291:擬人鎧の武者
平静を保ちながら刀に手をかけ身構える。
目の前に立つ西洋鎧の鎧武者。両手に斧を携え歩み寄るその相手を迎え撃つべく、カゲツはともに行動してきた少女を背にして数歩前へと歩み出る。
(敵は一人--、いや【擬人】の特性を考えれば見た目通りの人数とは限らない。持っている武器や鎧に至るまで、その全てが敵である可能性さえ考慮すべきか……)
ここに来るまで何体もの【擬人】を斬り伏せて、あるいはカヤと二人で切り抜け、やり過ごしてきたが、目の前にいる相手はそれらと比べても明らかにそのレベルが違う。
あらかじめ与えられた命令に従い、闇雲に襲ってくる様子がまるでない。
恐らくはさきの『どーむきゅうじょう』なる施設で確認されたものと同じ、高い知性を獲得するに至っている個体なのだろう。
加えて、本当にただの一体で挑んできたとも考えにくいから、恐らくは周囲のどこかに予備選力が控えているか、あるいはこの相手が多数の【擬人】装備によって相応の準備と調整を整えられた個体なのだと見るべきか。
(加えてこの状況、まんまと誘導されてしまったと見るべきかな……)
自身の左右、そびえる建物の高い壁面に視線をやって、カゲツはこの場での会敵が目の前にいる鎧武者の意図したものであることをなんとなくではあるが理解する。
こと速さと言う部分において、【決戦二十七士】中最速を誇るカゲツを捉えるのは本来容易ではないことだ。
そしてこれについては、華夜と言う護衛対象を抱えている今でもさして変わらない。
華夜自身、直接戦闘こそ苦手としているものの高い援護能力を有しているし、【浮遊外套】の存在によって重さを感じさせぬ形で文字通りカゲツに張り付き、移動に付き合うことも可能な存在だ。
無論追跡側の立ち回りにもよるのだろうが、カゲツとカヤの二人組を単純な速さで捕まえるのは容易ではない。
だからこそ、敵は味方の配置に工夫を凝らすことで両側が高い壁になったこの路地までカゲツたちを誘導し、背後をこちらを探す【擬人】の群れで固めて正面からこの鎧武者をぶつけて来た。
(左右の壁は--、駆け上がれないことはないけどそんな隙を晒せば確実に撃ち落されるね……。窓の類もないから中にも飛び込めない……。まったく、どの段階からこの場所を私たちを追い込む先として考えていたのやら……)
まさかこの階層を設計する段階からではないだろうな、と嫌な想像に苦笑していると、同じように戦うしかないと結論付けたのか、背後の華夜が愛用の武器たる杖を差し出し、構えをとる。
「カヤ君……」
「ン。まず私が一発かます」
腰の三連鞘の一つに収めた刀に手をかけ、構えをとるカゲツのその横で、華夜が構えた杖の先に水球を生成し即座にその色を変える。
次々と同じような液体が生成されて、直後に放たれるのはこの逃走劇の最中に何度も目の当たりにしてきた行動阻害の界法。
「【水球乱射――粘着水球】……!!」
激突の衝撃もさることながら、浴びた直後に固まり、その行動を阻害する粘着液の弾丸が次々と鎧武者を目がけて撃ち放たれて、身構える鎧武者目がけて勢いよく殺到する。
ビルの間の路地とは言え、それなりに幅があるため回避することもできなくはないが、やはり鎧武者と言う性質上俊敏に逃れるのは無理があったのか、敵がとったのは回避ではなく防御の方だった。
直後、術者である鎧武者そのものはほとんど動かぬまま半透明の球体防壁が展開されて、その表面に次々と黄色味がかった接着剤の弾丸が着弾して埋め尽くしていく。
「では--」
言うが早いか、粘着液が視界をふさいだ次の瞬間には、すでにカゲツが一瞬のうちに彼我の距離を駆け抜けて、居合の構えと共に鎧武者のすぐ背後へとたどり着いていた。
『--!?』
「【螺旋回断】……!!」
地に付けた足を軸に回転し、加速して得た勢いを風系の法力で制御し、方向を変えて、一瞬のうちに都合三度もの斬撃を鎧武者の体へとたたきつける。
それもただの斬撃ではない。相手が防御障壁を展開することも想定し、斬光の輝きさえ纏わせた、回避の仕様も無い神速の三連撃を。
だが――。
「--なんと!!」
刀身に感じた手応え、そして目の前で見せつけられたその行動に、カゲツは運動エネルギーを回転で消費しきり、両の足で路面を踏みしめながらわずかに驚愕して目を見開く。
敵が身を切られても死なない【擬人】であると想定し、核の位置が顔面でない可能性すら考慮して撃ち込む三連撃は頭部、胸部、腰部の三か所を狙うなど念を入れたつもりだった。
例え一撃では致命にならずとも肉体を再生させるまでの隙に留めの一撃を入れればいいと、そんな思考の上で防壁や鎧ごとその身を三分割してやるつもりでカゲツはその斬撃を見舞っていた。
そしてだからこそ思いもしなかった。
勢いと重みを込め、流動する光の粒子すら纏わせた生半可な障壁程度容易に切り裂くその斬撃が、その三連撃の全てが展開された多重障壁によって防がれ、本体足る鎧武者の体に届きすらしないなどとは。
(驚きの硬さ……、いや、硬いというよりもこれは厚いと見るべきなのかな……?)
とっさに後方へ跳躍して相手と距離を取りながら、カゲツは振り返るこの相手の、その身の周囲で展開される多種多様な障壁の一つ一つをつぶさに観察する。
見れば、カゲツの一撃を受け止めたのは一つや二つ、あるいは一種類や二種類の障壁ではないようだった。
ざっと見ただけでも斬撃一か所につき五種類以上。それも同系統の防御手段ばかりではないようで、広範囲をカバーする障壁や本体が纏う加護系、弾性や粘性を持った盾など種類もまちまちで、そうした多彩な防御手段の積層構造が単一効果による攻撃を無効化し、カゲツの斬撃から鎧武者本体を守る役割を果たしているらしい。
(障壁の一つ一つは珍しいものもあるが突飛な技術というわけじゃない……。
問題なのは数の方……。この量は、いくら何でも一人の術者が使用したとみるには多すぎる……)
特定の界法を使用し、それを維持しながら別の界法を発動させたり、瞬間的に発動できる界法を複数連続発動させるといった上級者の間でそれなりに使われている技法だが、そうではなく全く別の界法を同時に発動させるというのは一部の例外を除いて至難の業だ。
無論修練によってそれができるようになった事例や、特異な才能で可能とした事例はいくつもあるし、近年は【教典】などの思考補助法具の発達によって可能な術者も増えてはいるが、基本的に界法の同時発動というのは左右の手で全く違う文章を同時に書き上げるようなもので、二つ同時の発動であってもできる術者はそう多くない。
だがこの相手は、あの一瞬で術式制御されていると思しき複雑な盾を無数に使用してカゲツの攻撃を防いできた。
仮に思考補助法具の力を借りていたとしても一人の術者にできるものではない。
身にまとう鎧や手斧が擬人だったとしてもまだ頭脳の数が足りない、そんな風に、相手が見せた防御のカラクリを距離をとる一瞬の中で考えて――。
「――ああ、なるほど。その鎧、鎧全体で一つの意思を持っている、ってわけじゃないのか……。
兜や籠手なんかの部位ごと――。いや、ひょっとしてそれ以上の、鎧を構成する部位の一つ一つが、【擬人】としての命を有しているのかな……?」
気づいた次の瞬間、今度はこちらの番とばかりに振り返った鎧武者が一歩を踏み出し、その重装備に見合わぬ速度でもって離れたカゲツとの、その間合いを一瞬のうちに詰めてくる。
自身に対して身体強化系の加護を大量に重ね掛けして。
それこそカゲツも面識のある、あの在りし日のアパゴのように。
(ジョルイーニ部族の【千纏網羅】、その技法を【擬人】の人海戦術で強引に再現したようなものか……)
振りぬかれる斧の一閃を自身も高速で動くことで回避しながら、カゲツは目のまえの相手とアパゴの差異について冷静に分析して考える。
もとより加護系の法力操作と言うのは単体で使うモノこそ多いものの、一度に使う数を増やすとなるとそれなりに扱いが難しくなっていく技法だ。
加護の一つ一つが別々の消滅条件を有しているうえ複数展開するとそれらが混ざり合ってしまうため、予期せぬタイミングでまとめて消滅する事態に陥りやすく、一つ一つを展開・維持するのにもそれなりに意識を裂かねばならないため、不用意に加護を展開しすぎると肝心の身体操作の方がおろそかになりやすい。
はっきり言って、アパゴの【千纏網羅】を用いた戦闘スタイルは、加護系の法力の扱いに特化した武術流派の習得者がそれに特化する形で修練を積み、その上でさらに天賦の才を持つ人間が極限まで己を鍛え上げたことで至る達人の域の技なのだ。
そんなものを、【擬人】の特性に頼ったとはいえ再現したのはたいした工夫だと思わなくはないが、生憎とそういうカラクリとわかっているならそれはそれでやりようはある。
(この相手の隙を生むなら――、今――!!)
次の瞬間、振り下ろされる斧を回避し、カゲツはそのまま壁面への距離を一瞬で詰めて垂直の壁を一息に駆け上がる。
『--、--ッ!?』
即座に後を追おうとした鎧武者に対し、走る途上で残してきた【風車】、気流による設置型斬撃が牙をむき、直前に発動した障壁によって防がれながらも胸のあたりで発動したことで速度を緩めずに突っ込んだ鎧武者が態勢を崩して、その隙を突くべくカゲツが壁を蹴りつけ斜め上から猛烈な速度で斬りかかる。
『--!!』
すり抜けざまの斬撃を展開された複数の障壁に防御されるが、その程度ではカゲツの攻撃は止まらない。
防御されたことなど気にも留めずに足を動かし、加護による強化と歩法による加速、さらにそれに加えて体捌きによる急旋回などを交えて高速で動き回り、地面だけでなく壁や空中さえも足場として使って、鎧に包まれた武者の体を四方八方から連続で攻撃し、界法や斬撃を浴びせかけていく。
(最初の攻撃の時に武者の中身が反応できていなかったことから考えて、この敵の防御や援護は鎧の部位一つ一つの擬人が行う独自判断――。
ならば、攻撃の方向と種類を散らして擬人たちの判断をばらけさせてしまえばいい。
いかに一つの鎧武者を形成しているとはいえ、守る方向や部位、その担当が違えば下す判断が毎回同じになるわけがない。
そのあたりは、むしろ考え方としては人間の形成する組織と同じだ。
そしてどれだけうまく連携していたとしても、それぞれが導き出す最適解に誤差が生じれば、おのずとその誤差は最適解同士の衝突という形で顕在化する。
『--ォ、--ァッ--!!』
背後から受けた斬撃に鎧武者が反撃しようと腕を振るって、しかしその腕は自身が展開していた空中に浮かぶ障壁の残骸にぶつかり、防御するまでもなく勝手に阻まれることとなる。
同じことが、足元での移動の動きや態勢変更でも断続的に発生して、カゲツの動きに追いつこうとする動きを否応なく妨げ、次なる攻撃をもらう隙を生むことになる。
恐らくはこの鎧武者、その体を動かしている意識自体がどこにどれだけの障壁が展開されているかを理解できていないのだろう。
それはどれだけ高度なつながりがあっても避けられない、あるいは一人の鎧武者という形をとっているが故に起こる、根本的な連係ミスだった。
(--ここッ!!)
攻撃の圧力に押され、展開した障壁の一つに鎧武者が足を取られた次の瞬間、生じたその隙を突くべくカゲツが身を翻し、鎧武者の斜め後ろから一気にその間合いの内へと肉薄する。
身を低くして勢いよく敵の懐へと潜り込み、下段に刀を構えて地面すれすれから放つのは、先ほどまでのモノとは違う障壁を破るための切り上げの斬撃。
「【火々斬】--!!」
刃の背で爆炎を起こして跳ね上がる刃を加速させ、とっさの防御に差し込まれた右手の斧をその勢いによって上空へと跳ね上げる。
振り上げた刃の勢いに引かれるように敵へと向かって跳びかかりながら、返す刀で叩き込むのはさらに炎を上乗せした振り下ろしの斬撃。
「--【炎天禍】--!!」
『--ッァ--!!』
体重を乗せ、重力をも味方につけた紅蓮の斬撃に、鎧武者はとっさに手をかざして先ほどの障壁を多重展開して受け止め、一撃の軌道をどうにか逸らす。
それができる時点で戦士としての技量もたいしたものと言えるわけだが、生憎とカゲツの攻撃はまだまだこの程度では終わらない。
「【熱掌打】--!!」
刀から右手を離し、まだ刀に残る爆炎の勢いを上半身を捻るのに使って、目の前の鎧武者へと向けて法力を込めた掌底を叩き込む。
鎧武者の方もとっさに加護を纏った右手でガードしたようだが、それでも接触と同時に起きる爆発までは防げない。
熱と衝撃によってたたらを踏むそんな隙に身を回し、カゲツは刀へと向けてさらに法力を込めながら、体ごと振り回すようにした一刀を離れた敵へと向けて振り下ろす。
「【焼野祓】……!!」
刃を振るうと同時に、その刀身に添って炎の刀身が一気に展開され、相手を両断して余りあるほどに伸びた炎刀が鎧武者を袈裟斬りにするべく斜めに走る斬撃となって放たれる。
生半可な加護と防具くらいならば容易に溶断する熱量が鎧武者へと襲い掛かり、その紅蓮の刃が鎧武者の頭部へと一直線に吸い込まれて--。
『――ッ、ォォッ――!!』
(--!?)
その瞬間、鎧武者の兜の内部からくぐもった声が微かに漏れて、鎧武者の手がかざされると同時に巨大な円形の盾が形成されて、放たれた高熱の斬撃がその大盾に正面から受け止められる。
(ここ――!!)
鎧やそれから発せられる多重装甲程度なら打ち破れただろう【焼野祓】の防御。
とは言え、自身の攻撃を防がれる事態をカゲツ自身予想してなかったわけではなく、むしろ予想していたが故に次なる攻撃のための準備は既に完了させていた。
【焼野祓】ですら防がれた場合に備えての、単純な威力の面でそれを遥かに凌駕する切り札の、その準備を。
「【那由多】、解放--!!」
腰に差したバラバラの色をした三連鞘、そのうちの青い鞘へと刀を修めた、カゲツ・エンジョウが有する【神造物】の力を用いた一撃の準備を。
「――【大断炎】」




