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283:各所の応戦

 決して広いとは言えないオフィスビルの廊下を二人の人影が駆け抜ける。

 否、厳密には、動く人影が二人と言うだけで二人ともが走っているというわけではない。

 二人のうちの一人、背の高い男もと見紛う女武者が猛烈な勢いで長い廊下を走破して、その背中に一人の少女が体を浮かせながら、腕の力で無理やりにしがみ付いている、と言うのが実情だ。


「キェァッ――!!」


 曲がり角へと差し掛かり、女武者・カゲツ・エンジョウが手にした刀で突きあたりから現れたスーツ姿の擬人を一刀のもとに斬り伏せる。

 同時に一瞬だがカゲツの足が止まったその隙を埋めるように、背後から追いすがって来る擬人の群れへと向けて、背中にしがみ付いていた入渕華夜が杖を差し向け、事前に準備していた界法を発動させる。


「【泡沫砲(バブルキャノン)】――!!」


 構えた杖先から華夜の頭ほどの水球が放たれて、迫る影人たちの一体にぶつかり破裂して、圧縮された水がはじけて影人たちを両側の壁面へと叩き付ける。


 威力としてはわずかな間動きの自由を奪うのが関の山と言うその程度の攻撃だが、狭い廊下の中ゆえそれを回避するのは困難だ。


 そして攻撃を躱しきれずに受けて隙を晒せば、次の瞬間には最速の剣士による最速の追撃が待っている。


「【飛び火花】――!!」


 三体のうち二体がカゲツの指先から放たれた極小炎弾によって顔面の核を爆破され、同時に踵を返して放たれたカゲツの刺突によって、最後の一体が同じく核を貫かれて絶命する。


 一瞬の内、駆け寄りながら二発の魔法で二体を仕留め、残る一体を武器によって仕留める、実に無駄のない最小限にして最速の動きによる戦闘技法。


「――、またくる――!!」


「――やれやれ、もう新手か」


 だがどれだけ敵を素早く排除できたとしても、その敵が次から次へとあらわれるとあってはさすがに負担は免れない。


 続けて聞こえてくる足音に再びカゲツが踵を返して宙に浮いた(・・・・・)華夜の元へと走り寄り、彼女の手を取って肩に掴まらせながら再び猛烈な速さで走り出す。


 【浮遊外套(レビテーションマント)】。

 華夜が中学校の制服の上から身に纏う、小柄な彼女の足元まで届こうかと言うそのマントは、身にまとった人間の体を浮かせ、任意の方向に進ませる、現存する技術の中では最も【飛行】に近い【浮遊】の術式を刻まれた法具の一種だ。

 かつて父である城司と共に塔を攻略していた際にドロップアイテムとして入手したこの装備の存在は、基本的な戦闘力が低く足手まといになりやすい華夜の存在を、それでもかろうじて重荷にはならない、オプションパーツ程度の存在へと引き上げるある意味では重要な役割を担っていた。


 このマントの存在が無かったら、あるいはかつて自身が父やハイツとそうしていたように、今カゲツとこうして行動を共にできていなければ、今頃華夜は大量の敵集団に囲まれてそれを突破することもできず、その圧力に押しつぶされてなすすべもなく殺されていたことだろう。


 それこそ、華夜達も実際に目の当たりにした、あのヘンドル・ゲントールと同じように。


(――そう言う意味だと、まだ運はいい……)


 敵の罠にかかって味方と分断されて、恐らくは他のメンバーもまたバラバラに戦っているだろう現状を鑑みて、華夜は心中で己の状況をそう結論付ける。


 もとよりなにか仕掛けてくるだろうとは考えていたが、流石に華夜もビルの中に納まらないどころか都市一つ内包するような超巨大建造物を再現してしまうというのは想定外だった。


 そもそも【宇宙居住施設(スペースコロニー)】などと言う、理論の上では存在していても実在しない建築物を再現できるというのも想定外だったし、そう言う意味ではこの敵は華夜達の想像の数段上の発想でこの最終決戦に臨んできたことになる。


 加えてヘンドルの一方的なやられ方を見ても、この敵は華夜達の手の内についてかなりの対策を準備していたのだろう。

 その点で考えても、今生存してこうして味方と逃げ回ることができている時点で、まだしも華夜はこの状況の中ではついている部類だと考えた方がいい。


 とは言え、それでもこの現状が芳しいものでないこともまた事実。


「カヤ君、少し飛ばしていく」


「ん。背中借りる。あと、後ろは任せて」


「預けよう」


「【粘着水球(バブルガム)】……!!」


 短いやり取りの後、手に持つ杖の先端に黄色みがかった野球ボールサイズの水球を生成し、それを走るカゲツと自身の背中で挟むようにして二人の背中を張りわせる。


 数秒で固まる瞬間接着剤のような界法で速さに秀でた剣士と自身の体を張り合わせ、続けて華夜が見据えるのは背後から追いすがって来る【擬人】の群れの存在。


「――いちいち足を止める間も惜しい、ひとまず足止めだけ頼みたい」


「ん……、【泡沫乱射(バブルバルカン)――粘着水球(バブルガム)】……!!」


 背後から迫る【擬人】たちへと向けて、差し向けた杖の先から先ほどの黄色っぽい粘液が次々と生成されて放たれる。


 敵や床、後方の各所に瞬間接着剤の弾丸が次々と着弾し、それに触れてしまった敵をその粘着力によって張り付けて、ドミノ倒しのように倒れた【擬人】達が追加の粘着弾をくらって動きを止める。


 様々な効果を持った薬液を水球の形で生成し、それらを操り、飛ばすことで様々な局面で狙った効果を引き出して見せる。

 それこそが入淵華夜が【神杖塔】攻略当初から獲得していた初期スキル、【魔法スキル・水泡】に収録された魔法体系だった。


 さらに――。


『――ウジュロ……?』


 ドミノ倒しになった擬人たちを踏み越えて、華夜たちのもとへ襲い掛かろうとしていた二体の擬人が、しかし駆け寄る途中で、今度は小さなガラス片のようなものを踏みつけ、動きを止める。


 否、それはただのガラス片ではない。

 砕けると同時に光の粒子へと変わり、擬人たちの体内へと流れ込んでいくそれは、華夜が継承した【神造界法・跡に遺る思い出】によって生成した【思い出の品】だ。


『クルルゥリォオオオ――!!』


 そんな【思い出の品】から変じた記憶の粒子を取り込んで、二体の擬人は即座にその場で進行方向を反転させると、先ほど踏み越えてきた自分たちと同じ擬人の方へと猛然と襲い掛かる。


 もとより父と二人で塔の攻略を行っていたころから強くはなくとも役立たずではなかった華夜だったが、殺されたハンナの遺体に触れた際に偶発的に【跡に残る思い出】を継承したことで、こと対擬人戦闘においては高いアドバンテージと有用性を獲得するに至っていた。


 さしものハンナも自身の中に蓄積していたすべての記憶を継承させることはできなかったのか、華夜が継承したのは【跡に残る思い出】といくつかの重要な情報だけで、彼女がそのうちにため込んでいた従者たちの戦闘技能のようなものは継承できなかったが、前線拠点にいた戦士たちから記憶の提供を集い、【決戦二十七士】に味方する動機を集めたことで、かつてハンナが行っていたという【擬人】の洗脳については問題なく実行が可能になっている。


「【烈風斬】――!!」


 前方、現れた二体の敵をカゲツが間髪入れず振るった刀で、遠距離からの斬撃で一瞬にしてバラバラにする。

 幸いだったのは、隣のビルに飛び込んだ華夜達に追撃を加えるべく襲ってきた【擬人】達が、しかし一体一体は決して強いとは言えない下位の存在だったという点だ。


 あのドーム球場で確認された、人と見紛うばかりの外見と知識を兼ね備えた者達とは比べるべくもない。

 黒い煙状の体と顔面の赤い核と言う姿を基本とした、華夜達プレイヤー達が【敵】や【影人】と呼んでいたような存在達が、現状華夜達を追ってきている敵の内訳の全てだった。


「ひとまず追手を退け身を隠そう」


「ん、その先は落ち着いてから――」


 同士討ちを続ける【擬人】の群れに背を向けて、走りながら二人がそう言葉を交わした次の瞬間。

 華夜達のいるビルから離れたどこかで、一瞬音が消え去るような爆発音があたり一帯へと響き渡り、直後に付近の建物のガラスが一斉に砕け散る。


「……!!」


 それはまるで、この階層において始まった戦いの激しさを物語るように。

 自分達のいる場所の危険性を、当事者たる少女に突きつけるように。






 タクト先に灯りをともす。

 次々と術式を追加し、通常ならば数分はかかるだろうその作業工程を、各所に装備した魔本とタクト自体のバックアップを得ることで一秒にも満たない短時間で完了させて、直後に行うタクトの一振りでタクト先の明かりが一発の小さな炎弾となって飛んでいく。


 炎弾が目の前にあった通路の曲がり角を壁沿いのギリギリの場所で直角に曲がり、その後も事前に設定された通りに様々な障害物を回避しながら勢いを落とすことなく突き進んで、やがてカインスのいる位置からビルを挟んだ向こう側にまで到達し、その場に集まっていた敵集団へと着弾して鈍い爆発音が壁越しにこちらまで響いてくる。


「――生存反応なし、掃討完了。――次」


 言いながら、続けてタクト先にともした灯りを軽いスイングですぐ横に開いていた建物の窓、その隙間へと放り込む。


 次の瞬間、建物内で放り込まれた光が瞬く間に事前に探査していた障害物の隙間を縫うように飛んでいき、その先にあった階段を猛烈な速度で駆け上がると、上の階で部屋の窓からこちらを襲撃しようと潜んでいた【擬人】を背後から狙撃し、炸裂する。


 上の階の窓が室内側から吹っ飛んで、ガラスと共に【擬人】の残骸が背後に落ち、そのまま消滅していくのを気配で感じながら、しかしその男はそれに一切動じることなく目的の場所へと向かって路地裏を進み続ける。


 次々とタクトの先から光を放ち、それらが遠方で爆発するのを強化した聴覚で感知しながら、その音の反響を用いて周囲の地形を、細かな障害物の位置に至るまでほぼ完ぺきに把握する。


 【決戦二十七士】が一人、カインス・ローウルドと言うこの男は、本来戦闘を生業とするものではなく、世界の理について読み解き、その一端を再現しようと努める【界法学者】だ。


 そう自認している故に、彼の攻撃手段は基本的に界法によるもの中心で、戦闘スタイルそのものも全身に装備した十六冊もの【教典】と、それによる思考補助を受けたものとなっている。


 【音響探査】や【視界採寸】、視覚と聴覚、それに加えて法力違和の感覚などを頼りに、専用の【教典】に封入した【記憶地図(マッピングサポート)】と言う術式を駆使して脳内に現実と寸分たがわぬ立体地図を作製。


 同じ方法で探知した敵生体に向かって、事前にプログラムした軌道で標的に向かう魔弾を手元で作成し、それを飛ばすことで、相手からしてみればどこから飛んでくるか全くわからない、物陰を走り回るネズミのような魔弾で相手を撃ち抜き、爆破して抹殺するというのが彼が先ほどから用いている彼自身の常套手段だった。


(どうやら連中、こちらを見失ったようですね……。まあ、位置がわからないように、大きく迂回して撃ち込まれるような法撃を多数織り交ぜて、こちらに気付けるような位置にいた敵はだいたい狩ってしまいましたから当然と言えば当然ですが)


 タクトを振るい、放たれた魔弾が地を這うような動きで通路を走って標的へと向かっていく。


 振り上げたタクトの動きに合わせて上空に魔弾が投射され、弧を描くように上昇した魔弾が途中でその軌道を直角に曲げて、狙った位置にいる敵を背後から撃ち抜くべく回り込むように飛来する。


 彼を前にすれば、どれだけ標的との間に障害物があろうと関係ない。


 周囲に立ち並ぶビル程度、それを迂回する軌道を設定すればいくらでも攻撃を届けられるし、場合によっては窓などから界法を投げ込むだけで、その建物内をあらゆる障害物の間をすり抜けるようにして通過し、その向こうにいる標的へと攻撃を命中させることすらできてしまう。


 命中前に攻撃を察知して迎撃したり、シールド系の防御で受け止めるなどすれば防げることもあるが、それならそれで相手の防御・迎撃手段を計算に入れて次の攻撃を投げ込むだけだ。


 なにしろカインスの使う魔弾は属性や攻撃の通る軌道はおろか、貫通や拡散など付与する各種性能に至るまで自在に設定して放つことができる。


 特定の銘を持つ術式のみに頼るのではなく、広範な界法知識と莫大な演算能力からなる【自在軌道魔弾】を中核とした戦闘スタイル。


 それに加えて、今のカインスには半ば誇りを捨てたことで手に入れた新たな技術もある。


「……このあたりにも刻んでおくか」


 周囲に敵がいないことを確認しながらそう言って、カインスは足を止めて建物の壁面へと触れて、その内部に即席で術式を刻み込む。


 自身の魔本の力を借りて作業を行いながら、同時にカインスが頭の片隅で思うのは今自身が刻んでいる術式、その大元になった一人の【界法学者】の存在だ。


(アマンダ・リド……。やはり彼女は天才だ)


 思い出すのは室内でありながら広大な空間だったために【決戦二十七士】の最終拠点として活用される、あの闘技場のような階層の壁面に刻まれていたあの術式。


 戦いの中で死したというかの魔女が、死ぬ間際に下のオハラの後継と火刑執行官を相手に術中に嵌めた際使用していた、壁面いっぱいに、しかも内部にまで浸透させる形で設営されていたという驚くべき代物は、限られた時間でそれを解析したカインスに少なからぬ衝撃を与えるに十分なものだった。


(あれほど複雑な術式を短期間のうちに、しかも間に合わせ程度の魔本一つで設営できるなどと……。異端者とは言え、かの魔女の才覚はつくづく失うには惜しいものだった)


 世代としては向こうの方がはるかに上の年代ではあるモノの、あるいはだからこそカインスはかの魔女の存在については古くより知り、そしてそれ故にある種の崇拝と軽蔑の念を抱き続けてきた。


 【教典】という人間の思考能力を底上げする外部補助装置を、当時かろうじて発見されていた【神造義手】との意識接続システムを参考に開発し、当時まだ立場の低かった界法使いの地位を大幅に向上させたかの人物。


 そんな偉大な発明をいくつも行いながら、いつしか人心に干渉する【邪属性】に傾倒し、やがては【神問学者】を名乗って【神問官】から【神造物】を邪法によってだまし取るという特大の蛮行を行った異端の魔女。


 その功績と所業は、彼女の発明による恩恵を受ける、後進に当たる世代であるカインスにとって、尊敬と侮蔑、崇拝と失望と言った、相反する感情を胸に抱くには十分すぎるほどのものだった。


 つくづく思わずにはいられない。

 これだけの才覚を持ちながら、なぜかの天才は道を踏み外し、自ら下法に手を染め、異端に落ちる道など選んでしまったのかと。


 もしそんな道をたどらずにいられたならば、彼女が今も常道を歩む【界法学者】であったならば、世に、人類にどれほどの恩恵を与える偉人になっていたのだろうかと。


「……いや、それとも道を踏み外したから、その域にたどり着けたとでもいうのか……!? 常道を歩み、その内に囚われているから駄目だ、と、でも……ギ、ギギギ……」


 と、そこまで考えて、いよいよカインスの思考がいつものように(・・・・・・・)よくない方へと暴走を始める。

 壁に触れる手につい(・・)力がこもり、とっさに手を放して壁面に与える損傷を表面の亀裂のみに留めて、かろうじてそれ以上の破壊を自制したカインスは、その代わりとでも言うように手に持つタクトを力の限りに振りかぶる。


 込められた法力によってタクトの先端から法力の鞭が伸長し、カインスの内にある激烈な感情を力に変えて、通路の角から現れた、先ほどから聞こえていた足音の主へ、その顔面へと炸裂する。


「――私がッ、倫理と常識の内にいる私がッ、だからこそ道を外れた者達に劣るとでも言うのかァッ――!!」


 続けて現れる二体の擬人を、カインスは激情のままに展開した法力の鞭で乱打する。

 力任せに振るっているように見えても、その実カインス自身の頭脳は魔本や壁面の術式による思考補助を受けて鞭の軌道計算を怠っていない。


 自身の頭脳で発現させる界法という性質も相まって、時には腕の動きと明らかに違う軌道で鞭がうごめき、その変幻自在な動きでもってして、瞬く間に通路の角から現れた三体の擬人たちはその前身と顔面の核を砕かれ、煙と化して蒸発するように消えていった。


「…………踏み、外さんぞ」


 そうしてひとしきり暴れ狂って、ようやく脱力した後、カインスはまるで泥でも吐くような声でそう漏らす。


「――私は、踏み外さんぞ。常道を歩んでいるのは私の誇りだ……!! 私は人の道を踏み外すことなく、敬虔なる神の信徒の、その、ままでッ――!! 彼奴等の至れぬ世の心理へと必ずやたどり着いて見せる……!!」


 そうして大きく息を吐き出して、その直後からまるで何事もなかったかのように落ち着きを取り戻して、カインスは再び目指していた場所へと向かって歩き出す。


(まずは誰かと合流することが必要だ……。分断されたとは言え、全員と合流しようとするのは時間の無駄。単独行動もまたもってのほかだが、二・三人の最低人数は行動するにあたって確保しておく必要がある)


 そんな思考の元、自身の耳と法力違和の感覚で味方がいると思しき位置を脳内でピックアップしながら。


 どこまでも理性的に、まるで常識的な学者のように。







 けたたましいサイレンの音が鳴り響く。


 何台ものパトカーが猛烈な勢いで疾走し、しかしパトカーにあるまじきことにその先にいる少年目がけてブレーキ一つかけずに突撃する。


「……なるほど、【聖属性】による干渉が効かない……。これが【新世界】に再現されていたという科学文明と言う奴ですか……」


 自身の体から放つ法力の波動を浴びても速度を緩めることなく迫って来る十台以上の自動車に、セインズは剣を抜きながら冷静にその身にオーラを纏い、路面を蹴って跳びあがる。

 直後、一台、二台と迫るパトカーが次々と背にしていた建物の壁に激突し、しかしそれでも後続の車両が飛び退いたセインズを追って、小柄な少年の体をその速度と重量でひき殺さんと襲い掛かって来る。


「法力を用いない、純粋な物理攻撃による物量攻めですか……。なるほどこちらのことをよく理解している」


 界法による攻撃であればその身から放つ【聖属性】の法力で一瞬にして無効化できてしまうセインズだが、これが法力を一切用いない物理攻撃ともなれば話は別だ。


 これまでは純粋な物理攻撃とは言っても、せいぜい近接戦闘を得意とする戦士の武器による攻撃や、遠距離からの弓などの飛び道具にしか遭遇することもなかったが、あれほどの大きさのものがここまでの速度で迫って来るともなればさしものセインズにとっても脅威となりうる。


 ましてやもう一つ、既にセインズも知る物理攻撃の、その上位互換とでも言うべき武器まで持ち込まれているというのならなおのこと。


「……!!」


 パトカーが通れない細い路地へと飛び込んだセインズへと向けて、その路地の先で待ち構えていたらしき警官が、あるいはつぶれたパトカーから降りて来た【擬人】達が、一斉にその手の銃器を構えて容赦なく弾丸の雨を叩き込む。


 ライフル、マシンガン、ショットガン。


 威力も連射性能も、そして攻撃範囲すらもバラバラの銃器の数々が、それでもセインズと言う一人の標的を粉砕するべく弾丸を放ち、牙をむく。


(なるほど、この狭い路地では逃げ場は乏しく、かと言って球体防御系の界法は身動きが取れなくなって悪手――。ですが――)


 即座の判断と共に、セインズは跳躍して第一射を躱し、そのまま壁面を疾走。

 続く連続の発砲を重力を無視したような軽やかな【壁走り】で置き去りにして、通路の向こう側へと差し掛かったその瞬間にようやくシールドを展開し、その先でパトカーの影に隠れこちらへと銃口を向けていた警官隊の中心に着地する。


「『爆ぜろ』――」


 そうして背後からの追撃が及ばぬ遮蔽物の影へと身を隠し、同時にセインズは身を守る障壁を解消――。

 否、自身の【聖属性】の法力によってシールドそのものを細かい破片へと砕いて四散させ、周囲に残る【擬人】達にその破片を浴びせて同士討ちすら厭わぬ集中砲火を妨害する。


(刀身展開――)


 さらに腰の後ろから鉄属性の延長柄を抜き放つと、刀身の展開と同時に足元でシールドに押しつぶされる形で転倒していた擬人の核を両断。

 即座に体勢を崩した周囲の擬人の一体へと斬りかかり、手にしたままだった剣と法力剣の双剣で次々と付近の敵を斬り伏せる。


「『飛べ』--」


 さらに法力の短剣を敵の一体へと差し向けると、自身の【聖属性】による追加命令で刀身を射出。

 飛ばした刀身で相手の顔面を貫いて、一体一体を確実に、実に無駄のない手際で次々と撃破し、無力化していく。


「っと、潮時ですか」


 自身の背後、サイレンどころかエンジン音すらほとんどさせずに突っ込んで来た電気自動車の突撃を難なく回避し、即座にセインズは延長柄を自身の持つ剣へと接続。

 再び撃ち込まれる銃弾をその速力によって回避しながら、両手での一閃と共に一気に法力を注ぎ込む。


「【散聖剣(ディバイド)】」


 振るわれる剣がその途中で法力の刀身に包まれて巨大化し、周囲の擬人のみならずパトカーすらも巻き込んでそれらすべてを薙ぎ払う。


 分厚い鉄の塊によって多くの擬人が潰れ、あるいは両断されて、五台ほどのパトカーがまとめてひしゃげて建物の壁際に押しのけられて積み重なる。


 無論、それほどの大きさともなればセインズとて再度振り回すことはおろか持ち上げることすらできない訳だが、生憎とそれが枷になるほどセインズは可愛らしい少年ではない。


「『爆ぜろ』--」


 命令と共に巨大化した刀身に【聖属性】の法力が打ち込まれ、直後に大剣が爆散して周囲で生き残っていた【擬人】達すらも飛散した金属片が蹂躙する。


 数がそろう状況故に何体かはシールドの展開を試みた者もいたようだが、その者達の存在すらもセインズの前では墓穴を掘る結果にしかならなかった。


 セインズから放たれた爆散命令の法力を受けて展開したシールドまでもが砕け散り、その破片までもが周囲の【擬人】達を襲って襲い来る敵集団が一瞬にして半分以下にまで激減する。


 これまでの階層各所に配置されていた知能の低い個体とはわけが違う。

 それなりに知能と自我を発達させ、中には人間と遜色のない指揮官となる個体まで入り混じっていたにもかかわらず。


(さて、この程度の戦力であれば対処に問題はないのですが……。敵もこちらに一応対策を施しているようですし、どうしましょうか)


 そうして片手間のように敵集団を蹴散らしながら、余裕の生まれた脳裏でセインズはこれからのことについて思考を巡らせる。


 思う通り現状はまだ何とかなっているが、味方と引き離されて単独行動を強いられている現状はやはりセインズとしても痛手だ。


 無論、こんな階層にまでたどり着いた戦士達である以上、【決戦二十七士】のメンバーが簡単にやられるとは思っていないが、最初のビルを脱出する際にチラリと見えたヘンドルの例もあるように、敵対する相手があの【神造人】達である以上こちらがいくら猛者揃いでも不安がないわけではない。


 加えて、敵が【新世界】の文明の産物を用いてこちらの手の内に対策してきているというのもセインズにとっては不安要素の一つだ。

 特に【新世界】の文明、その中で作られたという武器や道具についてはセインズ達にとって未知のモノが多く、敵がどのような方法で攻撃を仕掛けてくるか予想しきれない所がある。


(もとより集団行動が得意な方ばかりではありませんでしたから全員が集結する必要はないかもしれませんが……。それでもこの状況を考えれば複数人での行動はしたいところです……)


 一応、派手に立ち回っている自覚はあったためすでに味方にも察知されている可能性は高いと考えていたが、こうも敵集団に囲まれている状況では迂闊に接触してくるとも考えにくく、そうなると一度追撃を振り切ってから他のメンバーとの接触を図った方がいいかもしれないと、そんな風にセインズが考え始めていたまさにその時。


(--性懲りもなく……、今度は結構大型ですね)


 けたたましブレーキ音と共に、それまで襲ってきていたパトカーよりもはるかに巨大な車体が角を曲がり、セインズを背後から襲う形で猛スピードで迫ってきているのを視認して、セインズは手にした雷の柄を接続された自身の剣を腰から抜いた鞘へと納めてロックをかける。


 幸いにして既に周囲に存在していた【擬人】の集団は既に殲滅済み。

 後は目の前に迫る巨大車両さえ迎撃すればひとまず次が来る前に姿を隠せる。


 そう考えて、セインズが鞘に納めた剣を両手握って構えを取り、柄と剣、鞘の術式全てを接続させたその状態で自身の【聖属性】の法力を注いで最大威力の界法を発動させて――。


 セインズは知らない。

 この階層にある文明を。

もとよりスペースコロニーと言うフィクションの産物を強引に再現した階層ではあるが、そもそもそれ以前にその中の街並みを構成する文明の一つ一つすら、そのほとんどが【真世界】で生まれ育ったセインズにとっては未知のものばかりだ。


 そしてそれ故にセインズは知らない。

 自身に向かって迫る車、それが見るものが見ればタンクローリー(・・・・・・・)と呼ばれる車であるというその事実も、その車がいったいどんな用途に使われるのかと言う、その危険性も。


「【神雷撃(ジャッジメント)】--!!」


 そうして、知らぬが故にセインズが自身の誇る最大威力の雷を発動させて、閃光の雷剣が迫る大型車両を離れた距離から一気に貫いて、その後ろに積まれていた貨物すらも一瞬のうちに両断して――。


「――あら?」


 次の瞬間、タンクローリーに積載されていた劇物に引火して、発生した紅蓮の炎がセインズがいたその場所すら飲みこんで、同時に発生した衝撃波が周囲のビルの窓ガラスを粉々にする。


 逃れる間もなく、【聖属性】で消し去ることのできない大爆発が。


 巨大なコロニー全体に響き渡るような轟音と共に、圧倒的に。


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[良い点] 科学文明 vs 魔法文明 魔法文明も法則の上に立っているから、ファンタジーな戦闘でも思考を追える。 [気になる点] 魔法によらない爆発を界法で防御しきれるのか。 [一言] 盛大に道を踏み…
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