刻む、法力による追加効果を帯びた攻撃。


「【散斬爆破(さんざんばっぱ)】--!!」


 その瞬間、サタヒコの攻撃によって射手の擬人が文字通りの意味で粉砕されて、過剰な破壊力を帯びた一撃が擬人の核や黒霧の肉体のみならず屋上の床面までをも粉砕してサタヒコの体が下の階へと落ちる。


 否、ただ堕ちた訳ではない。

 屋上の床、否、最上階の天井を破壊して飛び込んだその場所には、屋上の擬人を囮にもう一体(・・・・・・)、敵が下の階から何かをするべく待ち構えていた場所だ。


 そんな場所に逆に飛び込んで、直後にサタヒコがその手の鬼鉈を叩きつけたと思しき強烈な金属音があたりへと響いて、それによってカインスは仕掛けられた罠に対して自分達が逆に不意を討つ一撃を加えられたのだと理解する。


 否、実際には張られていた罠はそれだけではない。


 屋上の擬人を囮に階下に一体、そしてもう一つ向こうのビルの屋上、その巨大な給水タンクの後ろに二体というのが、事前にカインスが察知していたこの場における本当の敵戦力だ。


(標的確認――、弾道計算完了――、選択属性は光――、弾丸生成――、発射――!!)


 ビルからビルへ飛び移ると同時に界法を発動。

 設定したコースで走る八条の閃光、その一つがタンクの後ろから放たれた矢をその発射直後に撃ち抜いて、残る七条の閃光がタンクを包囲するような軌道を描いてその後ろにいる二体へと同時攻撃を浴びせかける。


 相手にしてみれば不意を討つつもりで攻撃を仕掛けたのだろうが、ことカインスを前にして囮や伏兵などまず無意味だ。

 どれだけ巧妙に潜伏できたとしても足音ひとつ立てただけでカインスの耳はそれを捉えるし、法力違和を用いた索敵なども含めて多数の感覚からなる莫大な情報を教典の並列起動で処理できるカインスには、どんな些細な違和感でも逃さず分析できる圧倒的な処理能力がある。


(先ほどの屋上にいた一体は手持ちの矢か何かの【擬人】を人型に変えて配置したただの囮……。本当の射手は一つ先の建物の物陰にすでにもう一人の手を借りて移動している……!!)


 ここへ来る途中、立てられたわずかな音からそう分析していたカインスの予想を裏付けるように、直後に給水タンクの物陰から球体防御障壁(シールド)を展開した二人分の人影が、片方が片方を抱えるような形で飛び出してくる。


 そんな敵に対して、着地したカインスがすぐさま追撃の界法を発動させて畳みかけようとして、しかしその直前にふと気づく。


(待て――、あれは――)


 外套を着こんだ二人組、そのうちの抱えられた一体、否、こちらに弓と共に顔を向けていた一人の(・・・)フードが風にあおられたことで顕わになり、その下にあった予想外の顔がカインスの視線にさらされる。


 それは直接の面識がある訳ではない、けれど共有された情報によって見知った、そんな相手の、顔。


「――待て、まさか、その顔は――」


「ぐォォッ――!!」


 問いかけたその瞬間、階下からサタヒコが声をあげるのが聞こえて、そして粉砕された屋上の穴からその巨体が勢いよく外へと飛び出してくる。


 恐らくは本人も跳び退き、飛び出してきたのだろうがそれだけとは思えない。

 明らかに超人的な暴力によってふっ飛ばされて来たかのような、そんな態勢と様子で。


「サタヒコさん……!!」


「カインス、殿……。不甲斐ない……。不意を突かれました……。下にいた敵が、その、予想外の相手だったもので……」


「……そちらもか……!!」


 思わずそう呟いて、なにかを察したのかサタヒコもまた先ほど容姿が露わになった二人組の方へと視線を向ける。

 そこにいるのはサタヒコもまた面識のない、けれど情報でだけは知らされていたそんな相手で――。





 そうして、スペースコロニーを模した巨大すぎる盤面で、伏せられていた二枚の札が残酷に眼前の相手へと晒される。






「――|オイカワマナ(及川愛菜)……!! そうか、だから先ほどの相手――、いや、だとしたらもう一人も――」


「――? サタヒコさん、一体――、……!!」


 問いかけたそのさなか、目の前の大穴から重力を感じさせぬ動きで一体の敵が飛び出して、向かい合う双方、その間に着地して、その拍子に愛菜の横に控えるもう一人共々、風ではためく外套の下の顔があらわになる。


 ――馬車道瞳、そして中崎誠司という、『ぷれいやー』たちの記憶によって知らされた、かつて同じ【決戦二十七士】の手によって命を落としたはずのそんな二人が。

 精神干渉に対する耐性を持たないという、唯一の生者の少女と共に、戦士たちの前へと姿をさらす。






 そしてもう一方、鎧武者の内側からは、同じように精神干渉への耐性がないと言われた男が、その顔を己が娘の前へと晒し出す。


「父さん……」


 擬人の鎧に身を包み、両手に己を携えた入淵城司が、娘である華夜の前でその表情を消したままに。






「――バカな……、その手は――、そのやり口は――!!」


 推測されるそのカラクリに、倫理をもいとわぬその手段に、思わずカインスは湧き上がる言葉を口にする。


「――人の道を、外れすぎているだろう……!!」


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那由多の色が黒まで行く事を調査した段階で何らかのヤラカシをしなかったのだろうかが心配。
[一言] 精神耐性がないから一度洗脳すれば技能詰め込み放題…
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