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284:一足飛びの強襲

 どうやら敵は勝負に出たらしい、と、剣を振るって押し寄せる敵を片手間のように屠りながら、【決戦二十七士】を束ねる将たるブライグ・オーウェンスはそう状況を読み取っていた。


 室内空間しか作成できないというルール、それに付随したこちらの思い込みを逆手にとっての、建物の外に特大の屋内(・・)が広がっているというスケールの違う奇策。


 原理は不明ながらも、天井にも町があるという異常な重力環境を利用した【天を狙う地弓】の無効化と、それに伴って間髪入れずに行われたヘンドル・ゲントールの抹殺に、その後に続いた大量の【擬人】を投入しての人海戦術。


 性質的に二度目は通じないだろう奇策を用い、そこから続けざまに湯水のごとく戦力を投入してきたこのやり方は明らかにこの後を見据えたものではない。

 恐らく敵はここで勝負を決めるつもりで、集めた情報とあらん限りの戦力、そして二度は通じぬ策を存分に投じて、こうしてブライグ達の迎撃に当てて来たのだ。


(……多数の敵を一度に屠れるヘンドルを真っ先に無力化して潰しに来たのは見事と言うほかない。個としての質はそれほど高くないとはいえ、死兵に近い性質の擬人を無尽蔵に投入されては、いかに屈強な戦士達でもおのずと疲弊して果てるからな……)


 扉を蹴破り、商店らしき建物に侵入してそこに何の商品も並んでいないことを確認してから、ついでとばかりに蛇口と言うらしい水の出る設備を調べてみる。

 通過する階層の内部構造が【新世界】のモノになってから何度か使ったことのある設備だったが、これまで同様その水道からはしっかりと水が放出されてきた。


(……ふむ、水も食料も手に入らないのかと思ったがそう言うわけではないらしい……。いや、食料らしきものがほとんど見られない時点でどちらにせよ長期の生存は不可能か……。

 単に兵糧攻めなら食料だけで十分と考えたのか、それとも何らかのルールに抵触するためなのか……、そのあたりの狙いがいまいち判然としないが……)


 単純に少人数でこれだけのモノを作り上げなければならなかったためにそこまで気が回らなかったという可能性も考えながら、その一方でブライグはどちらにせよこの階層で身を潜めての持久戦やゲリラ戦は不可能らしいとそう結論付ける。


(なるほど、手が込んでいるがシンプルに効果的だ。すでに退路は断たれ、こちらは嫌でもこの階層に留まらざるを得ない。

 そのうえで数にものを言わせて責めたてて、例え隠れ潜んだとしてもいずれ干上がって敗北が確定する、か)


 この広大な階層に一つ欠点があるとすれば、それはブライグ達【決戦二十七士】の側にも隠れる場所が豊富にあって、場合によってはブライグが今そうしているように追手を振り切っての潜伏やゲリラ戦が可能になってしまうという点だ。


 だが、いかに隠れ潜むことができたとしても、水や食料の類が手に入らないとあってはさすがの歴戦の猛者たちもどうにもならない。


 そもそも、こうして入手が可能な水にしたところで毒などが混入していないとは限らないのだ。

 むしろ他に口にできるものが手に入らない状況で、この水道と言うらしい設備だけが稼働しているというのはいかにも怪しさを感じるところである。


(すでにこちらはバラバラに分断されて、数に押されて嫌でも潜伏による長期戦の構えを取らざるを得ない状況……。

 だが時間をかければかけるほど、こちらにとって不利な要素がかさんで敗色が濃厚になっていくという訳か……)


 対して、二十七士側の勝利条件はと言えば二人以上いることが確定している【神造人】を名乗る者達の捕縛ないしは討滅だ。


 にもかかわらず、現在のブライグ達は【神造人】達がこの階層のどこにいるのか、そもそもこの階層にいるのかすらはっきりとはわかっていないのだ。


 仮にここから逆転するとすれば、群がる【擬人】達など無視して、まずは【神造人】の居場所、ないしは彼らのいる階層へとつながる扉や、その扉を開くために倒すべき試練獣モドキの【擬人】を探し出すところから始めなくてはならない。


 それもこの、いくつもの建物が乱立する、一つの都市ほどの大きさを持つ階層の中で、莫大な数の敵に追われながら、だ。


 この時点で、通常であればブライグ達の側に勝機などほとんどないように見える訳だが--。


「――ふん、やはりここまで手の内を隠してきたのは正解だったな」


 生憎と、ことブライグに関して言えばあきらめるにはまだまだ早い。


「――む?」


 そうして行動を起こそうと外へ向かうブライグの感覚に、ふと一つの気配が近づいてくるのが微かにわかる。


 即座に隙の無い動きで壁へと近づき、敵であれば即座に屠って次の行動に移ろうとそう考えて――。


「――私です。どうか誤って攻撃などしないでください。いくら私でも、貴方が相手では己の身など守り切れない」


「――む、カインスか。ちょうどよかった」


 念のために今まさに使おうとしていた手段でも相手の正体を確認し、直後にブライグは姿を見せて、そのままカインスのいる店の裏手へと歩み出る。


「おや、出てこられるのですか? てっきり私は一度身を潜めて今後について話すのかと思っていたのですが」


「そうしたいのはやまやまだが今はあまり時間もないのでな。ただでさえ敵に先手を取られているこの現状、手を打っておくならなるべく早い方がいい」


「それはそれは、話が早い」


 どうやらカインスの方も同じ結論に至っていたらしい。

 単純にこの男はブライグの副官を務められるだけの知恵者であるというのもあるが、それ以上に彼はこの戦いにブライグが持ち込んだ切り札の数々について、【決戦二十七士】の中で唯一把握している男だ。

 現状を打開するのに最適な手段をブライグが保有しているというその事実を知っているからこそ、この部隊内でも最高の周辺探査能力を持つ男はこうして合流を最優先に動いてきたのだろう。


「すでにメンバーは分断されて状況は最悪です。このままジリ貧になる前にここで一気に立て直しを図りたい。幸いと言っていいのか、今は味方の数も数えるほどしかいないのです。あなたのその目で、まずは部隊の立て直しを図ってください」


「――いや、部隊の立て直しに関してはお前に任せる」


 そうして次にとるべき行動について告げてくるカインスに対ししかしブライグはと言えばしばし考えた後にはっきりと首を横に振る。

 確かに部隊の立て直しは先決だが、それだけでは現状不足だというように。


「幸いお前ならば大まかな方向だけ示せば他の者たちの居場所は割り出せるだろう。部隊の合流はお前に任せ、私はその間に別の対応を講じてくる」


「どうするつもりなのです?」


 そんな問いに対して、ブライグが返すのはいたずらっぽい笑みを口元だけに浮かべた好戦的な表情。


「――なに、まずはほんの挨拶だ。ついでに余裕があれば粉の一つもかけて来よう」


「……なるほど。理解しましたが、しかし軽薄なセリフが似合いませんな」


 そう言ったその直後、カインスが文庫本サイズの【教典】を取り出して、ブライグがその本の上に手をのせて二人の意識が本を通じて接続される。


「其は繋がりを観抜く慧眼――、網膜に写す、繋がりの糸引き」


 二人の視覚情報を共有し、そのうえで発動させるのはこの状況を覆しうる秘蔵にして切り札となる神造の義眼。


「【相関察眼(コロレーションオブザーバー)】――!!」


 その瞬間、ブライグの視界に、自分やカインスの体から伸びる幾本もの糸が新たに情報として追加される。


 手を伸ばしても触れることのできない、色や外見も様々な糸が四方八方へと伸びるその様子を一通り見まわして--。


「把握しました。次は敵方の方ですね」


 そばでカインスがそう言って、続けて杖先から天へと向けて目立つ信号弾の界法を打ち上げた。


 ほどなくして、信号弾に引き寄せられたらしい擬人の群れがその正体と発射地点の状況を確認するべく押し寄せてきて、その擬人たちにも糸が絡みついているのをブライグの視界が視認して--。


「見つけたな」


「ええ。ですが遠いですね。ほとんど天井の、こことは正反対の位置です」


「物理的な距離をとるというのは有効だからな。こちらもせいぜい途中で迎撃に晒されぬようにしなければ」


 そう言うと、ブライグはそれで用は済んだとばかりに【教典】から手を離し、ついでとばかりに迫って来る擬人の集団をその手にした剣で斬り捨てる。


「--其は、踏みしめる地求むる落着の両足、彼方に届く、不断なる躍動」


 同時に口ずさむのは、見定めた彼方へと届くための先ほどとは別の神造の聖句。


「【逸間落着(ダウン・トゥ・アース)】―-!!」


 最後の敵を切り捨てた次の瞬間、同じく別方向から来た敵の頭を吹き飛ばしてその場を離れるカインスと別れて、ブライグの体が遥か天空の、この巨大空間の中で対角線上にある天上の街へと落ちていく。


 重力の働かない空間の中にあって、しかし重力とは違う理に従って。






 最終決戦に挑むにあたり、アーシアたちが拠点を構えていたのは疑似スペースコロニー内にあるオフィス街にある高層ビルのうちの一つだった。


 数あるビルのなかで一番高い、もっと言えば目立つ建造物というわけではないものの、周囲の建造物と肩を並べるくらいの大きさと高さを誇るビルの一角。


 表から見るとそれほどではないものの警備も厳重で、ビル内には大量の擬人が配置されているほか、大量のトラップも配置されて侵入者を迎撃する体制の整っているまさに要塞。


 しかも付近のビルにも同等以上の戦力を配置しているため必要とあらば増援を呼びやすく、仮にこの場所がばれたとしてもちょっとやそっとでは攻略出来ない、まさに難攻不落の建物である。


 そんな高層ビルの最上階で、【神造人】の一人であるアーシアは忙しく連絡を取り合う配下の擬人たちの報告を特に何もできないまま聞き続けていた。


『セインズ・アルナイア・オハラの生死は確認できましたか? 周辺での部隊の状況は?』


『周辺部隊が生存したセインズと交戦した様子はなし。ですが同時に死体での発見もできていないようです。あの規模の爆発ともなれば、いくら【聖属性】で防御界法を使用していたとしてもただでは済まないはずですが――』


『生死の確認を急がせて、生きているようなら早急にとどめを。他の戦士の撃破に成功した部隊はありますか?』


『どの戦士もこちらの【擬人】部隊の大半を蹴散らした後階層各所への潜伏を選択したようです。散発的に戦闘が発生しているようですが――、仕掛けた監視カメラだけではさすがに追い切れていませんね』


 自身のそばで側近である姿見鏡の侍女、ミラーナがきびきびと指揮を執っているのを眺めながら、同時にアーシアはこの状況での監視体制の不備、その原因となっている相手について思いをはせる。


 そもそもにおいて、この階層における監視体制の中核は監視カメラのような文明の利器ではなく、この【神杖塔】の所有者たるサリアンによる、塔システムを利用した党内状況の把握機能を用いるはずだった。


 階層中に仕掛けられた監視カメラは、あくまでもサリアン以外の者たちが状況を確認するための補助的なもので、それすらもサリアンを本気で(・・・)この戦闘に参加させるならばいらなくなってしまうはずだったのである。


 だが現実には、当のサリアンは決戦の直前になって姿をくらまし、今だアーシアのいるこの階層には姿を現していない。


 【神問官】が有する【不壊性能】の中でもとりわけ無敵に近い干渉不能の特性を有し、攻撃して命を奪うことはおろか触ることも捕まえることもできないサリアンがいまだ戻らないというのは、当初アーシアたちが想定していなかった、間違いようのない異常事態だ。


 ただし、こうした異常事態が起きることそれ自体は、ある意味アーシアたちにとって予想通り(・・・・)で、望んでいた(・・・・・)展開であるとも言える。


 と、口を出せない戦闘指揮をよそに首魁たる少女がそんなことを考えていた、まさにその時。


『――ッ、緊急――!! 戦闘区域からこの場所に向かって、何かが一直線に向かってきています』


『――、総員防御態勢……。お嬢様を守って。攻撃の性質は? 界法か、それともこちらが把握していない【神造物】ですか?』


 にわかにざわめき始め、外に控えていた戦力が完成室内に踏み入り、オペレーターを務めていた擬人たちも立ち上がってそれぞれ武器を構える中、唯一自身の担当するモニターを凝視していたその擬人が驚いた様子で声を張り上げる。


『――いえ、これは――、恐らくは未知の【神造物】によるものと思われますが、飛んできているのは人間です……!!

 カメラで識別できた人相から、相手はブライグ・オーウェンス。敵の戦士長自ら、重力も何もかも無視して一直線にこの場所に突っ込んできています……!!』


『――!?』


『な――!?』


『お嬢様--!!』


 その瞬間、異変を察知した執事やメイドたちが一斉に身構えて、同時に轟音と共にアーシア達のいた管制室、その建物の壁が吹き飛んだ。


 同時に、自身の傍にメイドの一人が割り込んで、執事の一人が姿を変えた大盾を構えてその飛び込んできた何かを受け止める。


『――ほう』


『今だ、やれ――!!』


 飛び込んできた何かが声を漏らすのとほぼ同時、盾を構えたメイドがそう叫んで、それを合図に周囲にいた執事たちが一斉に武器を手にそこにいる何者かに斬りかかる。


 ただし次の瞬間、飛び込んできたその相手は既に盾の目の前にはいない。


「――ふむ、少し驚きましたぞ。まさか当の【神問官】様自身がこの階層まで来ていたとは。ここにいるのも、せいぜいが上の階層へと続く階段だけかと思っていました」


 見上げた天井、と言ってもアーシアたちがいる建物のそれに上下逆さまに着地して、飛び込んで来た相手らしいその男はニヤリと笑って眼下を見据える。


 それは見間違えるはずもない、今アーシアたちが狩ろうとしている敵集団の、それを率いる首魁の姿。


「ブライグ・オーウェンス……。あなたなぜ、どうやってこの場所を……!!」


「生憎と、問われてもそれは話せませんな。お嬢さん、いえ、【神問官】殿。なにぶんこちらもあなたを討ち取らねばならない身の上にて」


 問答を交わすアーシアとブライグに、しかし直後にそれに割り込むように先ほど盾で主人を守ったメイドが割り込んで来る。

 ミラーナと名付けたそのメイドが囁くのは、恐らくは主人の疑問の答えへ至るヒントとなるだろう、彼女が気付いた一つの事実。


『お嬢様、この男、資料にあったものと眼球の色が違います。それになにやら文様のようなものも』


「--ッ、【神造義眼】……!!」


 ミラーナの言葉に、アーシアもすぐにその答えに思い至って反射的にそう声をあげる。

 見れば、確かにブライグの瞳には瞳孔の回りにいくつもの線が走っていて、それらがいくつもの色に瞬く異様な外見のものとなっていた。


 恐らくは起動状態の【神造義眼】だからこそみられる、尋常な眼球ではありえない色彩の変化。


「ご明察だ【神問官】殿。そう言えば貴殿も同じ【神造義眼】を持つ同類(・・)とのことだったな。――……ふむ、ならば仕方ない。正直あまり好みではないが--」


 そう言って、老齢にしていかにも生真面目な武人といった外見のブライグは何やら奇妙なタイミングで顔をしかめて。


『可憐なお嬢さん、美しき人、これより私は貴方にたいして--、結婚を申し込む』


 どこまでも似合わない、若干棒読みが混じったそんな言葉で、あろうことかこのタイミングでアーシアを口説く文句を口にした。


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