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281:難攻不落の――

「いましたか、詩織さん?」


「ううん……。一通りいろんな部屋は行ってまわったけどどこにも……」


 竜昇が姿を消してしばらくしたころ、ドーム球場内はそのことに気付いた詩織たちを中心ににわかに不穏な空気が漂い始めていた。


 なにしろ、負傷して再起不能になっていたとはいえ微妙な立場にいた人間が忽然と姿を消してしまったのである。


 最初にそれに気付いたのは詩織だけだったが、ほどなくしてプレイヤー達の様子を監視していたのだろう兵士たちの中にもそれに気づく者が現れ始め、詩織から相談を受けた理香が先んじて兵士たちに竜昇の捜索を依頼したことで、ひとまずは何者かに誘拐された可能性を念頭に捜索が始まる形となったのだ。


 おかげで現状、竜昇がなんらかのたくらみにより自発的に姿を消した可能性も疑われてはいるモノの、どちらかと言えばなんらかの襲撃を受けた可能性の方が高いとみなされ、詩織達のいる階層は現相捜索と警戒が同時に行われる事態になっている。


(疑われてるのも問題だけど、これだけ騒ぎになってるのに出てこないってことは、やっぱり何かあったってこと……?)


 あるいは自分があんなことを行ってしまったが故に、今こうして竜昇が姿を消すことになってしまったのだろうかと、そんなことまで詩織が心配し始めていた、まさにその時。


「――おおい、そこの二人、大変だ。 例のお仲間だって若いのが見つかったってよ」


「--ッ、本当ですか?」


「それであの、竜昇君は、無事に……?」


 中年ぐらいの体格のいい兵士が叫びながら走り寄ってくるその姿に、慌てて詩織は伝えに来てくれたその兵士に竜昇の安否を問いかける。

 見つかるにしても最悪の可能性もあると頭をよぎっていた故に心臓が嫌な音を奏でる中での質問だったのだが、しかし帰ってきたのはそんな詩織には思いもよらぬ状況だった。


「あちこち怪我はしてるが大事はないらしい。今事情を聴きながら手当てを受けてるらしいんだが--。それより大変なのはあの若造、【神造物】を賜ったんだか奪っただかしたらしくて、この塔を半分くらい乗っ取って帰ってきたらしい……!!」


「--え」


「はい……?」


 襲撃を受けて命からがら逃げかえってきたくらいの事態も懸念していたが故に、予想の斜め遥か上の活躍を聞かされて混乱をきたし、詩織は理香と顔を見合わせて互いに相手が状況を理解できていないことだけは理解する。


 そんな二人の元へ到達するのは、状況についていけていない二人をさらなる混乱に陥れる常識外の帰還。


「おや、竜昇さんの方もこちらに到着していましたか」


「--!?」


「--し、静さん……!?」


 【決戦二十七士】と共に上の階層に向かったはずの静に背後から声をかけられて、いよいよ詩織と理香は混乱の極みに達して目を白黒させる。


 そんな二人に対してかけられるのは、相も変わらず自身が何をすべきかを見失わない少女、小原静の明瞭な言葉。


「ひとまず、竜昇さんの元へ案内していただいてよろしいでしょうか。

 今の状況についても、恐らくは竜昇さんの報告と合わせてお伝えしたほうが話も進めやすいと思いますし」






 ドーム球場の階層へと帰還して、拠点のトップの人間と話がしたいと言って案内されたのは、医療用のテントとそこで待つ医療部門のトップだという老女の元だった。


 どうやらこの拠点、主だった戦士たちがすでに出発してしまった関係で、彼女を除けば後は警備部門のトップの二人が基本的な方針を決めているらしい。


 ほどなくして、その警備部門のトップと思しき腕を包帯で釣ったやはり高齢の男がやってきて、そこでようやく竜昇は老女の手による手当てを受けながら事の次第を話すこととなった。


「――それでは、今この【神杖塔】は貴方と、彼の神敵であるルーシェウスとの間で奪い合われる状況にあるということですか?」


「はい。どうやら【神問官】としてのサリアンが選んだ俺と言う所有者と、【神造人】としてのサリアンが選んだ継承者のルーシェウスの間で、ある種の相続争いのようなものが発生しているみたいです」


 この階層についた際、竜昇はすぐさま手にしていた【終焉の決壊杖】と、そして新たに所有者の一人となった【神杖塔】の聖言詠唱を用いることで、自身が二つの【神造物】の所有者になったことを拠点の主だったメンバーに明示している。


 聖言詠唱によって与えられる『それが【神造物】である』という感覚は、多分に聞く者の感覚に依っているため、誤認やハッタリを信じ込んでしまう事例も多いらしく、当初は拠点に居合わせた戦士たちも半信半疑と言った様子だったが、流石に拠点を取り仕切るトップともなれば【神造物】を目にする機会も多いのか、すぐに竜昇の唱える【聖句】を本物であると判定してくれた。


 正直竜昇としては、『【神造物】の持ち主=信頼に値する相手』と言う図式になっていることには不安を覚えないでもなかったが、それでも時間がない中で話がトントン拍子に進むなら都合がいいと判断してこの場はひとまず目を瞑っておく。


 とは言え、二人の方もただ【神造物】の所有者と言うだけで信じた訳ではないらしく、どうやら彼女らなりに【聖句詠唱】から読み取れる情報と言うモノもあるようだった。


「確かに、貴方の聖言詠唱はそちらの杖のものは感覚がはっきりしていましたが、【神杖塔】の方は若干曖昧に感じる部分がありました……。その理由が二人の所有者が同時存在しているが故なのだとすれば、確かに納得できるものがありますね……」


「ああ、そう言う差もあるんですね」


「はい。聖言詠唱によって得られる実感は正規の【神造物】を正規の【所有者】が持った状態で、正しい聖言詠唱を行うことで最も実感が得られる形となります。

 逆に言えば、その条件から離れるほど得られる感覚が弱く曖昧なものになっていく傾向がありまして――。

 ――いえ、そもそもその条件から離れること自体そうそうあるモノではないのですが……」


 途中からどこか失言だったとでも言うように言いよどむ老女の発言に、竜昇は何となくその条件に当てはまりそうだった静の【始祖の石刃】の存在を思い出す。


 実際、正規の所有者でない他者に貸し出されることから試練が始まり、武器であるならば【神造武装】にすら変ずることのできる【始祖の石刃】の存在は、彼女の言う『正規の【神造物】を正規の【所有者】が』と言う条件からもろに外れる代表的な具体例だったのかもしれない。


 あるいはそう、今となってはコピーであることが発覚してしまった【跡に残る思い出】や、オルドの行っていたという【裁きの炎】と言う偽りすらも、彼女のようなものから見れば何らかの違和感を覚える不可解な事例であったのかも。


 竜昇がそんなことを考えていると、その【始祖の石刃】の当の持ち主である静が先ほどの竜昇同様兵士に案内される形でテントの中へと入って来る。


「そう言うことでしたら、今私がこの石刃の聖言詠唱とやらを行えば、こちらの現状もある程度お伝えできるのでしょうか……?」


 すでに己がモノとした石刃をプラプラと示すように軽く振って、到着した静が改めて竜昇と合流を果たす。

 どちらともなく石刃とステッキを差し出して、軽く打ち付けるその音を互いの再開の合図に変える。






「--とにかくここからは時間との勝負になります。

 現状、【神杖塔】への命令ペースは俺の方がわずかに上回っていますが、それでも通せる命令は千件に一件程度でどの命令が通るか選ぶこともできません。

 しかも一瞬の隙も見せずに常にシステムを監視していなければならないため、こちらの体力が限界を迎えれば、恐らくそのときがこちらの敗北の瞬間と言うことになる」


 いくら【終焉の決壊杖】や【雷の魔導書】による思考補助効果があるとは言っても、不眠不休でシステムを監視し続け、しかも一定の処理能力(コンディション)を維持しなければならないとなれば、その限界は眠らずにいられる時間だけで算出してももって三日が精々だ。


 しかも今の竜昇はサリアンとの戦闘後で多少なりとも疲弊しているし、徹夜慣れなどしているわけでもないため、ある程度休息をとったとしてもその限界時間はさらに短いものになる。


 恐らく、ルーシェウスと塔機能の奪い合いをして勝てるだけの処理能力(コンディション)を維持できるのは一日程度。

 それ以降は疲労や眠気による集中力の低下などの要因で徐々に竜昇の側が押され始め、それによって相手側の命令が通るようになって加速度的に竜昇や【決戦二十七士】の側が不利になっていくことになる。

 下手をすれば、通ってしまった命令ひとつでこちらが致命的な被害を被って、そのたった一手で全ての勝負が決まってしまうかもしれない。


 無論ルーシェウスの方も不眠不休での活動を余儀なくされるのは変わらないが、元より不死不壊の特性を持つ【神造人】が人間ほど活動に睡眠を必要とするかは甚だ疑問だ。

 仮に睡眠の必要があったとしても、体質や現状のコンディションの差を考えれば、先に限界を迎えるのはほぼ間違いなく竜昇の方と考えた方がいいだろう。


「こちらが勝利できる道があるとすればただ一つ。俺が限界を迎える前に最上階にいるルーシェウスを打倒して、この塔の機能を完全にこちらで掌握してしまうこと……。

 それができなければ、遅かれ早かれこの塔はルーシェウスの手に渡って、塔が持つ環境設定能力によってこちらが敗北することになる」


「--ヌゥ……。貴殿の言葉が嘘だとは思わんが……。

 しかしそれでも我らが戦士達の勝利を待つというのではだめなのか? すでに【神造人】を名乗る賊共の元へはかの戦士たちが向かっている。

 貴殿の話では既に戦いも始まっていると言うし、そちらの決着を待つ方が確実なのではないか?」


 右腕を包帯で釣った、この前線基地に駐留する部隊の部隊長なのだというその初老の男は、どこか苦慮するように眉根を寄せて竜昇に対してそう問うてくる。


 恐らくは身内である部隊の戦士達ならいざ知らず、竜昇の言葉全てを鵜呑みにしてそれに命運を預けることに躊躇しているのだろう。


 すでに本来敵が保有しているはずの【神杖塔】の所有権があることは聖言詠唱で証明しているうえ、塔機能によってこの場の人間を殲滅する手段がありながらそれが実行に移されていない現状についても開示されている

そのため、竜昇達が【神造人】に敵対する立場にあることはかろうじて信じてもらえているようだが、それでもつい最近まで敵対していた部外者に命運を預けるというのは心理的な抵抗が大きいのかもしれない。


 そんな風に竜昇が分析していると、隣で竜昇の手当てを終えた医療部門のトップだという老女が初老の男に苦言を呈するように口を開く。


「下手な誤魔化しなどせずに素直に言ってしまってはいかがです? そもそもこの基地には、既に送り込めるような戦力などいないのだと」


「--ぬ、いや、それは--」


「この男の腕を見ればわかるでしょうが、すでにこの拠点にいるのは、戦士たちを送り出すために道を切り開いた負傷兵たちがほとんどです。

比較的軽傷の者やかろうじて負傷していない者もいるにはいますが、既にこの拠点を守る人員すらギリギリなうえに、この先に送る戦力としては実力的にも心もとない」


 言われて、初めて竜昇はこの前線基地の、その内情にようやく思い至る。

 考えてみれば、そもそも最終決戦を期して先へ進んだ【決戦二十七士】の実情を考えれば、持てる戦力などすべて彼らの進軍に注いでしまっているに決まっているのだ。


「……現在この階層にいるのは、その多くが負傷兵か実力的にこの先に進むのには力不足と判断された者達だ……。あとの者は【決戦二十七士】が先に進むうえで少しでも障害を排除しようと、共に上の階層に向かって各層の攻略に当たっており、まだ帰ってきていない……。

 今いる者達を無理に付けたとしても、恐らくはこの先の戦いでは足手まといにしかならぬだろう。

 かと言って、この戦いの生命線となった貴殿を、碌な戦力もつけずに敵首魁の元へと送り出すのも危険が大きい」


「あと戦力になる者達がいるとすれば、あなた方と同じ『ぷれいやー』なる子たちでしょうか……。

 しかし彼らは--」


「--ええ。現在この拠点には三組十七名の『プレイヤー』が到着しています。ただ、この者達が再び戦いに参加するかと問われると少々難しいかと……。

 負傷している方が多いのもそうですが、やはり望まぬ戦いを強いられていただけに、今から戦う意思が持てるか、そもそも敵方についてしまう危険はないかなど、問題があまりにも多い」


「そうですか……」


 【決戦二十七士】の側に味方して、生まれ故郷足る世界を滅ぼす覚悟を決めた竜昇と静だが、同じ決断を他のプレイヤー達までできるかと言えばそれはまた話が別だ。


 どうかすると、二百年後の滅びを知ったうえで、なおもあの世界を守るべく竜昇達の敵に回るものが出ないとも限らない。


 となれば、やはり今この時竜昇達がとるべき選択はただ一つ。


「状況は分かりました。

 ですが、やはり俺達は準備が整い次第上の階層へ向かって、もう一人の【神杖塔】の持ち主たるルーシェウスの打倒を目指そうと思います。

 確かにリスキーな選択であることは承知していますが、【神造人】達が二十七士たちに対してとる戦術は、恐らく地の利を生かし時間をかけての消耗戦です。彼らの戦いが長引けば、決着がつくより先に俺が限界を迎えるのは間違いありませんから」


「……承知しました」






 そうして最低限の話を付けて、竜昇は静が手当てを受ける間初老の戦士と共にテントを出る。


 外に出て、そうして出会うのは恐らくは外で話を聞いていたのだろう理香と、そして詩織だ。


「竜昇君……」


「詩織さん、聞いての通りだ……。

 本当に、悪いけど--。俺は静と上の階に戦いに行くよ」


「そっか……」


 最低限の言葉に込めたその意味を正確に察して、詩織はどこかその答えを予想していたかのように力なく笑う。


「――本当に、かなわないなぁ……。なんとなくわかってて、やっぱりって、感じだけど……。ホントに……」


 言葉を途切れさせ、上を見上げる詩織のその隣で、彼女に変わるように先口理香が一歩前へと歩み出る。


「お二人の決断は分かりました……。けど、私たちはその戦いには参加できません」


「はい」


「正直に言って、私にはあなた達の選択が正しいのかもわからない……。わたしたちを死地に追いやった、あの【神造人】と言う人たちに味方してでも、生まれ故郷足るあの世界を守るべきなのかもしれない……」


「……はい」


 結局答えは出なかったと、そう言って理香は明確に、ルーシェウスへと挑む竜昇達の戦い、そこへの参戦を明確なまでに拒絶する。


「--ですが一つだけ、やり残したことがあります」


 そうして竜昇達の戦いに助力することを拒みながら、しかし一方で理香はそう言って、背後の詩織へと視線を向ける。


 目元をぬぐう詩織と一度頷きあって、そして理香はその決断を口にする。


「--やり残したことが、あるんです……。だから、あなた達が戦いに行く今、この時に――、私たちも私たちの戦いに、向かいます」


 竜昇達の戦いへの参戦ではない、彼女たち自身の戦いへの、その参戦の表明を。






 そうして準備を整えて、拠点のトップ足る二人の同行を受けながら、竜昇と静、そして詩織と理香の計四人はドーム球場の上部、キャットウォークと共に設けられた上の階層への扉へと向かう。


 一通り戦力のあてを当たってみたモノの、結局上の階に向かうことを決めたのはこの四人のみ。

 そのうちの二人に関しても、竜昇達とは目的が違うため恐らく途中で別れるようになるだろうというのが竜昇の見立てだった。


「まったく面目ない……。可能であれば戦力になる戦士の一人や二人、なんとか捻出したかったのだが……」


「いえ……。こうしてけがの手当てをしてもらえただけでも十分です」


 実際、竜昇のこの発言もあながち嘘ではない。

 いくら戦力を借りられたとしても、所詮はスキルシステムによって生まれた急増の戦士でしかない竜昇達ではその相手とどこまで連携がとれるかもわからないのだ。


 それを考えれば、傷んだ装備の交換や役に立ちそうな道具の補充、【決戦二十七士】と合流した際に協力をスムーズに取り付けるための書状など、竜昇達の側で活用できる援助を最低限受けられただけ儲けものと、そう考えるくらいでちょうどいいのだろう。


 そもそもの話、竜昇としては上の階層に向かうにあたって、自分達を敵とみなさず通してくれればそれでいと考えていたくらいなのだ。

 自分や静の帰還をここまで疑うことなく受け止めて、こうして送り出してもらえただけでも御の字と言うくらいである。


「そう言えば、なんと言ったでしょうか……。あなた方がこの塔に付けたという名前は――」


 不意にそう言って、医療部門のトップ足る女史が口を開いたのは、もうそろそろ扉のある場所につこうかと言うそんなときだった。


「【不問ビル】、のことですか?」


「--ええ、それです。そうでした、あなた方の言葉で塔のような建物へ着ける呼称は『ビル』と呼ばれるのでしたね……。

 『不問』と言うそちらの言葉の方は、意味合いがしっくり来ていたこともあってなんとなく記憶に残っていたのですが……」


「しっくりくる、ですか……?」


 特に意味がある様子でもなく、本当にただの雑談のように語られるその内容に、しかし竜昇は純粋に興味を抱いて残り少ない時間を埋めるようにそう問いかける。


 あるいはこの名乗り合ってすらいない老女の方も、本当に余った時間にただ己の興味に従って会話を振ってきただけなのかもしれない。


「あの日、世界が様変わりしたその日から、【神杖塔】もまたその在りようを大きく変化させていました。

 なんと言うか、それまでは難易度は高くとも人に解かせることを念頭に置いた『試練』だったものが、変化に伴い人を拒み、進行を阻むただの『障害』に変わった」


 それは恐らく、以前の【神杖塔】をよく知り、変化の前後を見比べることができる人物だったからこそ覚えた感想だったのだろう。

 あるいはこの老女は、【新世界】発生前には【神杖塔】の攻略に関わる仕事を生業としていたのかもしれない。


「もちろん、あの【神造人】を名乗る者達にそのような意図があったかはわかりません。

 と言うよりも、彼らは単に『攻略不可能な階層を作ってはならない』と言った塔のルールに従ったうえで、自分達の居城であるこの塔の警備を強化した、ただそれだけだったのかもしれない。

 けれど私には、長くこの塔を見てきた私たちには、塔が人に問い掛けることをやめ、人の存在を拒み始めたように思えた……」


 そこまで語って、それで我に返ったのか『感傷ですね』と、老女は己の思考をそう評する。

 あるいはそれに続いてその言葉を続けてきたのは、この会話をただの『感傷』で終わらせないための彼女なりの矜持や気遣いと見るべきか。


「なんにせよ、既にこの塔が試練のためのモノでなくなっているというなら、恐らくこの先に続く階層も試練のためのモノではない、人を拒み葬るための構造になっていることでしょう。

 とくに決戦の場、推測される最終階層ともなれば――。その攻略難易度は【神杖塔】だったころ以上の、正しく難攻不落と言っていい障害が待ち構えていることになる……」


「――ええ、肝に銘じておきます」





 そうして、名も知らぬままの代表二人に見送られ、竜昇と静、そして詩織と理香の四人は最後の戦いに望む旅に出る。

 目指すのは既に最終決戦が始まる最上階。そしてその先、本来ならば塔を踏破したものがサリアンと対面する形となっていたはずの、ルーシェウスが待ち受ける選定の間だ。





「見ているか……? 【神造人】ルーシェウス」


 そうして階段へと足を踏み出し上へ向かいながら、一方で竜昇は意識を接続した塔のシステム領域内にて、もう一人の接続者へとそう呼びかける。


 こうしている間にも、相手もまたこちらの動きを把握しているだろうと、そんなことを半ば確信をもって考えながら。


「今から俺達がそこへ行く」


 システムを介してその相手に、もう一度宣戦布告を突きつけるそのために。


「首を洗って、待っていろ……!!」


 敵は不死不壊の神造の人。そして前人未到、難攻不落の【不問ビル】。

 限界の時が訪れ、破滅の未来が決まるその前に、竜昇達はその頂点までの道を、踏破せねばならない。



以上、この章完結です。

次章が最終章になります。

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[良い点] どうするんだこの敵、と思えば腑に落ちる手段での撃破。 更に予想もつかない怒涛の展開で頭をやられる。 更新ごとに思いもよらない方向に二転三転した不問ビルも遂に最終章ですか。 感慨深く、嬉しい…
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