282:思考領域の神問答
メリークリスマスです皆様。
という訳で、最終章突入だぁあああッ!!
最後まで止まらず行けるかなぁッ……!?
一つのシステムに意識を繋ぎ、二人の人間が向かい合う。
【転変の神杖塔】のメインシステム、所有者しかアクセスすることができないその領域の中で、ほぼ同時に所有者となって塔機能を奪い合う間柄となったそんな二人が。
自身の優位を勝ち取る、あるいは相手を害する命令を立て続けに塔のシステムへと命令して、同時に相手の命令を次々と取り消して妨害する、そんな処理能力の比べ合いのような戦いを繰り広げながら。
そんな戦いの相手を見据えて、ふとそのうちの一人である互情竜昇が、自身の敵たる【神造人】、ルーシェウスに対して一つの問いを投げかける。
「--どういうつもりだ?」
とは言えこの問い、竜昇自身別に返答を期待して、と言うわけではない。
むしろ返答など期待できないとそう思いながら、それでも口にせずにはいられなかったその言葉を領域内で発した次の瞬間、まるでその問いに答えるかのように竜昇の脳裏で展開されていた情報の内、過去情報を閲覧する画面が一斉にブラックアウトする。
「――ッ」
閲覧していた多数の階層の過去情報、その大半が一斉に閲覧不可能になってしまったその事態に、竜昇は心中から思考領域へ向けて思わず舌打ちを漏らす。
見れば、竜昇が目をつけていた階層のほとんどが塔の所有者でさえ閲覧できないようにロックがかけられ、ご丁寧にパスワードまで設定されてそれを成したものにしか解除できない状態にされていた。
なにが起きたかなど考えるまでもない。
こんなことができる人間など、それこそ竜昇を除けば現状ただ一人。
「悪いが手の内を探らせるつもりはない。なにぶんこちらも、この日のために念入りな準備をしてきているのでな。趣向を凝らした歓迎の仕掛けを無暗に暴くような真似はやめてもらおう」
塔の機能による各階層の情報閲覧能力は強力だ。
狙った階層の現在の様子はもちろんのこと、その階層で過去に何が起きたかと言った事項についても、この機能を用いれば時間を遡ってある程度閲覧することができる。
無論時間と場所がわかっていなければ、過去情報の閲覧についてはある程度階層に狙いをつけて虱潰しに捜索しなければならないなど手間はかかるが、極論この機能を使えば相手の戦闘スタイルなどの手の内を初め、各階層のギミックなどの仕込みも丸裸にできてしまうのだ。
しかもこの機能については、塔の環境改変機能と違って互いに妨害することができない――。
――否、今となっては妨害することはできなかった(・・・・・・)、だ。
「――仕方ない。もう少しこの機能については気付かずにいてもらいたかったんだが」
そう言いながら、竜昇の側もまた塔の機能を用いて自分たちの過去や、なにより現在の状況がわかってしまう階層情報に、ルーシェウスが閲覧できないようロックをかける。
「貴様……。なるほど、こちらより先に――」
塔の機能による各階層の閲覧能力は強力な情報収集能力だ。
その性質故に、この能力を用いることのメリットは極大で、だからこそ竜昇はルーシェウスにこちらの動きを見られ続けぬよう、その閲覧を封じる手段を早い段階から模索していた。
実際に見つけてからは、既に大半が暴かれているこちらの手の内を見られるよりも、ルーシェウスにこの機能の存在に気付かれて手の内を探れなくなってしまうデメリットの方が大きいと考え、その使用は控えていたのだが、既に相手が気付いた今となっては出し惜しみする理由はない。
自分たちの過去と現在の情報を封鎖して、唯一竜昇が残した、あるいはルーシェウスの手によって残された最上階層、スペースコロニー内の現在の状況だけを閲覧しながら、二人の意識が思考領域の中で向かい合う。
「やれやれ、やはり発想力では【神問官】より人間の方が上を行くな。我々自身がそういうふうに作られているのか、それとも人間の方がそうした能力を必要とする故に伸びやすいのか、そのあたりは判断に迷うところだが」
「……それでも、アンタはその発想にたどり着いていたはずだぞ」
「その発想、とは?」
「とぼけるなよ」
ルーシェウスのその反応に、竜昇は相手に話す理由などないことを理解しながら、それでも目の前の相手を問い詰める。
それは塔に対して命令する、ルーシェウス自身の意識の処理能力を削る目的、と言うだけではない。
単純な興味ともまた違う。これからこの男の望みをくじこうとしている竜昇だからこそ、まずはここで聞いておかなければならないというそんな竜昇自身の意思と流儀でもって。
「――この塔の機能の使い方だよ。
お前、この塔を継承するその前から、この塔の機能を使えば――、例えば空気のない宇宙空間のような場所でも作ってしまえば、塔の内部にいる人間を簡単に殲滅できることにも気づいていたはずだ」
例えば、邪魔な人間のいる階層から空気を抜いて窒息死させるだとか。
あるいは標的の真上に巨大な質量物を生成して押しつぶすだとか。
転移機能を使って高所から突き落とす、高温や超低温の世界に放り込む、それ以外にもいろいろと、この【神杖塔】と呼ばれる神造物の持つ環境設定機能を用いれば、塔内部にいる人間を一方的に殲滅するなど実のところ造作もなかったはずだ。
「サリアンがこの方法に気付いていなかった理由ならまだわかる。
あいつは、言っちゃあなんだが人間との接触すら俺とのものが初めてだったような【神造人】だ。
当然、他人と争うこともあれが初めてだったから、人間の殺し方なんてこれまで考えたこともなかっただろうし、そのやり口が稚拙だったとしても別段何の不思議もない。
けど、外の世界を知っていて、他人の知識を取り込む形で様々な人間の知恵に触れていたお前に関してはそうじゃなかったはずだ」
実際、塔の使用権限を得てからのルーシェウスが竜昇に対してそうしていることから考えても、この【神造人】が塔内部の人間を一方的に殺害できるこれらのやり口に気付いていなかったとは考えにくい。
そしてその方法に至っていたのであれば、その発想をサリアンに伝えるだけで、彼らは竜昇達プレイヤーを塔内の戦いに巻き込まずとも、危険視していたアマンダをはじめとする【決戦二十七士】の面々を一方的に鏖殺できていたはずなのだ。
だがだとすれば、なぜそんな一手で全てを片付けてしまえる手段を、この【神造人】の男はここまで胸の内に秘めるばかりで、実際に使おうとしてこなかったのか。
「--なに、その理由なら簡単だとも。
確かに塔の機能を使えば内部の人間を殺しつくすことはできる。それこそサリアンの奴に人間を認識させずとも、標的のいる特定の階層を指定して、その内部環境を生存不可能な状態に変えてしまえばいい。
貴様の言う通り、単に邪魔をする人間たちを始末するだけならば、我らが同胞にその発想を与えるだけでよかった。
だが生憎と、そのやり方では我々の目的は果たせない」
「我々、ね……。その物言いをするってことはお前ひとりの目的って訳じゃなくて目的を同じくする相手が別にいるってことか」
単純に考えれば、それは残るもう一人の【神造人】である、あのアーシアと言う少女になるのだろう。
四人いる【神造人】の内サリアンはこの選択肢から除外されているし、もう一人のセリザはそもそも【神造人】を名乗ってすらいない。
あるいは、竜昇の知らない五人目以降の仲間がいる可能性も考えたが、現状システム越しに塔内を検索した限りではそれらしい何者かの姿は検知できていなかった。
あるいは、既にこの世にはいないという線もありうるか、と、そんな風に竜昇が考えを巡らしていると、なにやら感慨深げにルーシェウスが言葉を続ける。
「そうだな……。そう言う意味でいえば、サリアンは同じ道を歩む同士ではあったが目的に関しては一致していなかった……。
あれは自らが理想とする世界を創り上げることを目的としていたが、我々にとってそれはあくまでも手段でしかなかったからな。
ここまで道を同じくしてきた者としてもはや別の手段をとる気はないが、やはりあ奴の目的にかなう方法を知りながら黙っていたのは不義理であったかな……」
「--まあ、そもそも自分で思いつけよって話なんだけどな。そのあたり、人間との接点を完全に断っていたことの弊害ともいえる訳だが――」
「--否、それだけと言う訳でもないのだよ。個体差や過ごしてきた環境の影響と言うのもあるが、基本的に我々【神問官】と言う生き物は発想力、と言えばいいのか、応用、発展させていく能力が弱いのだ……。
私がこれら塔機能による殲滅手法を思いつけたのも、単に多くの人間の記憶を取り込み、数多の人間の思考に触れていたからに他ならない」
思考の世界の中で、どこまでも淡々とした口調でありながら、しかしサリアンを擁護するように、意外に雄弁な口調でルーシェウスはそう語る。
「加えて言えば、サリアン自身にそもそも人が生きられない環境と言うモノについての知識が乏しかったというのも理由としてはあるだろう。
【神問官】としての使命や本能との兼ね合いなのか、あれの興味は人間の作る社会の方に向いていたからな……。
さらに言えば、そもそも空気のない『宇宙』なる環境自体が、本来の【旧世界】には存在していないという事情もある」
「宇宙が、ない……?」
「--ああ。あの世界は【新世界】の元になった世界がそうだというように、球体状の惑星やその外の宇宙と言うような構造にはなっていないのだ。
本来のこの世界は無限に広がり続ける海と大地、そして空があるだけで、それらの果てにはまだ世界になる前の白霧の壁が立ちはだかり、先に進もうとするものを分解、消失させてしまうという構造になっている。
一説には、この白霧の壁には世界内の余剰エネルギーを分解することで、世界内部の温暖化など、【神造物】や界法の使用による極端な環境変化を防いでいるという話もあったが……。
これについてはあまり研究が進んでいない分野だな。なにしろ人類が白霧の壁にたどり着いてから少しして、到達箇所付近の霧が晴れて新たな大陸が出現し、実質的に壁が遠ざかってしまったから」
饒舌に語られる、と言うよりも、思念の空間であるが故に一括りの情報がまとめて転送されているといった方が近いその状況に、竜昇は若干眉をひそめながらもどうにかその内容を飲み込み、理解する。
なるほど、すべての条件を加味して決断したつもりでも、まだまだこれから行こうとしている世界について竜昇達がわかっていないことは多いらしい。
とは言え、明かされた情報は竜昇の決断を覆すものではないし、なにより今竜昇が知りたいのはそんなことではないのだが。
「話が逸れたな。なんにせよ、彼の同胞がお前や私が至ったような発想に至れなかったのにはそれなりの理由があるということだ」
「そしてお前らがこんな真似をした理由も、だろ?
--なんだよ。サリアンのそれとも違う、お前らの理由ってのは」
「なに、方法こそ大袈裟だが、求めるのは酷くありきたりなものだよ」
そう言って、神に造られし人間は己が目的を開示する。
世界を別ものに作り替え、滅亡の危険すら視野に入る状況を作り上げたその目的、それは--。
「――尊厳の獲得と証明だよ」




